当事者双方にシンパシーを感じる事件を見つけた。
東京地裁平成18年2月10日判決(民事40部・市川正巳裁判長)*1。
大塚先生のブログでご紹介のあった事件である。
(http://app.blog.livedoor.jp/hayabusa9999/tb.cgi/50339531)*2
大塚先生は、本件を「リバースエンジニアリング」が問題になった事例と
位置付けられているが、
裁判所の事実認定によれば、
「被告は,被告ライブラリの開発に当たり,本件アプリケーションの解析を通じて原告ライブラリに求められる機能,すなわちライブラリを構成すべき関数や両プログラムのインターフェース条件を明らかにすることができることを利用して,本件アプリケーションを解析することによって本件アプリケーションを機能させるために被告ライブラリに実装されるべき必要な関数の特定を行ったものであり,原告ライブラリそのものの解析を行ったものではない。」
「インプットとアウトプットとからブラックボックス(原告ライブラリの関数)での処理内容を推測したにすぎず,原告ライブラリのソースコード又はオブジェクトコード自体を知り得たものではない。」
ということであるから、
これは、限界事例として論じられる「リバースエンジニアリング」の域には
達しない程度の解析行為に過ぎなかったように思われ、
(認定事実を前提とする限り)著作権法理論上の意義は乏しいのではないか、と思う。
だが、本件を「大資本を前にしたベンチャー企業の悲劇」という視点から
眺めると、なかなか興味深いものがある。
本件の原告は、ネットブレーン株式会社、という会社で、
「コンピューター及び関連機器の設計,導入,運用に関するコンサルティング及び販売並びにコンピューターのソフトウェアの輸入,開発及び販売等を目的とする株式会社」
ということ以上の情報は判決文には顕れていないが、
被告との交渉に「代表取締役E」が直々に登場してくることを考えると、
いわゆるITベンチャー系企業と見るのが妥当だろう。
一方、被告は、言わずと知れた関西の雄、M下電器産業株式会社である。
この事件の判決文を読みながら、
原告の主張にどうも“ぎこちない”感を受けた。
損害賠償請求は「3億円」と高額だが、
よく見ると「懲罰的慰謝料」として1億2000万円が計上されている。
「原告運用保守ソフト」の著作権侵害を主張しているにもかかわらず、
「請求原因レベルで必要な原告運用保守ソフトをファイル名で特定し、かつ、その内容を開示することをしていない」
ために、あっさりと請求を棄却されている。
「本件ノウハウ」を被告が使用する行為の不法行為、債務不履行を主張しているのに、
「本件ノウハウ」の「内容自体具体的なものではない」とされ、
かつ、システム設計請負契約の性質上、
当然に「被告に開示され」「被告によって使用されることが予定されている」
とこれまたあっさり片付けられている*3。
それで、気になって、双方の代理人を検索してみたら、
原告側*4代理人は、
なんと鴨田哲郎先生の事務所ではないか・・・*5。
労働事件、国賠訴訟等で素晴らしいご活躍をされているのは承知しているが*6、
知財事件に関しては、おそらく専門外と言わざるを得ないだろう。
かたや、被告側の代理人は、
ウェブサイトの写真からして立派な、商事・渉外系事務所の所属である*7。
当然ながら、知財も専門分野に含まれているはずだ*8。
この時点で、原告にとっては苦しい戦いになることは
大いに予想される事件であったといえる。
認定された事実を追ってみていくと、
原告・被告間でシステム開発プロジェクトが立ち上がったのは良いが、
「本件システムのプロジェクトを進めるに当たり,原告は,本件システム端末の新規開発費及び本件システムの初期開発費を支出していたが,このために財務状況がひっ迫しつつあった。また,原告と被告間の権利義務関係は曖昧なままになっていた。」
それでようやく「取引基本契約」を結んだのは良いが、
その後の契約交渉でまたもつれ、
「被告は,同年5月ころ,本件システム端末の製造メーカーを被告と取引関係のある中島オールプリシジョン株式会社(以下「中島オール」という。)に変更することとした。原告は,これを受けて,中島オールに対し,本件システム端末の基本設計に関わる技術移転を行った。」
その後、原告は被告の協力を得て、資本増強等を進めてはいたが、
契約交渉の方は依然ぎくしゃくしたまま。
「被告は,同年11月ころ,マンション「東京ツインパークス」(別紙「共通ライブラリ入れ替え実施日」1)への本件システムの導入を受注したが,これに合わせて,原告,被告及び中島オールは,原告ライブラリの使用許諾契約の締結交渉を進めた。当初,被告が中島オールを介して原告に対しライセンス料を支払う方向で調整が進められたが,現金決済とするか手形決済とするかで折り合いがつかず,最終的に,本件使用許諾契約が締結された。」
さらに、このあとに登場してくるのが、
被告システム営業本部の部長F氏である。
「原告は,施主側も交えた打合せの議事録(甲34の4)において,同年7月8日の原告・被告間での事前調整において気になる点として,Fが原告がカスタマーセンター業務を行うことに何かにつけて反対し,被告グループ内で行うべきであるとの意見であること,東京ツインパークスについては原告主導とすることで納得してもらっているが,今後においては留意が必要であることなどを記載した。」(太字筆者)
これだけ見ると、それまでの経緯をすっ飛ばして、
とかく自分のとこのグループ会社の利益を追求しようとする
とんでもない部長のように見えるが、
系列企業を多数抱えている大資本だと、
どこの会社でも例外なくこのタイプの御仁はいるもので、
このような方の意向を抑えるのは、担当者レベルではきわめて難しい。
かくして、原告と被告は、マンションの完成に合わせて、
暫定的な業務委託契約を結んだものの、
その条件は原告の希望からは遠く、さらに契約自体1年後に打ち切られてしまった。
「原告と被告は,本件保守契約の更新に向けた交渉を開始し,平成15年10月3日実施の打合せの際,被告は,原告に対し,保守料金を1年当たり1000万円とすることで対応可能か否かを打診した。他方,原告は,この際,このプロジェクトは被告が販売及びコンテンツビジネスを,原告が開発及びカスタマーセンター業務を担当するとのビジネスフォーメーションでスタートし,原告は長期的なカスタマーセンター業務運営により発生する利益によって開発段階での経費負担や各種支援業務での経費負担を相殺していくことが確認されており,このため,開発段階での経費等については,将来的な相殺を見越し,被告に請求しない形を取ってきたことなどを説明するとともに,被告による前記打診に対しては,現体制を継続するためには合計で年間5000万円程度の売上げが必要になるとして,受諾不可能である旨を回答した。結局,この打合せにおいては,原告に対する運用・保守業務の委託を終了せざるを得ないことで双方の認識が一致した。
同月21日,原告と被告とは再び打合せの機会を持ち,被告は,前回提示された条件での受託の可否を再度原告に打診したが,原告は,改めて受諾不可能である旨回答した。
このような経過を経て,被告は,同月29日実施の打合せの際,原告に対し,本件保守契約を終了させる旨の意思表示を行った。」(太字筆者)
上にもあるとおり、システムを開発した側としては、
開発費用は赤字でも、最終的に保守運用業務で元を取ろうという頭でやっているから、
1年で打ち切られてしまったのでは、たまったものではない。
それゆえ、原告は「事業スキームの合意」の存在を盾に、
債務不履行、不法行為による損害賠償請求をしてきたのである。
だが、裁判所は交渉経緯などから、この主張も認めなかった。
大資本を目の前にしたベンチャー企業の悲哀をここに見ることができる。
もっとも、本件システムは、
「稼動開始直後から継続的に不具合が発生し,原告及び被告はその対応に追われることとなった。やがて,原告と被告との間で,このような不具合の調査作業費用の負担のあり方が問題となり,平成15年4月25日や同年6月ころ,費用分担の問題にとどまらず今後の運用・保守業務の体制をも協議事項とする打合せを実施したが,具体的な解決策を合意するには至らなかった。」
というのだから、契約を打ち切る側にも相応の理はあったといえる*9。
さらに、被告側の名誉のためにフォローすると、
まず、初期費用をどこで回収しようと目論んでいたかなんて、
本来、発注する側の知ったことではない。
担当者同士の口約束や、「なんとなく」の雰囲気はあったのかもしれないが、
大企業になればなるほど、そういう「融通」が利かないのは当然の理であって、
契約書の形にして残しておかない限り、「約束が違う」とごねても通らないのは、
ビジネスの常識として当然踏まえておくべきことというべきだろう*10。
本件で、もし、
原告側に交渉の過程で有力な社内外の法的アドバイザーが付いていたら、
と思うと、同情を禁じえない面があるのは否定できない。
だが、時には不利な条件を相手に飲ませてでも、
プロジェクトを進めていかねばならない、というのが大企業の掟でもある。
予算的制約、様々なステークホルダー(“偉い人”含む(笑))への配慮、
個々の担当者の“情”が入る余地はほとんどない、と言ってよい。
さらに言えば、そのような「掟」を背負った営業・開発部隊を
側面から支援するのが、大企業の法務部門の仕事でもある。
「法に抵触することなく、企業体として最大限の利益を確保する・・・」
できれば、そこにほんの少しの“情”をミックスしたい、と誰しも思う。
だが、それは容易なことではない。
以上が、自分が本件の“両”当事者にシンパシーを感じた所以である*11。
*1:http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/c617a99bb925a29449256795007fb7d1/355d864bb9e872ee492571110036e01c?OpenDocument
*2:事案の概要についても同ブログをご参照ください。
*3:そもそも原告の主張からは、「本件ノウハウ」が法的にどのような位置付けにあるのかが不明確であり、本気でここから攻めるつもりなら、「営業秘密」該当性や不正競争行為の存在(請求原因事実としては不競法違反を立てる方が適切だろう)、信義則違反等を主張していくのがベターだと思うが、それを試みた形跡は判決文からは窺えない。
*5:旬報法律事務所・http://www.junpo.org/lawyer.html
*6:そして、そのような活動に対しては、自分の立場にかかわらず、常に敬意を払っているつもりではあるが。
*7:桃尾・松尾・難波法律事務所・http://www.mmn-law.gr.jp/profile_j.html
*8:もっとも本件は、知財事件と位置付けるべき案件ではないと思われるが。
*9:ちなみに、初期不良に悩まされた「東京ツインパークス」とは、こんなマンション(http://www.kencorp.co.jp/famous_properties/04.html)。家賃月53万、買うと約3億・・・。
*10:このあたりも、原告側の主張如何によっては、結論が覆る可能性はあるのだが・・・。
*11:なお、余談ではあるが、本件が高裁まで持ち上がっていくのであれば、個人的には、より一段レベルアップした“攻防”を見てみたい気がする。原告側の法的構成として、更なる主張を考える余地はあるように思う。