暫く温めていた、
小売業商標導入に伴う施行規則、基準改正案へのコメント。
いまだパブコメ期間中ではあるが、
ざっと読んだところの感想を記すことにしたい。
(参考)
特許庁、「商標法施行規則の一部を改正する省令案」について意見募集(15日)
http://www.jpo.go.jp/iken/iken_syohyokisoku_kaiseian.htm
特許庁、「類似商品・役務審査基準【国際分類第9版対応】(案)」について意見募集(15日)
http://www.jpo.go.jp/iken/iken_ruijiyakumu.htm
特許庁、「意匠法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令案」に対する意見募集(15日)
http://www.jpo.go.jp/iken/iken_ishou_keikasochi.htm
特許庁、「商標法施行令の一部を改正する政令案」に対する意見募集(15日)
http://www.jpo.go.jp/iken/iken_syohyosekou_kaiseian.htm
まず一目見て思った、今回の商標法施行規則改正の一番のメリットは、
小売業商標の導入よりも、
「(貴金属製のものを除く。)」の撤廃なんじゃないかと(笑)。
商標担当をやったことのある方なら分かると思うが、
「がま口」一つ出願するのに、何で二区分抑えなきゃいかんの?
というのは昔から思っていたこと。
貴金属専門業者ならともかく、
通常の“グッズ”を出すにあたっては、
材質が金銀だか、プラスチックだかは大した意味を持たないわけだから、
商品の性状そのもののみに着目した新基準の意義は大きいといえる。
他にも携帯電話機、DVDプレーヤー、デジカメあたりが
第9類に新たに列挙されたり*1、
スロットマシンが第9類から第28類に移ったり*2、
化学調味料が「うま味調味料」に衣替えしたり(第30類)*3、
と、マニアックなところばかりに目が行ってしまうわけで。
で、肝心の小売業商標に関してはどうかと言えば、
まぁユーザーにとっては標題どおり、喜び半分、ため息半分、
といったところ。
これからいろいろと批判も顕在化してくると思うが、
忘れてはいけないのは、これまで正面から保護されていなかった
「小売・卸売」の看板が明示的に保護されるようになった意義は大きい、
ということであり、少々の運用上の弊害を差し引いても、
それ自体は評価に値する、ということであろう。
もちろん、不満を挙げればキリがない。
そもそも、これまで聖域*4と思われてきた
「総合小売」のタンザクの表現が、
「衣料品、飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」
となっているのはどういうわけだ?
あくまで「生活用品」の解釈によるが、
デパートでもスーパーでも扱われている書籍*5や薬や花を販売する時は、
別途、個別にタンザクを押さえろということか、
と思わず目を疑ってしまった。
総合小売にしても単品小売にしても、同じ第35類に属する以上、
余計に出願費用が発生することはないのだが、
商品商標とのクロス・サーチによって登録が阻害される可能性の高い
単品小売タンザクに頼りたくない、というのは、
“総合小売”を手がける事業者に共通する思いだと思われるわけで*6、
デパートやショッピングモールの中にペットショップがあるからといって、
単品タンザクまで取らないといけない、というのでは、
今回の改正の意義が半減してしまうだろう。
単品小売区分における「クロス・サーチ」の問題については、
審議会*7や事前に出されていた改正の方向性ペーパーなどからも
ある程度予測は付いていたことだから、
いまさらショックを受ける話ではないのだが、
「意匠法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令案」
によれば、
「小売等役務に係る商標登録出願と商品又は小売等役務以外の役務に係る商標登録出願との間では、通常通り出願日を先後願の判断基準としている」
ということだから、
単品小売のタンザクを押さえる必要のある事業者は、
3ヶ月の特例出願期間の恩恵を受けることもなく、
4月1日にあわせて、「ヨーイドン」の出願競争を迫られることになる。
いや、それ以前に悪意ある第三者にクロス・サーチの対象となる
商品区分を押さえられてしまえば、改正法施行と同時に「ゲームセット」の
憂き目に合うから、バトルは既に始まっている、というべきなのかもしれない。
何よりも怖いのは、
今回の改正法施行に向けて特許庁が行うであろう“広報活動”が
「寝た子を起こす」ことにならないか、ということである。
審議会において、
単品小売商標の導入に懐疑的で、導入するにしてもクロス・サーチは必須、
と主張されていた委員の先生方*8が
その主張の論拠としていたのは、
現行の商標法の下では
「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡」する行為についても
商標の「使用」とされていること(第2条3項2号)、
そして、それを受けて、
商品に付した値札やレシートの商標を表示する行為、
陳列棚に商標を表示する行為も、商品に関する商標の使用に含まれる、
と考えられてきたこと*9、であった。
しかし、世の小売業者(特に零細事業者)*10が、
販売の際にそういう形で用いている商標を登録していたかどうか、
と問われれば、実際には“No”である、といわざるを得ないだろう。
包装紙に小売店の標章を付けて販売する行為が
商品に関する商標の使用にあたる、という理論構成は、
商品商標を持っているメーカー、あるいは、
商品商標まできちんと押さえている大規模小売業者が、
フリーライド的営業を行っている悪質な小売業者をとっちめるためには
有用なものであるとしても、
悪意に満ちた商標ブローカーが、善良なる零細小売業者に対して行う
権利行使に対しては、逆の効果をもたらすものに他ならない。
にもかかわらず、そういった問題がこれまで顕在化してこなかったのは、
そもそも商品の譲渡に際して付す標章が商品に関する商標の使用にあたる、
という理屈が、これまで世の中に浸透していなかったことにある
と思われる。
だが、今回の改正に伴って特許庁が、
「小売業商標の使用と認められるのは○○○○の場合だけで、△△△△の場合には、商品商標の使用にあたります。」
という理屈を大々的に周知宣伝し始めたらどうなるか。
「これは商標的使用ではありません。」という逃げ口上は
もはや通用しにくくなるだろうし、
一儲けをたくらむ商標ブローカー*11の射幸心を
煽ってしまうことになるかもしれない。
そうならないためには、
人に先んじて必要な商標は押さえましょう、というのが模範解答だろうが、
先に述べたように、商品商標との関係で特例措置が使えない今回の場合、
小売業者サイドの担当者は、今すぐにでも商標を押さえないと・・・
という強迫観念に襲われること必至で、
精神衛生上よろしくないことこの上ないのも事実である。
もちろん、理論的に言えば、
商標の「使用」の定義に修正を加えない限り、
小売・卸売業者が用いる商標と商品商標とのクロス・サーチを行う必要性は
否定できないと思われる。
電気機器小売業者が「ウォークマン」という商標を用いた場合に
その事業者がいかに「小売業」役務での使用である、と強弁したとしても、
ソニーの商品商標との混同のおそれが生じるのは否定できないのであって、
にもかかわらず、審査段階では
それを4条1項11号ではなく、10号でしか切れない、
とするならば、「結局、先周知主義になる」*12という指摘は、的を射たものであるように思われるからだ*13。
「譲渡」のところをもっと精緻化して定義すれば*14
問題は解消されるかもしれないが、
そのあたりの議論を始めていたとしたら、
小売業商標はあと10年導入されなかったに違いないだろう。
ゆえに、ここのところの“ため息半分”は、
残りの“喜び半分”と相殺して、前向きに捉えようじゃないか、
というのが、現時点での商標担当者の率直な心情である*15。
なお、一連の改正案の中には現れていないが、
審議会の終盤に特許庁サイドから度々表明されていた
「登録に際して使用意思または使用実態の確認を強化する」
という点が気になるところではある。
「通常、一般的に行われている何々業と何々業を同時に行っているかどうかというのは、大体、その蓋然性はわかるのではないかと思われます。通常同時に行っている業態以上のものが書かれている場合には、実際に行っていますでしょうかということを拒絶理由で確認させていただきたいというふうに考えております。」(審議会第16回議事録・芦葉商標制度企画室長発言)
ということであるが、
はてさて、総合小売を行っている事業者が、
単品小売についても絨毯爆撃を仕掛けたような場合に
どのように対応するのだろうか?
同じブランドを使っていても、あるところでは総合小売、
あるところでは単品小売、と使い分けている場合はあるだろう*16。
それに、将来的には、
総合小売のタンザクで類似の商標を取られてしまったために、
単品小売タンザクを頑張って押さえる、という事業者だって、
登場してもおかしくはない。
審議会の委員長である土肥教授は、
「まさにおっしゃるように、不使用商標の問題というのは当然あるわけで、全類を出願人というか、代理人の方が35類全部挙げるというようなことをやってもらうと、この制度はなかなかうまくいきませんので、ぜひとも弁理士会におかれましては、十分そのあたりを徹底していただいて、よろしくお願いいたします。」(審議会第16回議事録・土肥委員長発言)
と仰られているが、
全タンザク指定する出願人(及び代理人)の側にも
ここは当然ながら言い分はあるのであって、
“絨毯爆撃”の慣習が早々簡単になくなるとは思えない*17。
そもそも、名前なんていくらでも選択肢はあるのだから、
使いもしない商標を押さえまくる無法者に目くじらを立てるより、
違うネーミングを考える方に労力を割いた方が、
よっぽど健全なのではないだろうか。
個人的には、最近早まったとはいえ、
依然として半年以上は待たされる商標の登録審査を
さらに遅らせるような運用変更は、
できれば勘弁してほしい、というのが率直な想いである。
以上、言いたいことはとりあえず書いたので、
あとは特許庁の実務者向け説明会を楽しみに待つとしよう(笑)。
*1:今まで入ってなかったのが不思議だったのだが。
*2:これはパチンコ業界の要望か・・・(笑)。
*3:これは明らかに・・・(笑)。
*4:あくまで「クロスサーチ不要」という点においてであるが。
*5:審査基準上は「印刷物」。
*6:防護的見地から、実際には絨毯爆撃的に全タンザクを押さえるかどうかは別として。
*7:産業構造審議会知的財産政策部会・商標制度小委員会。以下、断りない限り「審議会」と記す。
*8:あくまで議事録を読んでの印象に過ぎないが、特に激しかったのは北大の田村先生だろうか(笑)。他にもこれに近い見解を支持されていたのは、竹田稔弁護士と高部眞規子判事。多数決で言えば、クロス・サーチ不要論を唱えていた委員の数も負けてはいないのだが(松尾和子弁護士、萬歳教公・セブン−イレブン・ジャパン専務取締役(実際は代理の白石氏)、古関宏、本宮照久・日本弁理士会商標委員会委員長)、如何せん必要論者の先生方のインパクトには及ばない。本来切実な問題となるはずの業界側代表にしても、選出されている委員の方々の所属は揃ってメーカーであり(セブンイレブンを除いては、ソニー、コーセー、キリンビール、日立・・・。知財業界の宿命のようなものである)、唯一のサービス事業者出身委員が松尾弁護士とともに孤軍奮闘していた感は否めない。
*9:審議会第4回議事録・田村委員発言。
*10:ここでいう「零細事業者」は町の商店のようなものばかりではなく、一流企業が副業的にやっている物売り商売も含む概念である(笑)。
*11:ちなみにここでいう“商標ブローカー”は、わざわざ嫌がらせのために商標を取るスジ悪な人間のみならず、あわよくば死蔵商標で一儲け、とたくらむ一流企業(ほんとにあったりするから怖い(笑))も含まれる。
*12:審議会第15回議事録・田村委員発言。
*13:この時点では態度を鮮明にしていなかった特許庁が、最終的にすべての単品小売タンザクについてクロス・サーチをかける方針に決したのも、この回あたりの激しい議論が影響したのではないかと勝手に推察している(笑)。
*14:例えば、自社製品の販売のみを「譲渡」とし、他社製品の販売については違う概念により規定するなど。
*15:半年後には違うことを言ってる可能性も大であるが、ご容赦願いたい・・・。
*16:専ら健康食品のみを取り扱うローソンとか。
*17:下手にタンザクを絞って、将来同じ類で別出願するコストや、取らなかったタンザクを悪意ある第三者に取られてしまい不愉快な思いをする(ないし無効審判等でコストをかける)ことを考えれば、とりあえず防護的に抑えておいて、不使用取消かけられたら黙って見ていればいいや(その場合、コストは一銭もかからない)、という結論に至るのは当然の話であろう。