アップルに立ちはだかる壁。

米アップル社が先日発表した「iPhone」がCisco System社の商標権を侵害している!、というニュースがここ数日話題になっている(http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070111/cisco.htmなど参照)。

実際、昨年末にCiscoの子会社のLinksys社が“IP電話機「iPhone」ファミリー”を発表した際には、

Appleの携帯電話は1月のMacworld Expoで発表されると見られているが、少なくとも「iPhone」の名称で登場することはない。」

という記事さえ出ていたくらいだから*1、壊すくらいに石橋を叩く保守的な日本企業の商標担当者から見れば、「ありえない」話題のようにも思えるのだが、冷静に考えれば「I+Phone」は“アップル社以外が用いる限りにおいては”決してStrong markとはいえないし、これまでアップル社が“iシリーズ”の製品群で市場を席捲してきたことを考えると、決して勝ち目のない戦ではないのだろう*2


それに、訴訟を提起したCisco社側のコメントを見る限り、最終的にはうまい具合に和解決着しそうな雰囲気でもある*3


もっとも、お国元でうまくいったとしても、わが日本国内でうまくいくかどうかは分からない。


というのも、わが日本国においては、アップル社による「iPhone」商標の使用を阻む、もう一つの壁が存在するからである。

日本で「iPhone」商標は登録されるのか?

上のニュースを見て調べたところ、アップル社は外国出願を基礎とした優先権出願によって、「iPhone」商標を平成18年9月17日に日本国内でも出願していることが分かった*4


標準文字による出願で、指定区分は、

第9類
業務用テレビゲーム機,写真機械器具,映画機械器具,光学機械器具,測定機械器具,配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電池,電気磁気測定器,電線及びケーブル,電気アイロン,電気式ヘアカーラー,電気ブザー,スピーカー,アンプリファイアー,デジタルオーディオプレーヤー,電話機,携帯電話,テレビ電話,インターネット接続機能・電子メール送受信機能・映像及びデータ情報送受信機能を有する携帯電話機,デジタルカメラ,テレビジョン受信機,ラジオ受信機,テープレコーダー,モデム,デジタルセットトップボックス,その他の電気通信機械器具,携帯情報端末装置,電子手帳,未記録のコンピュータ用記録媒体,コンピュータ,ハンドヘルドパーソナルコンピューター,コンピュータソフトウェア,コンピュータ用プリンタ,コンピュータ用モニター,コンピュータ用キーボード,その他のコンピュータ用周辺機器,その他の電子応用機械器具及びその部品,磁心,抵抗線,家庭用テレビゲームおもちゃ用ソフトウェア,家庭用テレビゲームおもちゃ,携帯用液晶画面ゲームおもちゃ用のプログラムを記憶させた電子回路及びCD−ROM,レコード,メトロノーム,電子楽器用自動演奏プログラムを記憶させた電子回路及びCD−ROM,スロットマシン,映写フィルム,スライドフィルム,スライドフィルム用マウント,録画済みビデオディスク及びビデオテープ,電子出版物
第28類
遊園地用機械器具(業務用テレビゲーム機を除く。),愛玩動物用おもちゃ,携帯用ビデオゲームおもちゃ並びにその部品及び附属品,電子ゲームおもちゃ(テレビジョン受像機専用のものを除く。),リモートコントロール式模型おもちゃ,おもちゃの携帯電話,おもちゃ電話,おもちゃのコンピュータ,その他のおもちゃ,人形,囲碁用具,歌がるた,将棋用具,さいころ,すごろく,ダイスカップ,ダイヤモンドゲーム,チェス用具,チェッカー用具,手品用具,ドミノ用具,トランプ,花札,マージャン用具,遊戯用器具,ビリヤード用具,運動用具,釣り具,昆虫採集用具

となっている。そして、先願商標を見回しても、母国での“宿敵”Cisco社の名前は見当たらないから、これでアップル社の商標は磐石、であるようにも思われる。


だが・・・、事情はそんなに甘くなさそうだ。


アップル社に先立って出願された「CastIPhone」という商標がある(ネクストコム株式会社出願、商願2005-115876号)のだが、これが4条1項11号で拒絶理由通知を打たれている。


そして、その原因になった先行商標はどれだろう、と探していくと、一つの商標に行き当たるのだ。


その名も「AIPHONE」(第0808390号)。いわずと知れた我が国が誇るドアホンメーカー、アイホン株式会社(http://www.aiphone.co.jp/)が昭和44年2月19日に登録を受けた由緒正しき商標である。


社名はアイホンだが、上記商標に特許庁が付した称呼は「アイフォン」。しかも指定商品は旧第11類・電気通信機械器具。実にドンピシャといったところ(笑)*5


ドアホンと携帯電話では全然違うではないか!と思う方もいるかもしれないが、以下のとおり、特許庁の審査基準ではいずれも「電気通信機械器具」(類似群コード・11B01)に含まれるから、通常の審査実務による限り、「アイフォン」という同一の称呼が含まれる「iPhone」商標がすんなりと登録される可能性は乏しいというほかない*6

電気通信機械器具(11B01)*7
1 電話機械器具
インターホン、携帯電話機、自動交換機、手動交換機、電話機
2 有線通信機械器具
印刷電信機、自動電信機、写真電送機、手動電信機、中継交換機、ファクシミリ
3 搬送機械器具
音声周波電送機械器具、ケーブル搬送機械器具、電力線搬送機械器具、裸線搬送機械器具、搬送中継機械器具
4 放送用機械器具
テレビジョン受信機、テレビジョン送信機、ラジオ受信機、ラジオ送信機
5 無線通信機械器具
携帯用通信機械器具、航空機用通信機械器具、固定局多重通信機械器具、固定局単一通信機械器具、車両用通信機械器具、船舶用通信機械器具
6 無線応用機械器具
乗物用ナビゲーション装置、ビーコン機械器具、方向探知機、レーダー機械器具、ロラン機械器具
7 遠隔測定制御機械器具
8 音声周波機械器具
拡声機械器具、コンパクトディスクプレーヤー、ジュークボックス、テープレコーダー、電気蓄音機、レコードプレーヤー、録音機械器具
9 映像周波機械器具
デジタルカメラ、ビデオカメラ、ビデオディスクプレーヤー、ビデオテープレコーダー、DVDプレーヤー、DVDレコーダー
10 電気通信機械器具の部品及び附属品
アンテナ、キャビネット、コイル、磁気テープイレーザー、磁気テープクリーナー、磁気ヘッドイレーザー、磁気ヘッドクリーナー、スピーカー、接続器、台架類、ダイヤル、蓄電器、通信機械用ヒューズ、抵抗器、テープレコーダー用テープ、転換器、配線盤、ピックアップ、ビデオテープ、表示灯、フォノモーター、ヘッドホン、変成器、保安器、マイクロホン、レコードクリーナー、レコード原盤。レコードスプレー

以上、http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/ruiji_kijun9/9han_dai9rui.pdf参照。


登録審査時に特許庁が行う類否判断と、裁判所の行う侵害成否判断は明らかに別物だから、仮に特許庁によってアップル社の商標出願が拒絶されたとしても、アップル社の営業に支障が出ることは考えにくいのだが、万が一拒絶されることになれば、アップル社としては気持ちが悪いだろうし、当のアイホン社だって、最近は先端技術との融合で商機の拡大を狙っているようだから*8、色気をだしてアップル社に対して触手を伸ばさないとは限らない(あくまで筆者の妄想だがw))。


そんなわけで、本国での争いのみならず、これからの日本での動きにも、ちょっとだけ注目してみる価値はあるのではないかと思うのである。


(追記)
たまたま見つけた名古屋の広告制作会社のブログの記事より。
http://ingweb.seesaa.net/article/29680679.html
やっぱり地元の方はちゃんと見るとこ見てますね(笑)。


(さらに追記)
驚くべきことに、ネクストコム社の「CastIPhone」は、Cisco社とのタイアップビジネスだったようで(http://www.nextcom.co.jp/press/2005/051121_01.htm)。Cisco社でも取れなかった日本での「iPhone」商標をアップルが取れるのか、ますます見物である。

*1:http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/18/news052.html

*2:この点については、http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0701/12/news066.htmlhttp://www.itmedia.co.jp/news/articles/0701/12/news066_2.htmlの記事が参考になる。記事の中では"iPhone"が「一般用語」であると主張することのデメリットが指摘されているが、アップル社がひとたび「iPhone」を使い出せば瞬く間に著名標章としての要保護性を備えることになるだろうし、そうなれば悪質な稀釈化・汚染事例を排除することは可能になるのではないかと思われる(筆者自身は外国法に疎いので、自分の言っていることが正しいのか保証の限りではないが。

*3:ガチガチした法律論よりビジネスを優先するのは洋の東西を問わず同じことなのだと思う。

*4:商願2006-86904号。優先権主張日は平成18年3月27日、基礎出願国がトリニダード・トバゴ共和国(TT)というのが面白い。

*5:先に紹介したネクストコム社の商標は「キャスティフォン」と読むらしいが、特許庁は「キャストアイフォン」とも称呼を付しているので引っかかったのではないかと推測する。

*6:もちろん、いったん拒絶査定が出された後に、不服審判なり審決取消訴訟なりで異なる判断が出される可能性はあるが、反論の材料としては「i」部分の識別力の強さを強調することくらいしか思いつかない。いかにアップルとはいえ、アルファベット一文字で識別力が認められる可能性はあるのか、筆者には何ともいえない。

*7:なお、これは本年1月から施行されている第9版に基づく商品であるが、アップル社の出願が拠っている第8版ともそんなに大きな差はないといってよいので、そのまま参考にすることにする。

*8:例えばこんな感じ。http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2003/12/1218.html

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