「誤解」の原因はどこにあるのか?

まぁ結局は、その世界に入ってみないと分からないこともあるってことかもなのしれない。


先日の自分のエントリー*1に対して、KTSKさんが丁寧に回答してくださっている*2


そのこと自体には、大変感謝しているのであるが、ただ一点、

「私が想定していたのは,例えば,起訴状・答弁書準備書面の起案,法定における尋問,依頼者からの聞き取り,判例集には載らない多数の訴訟の経験,といった,弁護士として当然要求される基本的な技術です。企業の法務部だけにいたのでは,それらの技術の習得に不安があるのではないか,と思ったのです。」

というところはどうだろう・・・。


筆者としては、この辺りの技能の習得の問題は、社内だろうが社外だろうが大して違いはない、と思っていたので、あえて触れなかったのであるが、訴訟に直面した時の会社の中の人(現在の法務部員)の仕事が、ただの資料集め*3だけだと思われているのかなぁ・・・と思うと、ちょっと寂しくなる。


KTSK氏が挙げた上の事項のうち、「法定(ママ)における尋問」以外は、弁護士資格のない普通の法務部員がやっていても全然不思議ではない仕事で*4、筆者の所属する組織でも、よほど難しい事件でなければ一から書面の起案を丸投げする、なんてことはしない*5


ましてや有資格者であれば・・・。


会社側と代理人側の、いわば「合作」として訴訟の場に出てくるのが、あの手の書面であることを考えると、どっちの立場だろうが実際のところ大差はないわけで、差が付くとしたら扱っている件数の違いくらいだろう(“訴訟ネタにはことかかないDQN企業”に勤めている筆者のような人間にとっては、それも大した差にはならないのでは?と思えてならないのだが・・・*6)。


法廷における当事者尋問、証人尋問のたぐいは、さすがに有資格者でないと無理だが、あれだって尋問事項のリストは会社の中で作るものだし、会社側証人であれば、事前に綿密なリハーサルを代理人抜きでやったりもしているから、かなりの部分は会社の中でマスターできるはずだ。


あとは、代理人になっている社外の弁護士のやり方を見よう見まねで学んでいけば、最終的には一人で全部回せるようになるのではなかろうか*7



「依頼者からの聞き取り」に関してはもはや言わずもがな、で、そもそも会社の中の方が、外で事務所を開くより、遥かに多くの件数の相談を受けることになるし、外に相談を持っていくときのような“お化粧”が施されていない分、よりリアルな生の話を聞くことができる*8というのはあえて説明するまでもないだろう。



結局、上で挙げられているような理由で「企業内弁護士」という進路を敬遠するのであれば、それは「もったいない」の一言に尽きる*9


KTSK氏が「通常考えられない」としている「顧問弁護士に新人社内弁護士の教育を任せること」だって、事務所に派遣して一緒に仕事をやらせたり、訴訟代理人として一緒に組ませたりすることによって行われている事例は結構あると思うのだ。




・・・以上、ここまで書いて、こういった認識のギャップが生まれてしまう原因はどこにあるのだろう?*10とふと考えた。


いろいろと思い当たる節はあるが、中でも一番の原因は、「企業法務」の現場で仕事をしている人間にが世の中で自分たちの日常の姿を伝える機会があまりに少ない、というところにあるのではないかと思う。


金融機関などの特殊な世界の人々はともかく、一般事業会社の企業法務、それも訟務、紛争処理関係の業務に従事している人が、人前、特に法曹を目指す学生の前に出て行って話をする機会は思いのほか少ない。


部長クラスにでもなれば、講演の機会などもあるだろうが、そういう場で出てくる中身は大概、マン・ツー・マン、フェイス・トゥ・フェイスな中身とは無縁の高尚なお話だったり、具体的な事件解決とは関係しない、コンプライアンス等の社内制度設計の話だったりする。


それゆえ、本当の「法務の現場」を肌身で感じることができず、「こういう仕事ができるのは、大きな事務所に入った弁護士の先生だけ」という誤解が、学生や指導する教官陣の中に生まれたとしても不思議ではない・・・。



法務の現場の仕事は、思いのほか広く、深い。そして、そこには人情と知的刺激があふれている。


今、中にいる人間として、それを積極的にアピールすべきなのか、それとも一種の「役得」として、しばらく甘美な世界にひっそりと浸るべきなのかは迷うところで、魅力を感じて企業内法務の世界に殺到する法曹の卵が激増すれば、いずれ自分たちのポジションが脅かされるかもしれない、という恐怖感が、心のどこかには依然として引っかかっているのも確かである。


だが、遅かれ早かれ、望むと望まざると、企業の中で法律系有資格者として働く人々が珍しくなくなる時代が到来するのであれば、その時は、後ろ向きな選択肢としてではなく、ポジティブな発想でやって来てほしい・・・そう思うがゆえに、企業法務戦士を自認する筆者としては、あえて今からお誘いしておく次第である。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071120/1195599664

*2:http://kiyosakari.blog105.fc2.com/blog-date-20071201.html

*3:もちろん、これ自体非常に重要な仕事ではあるのだが。

*4:もちろん会社によっては簡単な契約のチェックすら法律事務所に丸投げ、ってところはあるから、全ての会社で経験できるようなことではないのは確かだが。

*5:大きな事務所と組む場合は、事務所の方で起案してもらってそれに会社側で手を加えるという作業工程になる場合もあるが、法律構成も含めて半分以上「赤入れ」をすることだって稀ではないわけで、「自分たちの主張を通すためにどのような事実を、どのようなステップを踏んで書面に落とし込めばよいか」という知識が欠かせないのは、会社の内外どちらにいようが同じことである。

*6:大手渉外事務所なんかになると、もう何年も訴訟やってない、って人も決して少なくないわけで、入社間もない頃から簡裁で社員代理人やっていた自分の方が「訴訟経験」は豊富なんじゃないか、と思ったりもするが、それは全く自慢にはなりえないのが悲しいところだ(苦笑)。

*7:そんなに甘いもんじゃない、という突っ込みは甘んじて受けるほかないが、プロの先生方が皆、尋問が得意なわけではない、というのも明らかなる事実である(笑)。

*8:大体、今対応している法律相談に割いている時間を元にかつての弁護士報酬規程に則ってチャージを計算したら、給料が10倍くらいになっても不思議ではないわけで、会社の外に出ても同じくらいの相談が舞い込んでくるのであれば、喜んでプロに転向するのだが、現実にはそうもいかないから、多くの法務担当者は社内で仕事を続けているのである。

*9:強いて言えば、裁判所や検察官、相手方代理人との微妙な駆け引きや、訴訟運営上の細かい諸規則、そして、弁護士会内のドロドロした人間関係などは、やはり“プロ”の世界できっちり学んだ方が良いと思うが、それ(特に最後のヤツ)を「弁護士としてこなすべき一通りの仕事」と見るかどうかは、各々の価値観によるところが大きいと思う(笑)。

*10:少なくともKTSK氏は、筆者が拝読しているブログの管理者の中でも、群を抜いて素晴しい分析力と筆力をお持ちの方である。

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