積年の課題とされていながら、遅々として進んでいない感のあった公取委「審判制度」の見直しだが、政権交代後とんとん拍子に話が進んだようで、これまでのスローな展開は何だったのだろう、と思ってしまうくらい、あっけなく閣議決定まで辿りついた*1。
昨年の国会で独禁法が一部改正された際にも、「審判手続の抜本的見直し」が附帯決議として明記されていたから、予期された流れだった、というべきなのかもしれないが、それにしても、これだけの大改正がこんなにあっさり進むとは・・・という印象である*2。
この件に関する3月12日付の日経新聞での扱いは、そんなに大きなものではない*3。だが、独禁法プロパーで考えても、白石教授のテキストの約40ページ分の記載が丸々改訂されるような話だし、特殊かつ注目度の高い行政処分、審判手続きの一つが消滅することが、他の法域に与える影響も決して小さくはないと思う。
公取委のプレスリリース(概要:http://www.jftc.go.jp/pressrelease/10.march/10031204gaiyo.pdf)を読み返すたびに、これから起きることの様々なハレーションに思いを馳せているところである。
改正法案の概要
さて、改正法案の概要だが、「審判制度の廃止」と「公取委の処分過程における手続保障の充実」の2点が骨子となるようだ。
このうち1点目については、
第1 審判制度の廃止・排除措置命令等に係る訴訟手続の整備
(1)審判制度の廃止
・公正取引委員会が行う審判制度を廃止する。
・実質的証拠法則を廃止する。
・新証拠制限を廃止する。
(2)排除措置命令等にかかる訴訟手続の整備
・第一審機能を地方裁判所に
・裁判所における専門性確保(東京地裁への管轄集中)
・裁判所における慎重な審理の確保
という流れになっており、審判官の設置等に関する規定(35条7項〜9項)や審判手続及びその取消訴訟の手続きに関する規定(53条〜79条)、実質的証拠法則規定(80条)、証拠提出制限規定(81条)はほぼすべて削除されることになった*4。
その一方で、東京地裁を専属管轄とする規定(新85条、85条の2)や、合議体の構成等に関する規定(新86条、87条)が新たに設けられている。
これまで審級省略が正当化されていたのは、対審構造で行われる審判手続が「事実上の第一審」と位置づけられていたがゆえであるから*5、審判制度を廃止する以上は、通常の行政処分取消訴訟と同じように、地裁からの三審級が保障されるのも当然、ということになろう*6。
ゆえに、この点に関する一連の改正にさほど違和感はないのだが、一つ驚かされたのは、
第86条 東京地方裁判所は、第85条各号に掲げる訴訟及び事件並びに前条に規定する訴訟については、三人の裁判
官の合議体で審理及び裁判をする。
2 前項の規定にかかわらず、東京地方裁判所は、同項の訴訟及び事件について、五人の裁判官の合議体で審理及び裁判をする旨の決定をその合議体ですることができる。
3 前項の場合には、判事補は、同時に三人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない。
第87条 東京地方裁判所がした第85条第1号に掲げる訴訟若しくは第85条の2に規定する訴訟についての終局判決に対する控訴又は第85条第2号に掲げる事件についての決定に対する抗告が提起された東京高等裁判所においては、当該控訴又は抗告に係る事件について、五人の裁判官の合議体で審理及び裁判をする旨の決定をその合議体ですることができる。
と、地裁レベルで大合議体を構成する可能性を盛り込んだことだろうか。
従来の取消訴訟に関する規定は、東京高裁に「専門の合議体」を設けることを義務付けた上に、必要的大合議を求めていたから*7、それに比べれば、裁判所に対するプレッシャーはむしろ緩んだ感もあるのだが(笑)、それでも、一審から大合議を組む可能性があるとなると、いろいろと手当てしなければならないことは出てくるように思う*8。
次いで、実務的には審判制度と同じくらい、影響が大きそうな二点目。
第2 排除措置命令等に係る意見聴取手続の整備
(1)指定職員が主宰する意見聴取手続の制度を整備
・意見聴取手続の主宰者(手続管理官(仮称)が主宰する)
・審査官等による説明
・代理人の選任
・意見聴取の期日における意見申述、審査官等に対する質問
・指定職員による調査・報告書の作成
(2)公正取引委員会の認定した事実を立証する証拠の閲覧・謄写
(3)課徴金納付命令・競争回復措置命令についての準用
新49条以下、60条まで、削除された審判手続に関する規定の穴を埋めるかのように、意見聴取手続に関する条文が盛り込まれているのだが、条文の字面を読む限り、同種の行政処分手続に比べて遥かに充実した手続が「法制度上も」保障されることになりそうで好ましい限り*9。
もっとも、ある程度お膳立てが整う、ということは、それだけ被処分企業側にも労を惜しまず真剣に戦う覚悟が求められるようになる、ということでもある*10。
今国会で成立すれば、2012年の年頭くらいまでには施行される可能性がある(公布後1年6月以内)新しい独禁法。
実務サイドの人間にとっては、いかに“画期的な法改正”もゴールではなく、ただの新しいスタートに過ぎない、ということは、常に肝に銘じておかねばなるまい、と思っている。
*1:民主党政権発足後の見直しの動きについては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091211/1260637514など参照。
*2:今の政治情勢を考えると、法案を国会に提出してからの状況にも注目する必要があるだろうが、今回の改正をめぐる利害対立の構図が、「行政庁(公取委当局)対民間ユーザー」であったことを考えると、与野党ともにあえて反対に回る動機が存在するとは考えにくい。ゆえに、国会審議が順調にこなされれば問題なく成立する類の法律だと思われる。
*3:「公取委の処分/不服申し立て東京地裁に/審判制度廃止きょう閣議決定/来年秋にも新制度」という見出しで、経済面(4面)の端の方に、ささやかに掲載されている。
*4:新旧対照は、http://www.jftc.go.jp/pressrelease/10.march/10031204sinkyu.pdf。ちなみに、函館新聞社事件で話題になった70条の15(利害関係人の事件記録閲覧規定)も、今回の改正で消えるようだ。
*5:白石忠志『独占禁止法』(2006年、有斐閣)541頁参照。
*6:当然ながら、実質的証拠制限や証拠提出制限が残存する余地もないと思う。
*7:第87条 東京高等裁判所に、第85条に掲げる訴訟事件及び前条に掲げる事件のみを取り扱う裁判官の合議体を設ける。2 前項の合議体の裁判官の員数は、これを五人とする。
*8:個人的には、そこまで立派な器を用意するのであれば、独禁法違反の刑事事件についても、東京地裁の専属管轄にしてしまって同じ部で審理すればいいのに・・・と思ったりもしている。
*9:もちろんこれが形骸化することなく機能するように、導入後も不断のチェックを続けていく必要があるだろうが。
*10:手続過程が変わったからといって、公取委のスタンスが急に変わるようになるとは思えないから、不合理な処分は少なからず残ることになるだろうし、その場合、企業側がこれまでのような、“制度の欠陥”を理由とした場外戦によって共感を得ることは難しくなると思う。