今こそ必要なのは、発想の転換。

月曜日恒例の日経紙「法務インサイド」に掲載された「弁護士就職 開拓の余地」というタイトルの特集が、いろいろと話題になっている。

リード文にある

「本当に弁護士は就職難なのか」

というフレーズと、記事の中で展開される「組織内弁護士」礼賛が刺激的であるがゆえに、賛否両論出てきて、そこそこ盛り上がる結果となったのだろう。

だが、残念ながら、使い回された紋切り型のフレーズやネタを多用して構成されているこの記事に、見るべきものはそんなに多くないと、自分は思う。

例えば、

「学生が法科大学院で身につけるのは裁判を争うための法廷実務が中心。しかし企業側は『訴訟より、外国語や国際感覚の素養をもち、契約や交渉、消費者対応など幅広い業務を担当できる人』を求めている」(日本経済新聞2012年6月4日付け朝刊・第15面)

というくだり。

花王の法務部長(経営法友会代表幹事)の言葉を借りているとはいえ、おそらくこの記事を書いた記者の頭の中でも、この紋切り型のフレーズが日頃からぐるぐる回っていて、だからこそ「ミスマッチ」の最初の理由として、これが挙げられているのだろう。

しかし、ちゃんと勉強した人であれば分かると思うのだが、大学、大学院の教育プロセスの中で身につける六法を基本とした法解釈の技術や、司法研修所で叩き込まれる訴訟実務教育は、極めて普遍性の高いものであり、これを「裁判を争うための法廷実務」と、あたかも企業実務では役に立たないものであるかのように切り捨てるのは、いかがなものかと思う*1

また、記事の中では「求められている人材とのミスマッチ」というありふれたフレーズが平然と使われているが、そもそも各企業なり自治体なりの法務部門に採用されている弁護士の絶対数が少ないのは、法務部門そのものの採用人数が少ないからに他ならず、「法務担当者」という背番号付きで、新卒又は中途で採用されている全体数に占める比率でいえば、「弁護士」の採用割合は、既にびっくりするくらい高い数字になっている、という事実を看過すべきではないだろう*2

そして、唯一重要な指摘、と評価できる「定期採用活動の時期と新卒採用時期がずれている」という問題も、最近では企業の採用活動もかなり柔軟化していて、将来的に専門職でキャリアを積ませようと思う社員を、普通の総合職のような定期一括採用の枠に乗せずに採用するケースも多いから、これも、今となっては、企業等への就職が進まない理由として挙げるにはイマイチ説得力に欠ける、と思うところである。

弁護士はなぜ、企業に円滑に流れないのか?

以上のように、「弁護士の企業等への就職が進まない」ことの理由として、記事の中で挙げられている理由はことごとく弱い。

そして、それ以上に問題なのは、記事の中で、「進まない」理由の本質である、法曹界の人間の潜在的(半ば顕在的)な“意識”の問題に、全くと言って良いほど触れられていない、ということだ。

それはすなわち、

「『弁護士』という資格が、あたかも『職業』に直結する」

という、ある種の勘違い、とも言うべき意識である。

「資格」=「職業」ではないことは、他の様々な資格の状況を見るまでもなく明らかなのに、なぜかこの業界では、司法試験に受かり、二回試験に受かれば、『弁護士』として法律事務所で働くことができる、というのをある意味当然視するような風潮が強い。

“就職難”と言われて久しい今ですら、多くの人々は、「法律事務所で弁護士として働く」ことをイメージして司法試験を受けるし、修習生になればそのイメージを実現させるために血道を上げる。

そして、何だかんだ言っても、修習が終わるころには、ほとんどの人が一度は世話になる法律事務所を見つけているのが現状だから*3、よほど変わった嗜好の持ち主でなければ、積極的に企業を目指そうとはしない、というのが未だに現実ではないかと思われる*4

個人的には、今回の「法務インサイド」の組織内弁護士の“仕事”の取り上げ方自体にも疑問があるところだが*5、仮に、記事の中で損保の弁護士がコメントしているような、「専門性を高められる」という点をアピールポイントにするとしても*6、企業、官公庁という「組織」に対するイメージ不足・理解不足ゆえ、多くの法曹の卵にとって、そこで働くことの魅力が、「法律事務所で弁護士として働く」というライフモデルへの期待(幻想)を上回る可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。

そして、本来、法科大学院生や修習生を導くべき立場にある実務家教員や研修所の教官も、自分が歩いてきたプロセス(そのほとんどの方々が古典的な意味での「弁護士」であり、「法曹」である)以外のプロセスの魅力をなかなか伝えようとしないし、仮に伝えようと思っても、どう伝えれば良いのか分からない、というのが実態ではないかと思われる。

この先に向けて必要な発想

ということで、いろいろと批判めいたことも書いたが、上記日経紙の記事も、「弁護士は本当は就職難ではない」という(暗に書かれた)結論自体はそんなに間違っていない、と思う。

そして、あと5,6年もすれば、「弁護士」=「職業」という旧態依然とした固定観念は、若い世代を中心に徐々に消滅し、会社なり、役所なり、あるいはNPOなり・・・といった、本来の自分の「仕事」の中で、一資格としての弁護士資格をどう生かすか、という発想に頭を切り替える人が必然的に多数を占めることになるだろう*7

そうなった時、

「弁護士の就職難」

などというフレーズが世の中で使われることは、完全になくなるはずだ。

“「職業」とイコール”ではない他の資格でも、独立した事務所を作って仕事をしている人はたくさんいるわけだし、企業法務だけでなく、一般市民にとってのニーズもまだまだ開拓余地がある「弁護士」という職業には、独立起業者の参入を許す余地が十分にあるから*8、「職業」として頑張る、というライフスタイルも、他の士業よりは遥かに高い割合で存続し続けることだろう。

ただ、どんな形であれ、弁護士がその資格に相応しい力を発揮して、市民生活の血脈を支え、あるいは企業実務の潤滑油になることには大きな意義があるのだから、「弁護士がその資格だけで生計を成り立たせなければならない」という、決して一般的とは思えない(そしてある種のプライドで歪められた)執着は、そろそろ捨て去られるべきではないだろうか。

旧態依然とした古い「職業」観に凝り固まった頭で、世の中に向かって“危機”を訴えたところで、誰の共感も得られないし、この先、法の使い手を目指そうとする人々裾野を削ることになってしまうだけだ・・・と、自分は思うところである。

*1:そりゃあ、自分も企業内の実務家をそれなりに長くやっているから、幅広い知識、スキルの重要性は当然理解しているが、それは、会社に入って経験を積む中で身につけるべきもので、採用の段階から机上で全て身につけておくことを期待されるようなものではない、と思っている。そして、法曹として求められる知識をしっかり身につけている人であれば、実務に必要なその他の知識・技能を吸収できる可能性がある人材として、常識的な会社であれば重宝される。逆にいえば、訴訟実務をイメージできない、イメージする能力がない人が「弁護士」という資格をいくら振りかざしたところで、企業内で高い評価を受けることはないだろう。少なくとも自分は評価しない。

*2:なお、この記事の中では、「弁護士の増員は、企業や役所などの就職先開拓が前提だった」なんて、某先生が良くおっしゃっておられるようなこと(笑)が、何の裏付けもなく書かれているが、これが誤りであることはこのブログの中で過去にも指摘したとおりなので、ここでは繰り返さない。

*3:二回試験発表前のギリギリのタイミングで決まる人が多いゆえに、修了直後の登録率は低くでがちだが、いろいろと追ってみてみると、翌月、翌々月のタイミングではどこかに収まっているパターンが多く(収まらない人にはそれなりの個人的な事情があることも多い)、「事務所就職率」は依然として高いレベルで推移している、というのが実態だと思う。

*4:そもそも、あえて貴重な時間を勉強に費やして、司法試験を目指す、ということ自体が、世間的にいえばかなり“ズレている”わけで、世の中の多くの人にとっては当たり前の進路である企業や役所への就職に人気がないのは、その辺の集団全体の嗜好の偏りにも原因はあると思う。

*5:例えば「法的な相続人とは誰を指しますか」などという初歩的な質問に応答する仕事に魅力を感じる法曹の卵がどれほどいるのか・・・。入社したての新人担当者に任せる仕事だと考えれば別に不思議ではないが、それにしても、もっと、“それっぽい事例”にできなかったのか・・・と個人的には思う。

*6:なお、さしたる特徴もない一般民事系の事務所に入るよりは、企業の中にいた方がスキルも知識も遥かに身に付く、というのは事実だとしても、自分はそれは単なる「結果」に過ぎない、と思っていて、それを目的にし、そこに魅力を感じて企業の門を叩くのは、少々お門違いではないか、と思うところである。本来は、資格のあるなしにかかわらず、周囲との持続的な関係性の中で、共通の目的に向かって自分を役立たせられる環境がある、というところに企業内の法務の仕事の魅力は見出されるべきだと自分は考える。

*7:官公庁や企業、各種団体に就職する人はおのずから増えることが予想されるが、固定観念が変われば、法務専門職としてではなく、通常の新卒総合職として組織に入るケースも増加すると思われるため、増加分は何の問題もなく吸収できるだろう。今は文系でも新卒に修士レベルの力が求められる時代だし、院卒の採用比率も格段に高まっている(理系ほどではないが)。ありがちな、“新卒社員としてはオーバースペック”という指摘はもはや当たらない。

*8:これからは「企業法務」の分野に進出すべきだ、というコメントがあちこちで散見されたが、個人的には企業法務の市場の方が既に飽和状態に近く(特に大企業向けはもう限界だと思う)、それよりは組織に属しない人々に低価格で高品質の業務を提供する、という市場の方が、これからの伸びしろは遥かに大きいと思う。

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