「コンテンツ立国」に向けた戦略は正しい方向に向かっているのか? 〜「知財推進計画2015」に接して

さる6月19日、「知的財産推進計画2015」が正式に決定された。

安倍政権になって以降、随所で“知財立国”構想の亡霊が蘇っているように思えてならないのだが、案の定、今年の推進計画にも、そのようなカラーが色濃く反映されている*1

著作権に関しては、「第3 コンテンツ及び周辺産業との一体的な海外展開の推進」が『重点3本柱』の一つに掲げられ、その説明に10ページ近い紙幅が割かれている(20〜28頁)。

その後に続く『重点8施策』の中には、「5.デジタル・ネットワークの発達に対応した法制度等の基盤整備」(40頁以下)や、「6.アーカイブの利活用促進に向けた整備の加速化」(44頁以下)といった、利用側のニーズにも配慮した項目が設けられており、それぞれ、以下のような注目すべき施策の記載もある*2

(新しい産業の創出環境の形成に向けた制度等の検討)
・インターネット時代の新規ビジネスの創出、人工知能や3Dプリンティングの出現などの技術的・社会的変化やニーズを踏まえ、知財の権利保護と活用促進のバランスや国際的な動向を考慮しつつ、柔軟性の高い権利制限規定や円滑なライセンシング体制など新しい時代に対応した制度等の在り方について検討する。(短期・中期)(内閣官房文部科学省、関係府省)
・サイバーセキュリティに関連する産業の発展に向け、例えば著作権法におけるセキュリティ目的のリバースエンジニアリングに関する適法性の明確化等について検討を行う。(短期・中期)(文部科学省
(以上42頁)

アーカイブの構築と利活用の促進のための著作権制度の整備)
・美術館等が所蔵する著作物に関し、アーカイブ化のための複製が認められる施設の範囲の拡大や解説・紹介のために当該著作物のデジタルデータの利用を可能とすることについて具体的な制度の検討を行い、法改正が必要な事項については次期通常国会への法案提出も視野に検討し、法改正を必要としない事項に関しては本年度内に結論を得て、必要な措置を講ずる。(短期)(文部科学省
・孤児著作物を含む過去の膨大なコンテンツ資産の権利処理の円滑化等によりアーカイブの利活用を促進するため著作権者不明等の場合の裁定制度における補償金供託の見直しや裁定を受けた著作物の再利用手続の簡素化等について検討し、法改正が必要な事項については次期通常国会への法案提出も視野に検討し、法改正を必要としない事項に関しては本年度内に結論を得て、必要な措置を講ずる。(短期)(文部科学省
(以上48頁)

とはいえ、これらの施策の後に続く「模倣品・海賊版対策」と合わせて、今年の著作権政策の流れが明らかに「コンテンツ立国」に向いているのは間違いないところで、

「海外市場で受け入れられるコンテンツの制作・確保」
「海外市場への継続的な展開」
「コンテンツと関連産業との連携」
「各段階に共通的な課題への対応」

と4つの大きな柱を立て、映画、音楽、アニメといった定番コンテンツから、相変わらず紛れ込んでいる「食文化」まで、官邸サイドの力の入れ込み方が伝わってくる中身になっている*3

自分は日本のコンテンツ文化にどっぷりと染まって育ってきた人間だし*4、海外にかかわる機会が多くなってからは、より思い入れが強くなって、ちょっとでもスキマ時間があれば、現地の本屋だのCDショップだのに行って、Japanese Cultureのカケラが少しでも転がっていると嬉しくなる、という気質を持っていたりもするので、↑のように力を入れて取り組んでいこうとしている人々の気持ちも全く理解できないではない。

だが、例えば、

「現状では海外市場において日本コンテンツが十分に定着しているとは言い難い。文化的・経済的に関係が深く、我が国コンテンツ産業が比較的進出しやすいASEAN等東アジア諸国においても、アニメ・マンガ等の一部分野を除き、欧米や韓国のコンテンツの後じんを拝している状況である。」
「膨大なコンテンツを制作し提供している我が国コンテンツ産業の潜在力と比較して、現在の海外収入額や輸出額はいかにも小さく、十分な成長の余地があると考えられる。」
(20頁)

といった記述に触れ、それに対応して並べられた「対策」に目を通した時に、どうしても違和感を抱いてしまう、というのもまた事実である。

ということで、(今年に限らず)長らくモヤモヤした感覚を抱いていたのであるが、そんな中、日経新聞の日曜面に掲載されたある紙上対談記事を読んで、その違和感の原因が少し見えてきた気がした。

「和食 世界にどう売り込む」というタイトルで、デザイナー・奥山清行氏と中田英寿氏のコメントがそれぞれ掲載されている記事*5なのだが、特に奥山氏のコメントには感じ入るところが多い。

「海外と日本では評価されるものが必ずしも一致しないとまず割り切ることが大切でしょう。国際化するということは、外国人に『どうか買ってください』とペコペコとこびを売ることではない。外国人もそれは求めていないし、自らの手で文化を壊すことになる。逆説的に聞こえるかもしれないが、文化の肝心な部分はあえて国際化しないことが重要だと思う。」(強調筆者、以下同じ)

「外国人が分かるものは売り込み、自分たちにしか分からないものは守り続ける。外国人にも分かりやすい部分は積極的に売り込み、ピラミッドの裾野を広げる。それが未来の顧客を育てる。ただ簡単には手が届かない憧れの頂点も必要。高級ファッションブランドの戦略と発想は同じだ。」

「食文化や農業に共通する課題は、肝心の部分を簡単には外国に渡さず、いかに主導権を握りながら自らの文化を守り、育ててゆくか。物まねでも付け焼き刃でもダメ。根本は自分たちの頭で考えることが重要。しなやかでしたたかな戦略意識が求められる。」

あくまで「食」を対象としたコメントではあるのだが、これらは日本の文化風土に根差した全てのコンテンツに共通するものだと言えるだろう。

そして、このコーナーの性質上、“異なる立場”の論客として取り上げられている中田氏も、奥山氏がコメントしている「違い」の存在については、当然所与の前提としており、この点において立場の違いはないと言ってよい。

・・・で、そういったところを踏まえて振り返った時、今、「知財推進計画」が掲げている戦略は妥当なのかどうか。

自分のレベルで指摘できることがそんなにあるわけではないのだが、気になるところがあるとすれば、「コンテンツ事業者の市場のパイを広げる」という産業政策的側面の話と、「日本文化を世界に伝える」という文化的側面の話が、十分に整理されないまま、一本の「政策」として盛り込まれてしまっている、ということだろう。

前者を重視するのであれば、現地で自分たちの商品が売れるように、徹底的に現地に合わせてローカライズした商品を市場に供給するか、あるいは、現地の有力事業者と手を組んで現地オリジナルのコンテンツで勝負すべき、ということになるし*6、後者を重視するのであれば、むしろ日本のオリジナリティを保ったまま、「その価値を理解できるもの」にターゲットを絞った戦略を考えていく必要があるように思われる*7

幸か不幸か、このレベルの「計画」には、細かいビジネスモデルまで描かれるわけではないし、目指す方向性も漠然とした記載に留まっている。

なので、個々のコンテンツ事業者が、「国策」として投じられる予算や人的リソースをうまく使いながら、軌道を修正して、最適と思われる方向へ進んでいく余地は残されているはずだし、上手な事業者は、自分たちのモデルをじわじわと構築していくことになるのだろうが、中には威勢の良い掛け声に引っ張られて、“自分たちの良さ”を見失うような展開に陥ってしまう可能性もないとは言えないだけに、本気で「コンテンツ立国」を目指すのであれば、大元の戦略のところからより詰めた議論がなされることを、個人的には期待しているところである。

*1:個人的には、「知財紛争処理システムの活性化」(14頁以下)の章における「現状と課題」の記載などは、悪い冗談としか思えないのだが・・・(例えば、特許権侵害訴訟の件数が欧米の主要国と比較して少ないことや権利者側の勝訴率(あくまで終局判決ベースに過ぎないのだが)が米国、ドイツと比べて少ない、ということを取りあげて「訴訟で権利行使する経験と積極的に戦おうとする意識改革が必要である」という一部論者の指摘をそのまま載せてみたり、「権利の安定性が重要」という問題提起から「特許法第104条の3の在り方を再検討することが必要である」としてみたり・・・。特に後者について記載された「進歩性については、第一次的には特許庁が産業政策上の判断としてその程度を微調整しながら適切に行うことが相当」というフレーズについては、今世紀初頭の“出したもの勝ち”的な特許庁の審査に長らく苦しめられてきた者としては到底看過できるものではないし、「行政庁の審査の専門性」に対して過度な信頼を置くことは、昨今の時流にも明らかに反している、ということを指摘しておきたい。)。

*2:アーカイブに関しては、この2点目が、先日のhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150614/1435460210で打ち上げられたものなのだろう。

*3:こういう流れの中で「柔軟性の高い権利制限規定」というワンフレーズを入れた事務方の勇気には敬服するが、立法の契機となりうる「技術的・社会的変化やニーズ」の中に「人工知能や3Dプリンティングの出現」という権利創設・拡充方向のようにも思える異質なフレーズが混ざっているなど、“カオス感”は満載であり、この先の「検討」の先行きも簡単には見えてきそうにない。

*4:自分の世代だと、映画はもちろん、音楽ですら「日本のはダサい」というムードが周囲ではむしろ強かったのだが、自分は一貫して邦楽派で、同世代の人間よりもちょっと下の世代の人たちの方が、むしろ話が合う。

*5:日本経済新聞2015年6月21日付朝刊・第9面。

*6:個人的には、日本のパッケージ商品のローカル化に手間暇を費やすより、現地のクリエイター、コンテンツホルダーを日本資本傘下に取り込んでしまう方が効果的、効率的だと思うところではある(新興国の場合、文化的領域への出資にはいろいろな規制が付き物なので、そこはクリアしていかないといけないのだが)。

*7:コンテンツ自体をたくさん売る、という発想ではなく、あくまで日本の熱狂的なファンを増やし、日本に人を呼び込む、という観点からの戦略があっても良い(このような観点からは、海賊版対策に目くじらと立てることなく、一定の範囲で二次創作を認める、という戦略も取り得ることになろう)、と自分は思う。

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