企業内弁護士の「人材不足」問題

今週月曜の日経新聞の法務面に掲載された「インハウス(企業内)弁護士」に関する記事*1がじわじわと波紋を広げているようだ。

自分も記事の紹介から伝わってくる情報に断片的に接し、若干気がかりな記述はありそうだな、と思っていたのだが、改めて記事を読んでみた時に一番違和感を抱いたのは、やはり次のような論旨で問題が語られているところだろう。

「こうした需要増に、人材供給は追いついていないのが現状だ。」
(中略)
一因には、司法試験合格者数の減少がある。司法試験合格者が司法修習を終えた後の就職先をジュリナビが調べたところ、08年以降、法律事務所に所属するのは毎年1400〜1700人程度。これに対し司法試験合格者は14年から2千人を割り込み、16年は1583人に落ち込んだ。」(日本経済新聞2017年8月21日付朝刊・第13面、強調筆者)

おそらく、「司法試験合格者3000人」主義から未だに脱却できていない何者かが語ったコメントが下敷きになった分析なのだろうが、世の中は「事務所に就職できないから企業へ」というマインドで動いている修習生ばかりではないし、最近は多くの企業が修習前や修習初期から採用に食指を伸ばしているから、就職活動の順番も、事務所→企業、ということには必ずしもなっていない。

要は「有名企業のインハウスになれなかったからやむなく事務所に入った」という修習生も今では相応のボリュームになっているわけで、結果的に“余った人”が少ないからと言って、それを企業サイドから見た「人材不足」の理由、とするのは、いささか無理があるように思う*2

そもそも、合格者が2000人前後で推移していた時代が、企業の中からの視点で見て「人材が豊富」と言えるような状況だったわけでもない。

会社の顧問弁護士の経験はあっても会社の中で働いたことがない人、会社の中で少し働いたことはあっても「法務」という立場で働いたことのない人に、「企業の法務部門に求められる人物像」を説明して理解してもらうのは絶望的なくらいに骨が折れる作業だし、それゆえに、分かり合えていない層の人々からは、「就職に苦労している弁護士がこんなにたくさんいるのに、『人材不足』とは何事だ」という声も上がってしまうのであるが、長く会社の中にいる者として、おおざっぱに言わせていただくなら、

「法律知識」がいくらあってもそれだけでは仕事にならないし、法曹の世界では高い評価につながりやすい「法的思考力」とか「法的分析力」をいかに備えていたとしても、それが社内で仕事をする上での決定打となるわけではない。

というのが全ての出発点で、それを理解していただかないことには、永久に議論が噛み合うことはないだろう*3

それなりに歴史のある事業部門を抱える会社の中で、「法務」という部門はいわば鬼っ子のような存在なのであって、「一定の敬意は払われるが、その存在が常に尊重されるわけではない」というマインドで動いている組織は未だに多い・・・、というか、大手企業の法務部門の多くは、そういう立場に置かれている、と言っても過言ではない*4

そのような環境の下で求められるのは、

6割くらいは筋の悪い方向に押し切られて譲歩しても、残りの2割で「おっ」と思わせて踏みとどまらせ、最後の2割のところで『法務の立場でそうさせたい方向』に持っていけるスキル

に他ならないわけで、企業の中で「法務」担当者としての役割を全う譲るべきところは我慢する「忍耐力」、相手の関心を引き付ける「機転」とか「説得力」、そして、自ら描いたシナリオに沿って社内外の関係者を誘導する「演出力」「駆け引き力」&「決め切る(決めさせる)力」といった要素が、法曹としての一般的な能力以前に欠かせないのである*5

そして、今も昔も、「法曹」というカテゴリーの中にいる人々の中で、そのような資質をふんだんに発揮できている人(あるいは、将来そういう資質を発揮できるという潜在能力を感じさせる人)は、決して多いとは言えず*6、それゆえ、いくら弁護士の絶対数が増えても、求められている人物像に一致する弁護士はそう簡単には増えず、『人材不足』という印象だけが強く残ることになる*7

さらに言えば、社会人経験のない司法修習生であれば、同世代の社員と比べたスタートの遅れを取り戻せるだけの「柔軟性」が求められるし*8、事務所での職務経験がある弁護士ともなれば、それまでの仕事のやり方をガラッと変えられるだけの「可塑性」という条件がさらに課されることにもなる。

こうなると、司法試験の合格者が2000人になろうが、3000人になろうが、それよりもっと多くなろうが、採用する側から見たときの『人材不足』の認識は一向に解消されない、ということが、容易に想像できることだろう。

もちろん、今高い評価を受けている法務担当者だって、最初から要求される能力を全て備えていたわけではないはずだし、「法務」現役を自負する人々の中で、そういった能力を全て完璧に備えている、と胸を張れる者は決して多くはない(自分ももちろん胸を張って言えるわけではない)はず。

ただ、入社の時点で全てを兼ね備えていなくても、その先に成長カーブを描いて、理想とされる形に近付けるかどうか、という点に関しては、今の若い世代の有資格者から、そこまでの資質とか、それを補うだけのひたむきさ、といったものが感じられにくい傾向があるのも事実で*9、法曹資格を持たない同世代の叩き上げ若手法務担当者や、他の職種から転進してきた新卒生え抜き入社組と比較して大きく見劣りすることも、決して珍しいことではない。

データ上は既に社内弁護士の「頭打ち」感も指摘される中で、原因を「司法試験合格者数」に見出そうとした今回の記事の背景に、誰かのなにがしかの思惑が働いているのかどうか、自分は知る由もないのだが(笑)、司法制度改革からはや10年以上の歳月が流れ、「とにかく弁護士を取っておけば安心」という時代では既になくなっている(その意味で、法務の現場にいる者からすれば、当該記事時代がアウトデートな視点に立脚しているように見える)、ということは、最後に指摘しておかねばならないだろう。

これから「会社の中」を目指そうとする人たちにとっても、今様々な会社の中で「法務」という弱い部門の屋台骨を支えている人たちにとっても、この先の10年が不幸な時代にならないように。そして、採用する側もされる側も、ムードや「弁護士」という未だ根強く残るブランドに流されて、重大な選択を誤ることのないように・・・。

それだけである。

*1:日本経済新聞2017年8月21日付朝刊・第13面。

*2:そもそも、「新卒」という立場で有資格者を採用する企業は決して主流ではない(統計を見たわけではないが、経験弁護士の中途採用で対応している会社の方が絶対数としては遥かに多いと思われる)ということにも留意が必要だろう。また、合格者数が絞られ、“美しいスペック”の司法修習生や経験弁護士の就職状況が比較的好転したことで、送られてくる履歴書の中に、大手企業が好むタイプのものが減った、という状況はあるのかもしれないが、「ハイスペックの履歴書の枚数の多さ」が、「人材の豊富さ」に直結しない、というのは後述の説明を読んでいただければ分かることだろう。

*3:その意味で、日経紙の21日付の記事の中で、あたかも「企業側」の発言であるかのように取り上げられているいくつかのコメントは、現実の感覚とはちょっとずれていて、それがなおさら誤解や批判を招く原因になっていることは否めないように思う。

*4:それでも「敬意」を払われるだけまだましで、一片の敬意も払われず、ルーティンワーク(例えば契約書のレビュー等)以外に役割を与えられていない、という法務部門だって、決して少数ではないはずである。

*5:特に最後の「決める力」「決めさせる力」は、中途半端に“企業法務”系の事務所にいた弁護士ほど失っているものではないかと思うわけで(クライアントに「後は決めてください」と投げることも多いから)、同じ「企業法務」だと思って会社の中に入ってきた弁護士の多くが戸惑うところでもあるのではないかと推察している。また、限られた情報だけで瞬時に判断する、といった対応も不得手にしている弁護士は多いが、会社内の法務担当者に「じっくり調べます」というような余裕が常に与えられるわけではない。

*6:経験弁護士でこういった資質を全て備えている人がいたら、間違いなく事務所の中でも、独立してもかなりの確率で成功できるだろうから、そもそも企業内弁護士の求職市場には流れてこないし、新卒の修習生にしても状況は似たようなものだろうと思っている。

*7:もし、ここ数年で変わったことがあるとしたら、最初は「とにかく数が欲しい」という思いで、来るものは拒まず、状態で有資格者を採用していた会社が、いろいろと苦い経験を経て、採用者のスペックを引き上げてきている(結果的に求めているような人材は『不足』している、という実感をより抱きやすくなる)といったことくらいだろう。

*8:だからといって、司法研修所で企業内での就職を意識したカリキュラムを組む必要はないし、そこまでやるようになってはいけない、と自分は思っているのではあるが。

*9:法曹という職業の人気が失われつつある時代に、法曹養成過程に足を踏み入れ、散々後ろ向きなノイズに晒されてきたせいなのだろうか・・・と同情せざるを得ない面もあるのだけど。

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