こんな時だからこそ目を向けたい今年の知財法の動き&マリカー知財高裁終局判決への雑感を少々。

年明け以降、なかなか知財関係の話題をフォローする余裕もなかったのだが、ここに来てようやく、『年報知的財産法』の最新号に目を通すことができた。

年報知的財産法2019-2020

年報知的財産法2019-2020

  • 発売日: 2019/12/18
  • メディア: 単行本

知財年報」時代から通算して15冊目となるこの年報、今年の巻頭トピックは「令和最初の2大知財法改正」である。

この特集タイトルを見て思わず二ヤリとしてしまったのは、これが前年の「平成最後の2大知財法改正」とそのままパラレルになっていて、そこに編者の”遊び心”を感じたからなのだが*1、内容的には前年が著作権法不正競争防止法といったリーガル系の領域だったのに対し、今年は意匠法、特許法という「工業所有権王道」路線だから、関心を持つ読者層もちょっと違ってくるのかな、と思うところではある。

中身に目を移せば、改正意匠法の解説を担当されているのは、今年のジュリスト2月号にも解説*2を書かれていた大阪大学の青木大也准教授*3

立法過程の議論に関与されていたこともあってか、ジュリストの論稿と同様に比較的スタンダードな解説、という印象を受けるのだが、ジュリストと比べるとより踏み込んでいるな、という印象を受けたのは以下のようなくだりだろうか。

「本改正は、画像の意匠法による保護にあたって、物品表示要件や物品記録要件が意匠の物品性から導かれる不可避的なものと考えたうえで、物品性をなくす形で、当該要件を満たさない画像を保護対象に加えることにしたものと考えられる。もっとも、上記各要件を除くために、意匠の物品性を排除するという大掛かりな処置まで必要だったのか、すなわち上記各要件を除くことと意匠の物品性がどこまで両立しないものであったのかは、意匠法における物品性をどこまで具体的なものとして理解するかにも関わっているように思われる。」(4頁、強調筆者)

また、内装の意匠に係る新設条文(8条の2)に関して、「内装全体として統一的な美感を起こさせるとき」という要件に関する見解の対立や(7~8頁)、「著作権法の守備範囲と考えられていたもの」とのかかわりについて言及されている点(13頁)なども、脚注引用されている文献等と合わせて読むと、より理解が深まるのではないかと思われる。

査証制度の話に絞った三村量一元知財高裁判事とドイツ弁護士のランゲハイネ氏の連名論稿*4が掲載された特許法改正と合わせ、いずれも、まもなく(2020年4月1日)施行されるものだけに、今月中には是非読んでおくことをお薦めしたい*5

<訂正注>
令和元年改正特許法の規定のほとんどは2020年4月1日施行ですが(既に施行された規定もあり)、「査証制度」関係は公布日から1年6月を超えない日に施行予定、ということで、まだ施行日は決まっていないようです・・・*6
特許法等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和元年11月7日政令第145号) | 経済産業省 特許庁参照。


なお、いずれの法改正トピックに関しても、これまでに当ブログでコメントしてきたところではあるのだが*7、中でも意匠法改正に至るまでの一連の動きに関しては、未だに腑落ちしていないところがあり、それだけに今年の特集「空間デザインの法的保護」の座談会*8の中での実務家の発言には、非常に共感できるものが多かった。

例えば峯弁理士が「『デザイン経営』宣言」に対する疑問として挙げている、

「意匠法というのは、「創作」を保護する法律です。そして、不正競争防止法や商標は、ある意味マーク、識別できるもの、これを保護していく法律であって、「創作」とは無縁の法律です。そのようななかで、ブランド構築の取組を早い段階から保護する観点から、空間デザインを意匠法で保護しよう。ブランド保護に意匠法を利用していこうという立ち位置が、ここに表れてしまっている空間デザインを意匠法で保護したいならば、保護してもよいかもしれませんが、あくまでも「創作」の観点から保護するものだということは譲れないというのが私の考えです。」(47~48頁、強調筆者、以下同じ)

というポイントなどは、あの「宣言」のモヤモヤした部分にしっかり切り込んでくださっている。

また、この座談会には、オフィス空間デザイン(株式会社内田洋行グループ法務部知財課課長の松野氏)、店舗内外装デザイン(株式会社ケノスの小林氏)に関して、それぞれ実務者が登場しているのだが、背景にある事情は異なるもの、

(オフィスレイアウトの意匠登録の意味合いについて)
「正直に申し上げて、私個人としては理解し切れていないところがあります。あくまで個人的な感想となりますが、特許庁がオフィス家具の業界団体に意見交換にいらっしゃった際に、懸念点も含めていろいろ申し上げはしたものの、どうも、オフィスデザインも含めて、内装に含めることありきで意見を聞きにいらっしゃったのではないかという印象は受けました現時点では有効活用の手段がイメージし切れないのが正直なところではあります。」(松野氏発言、57頁)

(店舗の内外装を意匠法で保護しようという法改正の方向性について)
コンビニエンスストアのレイアウトの話ですが、データに基づいて各社ほぼ同じレイアウトになっています。」
「ですから、そういったレイアウトに対する保護や、その規制といったことは、私にはちょっと理解しがたいです。」
レイアウトを法律で保護するというのは不思議な感覚がします。」(57~58頁、小林氏発言)

と、いずれも”違和感”を表明されている、というのが非常に印象的である。

意匠法、特許法のいずれの改正も、極めてトップダウン的な”政治”的な色が濃いものだっただけに、施行後にハレーションを起こさずに使いこなそうとするとなかなか大変な代物になってしまってはいるのだが、法と実務を正しく理解している人々が、きちんと声を上げていくことが必要だな、ということを改めて感じさせられる良特集だったと思う。

知財高判令和2年1月29日(H30(ネ)第10081号、第10091号)*9

ところで、特集記事に続いて、恒例の「2019年判例の動向」に目を通し、このブログで取り上げたもの、目に触れてはいたけど取り上げるのを失念していたものを思い出して振り返ってみたり、全く初見のものを見つけて知識をリニューアルしてみたりしていたのだが、そんな中、例のマリカー」事件知財高裁中間判決の解説が書かれているのに接して(83~85頁)、そういえば、と思い出したのが、Twitterで@kopuchin2さんからsuggestいただいたこの事件の終局判決である*10

実質的な決着は、昨年の「中間判決」の時点で既についていた(以下リンク参照)。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

とはいえ、判決後のニュースで一審原告(任天堂㈱)の請求が全額認容された、と聞いて、どういう算定方法を用いたのか、という点だけは気になっていた。

結論としては、以下のとおりで、独自の顧客吸引力の存在や、打消し表示の存在、コスチュームの使用割合の低さ、という点に加え、「過去の裁判例における料率」も援用して2.5~3%程度の料率とすべき、と主張していた一審被告の主張はことごとく退けられている。

「不競法5条3項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該商品等表示についての許諾契約における料率に基づかなければならない必然性はない。不正競争行為をした者に対して事後的に定められるべき,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の料率に比べて自ずと高額になるというべきである。」
「不競法5条3項に基づく損害の算定に用いる,実施に対し受けるべき料率は,①当該商品等表示の実際の許諾契約における料率や,それが明らかでない場合には業界における料率の相場等も考慮に入れつつ,②当該商品等表示の持つ顧客吸引力の高さ,③不正競争行為の態様並びに当該商品等表示又はそれに類似する表示の不正競争行為を行った者の売上げ及び利益への貢献の度合い,④当該商品等表示の主体と不正競争行為を行った者との関係など訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。」
「これを本件についてみるに,①一審原告が,一審原告の著作物や商標等に関してこれまで締結したライセンス契約における料率(略),②原告商品等表示は,著名なもので(中間判決書の「第3 当裁判所の判断」4(2)及び6(1)),高い顧客吸引力を有していると認められること,③一審被告会社の不正競争行為の態様は,本判決の「第2 事案の概要」の2(4)~(6)並びに中間判決書の「第3 当裁判所の判断」1~7で判示したとおりであって,一審被告会社は,原告商品等表示の持つ高い顧客吸引力を不当に利用しようとする意図をもって不正競争行為を行ってきたのであり,原告商品等表示と類似する被告標章第1及び被告標章第2並びに本件各ドメイン*11が一審被告会社の売上げに貢献した度合いは相当に大きいと認められることといった事情からすると,本件各ドメイン名を使用しているMariCAR店舗及び富士河口湖店の売上げに係る料率は15%とし,本件各ドメイン名を使用していないその他の店舗の売上げに係る料率は12%とするのが相当である。」
「したがって,本件における使用許諾料相当損害額は,別表3「売上高・料率・損害額」の「合計損害額」の欄に記載のとおり,9239万9253円となる。」
(68~69頁)

これに加えて認められた弁護士費用もざっくり1000万円、ということで、合計認容額は実に1億0239万9253円

一審被告の主張を受け、営業開始後60~120日間は売上がなかったものとみなす等、基礎となる売上高が少し抑えられたことにより、一審原告が主張した約4億2000万円という金額には届かなかったものの、料率は一審原告の主張をほぼ受け入れる高いパーセンテージを認定し、その結果、一部請求の「5000万円」はフルに満たされる、という形で決着することになった。

(判決文の黒塗りが多いため具体的な算定式は不明だが)一審判決の認容額が一部請求額(1000万円)をわずかに上回るだけの1026万4609円に留まっていたことを考慮すると破格の金額であり(認定された金額で比較すると「10倍」近い数字となる)、これまでの不競法事件の中でも群を抜く高額賠償判決だといえるだろう。

その背景にあるのは、本件を不正競争防止法2条1項1号違反ではなく、2号違反と認めた知財高裁の判断にある*12のはいうまでもないことだが、このほかにも、一審被告が「過剰差止」と主張していた差止請求についても広範に認めるなど、「悪いものは悪い」という裁判所のスタンスがかなり色濃く出た判決になったことは間違いない。

5000万円の損害賠償額に、平成30年10月31日から支払済みまで年5分の遅延損害金、さらに、一審判決では責めを免れた一審被告代表者も控訴審では会社法429条1項に基づく不真正連帯債務を負う、ということで、当事者だったらなかなか厳しいことになりそうだな、という感想しか出てこないところではあるのだが、これも最近の法改正の潮流を踏まえた新しい流れなのかな*13、ということで、しっかり押さえておきたいところである。

*1:前年の特集に関しては、以下のエントリーを参照されたい。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:青木大也「意匠法改正――保護対象の拡大と関連意匠制度の拡充を中心に」ジュリスト1541号39頁。

*3:青木大也「意匠法改正-画像デザイン・空間デザインの保護拡充ほか」1頁。

*4:三村量一=ディルク・シュスラー=ランゲハイネ「特許法改正-査証制度の導入とドイツの査察制度の実情」15頁。

*5:意匠法改正に関しては、既にパブコメを終え(「意匠審査基準」改訂案に対する意見募集の結果について | 経済産業省 特許庁)、ほぼ固まっているはずの新・審査基準がまだ公表されていないような気がするのがちょっと気になるところではあるのだが・・・(1月に開催されたWGの議事録では「2月中」となっていたのであるが・・・https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/isho_wg/document/index/new19_gjiroku.pdf)。コロナウイルスの関係で説明会が中止になっていたりもする(https://www.jpo.go.jp/news/shinchaku/event/seminer/chizai_setumeikai.html)。

*6:@tanakakohsukeご指摘ありがとうございました。

*7:意匠法改正に関しては、2019年意匠法改正をポジティブに受け止めてみる。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~とその関連リンクを参照のこと。特許法改正に関しては「知財立国」時代の残り香、のようなもの~令和元年特許法改正への雑感 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*8:松野由香=小林清泰=茶園成樹=峯唯夫=松尾和子=[司会]高林龍「空間デザインの法的保護」34頁。

*9:第2部・森義之裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/285/089285_hanrei.pdf

*10:損害額をめぐる争い、ということもあり、「黒塗り」に時間を要したためか、しばらくアップされていなかったのだが、ようやく世に公表されたようである。

*11:筆者注:maricarを含むドメイン名。

*12:その結果、「打ち消し表示をしても、一審被告会社が、著名な原告商品等表示が持つ高い顧客吸引力を自己の事業に利用していることに変わりはないのであるから、打ち消し表示の存在は、本件において料率を低下させる事情として考慮することはできない。」(70頁)として、高額の認定額がそのまま維持されることにもなった。

*13:先日、特許権侵害でMTGに4.4億円の賠償を認めた大合議判決などもなんとなくラップする。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html