知財業界の中では、ひそかに囁かれていた話ではあったのだけど、いざ記事になったのを見るとやはり複雑な気分になる。
米ネットフリックスと日本のアニメ産業の「包括的業務提携」の話題。
「動画配信世界最大手の米ネットフリックスが、日本のアニメ産業で存在感を示してきた。2018~19年に国内のアニメ制作会社5社と包括提携し、オリジナルアニメの制作体制を整えた。制作会社は長期に作品を供給し、安定収入を確保できる利点がある。海外で評価されながら古い慣習が残る業界を変える転機になりそうだ。」
「ネットフリックスは世界各地でオリジナルコンテンツの制作に力を入れ、18年の制作・調達費用は85億ドル(約9180億円)にのぼる。作品ごとに制作会社と契約し配信する形式が一般的だ。だが今回、日本のアニメ会社とは包括的業務提携という形をとった。数年にわたり複数作品をネットフリックス向けに制作するのが条件で、「世界的にも極めて珍しい」(同社)提携という。ネットフリックス日本法人でアニメ事業を手がける沖浦泰斗・アニメディレクターは「良い制作会社とクリエーターは希少資源。魅力的な日本アニメを安定して配信できるようにしたい」と狙いを語る。」
「日本で一般的な「製作委員会方式」の運営方法や、それを軸とする商慣行にも一石を投じる。ネットフリックスと提携した制作会社の幹部は「委員会方式は関係者が多く絡み作品への注文が多く、制作が決まるまで時間がかかる。ネットフリックス向けの作品は自由度が高い」と打ち明ける。」
(日本経済新聞2019年6月12日付朝刊・第2面、強調筆者、以下同じ。)
この記事を読んだ自分の感想は、「なぜ、同じことを日本の会社がこれまでできなかったのか?」の一言に尽きる。
もちろん、自分も日本の「製作委員会」の商慣行に馴染んでいた人間だし、海のものとも山のものとも分からない作品の制作に全面的なリスクを取ることを嫌がる日本の多くの会社の体質は嫌というほど理解しているつもりである。
そして、自分自身、自社の関係会社が作品に出資する際のスキーム確認を求められた場合には、当然、「リスクヘッジ」を念頭に置いてコメントしてきた人間でもある。
ただ、「アニメは日本の宝。輸出できる最重要コンテンツだ!」という旗が振られ始めて久しいにもかかわらず、肝心の制作現場はどんどん疲弊している、という話を長らく聞かされていた中で、サービス開始時に〝黒船”と揶揄されたネットフリックスが、アニメ業界のホワイトナイトになっている、という話がこうやって大々的に喧伝されてしまうのは、やっぱり寂しいし、悔しい、の一言。
もしかしたら、記事に登場する日本のアニメ制作会社の関係者が”絶賛”している「包括的業務提携」の契約にも、実は非情なトラップが仕掛けられていて、数年たてば、発注者側から一方的な要求を押し付けられるとか、派生著作物に係る権利まで丸ごと持っていかれて、何かあった時には制作会社が残酷に切り捨てられるとか、そういった実態が露わになって、公取委が「関心を示す」事態になるのかもしれない。
だがそれでも、これまで日本の映像配信企業&広告代理店&スポンサーの各企業が単独では取れなかったリスクを、米国からやってきた創業から20年ちょっとの会社がとってしまっている、という事実は重く受け止めなければならないだろう。
今、日本では、一時期の「日本発のインターネットサービスを育てよう」という熱が醒め、欧州大陸の流行に乗って、「GAFA」に象徴される外から襲来した大型プラットフォーマーに規制の網をかける方向で政策の舵が切られようとしているが、実のところ、Amazonのおかげで売上が伸びて息を吹き返した会社なんて山のように存在するわけだし、他のプラットフォーマーに関しても、低い参入障壁と使い勝手の良いUIのおかげで、自前の展開や既存の国内媒体に依存した展開を行っていた時と比べると、飛躍的に売り上げにつながる効果を得られた、という話はよく耳にするところ。
”黒船”たちを牽制するために規制を強化した結果、彼らに手を引かれてしまうと、途端に日本国内の末端隅々の事業者が苦境に陥る・・・
日本がここ数年誇ってきたアニメ産業までそんなリアルな現実の中に組み込まれていくのだとすれば、それこそ政策的な選択肢は狭まってしまうわけで、個人的には「やられたらやり返せ!」の精神が絶対に必要だと思うところ。
そして、いつか、日本の中からも、思い切った資金投入ができ、登録者を強く引き付けるだけのコンテンツまで提供できるような会社が出てきたとき、初めて本当の「競争市場」が成立し、公取委の介入にも意味が出てくるような気がするのである。