海の向こうの”サプライズ”に思うこと。

ここに来て、これから何かとんでもないことが起きるんじゃないか、というくらい、あちこちで想像を超えた小ネタが日々生み出されている今日この頃なのだが、海の向こうからも随分派手なニュースが飛び込んできた。

「米国で企業の独占や寡占を厳しく取り締まる機運が高まってきた。バイデン大統領は15日、米連邦取引委員会(FTC)の委員長に規制強化を唱えてきた米コロンビア大学のリナ・カーン准教授(32)を指名した。米国ではIT(情報技術)に加えて製薬や食料などの分野でも寡占が進む。歴史的な競争政策の転換となる可能性がある。」
「米議会上院は15日、カーン氏をFTC委員に充てる人事案を賛成多数で承認した。バイデン大統領はカーン氏を空席となっていた委員長に指名した。委員、委員長いずれも最年少の就任となる。
日本経済新聞電子版2021年6月16日21時30分、強調筆者)

日本での報道レベルでの彼女に関する”伝承”を簡単にまとめるなら、2017年にTHE YALE LAW JOURNALに掲載された論文*1が注目を浴び、ジワジワと支持を増やし、大きく潮目が変わった一昨年くらいからのGAFAバッシングの波に乗って、一躍時代の寵児となった・・・といった感じだろうか。

当然ながら、外国に関する「報道」など断片に過ぎないわけで、彼女が注目されるきっかけとなった論文にすら目を通していない者としては、彼女の主義主張を正しく理解してコメントすることも到底できるはずなどないのだが、昨年の秋に日経紙の特集面に掲載された↓の記事を見て彼女のバックグラウンドに興味を惹かれたところはあった。

www.nikkei.com

それが政権交代を経て、Federal Trade Commission(FTC)の委員になる、というニュースだけでも「いよいよ来たな」と身構えた人は多かっただろうに、「Chair」にまで指名されたというニュースが今朝飛び込んできたのを見たときにはさすがに仰天せざるを得なかった。

極東の島国の人間にしてみれば、40代で国家の最高指導者になる人が出てくるような国だから、30代前半でFTC委員長になったって全然不思議ではないだろう、と思ったりもするのだが*2、自分が見た限りでは、当の米国での報道もサプライズ一色だったから、やはりそれだけの「大事」だったということだろう。

単純な日本のメディアは、「巨大IT規制強まる」のトーン一色でこのニュースを報じているが、組織一般の話でいえばそう単純なものでもなかろうよ、と思うところはある。

若くして組織のトップに立つことも、公職者が自らの主義主張を前面に出すこともかの国ではそこまでマイナスに働くことはないだろう、と思う一方で、研究者として自由な立場で唱える思想信条を、リアルな現実と向き合って政策立案、法執行をしていかなければならない立場でそのまま貫き通せるかどうか、といえば、自ずからそこにはギャップが生じてしまうような気もする。

他の公的機関と同様に、「党派」の色分けも明確になされるFTCにおいて、これまで「2対2」だったバランスがリナ・カーン氏の指名で民主党色が1つ強まった、ということが今後の政策論議に与える影響は決して小さくはないだろうが*3、Antitrustの分野の絵を全てFTCが書けるわけでもない、というのが複雑かつ巧妙に作られた米国社会の面白いところでもあるから、FTCが旗を振る政策が裁判所ルートでひっくり返される、ということだって十分考えられる。

ただ、一つだけ言えることは、これまで米国社会のイノベーションの象徴とされてきた「GAFA」が、肝心のおひざ元で守勢を強いられる、というここ数年のうねりは、今後加速することはあってももはや逆戻りすることはない、ということ。

そして、まだまだ良くも悪くも”牧歌的”なエンフォースメントの上に巨大IT企業がのっかっているこの日本にも、そう遠くないうちに波が押し寄せてくるだろう、ということまでは預言できそうな気がする。

自分の勝手な見方でいえば、Appleは世界的に見れば「独占」というにはあまりに競合が多い世界で生きている会社だと思うし、Facebookの代わりもいくらでも出てくる。さらに、今は盤石に見えるAmazonも、今急激に伸びているD2C系の販売ルートやリアル店舗の逆襲が今後本格的に始まってくることを考えると、牙城を崩せる余地は十分にあるだろう。

最後に残ったGoogleだけは、如何ともしがたいところがどうしても残るが、世界中からこれだけ激しく責め立てられると、自らの意思で事業を切り離す、という選択肢も上がってこないとは限らない。

・・・ということで、これが「巨大IT寡占」の終わりの始まり。

今FTCを構成している委員の在任中に話がどこまで進むかは分からないけれど、原点回帰のエンフォースメントのその先に何があるのか。

ちょっと楽しみにしっつ、対岸の火事を眺めることとしたい。

*1:Yale Law Journal - Amazon’s Antitrust Paradox読もう読もうと思いながら、全く手を付けられていない。引き合いに出される独占業種に身を置いていた者としては、何としても一読したいと思っているのだが、なかなか思いはかなわない・・・。

*2:実際、委員長代行を務めており、委員長就任が有力視されていたRebecca Kelly Slaughter氏だって、1983年生まれだからまだ30歳代。その辺は功成り名を遂げた顔ぶれで構成されることも多い日本の公正取引委員会や消費者委員会とは「委員」に求められるものが違う、ということなのだと思う。

*3:先日のセブン&アイHDのスピードウェイ買収に際しても、異例の「声明」を公表した委員はいずれも民主党系の方々だった。

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