「10年後」の景色。

今年の春からずっと楽しんできた日曜朝の至高の90分が今日、完結した。

あまちゃん」(再放送)

本放送から10年。中盤に訪れる様々な急展開も、最後のオチも全部分かっている。
軽快なオープニングの音楽も15分ごとに6回繰り返されると、普通は耳障りになる。

それなのに毎週、見ずにはいられなかった。


自分が地上波のテレビ放送を日常的に見なくなったのは、かなり昔のこと。
バラエティやニュースショーにはほとほと愛想が尽き、ドラマも何年かに一回、気になる新作の最初の数回をTVerで見るかどうか。
スポーツ中継だけはどうしても、というところはあったのだが、それも最近はネット中継の充実により、PCやスマホ画面で見る方がはるかに多くなっていた。

だが、だからこそ、様々な「山」に埋もれて役目を失いかけていたテレビを引っ張り出してまで眺めるドラマには、とてつもない意味がある。


もちろん、寝飛ばして見逃した週もあるし、日本を離れていて見られなかった週もあるが、ブームに出遅れた10年前、思いっきり見逃した北三陸からの上京シーンや奈落でのあれこれ、そして全編を貫く「影武者」の歴史とそのトラウマが寛解していくプロセスだけは、じっくり見ることができた気がするし、本放送時、見飛ばしていたがゆえに気付かなかったいくつかの伏線の「その後」も、改めて見ると(あの騒々しい展開の中でも)見事なまでに回収されていることに気付き、改めて宮藤脚本への畏敬の念は強まった。

そして、何といっても再び記憶に残ったのは、ドラマがハイライトに差し掛かった9月に描かれる「3・11」のシーン。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

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まだあの災厄が生々しい記憶として残っていた10年前と今とでは、世の中での「3・11」の位置づけも大きく変わっているのだけれど、あの日、様々なものが失われ、止まってしまったことへのもどかしさや、「被災地」をめぐるもやもやした気持ちが、わずかな時間の映像で瞬時に蘇ってきたのは、今回の一番の収穫であり、驚きだった。

最後の数週間分、本放送時は何となく引いてみていた「その後」の展開*1を、ストレートに「良い話」として受け入れることができたのが時の流れのせいか、それとも自分が年を取ったせいなのかは分からないけれど、あのエピソードを正面から取り込んだドラマがこの先どれだけ作られるのか・・・ということを考えると、いつまでも放送されていてほしいドラマだな、と改めて思う。


ちなみに・・・

改めて言うまでもなく、「10年」という歳月は長い。

ドラマの中には出てこないが、それぞれの役を生き生きと演じきって当時一世を風靡した俳優たちにも、その後、ドラマ以上に波乱万丈な人生があった。

Wikipediaなどを見ると、「若春子」の有村架純さんや、数年後まさかここまで、というブレイクを遂げた松岡茉優さんの華々しい活躍が記されている一方で、劇中でもリアルでも、将来有望、と期待されていた方が既に活動を休止されていたりもするし、何より、主役の能年玲奈さんのこれまで、の壮絶さはここで語りつくせるようなものではない*2

そして、それと比べると実に小さい話ではあるが、自分の10年も振り返ってみるとまぁなかなか・・・、である。

次に「あまちゃん」が再放送されるのが、また10年後なのか、それとももっと先なのか分からないけれど、その時振り返った10年+αで、この10年と同じくらいの「変化」を感じられるのかどうか。

そもそも「変化」を感じること自体が良いのかどうかわからないのだけれど、それまでの間にどこかの段ボールに入っているはずのDVDの発掘を試みつつ*3、自分自身もあの北三陸のスナックのテンションで「この先」を楽しまなければな、と思っているところである。

*1:あの頃はまだあちこちで「復興」には程遠い状況もあったから。

*2:「声」でも、映画監督としても名を挙げ、You Tubeでの露出も多くなった今は、当時以上に活躍している、と言っても過言ではないのかもしれないが、それでも「能年玲奈」の名は宙に浮いたままなわけで、昨今の「ジャニーズ崩壊」とそれを支えてきたメディアの自己反省の流れを受けて、彼女が「本名」でパブリックに活躍できる日が来ることを自分は強く願っている。

*3:過去のエントリーを見返して購入していたことに気付く、という末期状態・・・。王道ドラマの復活と一抹の寂しさ。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

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