欲しいのはクーポンではなく・・・。

今週、鳴り物入りで日本上陸?ということで話題になっていた「Miles」というアプリ。

www.getmiles.com

基本的に新しいものは何でも使ってみないと気が済まない上に、行動履歴系アプリは自分の大好物だったりもするから、早速自分のスマホにも入れてみた。

ローンチ初日は、3回に1回くらいしかうまく起動しなかったり、と挙動不審なところを見せていたりもしたのだが、一日経つと問題なく動いていて、その辺はさすが西海岸発のアプリだな、と思うところはあり。

そして実際に使った多くの方々がコメントしているとおり、単なる移動距離だけではなく、歩いたか、走ったか、車乗ったか、電車乗ったか、みたいな動きも把握してくれていて*1、自分の足を使う方がポイントが高くなる、というのも、まぁ面白いところだな、と思う。

ただ、まぁタダで使えるアプリだから仕方ないところではあるのだが、げんなりするのはぶら下がる数々のスポンサー・・・。

ascii.jp

記事にもある通り、ローンチの時点で群がったのは既に83社108特典

アプリの特典ページに行くと、「選択肢が多い方が嬉しいだろうお前ら!」と言わんばかりに、様々な会社の商品群がずらっと目に入ってくるのだが、こんなにいろいろあっても探すのも選ぶのも面倒なだけで、まぁなんというか・・・*2

自分がGoogleのタイムラインに始まって、チェックイン系のアプリからウォーキングバトル系のアプリまでこまめに使っているのは、純粋に自分の行動を正確に記録しておきたいから。 時計としての機能性の問題と電池の消耗の早さゆえやめてしまったが、かつてはGarminのウォッチの普段使いを試みたこともある。

この歳になってくると、油断すると、「昼飯の時、どこで何を食ったか」みたいな記憶が一日二日で怪しくなってくるわけで、ましてや数週間、数か月経てば、もはやお手上げ。

鮮明に記憶に焼き付けたはずの旅先の行動ですら、何年か経つとおぼろげになってしまう。

でも、それって、行動を思い返して懐かしみたい時には、実に寂しいことになってしまうわけだし、万が一”アリバイ”の証明を求められるような事態に直面した時には我が身を危機に陥れることにもなりかねない。

昔に比べれば、GPSの性能も良くなっているとはいえ、Googleなどは時々すっとぼけて、頻繁に通っているカフェなのに違う店として記録してくれていたりするし、自分でチェックインするタイプのアプリだと、当然「あ、忘れた!」ということも出てくる*3

だから、この新アプリのプライバシーポリシーで、

第8 位置情報の同意
「本サービスは、ユーザーの位置情報を利用してポイントの付与等を行うものであって、本サービスの利用には、ユーザーの位置情報が必要不可欠です。本アプリ起動時に、アプリケーションによる位置情報の収集に同意するよう求められますが、この収集に同意しない場合、ポイントの付与を含め本サービスは有効に機能しません。また、ユーザーは、利用端末の設定を変更すること又は本アプリをアンインストールすることで、いつでも位置情報の収集を停止することができますが、これらの場合にも、本サービスが有効に機能しない場合があること(その時点までに貯めたポイントも失う可能性を含みます。)をあらかじめご了承ください。」(強調筆者)*4

と、かなり強いトーンで、「お前らこのアプリがどういうもんか分かってるよな?」的な説明がされているのを見た時は、正直期待したのだが、ここまで書かれている割には、少なくとも記録画面上ではそこまではっきりと「自分のいた場所」が分かるような仕様にはなっていないのが何とも残念である。

本当は、コーヒーチケットもらうより、自分がいた場所と動いた履歴をより正確に記録してもらえる方がありがたかったんだけどな・・・と言ったところで、他人の商品だからまぁしょうがないと言えばそれまで。

日頃やましい行動をとっていない限り、行動履歴を記録することが自分の身を守ることはあってもその逆はない、というのが自分の信条だけに*5、いつか、オプトインすれば、検索履歴とか他のアプリの記録とも連携してより正確に自分の行動ログを残せるような何かが出てくると信じてはいるのだけど、それまでの間、”手動”でカバーしないといけない日々がどれだけ続くのか。

半ばあきらめ加減な2021年秋、の話である。

*1:これがGoogleのタイムラインなんかだと、「移動手段が分かりません」としつこく聞かれたりもするのだが、このアプリは今のところほぼ正確にとらえてくれている。

*2:使う方がまだ良いとして、これだけスポンサーが乱立するアプリに自社の商品を出すメリットがどれだけあるのか、というのは、ビジネス視点で見た時には興味のあるところでもある。

*3:時々、「○○にいましたか?」と親切にあとで尋ねてくれることもあるが、大体その場所にはいない・・・。

*4:https://getmiles.s3.amazonaws.com/assets/web_v2/jp_web/home_page/privacy_policy.pdfより。

*5:認知症の家族を抱えるようになって、なおさらその思いが強くなったところもある。人がある日、ある時にどういう行動をとっていたのか誰にも(本人にすら)分からない、というのは、それを把握される”気持ち悪さ”の何十倍も恐ろしいことだったりするから・・・。

「100%」ではなかったからこその勇気。

本来なら、一週間に備えて早々に休まなければいけない日曜日の夜、ひょんなことから目にした一本の動画にいろいろ考えさせられて、月曜の朝を寝不足で迎えることになってしまった。

pacificleague.com

二軍での引退登板に続き、この日は一軍の試合でも最後の登板機会を与えられた斎藤佑樹投手。

プロの世界で一時代を築いたような選手でも、最後は球団とこじれたり、徹底的に現役にこだわったりした結果、ファンの前に姿を見せることなく現役を退くことが多くなった時代に、在籍11年、実働9年でわずか15勝(26敗)、一軍での登板数も100に満たないピッチャーが、「最後の日」にこれだけの待遇を与えられる、というのは、これまでの興行面での貢献等を踏まえても、極めて異例のことだと思う。

そして、まだシーズンは続いているにもかかわらず、試合後には監督、コーチから一軍の選手たちまで、ずらっと揃っての「セレモニー」。

自分は2006年の夏の甲子園を途中までほとんど見てなかった上に、あの決勝戦で一貫して応援していたのは、ヒール役を演じさせられた南北海道代表の方だった*1

六大学リーグに進んで大フィーバーが起きた時も、応援していたのは当然別の大学だから、”旋風”に翻弄される様を見て嬉しいはずがない。

だから、最初から自分の”ハンカチ王子”を見る目はひねくれていたのであるが、仮に百歩譲って、アマチュア時代の輝かしい実績を額面通りに評価するとしても、かの選手がプロの試合ではほとんどチームに貢献できなかった、という事実に変わりはないわけで、「そんな選手にここまでの厚遇を図るのは、他の選手に失礼じゃないかな・・・」と思いながら見始めたのが冒頭の動画だった。

実際、映像を見ても、真の大物スター選手の引退セレモニーのそれと比べれば随分緩い雰囲気だったし、関係者の餞別の言葉も、長年同じチームでかかわってきた栗山・現監督を除けば何となく他人行儀な感じがあって、サプライズゲスト的に登場した早実の大物OBが、「甲子園での948球」の話を始めた時は、彼のプロでの11年間は何だったのだろう・・・とむしろ同情したくもなるくらいだった。

ただ、そんなふうに引きながら見ていた自分の目は、本人のスピーチが始まった時、ようやく覚めた。

何といっても出だしの挨拶が強烈そのもの・・・。

「本日はこのような場を用意していただき、球団関係者の皆様ありがとうございます。ファイターズファンの皆さん、入団してから引退する今日に至るまで、温かいご声援をありがとうございました。にも関わらず、皆さんのご期待に沿うような成績を残すことが出来ず、本当にすみませんでした。」(強調筆者、以下同じ。)*2

どんな名選手でも一抹の悔しさを見せるのがこの種のセレモニーで、そのシーズンでチームを優勝させられなかったことを悔やむ選手もいれば、在籍中に日本一になれなかったことを悔やむ選手もいる。だが、「ご期待に沿うような成績を残すことができず・・・」などという挨拶をプロの引退セレモニーでしたことのある選手が、かつて他にいただろうか。

そんな悔悟の念はまだまだ語られていく。

「「諦めてやめるのは簡単。どんなに苦しくてもがむしゃらに泥だらけになって最後までやりきる」。栗山監督に言われ続けた言葉です。その言葉通り、どんなにかっこ悪くても前だけを見てきたつもりです。ほとんど思い通りにはいきませんでしたが、やり続けたことに後悔はありません。」

そして最後。

「「斎藤は持っている」と言われたこともありました。でも本当に持っていたらいい成績も残せたでしょうし、こんなにけがもしなかったはずです。

かつて憎たらしいくらいにありとあらゆる栄光を手に収めていた時に、”流行語”にまで祭り上げられた自分の言葉を、この文脈で再度持ち出して落とす。

この後に続いたのは、各紙で報道もされていたかつての名言なのだが、そのセリフが頭の中に入ってこないくらい、その前に語られた一言のインパクトは強かった気がする。語り口それ自体は、昔から全く変わらない淡々としたものだっただけに、なおさらそのギャップは強烈だった。

いかに甲子園の、六大学のスターだったからといって、プロに入ってから故障続きで結果を残せなかった選手にこういう機会を与えれば、ポジティブな言葉を探す方が難しい、というのは冷静に考えれば当たり前の話ではある。だが、球団はあえてスポットライトを浴びせて引退する投手に語らせる場を設け、本人もそれを受けた。

その重さを考えた時、あの甲子園の夏から15年、勝っても勝てなくても「スター/元スター」であることを受け入れ、表立って悪態をつくこともなく、10年を超える現役生活を全うした斎藤佑樹、という選手への見方は大きく変わった。

それまであまり意識したことはなかったのだが、セレモニーの中で流れたデビュー当時の映像を見ても、セレモニーでの様子を見ても、周りの大柄な選手たちとの比較でひと際小さく見えたのがこの日の”主役”で、実際、斎藤選手の身長は176cm。

あの夏の魔法にかかったような奇跡の連投がなければ、大学30勝超えの実績をもってしてもドラフトにかかるかどうか微妙なラインだったかもしれない彼が*3、故障に苦しみながらも「15」も勝ち星を刻んだ、そのことに価値があったんじゃないか、とすら、セレモニーの終わりの映像を見る頃には思えてきたのである。

単純すぎるといえばそれまでで、うがった見方をすれば、このセレモニー自体、「引退後」に向けた「新たなファン層」開拓のための演出だったということも言えるのかもしれないが、これまで決してこういう場で語られることのなかった「100%出し切れなかった者の敗者の弁」に触れる機会を得られたことへの感謝と、それを引き受けた勇気への称賛を込めつつ、グラウンドを去った選手の次の人生にエールを送ることとしたい。

*1:元々北の方のチームが好きなうえに、あの年は春のセンバツの出場辞退、という悲劇的な事件もあったから、なおさら歴史に名を刻んでほしい、という思いはあった。当時のエントリーは熱闘の終わり。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*2:スピーチ内容の記述は、ヤフーニュースの【日本ハム】斎藤佑樹の引退スピーチ全文 「僕が持っているのは最高の仲間」(スポーツ報知) - Yahoo!ニュースより引用している。

*3:実際、4年間コンスタントに投げ続けてはきたものの、最後の秋に東大相手に失点して黒星を喫したようなもろさはあったから、少なくともドラフト1位で複数球団が競合するような評価は受けられなかったんじゃないか、という気はする。

最後に勝ったのは「紅」だった。

3歳牝馬クラシック、最後の一冠はまたしても、金子真人ホールディングス紅白馬合戦」だった。

美しき白毛馬・ソダシ単勝1.9倍、という人気を集める一方で、桜花賞4着、オークス2着と来て、母の名に懸けても最後の一冠を、と意気込むアカイトリノムスメも夏を越して順調に参戦し、オークス馬・ユーバーレーベンを上回る4番人気に付けていた。

紫苑Sから滑り込んだミスフィガロと合わせて3頭出し、というのは羨ましい限りの状況だったのだが、オーナーにしてみると、この日のレース結果への感想は、ちょっと複雑なものだったのかもしれない。

Number誌の表紙まで飾り、「GⅠ2勝」という実績以上の”国民的人気”を博しているアイドルホースとなってしまった以上、ソダシに消極的なレースをする選択肢はなかったと思われるし、1000m通過61秒2、というペースを考えても2番手追走、というのは絶好のポジションだったはず。

ただ、映像を見る限り、この日のソダシは、向こう正面では折り合いを欠いているように見えたし、コーナーを回り始めたあたりからの行きっぷりも明らかに悪く、そうこうしているうちに、最後の直線、見せ場を作る間もなく後続の馬たちに次々と飲み込まれていく。

そしてそんな混乱状況の中、外目を通った万全のコース取りで力強く差し切ったのが、三冠馬アパパネを母に持つアカイトリノムスメだった。

デビュー時から良血として期待され、オークスでも2番人気に支持されていた(そしてしっかりとそれに応えた)馬にしては4番人気、というのはいかにも低評価だったと思うが、最後の一冠は紛れなき力強い差し脚で堂々の完勝。

その一方で、断トツ人気を背負った白き大本命馬は巻き返す気配すらなく、最後は同じ勝負服のミスフィガロにさえ交わされて10着に沈む・・・。

あまりに残酷な運命のコントラストがそこにはあった。


今日の大本命馬は、元々「距離の壁」を指摘されていた馬で、オークスでもそんな評判を打ち破ることなく馬群に沈んでいたから、オークス1,2着馬と同様に、そのまま夏を休養に充てて秋華賞に直行していたら、(声援の量は変わらなくても)おそらくここまで馬券で人気を被ることはなかったかもしれない。

だが、夏の札幌記念で名だたる古馬たちを押しのけて優勝を遂げたことが、彼女を再び「強いスターホース」に引き上げ、秋華賞のオッズも一気に引き下げた。

あのレースを見れば、「2400mはともかく2000mなら大丈夫だろう」というのは、素人ならずとも思ったはずで、ましてやコースも波乱多き京都内回りではなく、得意の阪神コースとなれば、「二冠」の夢が脳裏をよぎっていたとしても全く不思議ではない。

だからこそ、その夢が早々と潰え、でも先頭を駆け抜けたのは自分の別の馬・・・という展開をどういう思いで見ておられたのか。

最後の直線は、クイーンカップからずっと、”アカイトリ”を本命で追いかけてきた自分ですら、白馬の行方に気を取られてライブ映像では思わず勝ち馬を見逃しそうになったくらいだから、オーナーがどちらを見ていたか、というのは、ちょっと気になるところでもある。

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タブーに踏み込んだ勇気は、この世の中に何をもたらすのだろうか・・・。

14日、そのニュースは突然飛び込んできた。

「日本製鉄は14日、電動車のモーター材料となる鉄鋼製品で自社の特許権を侵害されたとして、トヨタ自動車鉄鋼世界最大手の中国宝武鋼鉄集団の子会社、宝山鋼鉄東京地裁に提訴したと発表した。両社に損害賠償を求めたほかトヨタには対象となる電動車の製造・販売差し止めの仮処分を申し立てた。国内の鉄鋼大手が大口取引先である自動車大手を知的財産権侵害で訴えるのは異例だ。」(日本経済新聞2021年10月15日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

その日から翌日にかけて、さらに週末の社説に至るまで、どのメディアにも「異例」の文字が躍っている。

これが単に「大企業同士の訴訟」ということであれば、頻度こそ多くはないが、知財の分野では「異例」とまではいえない。
同業のメーカー同士なら、海外はもちろん国内でも無効審判ルートで特許の潰しあいをしているケースはそれなりにあるし、時には新商品をめぐって差止仮処分に打って出る、ということだってある。

ただ、これがサプライヤーと納入先の関係、それも長い伝統を持つ国内トップ企業同士の争い、ということになれば、やはり「異例」という言葉以外の形容詞は、なかなか思い浮かばない。

当然ながら、約200億円という損害賠償請求額以上のインパクトがあるこんな訴訟が何の前触れもなく出てくるはずはなく、日本製鉄のプレスリリース*1からも、日鉄とトヨタの間でそれなりの間、事前協議がなされていたことはうかがわれるのだが、通常ならギリギリのところで”収まる”ことが多いこの手の紛争で「提訴」というステップにまで踏み込まざるを得なかった背景に何があったのか。様々な報道がなされているが、いずれも憶測の域を出るものではなく、さらに言えば、今後、政治も絡んだ様々な動きが出てくることは容易に想像できるところではある*2

元々、世の中には「日本で特許訴訟が少ないのは由々しき事態だ」と本気で思っている方々が一定数いらっしゃるから、そういう方々にとっては、これもまた”朗報”なのかもしれない。

あるいは視点を変えて、今回訴えられた会社の「知財」の取扱いに対して複雑な思いを持っている方々にとっても、今回の事件は「チャンピオン対決」みたいなもので、ハラハラしつつもひそかに喝采を上げている人がいても全く不思議ではないだろう。

自分も、1つめの認識には共感しないが、2つ目の点に関しては、多少の共感は寄せたくなる。

そして、今回訴えられた会社の側で出したリリース*3の節々に出てくる、

「弊社としては、本来、材料メーカー同士で協議すべき事案であると認識しており、弊社が訴えられたことについては、大変遺憾に感じております。」
「弊社では、様々な材料メーカーとの取引にあたり、その都度、特許抵触がないことを材料メーカーに確認するプロセスを丁寧に踏んでおります。当該の宝山鋼鉄股份有限公司製の電磁鋼鈑につきましても、取引締結前に、他社の特許侵害がないことを確認の上、契約させて頂いております。その旨は、書面でも提出頂いております。」
「本件につきましては、日本製鉄より当該の指摘を受けたことから、改めて宝山鋼鉄に確認をさせて頂きましたが、先方からは「特許侵害の問題はない」という見解を頂いております。」(強調筆者)

という「大口発注者の調達部門の論理」的なるものに接して、苦笑いせざるを得ないのも確かである*4

だが、本件に限らず、この種の紛争の先にあるのは、決して明るい未来ではない。

相被告となっている中国の会社に関しては「産業スパイ」だとか何とか様々な話があるのは確かだが、今回のような状況になっているのも、そこが作った製品が今やトヨタのEVで使えるだけの水準になっているからなのであって、今世紀に入ってからの中国企業の技術力の急激な上昇を踏まえれば、独自開発の主張に基づく先使用権の抗弁が認められたり、場合によっては、海外での公然実施や中国国内での公知文献の存在等が認定されて特許自体が無効とされるリスクも皆無とはいえない*5

また、仮に長い争いの末に原告側の請求が認められたとしても、その時の原告の市場での地位は?あるいは、被告の電動車の市場での地位は?ということを考え出すと、より暗澹たる思いに駆られる。

国境を越えて企業間競争が繰り広げられている今、日本の大手メーカーだからといって、日本の会社と優先的に取引しなければならない、という理屈が出てくる余地はもはや存在しないし、それぞれがもっとも自社の利益となる方法を追求することが、結果的に株主だけでなく、その下に抱える多くの雇用をも守ることになるのだけれど、それでもまだまだ開発競争のさなかにある次世代移動手段に関して言えば、「そこが手を組まなくてどうする・・・」という思いは当然あるわけで・・・。

*1:https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20211014_100.pdf

*2:ちなみに、ちょっと前まで「無方向性電磁鋼板」といえば、独禁法の企業結合審査事例の中に出てくるキーワードとして法務界隈では著名だった(https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/toukeishiryo/mondai/h23jirei02_files/H23jirei02.pdf参照。)のだが、「提訴」のニュースから数日のうちに、このキーワードでGoogleを使ってかつての大規模企業合併の情報を探し出すのも難しい状況になってしまった・・・。

*3:日本製鉄株式会社による弊社への電磁鋼板に関する訴訟について | コーポレート | グローバルニュースルーム | トヨタ自動車株式会社 公式企業サイト

*4:改めて言うまでもないことだが、いかに納入時に「確認」をしていたからといっても、現に使用している製品、素材等が第三者特許権を侵害していれば、侵害責任は肯定されてしまう。もちろん、調達先との間では万が一の場合に対処するための様々な手立てが抜かりなく講じられ、訴訟費用や弁護士費用はもちろん、場合によっては逸失利益までサプライヤーに持たせる”約束”までさせることは可能だが、それでも自らが直接訴えられ、かつ相手の主張に理があれば判決上は責任を負うことになることは避けられない。だから法務・知財部門の人間であれば、第三者からの指摘が明らかに”一発狙い”の言いがかりであるような場合はともかく、市場で一定のポジションを占めている事業者から指摘を受けたような場合は、調達先がどんな言い訳をしていようが、一度立ち止まって協議しろ・・・という方向に持っていくのが定石だろう、と思うのだが、なぜ今回のような事態にまで至ってしまったのか。それが気になるところである。

*5:「無方向性電磁鋼板」が日鉄にとって虎の子の技術である、という報道はあちこちでなされているが、虎の子の技術の特許権を公に行使する、ということは、その独占的地位を失うリスクと常に表裏一体である。

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「ハッシュタグ」事例が示した商標的使用論の限界?

先月末に出された判決が、急にあちこちで報道されて盛り上がったのは今週の話。

「自社ブランド名のハッシュタグを無断で使われ商標権を侵害されたとして、京都市の企業がフリマアプリ「メルカリ」の出品者に表示の差し止めを求めた訴訟で、大阪地裁(杉浦正樹裁判長)が商標権侵害を認めたことが分かった。」(ヤフーニュースで2021年10月13日21時配信)
「#他社ブランド」タグ悪用は商標権侵害 メルカリめぐり異例判決...対策は?同社に聞いた(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

このニュースに触れた時は、自分もまぁそんなもんだろう、と思って流してしまっていたのだが、実際に公表された判決と添付資料を読んでみると、シンプルな事案ながら、商標の機能って何だっけ?ということを改めて考えさせられるもののようにも思えたので、以下、取り上げておくことにしたい。

大阪地判令和3年9月27日(令和2年(ワ)8061号)*1

原告:株式会社Wisteria Kyoto
被告:pudこと P1

報道されているとおり、この事案は、

「被告がオンラインフリーマーケットサービス「メルカリ」上に開設したサイトに表示した別紙被告標章目録記載1又は2の標章(以下,同目録記載の番号順に「被告標章1」などという。)が本件商標と同一ないし類似し,また,上記サイトにおいて被告が販売する巾着型バッグ(以下「被告商品」という。)は本件商標権の指定商品と同一であるとして,本件商標権に基づき,上記サイトにおける被告標章1又は2の表示行為の差止め(商標法(以下「法」という。)36条1項)を求める事案である。」(2頁)

という極めてシンプルなものである。

自分はメルカリのサービス自体を使ったことはないが、TwitterでもInstagramでも、キーワードにハッシュタグを付けてそのキーワードに関連のある人を自分のコンテンツに誘導する、ということは良く行われているし、メルカリでもそのような出品物の検索用のツールとして使われていたようである。

そして本件に関して言えば、原告が保有していた商標は「シャルマントサック」という標準文字(商標登録6232133号)だから、同じ文字列に「ハッシュタグ(♯)」を付けただけの被告標章との形式的な類否だけみれば、外観、称呼等、緻密な検討を経るまでもなく同一又は類似、と評価されることは明らかな状況だった。

被告標章:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/606/090606_option1.pdf

ただ、ここで問題になるのは実際の使用態様。

問題となった表示は裁判所のウェブサイトに掲載されている以下の資料の6~7頁にあるのだが、
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/606/090606_option2.pdf

【ivory × black dot】巾着ショルダー

というシンプルな商品タイトルに続けて、商品の説明の冒頭で「ハンドメイド品です」という記述があり、さらに、わざわざ

♯シャルマントサック風

と「風」付きのハッシュタグまで付けた上で、一連のハッシュタグの末尾には

「好きの方にも…」

という、分かっている人が見たらニヤリとするフレーズまで付けられている。

もちろん、これが上品なやり方かどうか、といえばそうじゃないよね、というのが自分の感覚だし、本物の「シャルマントサック」の中古品を探している人がこのハッシュタグにつられてこの出品物のページに来てしまったら悪態の一つや二つは付きたくなるだろうけど、だからといってこのようなタイプの使い方を商標権侵害の文脈で問題視する、という発想は自分にはなかった。

だが、裁判所は以下のような理屈で原告の請求を認めている。

イ 商標的使用について
「被告は,被告標章1につき,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない,すなわち商標的使用がされていない旨を主張する。しかし,前記のとおり,オンラインフリーマーケットサービスであるメルカリにおける具体的な取引状況をも考慮すると,記号部分「#」は,商品等に係る情報の検索の便に供する目的で,当該記号に引き続く文字列等に関する情報の所在場所であることを示す記号として理解される。このため,被告サイトにおける被告標章1の表示行為は,メルカリ利用者がメルカリに出品される商品等の中から「シャルマントサック」なる商品名ないしブランド名の商品等に係る情報を検索する便に供することにより,被告サイトへ当該利用者を誘導し,当該サイトに掲載された商品等の販売を促進する目的で行われるものといえる。このことは,メルカリにおけるハッシュタグの利用につき,「より広範囲なメルカリユーザーへ検索ヒットさせることができる」,ハッシュタグ機能をメルカリ上で使うと使わないでは,商品閲覧数や売り上げに大きく差が出ます」などとされていること(いずれも甲7)からもうかがわれる。また,被告サイトにおける被告標章1の表示は,メルカリ利用者が検索等を通じて被告サイトの閲覧に至った段階で,当該利用者に認識されるものである。そうすると,当該利用者にとって,被告標章1の表示は,それが表示される被告サイト中に「シャルマントサック」なる商品名ないしブランド名の商品等に関する情報が所在することを認識することとなる。これには,「被告サイトに掲載されている商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名のものである」との認識も当然に含まれ得る。」
「他方,被告サイトにおいては,掲載商品がハンドメイド品であることが示されている。また,被告標章1が同じくハッシュタグによりタグ付けされた「ドットバッグ」等の文字列と並列的に上下に並べられ,かつ,一連のハッシュタグ付き表示の末尾に「好きの方にも…」などと付されて表示されている。これらの表示は,掲載商品が被告自ら製造するものであること,「シャルマントサック」,「ドットバッグ」等のタグ付けされた文字列により示される商品そのものではなくとも,これに関心を持つ利用者に推奨される商品であることを示すものとも理解し得る。しかし,これらの表示は,それ自体として被告標章1の表示により生じ得る「被告サイトに掲載されている商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名である」との認識を失わせるに足りるものではなく,これと両立し得る。」
これらの事情を踏まえると,被告サイトにおける被告標章1の表示は,需要者にとって,出所識別標識及び自他商品識別標識としての機能を果たしているものと見られる。すなわち,被告標章1は,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様による使用すなわち商標的使用がされているものと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。」(9~10頁、強調筆者)

メタタグに関するこれまでの議論(ディスクリプションメタタグとキーワードメタタグに分けて論じる議論等)を踏まえれば、今回のようなハッシュタグは、メタタグ以上に明確に商品販売画面上で需要者に視認されるのだから、当然、商標権侵害になりうるだろう、という発想も裁判所の判断の背後にはあったのかもしれないが、仮に商品画面まで誘導されたとしても、購入する需要者は100人中100人、この商品がシャルマントサックだと思って買うことはない、というような場面でも「出所表示機能を果たしている」として侵害を成立させるのが妥当なのかどうか・・・。

ここで、原告側が商標の「広告宣伝機能」等を前面に出していればまた別の議論はできたのだろうが、判決文による限りシンプルな出所表示機能の問題、としてしか争われていないようにも見えるだけに、なおさら考えてしまったところはある*2

「商標の機能とか商標的使用とか、そんなややこしい話以前に、著名ブランドの名称を商品説明の中に記載して自分の商品を売るのはマナー違反だ!」という発想はあっても良いと思うし、堅実なプラットフォーマーであれば、今回の判決への反応も見ながら、いずれ運営ルールをそういう方向に持っていくことになるのだろう*3

ただ、そういった流れが行き過ぎると、これまで(広告)表現の過剰な萎縮に歯止めをかけていた「商標的使用」論の意義を失わせることにもなりかねないわけで、個人的には今回の判決が高裁でさらに吟味されるのであればもちろんのこと、仮にここで確定することになったとしても、今回の結果だけを一人歩きさせるのはちょっと危険だな、と思うところはある。

これから出てくるであろう、本判決への専門家の様々な評価にも注目したいと思っている。

*1:第26民事部・杉浦正樹裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/606/090606_hanrei.pdf

*2:さらに言えば、ここで問題になっているのが「メルカリ」というフリマプラットフォーム上での表示であって、その市場において商標権者たる原告と直接競合することはない、という事情を考慮に入れる必要はないのか?という疑問もわいてくる。

*3:メルカリのサイトに行くと、現時点でも無関係と思われる商品の説明文の片隅に「シャルマントサック」と入れている商品をチラホラ見かけるが、そういったものもいずれは淘汰されていくのだろう。

プライムより、プレミア?

月初めの記事*1でも触れたところだが、10月に入り、いよいよ来春の東証新市場区分に向けた様々なリリースが世に出てくるようになってきている。

今ちょうどピークを迎えつつある2月期決算会社(含む5月期、8月期、11月期・・・)が、決算短信発表に合わせて市場選択手続き完了のリリースを出すパターンもあれば、通常の取締役会のタイミングに合わせて公表する会社もあり、また、選択する市場もプライムからスタンダード、グロースまで実に様々。

ざっと見た限りでは一部基準不適合を表明している会社は全体の1割程度*2で、残りの9割方の会社は、淡々と「東証の一次判定結果を踏まえて、○○市場を選択しました」というリリースを出している。

ただ、注目すべきは、ここに来て「東証第一部」所属の会社ながら、「スタンダード市場」を淡々と選択する会社もチラホラみられるようになってきたことで、9月初めの日本基礎技術㈱を皮切りに*3、既にこのパターンの会社は10社を超えてきている。

そういった会社の中には、(6月末に比べれば、全体的に株価水準が上がっている)現在の株価を基準としても、この時価総額だとちょっときついかな・・・という会社もあれば、日本オラクルのように時価総額は申し分ないが会社の位置づけ上、流通株式比率を増やすわけにはいかない、という会社や、基準はクリアできてもあえて「プライム」に移行する意義を見出さなかったのだろうな、と思えるような会社もある。

「今、東証一部にいる会社なら、計画書さえ整えれば、余裕でプライムに移行できる」というムードも漂う中、相当数の株主も抱える会社が、あえてスタンダード市場を選ぶのはそれはそれで勇気のいる話だと個人的には思うのだが、そこからうかがえるそれぞれの会社の”思想”に思いを馳せることで、「会社は何のため、誰のために存在しているのか?」という永遠に答えが出なさそうな大命題の解にも多少は近付くことができるかもしれない。

で、そんな中、昨日11日に、興味深いリリースを出して注目されたのが、↓の会社である。

www.nikkei.com

何が凄いのかと言えば、

「当社は、2021年7月9日付で株式会社東京証券取引所より、「新市場区分における上場維持基準への適合状況に関する一次判定結果について」を受領し、新市場区分における「プライム市場」並びに「スタンダード市場」の上場維持基準に適合していることを確認いたしました。 この結果を踏まえ、当社グループの持続的な成長と中長期的な企業価値向上の観点から新市場区分の移行先を検討した結果「スタンダード市場」を選択する旨の決議をいたしました。」(強調筆者、以下同じ。)

と、最終的に目的地とした「スタンダード」だけでなく、「プライム」の基準適合まで確認した上で「スタンダード」に行く、と宣言したことで、これは先日のジュリストの論稿にも書かれていた「あえてスタンダード市場を選択した方が、企業価値向上にはむしろプラスになる会社もある、と理論的にはいうことができる」という理論をまさに地で行くようなもの。

時価総額は現時点で700億円を超える規模ではあるものの、株主構成をみると創業者一族の保有比率が相当高かったり、主力事業(スポーツクラブ、ホテル等)が新型コロナの影響を受けていたり、と、そういった様々な事情を踏まえての判断だと思われるが、先ほどのリリースを改めて見返すと、昔時々いた「名門○○大に受かったけど、将来のことを考えると○○の方がよいので、私はあえて行きません」的な雰囲気すら感じられて、なかなか粋だな、と思った次第である。

ちなみに、先ほどのリリースには、以下のような「なお」書きも付されている。

「なお、2022年4月4日に移行が予定されている株式会社名古屋証券取引所の新市場区分における当社株式の上場市場については、自動的に「プレミア市場」へ移行する予定です。」

この会社の本社所在地は安城市三河安城

思えば先月にも、名古屋市中村区に本社を置く東証名証1部上場のソフトウェア会社が、「スタンダード市場」を選択した上で「名証では『プレミア』です。」とさりげなくアピールしているのを見て*4、愛知県出身の友人が、「こっちの人間はとーだいよりみゃーだい」と言ってたことを思い出したりもしたのだが、それを再び目にすることになるとは・・・。

証券取引市場の東証一極集中が進み、市場区分の変更一つで振り回される多くの関係者を嘲笑うかのように、「地元じゃプレミア」に誇りを持つ会社が出てくるのは決して悪いことではないと思う*5

そして、全く同じタイミングで市場区分の変更がなされる、という状況の下で見比べた時に、東証が行ったネーミングよりも、名証のそれの方が、より新市場区分のコンセプトを明確に示しているといえるのではないかな*6、ということも、ここに書き残しておくことにしたい。

www.nikkei.com

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:「一次判定では一部項目が不適合だったけど我々はあきらめません!今後12月末に向けて「上場維持基準の適合に向けた計画書」を準備します」とする会社がほとんどだが、中には早々と「計画書」を公表している会社もある。

*3:同社のリリースはhttps://www.jafec.co.jp/info20210903a.pdfである。

*4:リリースはhttps://ssl4.eir-parts.net/doc/4430/tdnet/2024084/00.pdf参照。

*5:「世界で戦える市場を!」ということで東京と大阪をくっ付けて市場を巨大化させたことを無闇に批判するつもりはないが、内に目を向ければ、国内での”市場”間競争ももう少し活発化した方がよいのではないか、と思うことは多い(懐かしい資料だがhttps://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/toukeishiryo/mondai/h24jirei10_files/h24jirei10.pdfも参照)。この先も、「うちは東証プライムはもういいです、アンビシャスでやりますんで」とか、「グロース市場よりQ-boardで」みたいな会社がもっと出てくると面白くなるのであるが・・・。

*6:特に真ん中のクラスを「メイン」としたあたりは、秀逸だな、と。

鮮やかだった意地の一差し。

今でも競馬界の人々にとっては国内での最大の目標であり、それに勝つことが最大の栄誉とされるのが日本ダービー東京優駿)。

当然ながら、それに勝った馬の「箔」も他のGⅠタイトルホルダーとは桁違いで、同世代でたった一頭しかいない「ダービー馬」の称号を手に入れた馬は、それに手が届かなかった同期たちが馬齢を積み重ねても必死でタイトル争いをするのを横目に、早々に種牡馬になってスタッドイン、なんて光景も一昔前は随分良く見かけたものだった。

だが競馬の国際化の影響もあってか、近年、その様相はだいぶ変わってきている。

冷静に考えれば、競う相手は同世代の馬だけ、しかもある程度早い段階で戦績を残した馬しか舞台に立てないダービーより、同期のライバルが一通り出揃い、世代を超えて戦う古馬混合GⅠの方がレースとしてのレベルが高いのは当たり前の話だし、さらに海外の大レースで結果を残す方がレーティングもより高くなる。

かつてのように、国内のストーリ―だけで日本競馬が完結していた時代なら、「ダービー馬」のブランドだけで種牡馬として十分ステータスを維持できたのだが、内国産馬の血統のレベルが上がり、海外の血との比較でも語られるようになっている今となっては、そのブランドだけでは「第二の人生」に入ることもままならないのか、長々と現役を続行する馬も増えてきた。

ディープインパクトオルフェーヴルのように、ダービー後も走るたびにタイトルを積み重ねて行けるような馬ならまだ良いが、そうでないと自ずから悲壮感が漂ってくる。

2009年にダービーを制して以降、勝ち星に恵まれないまま故障を繰り返し、結局7歳まで現役を続けることになったロジユニヴァース
2014年にダービーを制して以降、6歳のシーズンまで大きな故障もなく堅実に走り続けたものの、実に20を超える負けを積み重ね、オッズ欄に大きな数字をみることも度々だったワンアンドオンリー

いずれも最終的には引退して種牡馬になったものの、「まだ現役なのか、気の毒だなぁ・・・」という印象は最後まで消えなかった。

そして、この週末日曜日のメインレースまで、そんな「気の毒なダービー馬」の系譜を継承していたのが、2016年のダービー馬、マカヒキである。

デビュー以来、弥生賞まで3連勝。皐月賞こそディーマジェスティの後塵を拝したものの、ダービーでは鋭い脚でサトノダイヤモンドにハナ差競り勝ち、ディーマジェスティ騎乗の蛯名正義騎手の悲願も打ち砕いて堂々の優勝。川田騎手に初めてのダービータイトルをプレゼントした。

ディーププリランテ、キズナに続く3頭目ディープインパクト産駒のダービー馬として前途洋々、更に陣営はキズナに続いて「ダービーから凱旋門賞へ」という選択に踏み切り、前哨戦の二エル賞でも堂々勝利を飾って、本番現地単勝2番人気に支持されたところまでは順調そのものだった。

だが、肝心の本番、14着と大敗を喫したところから雲行きが怪しくなる。

長い休養を挟んで出走した年明けの京都記念は、単勝1.7倍の圧倒的支持にもかかわらず3着敗退。
続く大阪杯キタサンブラックと人気を二分したが、追い込み不発で馬券にも絡めない4着に。

そこからはもう悩める日々の繰り返し・・・という感じで、時々「おっ」と思わせる走りは見せるものの勝つまでには至らず、歳を重ねるたびに人気も失われ、7歳で迎えた昨年のジャパンカップなどは(2年連続人気薄で4位、という「得意」のレースにもかかわらず)「3強」対決の前に存在すら忘れられて、単勝オッズ226.1倍、という悲しい立ち位置に置かれることになった。

そうこうしているうちに、同期のディーマジェスティは早々に種牡馬入り、同じく同期のサトノダイヤモンド菊花賞有馬記念というタイトルを増やして5歳の暮れに引退、種牡馬入り、という道を辿っていく*1

マカヒキとて実質的なオーナーは生産界に強いパイプを持つ金子真人氏だから、その気になれば早々に現役を切り上げて種牡馬になることはできただろうが、運の悪いことに先に名前を挙げた同期のライバルたちもいずれもディープインパクト産駒、さらに自分が勝った後にディープインパクト産駒が立て続けに4頭もダービーを勝ってしまう、という「ディープ血脈飽和状態」の中で、競走馬としてだけでなく種牡馬としての立ち位置も年々厳しくなり、進むも地獄、退くも地獄的な状況の中で、なくなく(ダービー馬としては異例の)8歳のシーズンに突入せざるを得なくなった・・・というのが多くのファンの見方だった。

それがまさか、ダービーから5年半近く経ったこの秋に、あんなに美しい光景を目撃することになるとは・・・。

*1:同じく同期で2歳GⅠタイトルを持つリオンディーズなどは、もう2世代目の産駒まで走り始めている。

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