再びの大逆転劇〜JASRAC公取委審決取消訴訟での波乱

以前、公取委の逆転勝利審決濃厚、というサプライズニュースが飛び込んできたのは、1年半以上も前のことだった*1

それ以降、昨年6月に審決が出され*2、被審人ではない株式会社イーライセンスが果敢に審決取消訴訟を提起した、というところまでは一応フォローしていたのだが、日々の慌ただしさもあって何となく記憶が薄れていた頃に、衝撃的なニュースが再び飛び込んできた。

「テレビ番組などで使われる楽曲の著作権管理事業を巡り、日本音楽著作権協会JASRAC)の契約方法が同業他社の新規参入を妨げているかが争われた訴訟の判決が1日、東京高裁であった。飯村敏明裁判長は「他の事業者を排除する効果がある」と認定。独占禁止法に違反しないとした昨年の公正取引委員会の審決を取り消した。」(日本経済新聞2013年11月2日付け朝刊・第2面)

このニュースを一読した時に、驚いたことはいろいろある。

そもそも、本件は、公取委の審決の直接の名宛人ではなかったイーライセンスが提起した取消訴訟で、果たして本案審理まで行くかどうか、という話もあったのに、明確に実体面まで踏み込んだ判決が出された、というのが一つ。

二つ目は、独禁法マターに関しては極めて高度な専門性を有する、とされる公取委が、長期にわたる審理*3の末、自ら出した排除措置命令をひっくり返す、という苦渋の判断をしたにもかかわらず、その審決をさらに裁判所がひっくり返したということが、二つ目の驚き*4

そして、最後のサプライズは、裁判長が飯村敏明・知財高裁所長であること(笑)*5

冷静に考えれば、「知財高裁」といっても、あくまで東京高裁内の「支部」に過ぎないわけで、おそらく飯村所長も、職制上は「東京高等裁判所」という組織に属することになっているのだろうから、独禁法*6第86条、第87条に基づいて合議体を組む時に、お名前が挙がっても不思議ではないのかもしれないが、独禁法上の問題であると同時に、著作権管理事業を巡る法制度とビジネスのあり方が問われたこの事件に、知財ムラの頂点におられる飯村所長がかかわった、というのは、何とも意義深いものがある、と言わざるを得ないだろう。


・・・で、高裁が下した判断が妥当かどうか、という評価は、本エントリーを書いている時点で、判決文そのものに接していないため、ここでは留保しておくことにしたい。

新聞記事の中では、判決が、

「経費削減の観点から、放送局側が追加負担の要らないJASRACの楽曲を選択するのは自然だ」
包括契約は新規参入を著しく困難にした」

という判断を示したことが強調されているが、同時に、独禁法違反の要件該当性については判断せず、「公取委に差し戻した」ということも報じられている。

裁判所で審決が取り消された、といっても、それで全てが終わるわけではなく、再度、その内容に従って処分庁で審決をしなければならない、というのは、公取委特許庁と同じなのであるが、この記事の書きぶりからすると、おそらく東京高裁は、独禁法第82条ではなく、第83条の規定の方を使って差し戻した(以下条文参照)、ということなのだろうから、今後の展開がどうなるかは、今回高裁が示した判断の内容とその射程を正確に検討しないと何とも言えないところはある。

第82条 裁判所は、公正取引委員会の審決が、次の各号のいずれかに該当する場合には、これを取り消すことができる。
一 審決の基礎となつた事実を立証する実質的な証拠がない場合
二 審決が憲法その他の法令に違反する場合
2 公正取引委員会は、審決(第六十六条の規定によるものに限る。)の取消しの判決が確定したときは、判決の趣旨に従い、改めて審判請求に対する審決をしなければならない。
第83条 裁判所は、公正取引委員会の審決(第67条及び第70条の12第1項の規定によるものに限る。)を取り消すべき場合において、さらに審判をさせる必要があると認めるときは、その理由を示して事件を公正取引委員会に差し戻すことができる。

昨年、公取委が取消審決を出した時に、「それみたことか」とばかりに、弁護団が激しい公取委批判を展開した*7JASRACのこと、今回、イーライセンスが提起した取消訴訟においても、行訴法22条1項に基づいて訴訟参加したそうで、判決と同時に、立派な“当事者”として声明を発表している(http://www.jasrac.or.jp/release/13/11_1.html))。

それゆえ、本件は、再度公取委の審判で審理される前に、最高裁に上告(ないし上告受理申立て)され、第2ラウンドの判断を待つことにることになるのだろうが、JASRACが“主役”になっているこの事案は、純粋な競争法プロパーの問題にとどまるものではなく、「著作権の信託譲渡のスキームを活用した独占的集中管理のメリットを(管理側・利用側双方が)享受すること」がどこまで許容されるのか、ということにも関わってくる問題だと思えるだけに、今後予想されるファイナルジャッジに向けて、独禁ムラからの声だけではなく、知財ムラからの声も聞きたいなぁ・・・と思うところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120203/1328459438

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120615/1383589570参照。

*3:審判に要した期間だけでも約3年にわたる。

*4:排除措置命令、棄却審決、と来て高裁でひっくり返るケースは決して稀ではないが、感覚的には、知財系の審決や労働委員会の審決に比べて、決して頻度が多いとは言えないように思う(そもそも審決取消訴訟まで行く事例が珍しい、というのもあるが)。ましてや、“無罪”審決をひっくり返した事例となると・・・。本件に関しては、いつもなら公取委に追随気味のコメントが多い審決評釈の中にも、比較的批判的なものが多かったから、このような結果が全く予測できなかったわけではないのだが、理論的にはともかく、現実にこのような形で審決が取り消されることになるとは、やはり驚き、というほかない。

*5:個人的には、いつまでたっても成立しない独禁法改正案の中で描かれた取消訴訟のスキームが頭の中に染みついていたこともあって、ファーストリアクションでは、「あれ、まだ一審は高裁だったっけ?」(地裁判決、いつ出たんだっけ?)という間抜けな反応をしてしまったのだが、その次に出た反応が、「何で知財高裁?」だった(正確に言えば、判決をしたのはあくまで「東京高裁」であって、知財高裁ではないようだが・・・)。

*6:正確には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」だが、面倒なので、以下全部この略称で通すことにする。

*7:http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20120615_540533.htmlの記事など参照。

「消費税還元セール禁止」への疑問

数日前の日経紙の1面に「政府が消費税還元セールを禁止へ」という記事が掲載されて仰天したばかりだったのだが、18日付の日経法務面で、早速そのネタが取り上げられている。

「政府は2014年4月の消費増税の際に、中小企業が円滑に増税分を価格に上乗せできるようにする法案を今の通常国会に提出する。大企業が強い立場を利用して仕入れのときに転嫁を拒否することを禁じるなど、中小企業がしわ寄せを受けないよう配慮したのが特徴だ。」(日本経済新聞2013年3月18日付朝刊・第17面)

記事によれば、政府・与党が考えている対策は、

「中小企業が増税分を転嫁する際に、取引先が拒否することを禁じる」
「中小企業などのグループが増税分の上乗せなどを決める価格転嫁カルテルを容認する」

という2本柱、ということで、これだけ見ればなんてことはない。

後者については、現在の独禁法を形式的に読めば「クロ」になる可能性もあるので*1、立法措置を講じる、というのは理解できるところだし、前者については、そもそも新たな立法措置を講じなくても、現在の下請法の規律の中でカバーできるところも多いと思われる*2

だが、問題は、上記の規制目的を達成するために、禁止される具体的な行為の内容そのものにある。

これまで報じられているところによると、政府は、

『消費税還元セール』など増税分を上乗せしないことをうたう特売そのものを禁止する」

というところまで規制することを意図しているようなのだが、当局の担当者は、「還元セール」において、常に納入業者側が一方的にコストを押しつけられている、というような実態が果たして存在するとでも、本気で思っているのだろうか・・・。

売店サイドが一切汗を流さずに、納入される商品のメーカーサイドに一方的に負担を押し付ける、というやり方では、そもそも長期的な取引関係を維持できないのであって、仮に、全体で利ザヤを削る、というスキームになったとしても、小売店、メーカー双方が、原価割れにならないレベルで協力し合って、合理的な利ザヤを残したうえで、販売のボリュームを稼いでより多くの利益を得る、というのが、本来の「セール」の在り方であろう。

そうでなくても、消費税が導入されることによって、見かけ上の店頭価格は上昇し、消費者の財布の紐が固くなることが予想されるのだから、その紐を緩めるために、ちょっとでも“お得感”を演出して、最終的により多くの利益を稼ぐ・・・というのが、「還元セール」の趣旨なわけで、それが一切禁止される、となると、小売店は売り上げが伸びずにジリ貧になる状況を甘受せざるを得ない、ということになってしまう。
そして、当然ながら、メーカーにしても、商品の売り上げが落ちれば、どんなに利ザヤを稼げる価格設定としていたとしても、結局、利益の総和を減らすことになってしまうのは、火を見るより明らかだ。


今年の夏には、選挙を控えている政府、与党、特に中小企業を自らの権力基盤としてきた自民党にしてみれば、そうでなくても評判が悪い消費税導入のマイナスイメージをちょっとでも軽減するために、「中小企業に配慮した」という実績を何としても残したいのだろう。

だが、やり方を間違えると、かえって中小企業の経営に影響を与えてしまうことになりかねない。

個人的には、今回取り沙汰されている政策が、単なる思い付きのように思えてならないだけに、舵取りを誤らないように、もう少し熟考してくれないものかなぁ・・・と、願うばかりである。

*1:「正当化理由」があればいいじゃないか、という見解に立つならば、消費増税に伴う消費者の混乱を避けるために取り決めを行う=正当化理由あり、ということで、カルテル規制に抵触しない、という解釈もありうるだろうが、今の公取委の立場で、立法措置なしにそれを正面から認めるのは難しいだろうから、立法措置を講じておく方が無難だと思われる。

*2:もっとも、今回の対策では、いわゆる「下請法」適用取引類型よりも広い類型(単なる「仕入れ」取引等)にまで、規制を及ぼすことが想定されているようだから、やはり立法措置は必要になるのだろう。

公取委の“頑張り”がもたらすもの

年が変わった、ということで、「2012年」一年間のあれこれの数字が、ここ数日、新聞紙上を賑わせているのを良く見かける。
記事を見て、「やっぱり・・・」と思うことも多いのだが、以下の記事もまさにその典型。

「下請け業者に支払う代金を不当に減額したなどとして、公正取引委員会が2012年、下請法に基づいて発注元に勧告し、返還を求めた金額は約48億6800万円に上ったことが7日、公取委のまとめで分かった。11年と比べ約2.7倍に増加し、過去最多となった。」(日本経済新聞2013年1月8日付け朝刊・第38面)

記事の方はさらに続き、

「12年の勧告件数は11年より5件多い21件」
「発注元を指導した件数は12年1月〜11月に3723件」
「12年の(書面)調査件数は5年前の1.3倍にあたる約22万件に上る見込み」

と、公取委が1年間「頑張った」成果が綴られている。

本来、公取委が発表する運用状況のデータは、年度単位で公表されているはずで*1、実務上、上記「年間」データにどれだけの意味があるのかは分からないのだが、節目節目で、こういう“右肩上がり”のデータが報道されれば、世の中に与えるインパクトも決して小さくはないはずだ。


もっとも、この「件数増加」は、世の中の動きにつれて・・・という代物ではない。
社会的に、俗にいう”下請けいじめ”的な行為が増えているか、と言えば、実態はむしろ逆で、従来以上に念入りに気を使う親事業者が増えたのが最近の傾向だと言えるだろう。

それでも、上記のように件数が増えているのは、

「下請け業者に対する書面調査などを通じ、公取委が違反行為の発見に努めている」

といった、専らエンフォースメント側の事情にある。

もちろん、公取委がしっかり調査をするようになったことで、これまで隠れていた“陰湿な下請けいじめ”が明るみに出た、という、下請法の趣旨にぴったり添うようなエンフォースメント事例も決してないわけではないと思う。

しかし、その一方で、公表事例等を見ると、公取委が「事件」として挙げたものの中には、実質的に下請業者に大きな影響を与えないような、事務的なミス等に起因するものも少なからず含まれている。
そして、その背後には、唐突な「指導」を受けて戸惑い、憤っている企業の担当者も、少なからずいるはず・・・。

記事の中には、勧告件数の多くを占めた「PB商品の製造委託」について、

「メーカーからナショナルブランド(NB)商品を仕入れるのと同じ感覚で、値引きなどを求める業者が目立つ」

という公取委側のコメントが掲載されているが、「NB商品を仕入れるのと同じ感覚で」発注側の事業者が行動してしまう、ということは、裏を返せば、PB商品に係る製造委託取引も、NB商品に係る仕入取引も、当事者から見た実態はほとんど変わらない(ただ法だけが、杓子定規に前者だけを規制対象の取引類型として網にかけてしまっている)ということを示しているに等しいのではないだろうか?

「法律がそういう立てつけになっているのだから、しょうがない」という理屈は、一応受け入れざるを得ないとしても・・・

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これぞ珠玉の特集〜BLJ2013年2月号より。

今年最後の発刊となった「Business Law Journal」の2013年2月号。
メインの特集は、毎年恒例となった「法務のためのブックガイド」2013年版で、表紙の洒落たデザインと合わせて「定番」ならでは良さも随所に見られる企画なのだが、今回はそれ以上に、第2特集「下請法規制強化への対応」の各コンテンツが素晴らしかったので、記事からの引用を挟みつつ、ご紹介しておくことにしたい。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 02月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 02月号 [雑誌]

「プロ」が書くと法律雑誌の記事はこれだけ面白くなる、という見本のような特集

「下請法」については、このブログでも過去に何度か取り上げたことがある。
特に、今年のジュリスト6月号で「優越的地位の濫用」が特集され、その中の座談会等で下請法に関する話題が取り上げられた際には、かなり踏み込んでいた長澤哲也弁護士のご発言を中心に、自分なりの感想も述べさせていただいた*1

皮肉なことに、当時はまだ、自分にとって“対岸・・・”的な香りも残されていた*2「下請法」の世界は、その後に起きたいろいろな出来事の中で随分と身近なものになっており*3、ゆえに、いろいろと対応に追われた後に辿り着いた今回のBLJの特集も、自分にはとても輝いて見える(苦笑)。

そもそも、この「下請法」の分野は、審判や裁判所で争われることがほとんどない、ということもあって、法執行側の当局から出されるもの以外の情報が極めて少ないので、具体的な実例等を交えて語られることそれ自体が貴重。

そして、そんな貴重なノウハウを惜しみなく披露されているのが、第一線で活躍されている弁護士&実務家とくれば、この特集の記事に興味をひかれないはずがない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120528/1338698973

*2:とはいえ、“相談”レベルでは、当時から結構な数の案件があったのであるが・・・。

*3:実は、この企画の掲載に先立ち、読者を対象とした編集部からのアンケートもいただいていたのだが、あまりに渦の中だったので、さすがに回答出来かねた次第である。この場を借りてお詫びを申し上げたい。

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ニッチな攻防の末の妥協?〜企業結合審査をめぐる公取委のセンス

地デジバブルが去り、メーカーともども、日々崖っぷちに近づいている感がある家電量販業界。

ヤマダ電機が、約半年前にベスト電器との「資本・業務提携」を発表した時も、当事者の大本営発表で描かれているような“前向きな提携”をイメージできた人は稀で、多くの人は、一種の“救済的吸収合併”、と受け止めたのではないかと思う。

そんな中、暫しの時を経て、公正取引委員会による企業結合審査の結果が公表された。

「家電量販最大手のヤマダ電機は10日、ベスト電器の買収を公正取引委員会が同日付で承認したと発表した。同一グループの店舗による市場支配を避けるため、2013年6月末までに8店を第三者に譲渡する契約を結ぶことが承認の条件。」(日本経済新聞2012年12月11日付け朝刊・第13面、強調筆者(以下同じ))

公取委が公表した12月10日付けのリリースは、↓のとおり。
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/12.december/12121002.pdf

平成23年7月に、企業結合審査に関する新しいルールが導入されて以降、新日鉄住友金属の例をはじめ、多くの企業結合事例が公取委によって審査され、公取委の「考え方」が示された事例も相当の数に上ってきているが、今回は「小売業」としては初の事例、ということもあり、公取委のリリースには、第三次産業ならではの、独特の視点も多く含まれている。

例えば、企業結合が影響を与えうる「一定の取引分野」の画定にあたり、「地理的範囲」が、

「一般に,家電量販店においては,店舗ごとに,特定の競合家電量販店の店舗を注視して,当該店舗で販売されている家電製品の販売価格を調査するなどした上で価格戦略が練られていることなどから,家電量販店間の競争は店舗ごとに行われているものと認められる。」
「各家電量販店は,消費者の買い回りの範囲等から個別店舗ごとの商圏を設定しているところ,当事会社はおおむね「店舗から半径10キロメートル」を商圏として設定しており,当事会社以外の家電量販店に対するヒアリングにおいても,店舗から半径10キロメートルを商圏とすることは標準的であるという見解が多くみられた。したがって,「店舗から半径10キロメートル」を地理的範囲として画定した。」(2-3頁)

と、店舗単位で設定されているあたりは、この種の業界にかかわったことのある者にとっては当たり前の話でも、公取委関係のこの種の事例としては、とても新鮮に映る*1

また、通常であれば、様々な統計資料を掘り返して認定することが多い「市場シェア」についても、本件では、

「家電量販店の各店舗の市場シェアを算出することは技術的に困難であるが、一般に、同一地域内における事業者数が多い地域ほど、競争が活発であると考えられる」(3頁)

という、「セーフハーバー基準」該当性を検討した痕跡すら見えない、一見アバウトに見えるような理屈で片づけられている。

「当事会社が競合している地域は253地域存在する」(3頁)

と認定しつつ、

「当事会社のほかに多数の競争事業者が存在する地域もあれば、当事会社以外に競争事業者が存在しない地域もある」

と、もやもやとした説明を続け、遂には、

ヤマダ電機ベスト電器以外の店舗を注視している地域は212地域、ベスト電器を注視している地域は41地域存在する」

と、当事会社の“主観”まで持ち出している*2、というあたりに、製造業の業界とは異なる難しさが滲み出ているように思えてならない。

最後に辿り着いた「問題解消措置」

さて、公取委は、上記の点に加え、「参入圧力」、「競争圧力」、「当事会社グループの経営状況」といった要素を加味した上で、以下のような独禁法上の評価を下した。

「当事会社が競合している地域は253地域存在するが,各地域における競争状況を詳細に検討すると,ベスト電器の経営不振により同社の事業能力が限定的であることもあり,多くの地域において,当事会社間における競争と比較して同等又はより激しい競争が,当事会社と別の競争事業者との間で展開されている実態にあると認められる。具体的には,ヤマダ電機にとって注視する対象の店舗がベスト電器以外であり,実際にも,店舗の立地状況や規模等に照らして当該店舗からの競争圧力が強いと認められる地域や,ヤマダ電機ベスト電器の店舗を注視しているものの,同一の地理的範囲内又は地理的隣接市場内に,店舗の立地状況や規模等に照らして当事会社の店舗と遜色ない競争力を有する競争事業者(件数はあまり多くはないものの,地域によっては,家電量販店のみならず,ディスカウントストア等も含まれる。)の店舗の存在が認められる地域が,合計243地域存在する。同地域では,本件株式取得後に競争力を有する競争事業者の店舗との間で引き続き活発な競争が展開されることが想定されるとともに,地域によっては具体的な参入計画が存在し顕在的な参入圧力が認められること及び通販事業者からの一定程度の競争圧力が認められることを併せて考えれば,本件株式取得により,当事会社の単独行動又は競争事業者との協調的行動によって競争が実質的に制限されることとはならないと考えられる。」(6頁)

ここまでなら、めでたしめでたし、ということで、終わったはず。
だが、公取委は、そんなに優しくはなかった。

「他方,残りの10地域(注)(以下「10地域」という。)については,ヤマダ電機ベスト電器の店舗を注視しており,同一の地理的範囲内又は地理的隣接市場内に店舗の立地状況や規模等に照らして当事会社の店舗と比較して遜色ない競争力を有する競争事業者の店舗の存在は認められず,顕在的な参入圧力も存在しないことから,通販事業者からの一定程度の競争圧力が認められるものの,本件株式取得により当該地理的範囲における競争が実質的に制限されることとなると認められる。」(6頁)

ここで挙げられた「10地域」とは、

(1)甘木地域(福岡県),(2)唐津地域(佐賀県),(3)島原地域(長崎県)、(4)諫早地域(長崎県),(5)大村地域(長崎県),(6)人吉地域(熊本県),(7)種子島地域(鹿児島県),(8)宿毛地域(高知県),(9)四万十地域(高知県),(10)秩父地域(埼玉県)

という、いかにも「競争」という単語が、あまり似合いそうもない土地ばかり(失礼・・・)なのだが、“競争こそ正義”とばかりに、いつもながらに「当事会社の申出に応じた」という形をとり、公取委は、以下のような「問題解消措置」を条件に「排除措置命令を行わない旨の通知」を行うことになった。

ヤマダ電機は,10地域それぞれについて,当該地域に所在する当事会社の店舗のうち1店舗(ヤマダ電機の店舗かベスト電器の店舗かを問わない。)を第三者(当事会社の企業結合集団に属する者又は当該店舗において家電小売業を営む意思を有さない者を除く。)に譲渡することとし,平成25年6月30日までに譲渡の契約を締結する(当該地域に所在する当事会社のFC店舗が第三者のFC店舗となることを選択した場合には,譲渡があったものとみなす。)。ただし,(4)諫早地域と(5)大村地域は互いに隣接していることから,両地域に所在する当事会社の店舗のうち1店舗を譲渡する。同様に,(8)宿毛地域と(9)四万十地域についても,両地域に所在する当事会社の店舗のうち1店舗を譲渡する(合計8店舗の譲渡)。平成25年6月30日までに譲渡の契約が締結されなかった地域又は同日までに譲渡の契約が締結されたがその後譲渡が実行されなかった地域においては,適切かつ合理的な方法及び条件で,当該地域に所在する当事会社の店舗(FC店舗を除く。)について速やかに入札手続を行う。
ヤマダ電機は,店舗の譲渡が完了するまでの間,対象店舗の事業価値を毀損しないようにするとともに,各対象店舗において消費者に不当に不利な価格設定を行わないものとする。
ヤマダ電機は,店舗の譲渡が完了するまでの間,定期的に,各対象店舗等の家電製品の販売価格について当委員会に報告するとともに,店舗の譲渡の実施状況等について,その内容を当委員会に速やかに報告する。(7頁)

事前報道では「10数か所」と報じられていた譲渡店舗数が、より小さい数字で収まったのは、上記のとおり一部の隣接する2区域で1店舗、というやわらかい条件で収められた等の事情があったから、ということなのだろうが、それでも、血で血を洗う家電量販業界において、8店舗を「競合事業者に譲渡させる」というこの「問題解消措置」には、つくづく驚嘆せざるを得ない(苦笑)。

上記措置を選択した公取委のセンスや如何?

さて、この「問題解消措置」をどう評価するか、というのはなかなか難しいところがある。

「253地域」(or 両社がライバル関係にあるところだけでも41地域)も企業結合当事者が競合している地域があるにもかかわらず、一見して業績に与える影響が少なそうな上記「10地域/8店舗」に絞り込んだ「問題解消措置」を取るだけで株式取得が承認されることになったのは、「参入圧力」や「競争圧力」を強調し、影響を最小限にとどめようとしたヤマダ電機側の“粘り”ゆえだということは容易に想像が付くところで、“妥協の産物”として穏当なところに収まった、という評価もあり得るとは思う。

また、「種子島地区」のように、ヤマダ電機系のテックランド*3と、ベスト電器のお店*4が道路を挟んで向かい側、というエリアもあるから、公取委としては、何もなしに企業結合を認めるわけにはいかなかった、という事情も、一応は理解できなくもない。

だが、今回の“事実上の吸収合併”が見据えているのが、非効率店舗の廃止による経営効率化にあることに鑑みるならば、上記の地域では、遅かれ早かれ、店舗集約が図られたはず。

そして、ヤマダ電機側が主張し、公取委も大筋で認めた、

「家電量販店の出店に関して制度面又は実態面の参入障壁は存在しない」(3頁)
「地方の需要者は買物の際に自家用車を利用することが多く,こうした需要者の購買行動を踏まえて家電量販店側も主要道路沿いに出店することが多いため,需要者の買い回れる範囲が都市部より広くなることから,地理的に隣接する市場(以下「地理的隣接市場」という。)からの競争圧力が働いている」(4頁)

といった事情や、今の市場環境を考慮すればそれなりの説得性はある、

(1)インターネット環境の充実やそれに伴う消費者の購買行動の変化により,インターネット販売を中心とした家電製品の通信販売の販売金額が飛躍的に増加していること
(2)通信販売は店舗運営コストを要しないため新規参入が容易であり,店舗を営む事業者に比べ商品の販売価格を抑制することが相対的に容易であること
(3)消費者はインターネットを利用すれば,実際に店舗へ行かずとも,価格比較サイト等を通じて,最も価格の安い通販事業者を検索し,インターネットで家電製品を購入することが可能なこと等から,通販事業者からの強い競争圧力が働いている。

といったヤマダ電機側の主張を考慮すれば*5、商圏内に店舗が1つしか残されないことになったとしても、それで独占的な利益を貪ることなど、ほぼ不可能だといえるだろう。

だとすれば、たかが「8店舗」ながら、「競合事業者への店舗譲渡」という極めてセンシティブな措置を命じた公取委のセンスには、首を傾げざるを得ないところはある。

そして、公取委が当事会社に付した条件のうち、

「対象店舗の事業価値を毀損しないようにする」

といった条件などは、今の市場環境を考えれば、どんなに誠実に店舗経営を行っても無理・・・のように思えてならない。

はたして、上記10地域のヤマダ・ベスト連合の店舗を譲り受ける事業者が現れるのか、そして、それによって、商圏内の競争と平和は保たれるのか、今の時点では予測するすべもないが、来年の春くらいには、「やっぱりこの措置には無理がありました」ということで、何らかの修正が図られる可能性もあるのではないかなぁ・・・と、密かな期待をしているところである*6

*1:そもそも、現在の企業結合に関する届出のフォーマット上、「店舗単位」で記載できる項目なんてあったかなぁ・・・という素朴な疑問もある。

*2:審査結果の中では「自社店舗の近隣に複数の競合家電量販店の店舗がある場合でも、特に注視の対象となっている店舗との間で活発に競争を行っていると考えられる」という説明が付されており、実務的には理解できるところではあるのだけど、こと「審査」という場面で、“注視”しているかどうかの認定をどうやって行ったのか、というところは、ちょっと気になるところである。

*3:地図はhttp://www.yamada-denki.jp/store/contents/shop_1132.html

*4:http://map.yahoo.co.jp/maps?lat=30.720237112206&lon=130.99928207071

*5:この点に関し、公取委は、「インターネット販売を中心とした通販事業者は,家電量販店に対し,ある程度の競争圧力となっている点は否定できないが,強い競争圧力になっているとまではいえないものと認められる」(5頁)と判断しているが、キンドルも上陸した昨今の状況等に鑑みると、疑問は残る判断だといえる。

*6:上記8店舗に関しては、ヤマダ電機の方で、既に地場のホームセンター等にあたりを付けている可能性もあるが、どこも懐が苦しいのは同じだけに・・・。

「竹島委員長の10年」と公取委の行く先

ちょっと前の話になるが、公正取引委員会竹島一彦委員長が退任される、というニュースがあった。
2002年の就任以来、在任は実に10年2か月。

前任の根来委員長が、就任時、元東京高検検事長の肩書きで注目を集めていたのに比べると、「旧大蔵省ルートの人事が復活した」(元国税庁長官から内閣官房を経て就任)ということ以上には大きな話題になっていなかった、というのが就任当時の状況だったと記憶しているが、気が付けば歴代最長の在任年数を重ね、「公取委の機能強化」という実績面でも大きな足跡を残した人物として、歴史に名を刻むことになった。

日頃から機を見るに敏な日経紙は、7日付の日曜版紙面で、わざわざ一面を割いて、「竹島委員長退任、独禁法強化の10年」という特集を組んでいる。

独占禁止法の強化で談合の摘発に力を入れ、『ほえない番犬』とやゆされた組織を『ほえる番犬』に脱皮させた。」(日本経済新聞2012年10月7日付朝刊・第11面)

というリード文に始まり、「28年ぶりの抜本改正となった2005年の独禁法改正」(課徴金水準の引き上げ、再犯加重、リーニエンシー導入等)を成し遂げたことや「課徴金総額が10年で10倍になった」という事実を挙げて、最大限の賞賛を送っている姿には、日頃の独禁法関連の話題に関するこの会社の報道姿勢と合わせて、複雑な思いを抱かざるを得ないのだが(苦笑)、近年、公取委の法運用に厳しい批判を浴びせることが多い経済界からも、

「(摘発強化など)なし遂げた実績をみても、出色の委員長だった」(経済同友会の長谷川閑史代表幹事)

という声が上がっているようだから(上記記事参照)、やはり、行政委員会の長としての手腕には、一目置かざるを得ない何か、があったということなのだろう。


確かに、就任の時期と「事前規制から事後規制へ」と世のムードが動いていた時期が重なる、という追い風に恵まれたとはいえ、在任中に平成17年改正、平成21年改正、と二度にわたり、公取委のエンフォースメント強化に向けられた法改正を行うことができたのは、竹島委員長の官邸や国会に向けての“発信力”によるところも大きかったのだろうし、行政組織全体を小さくしていこうとする潮流の中で、組織の規模を拡充し、実際にできたルールを最大限活用して実績を上げ続けた背景には、“ぶれなかったトップの姿勢”もたぶんに影響したものと思われる。

例を挙げればきりがないが、相次ぐ談合事件の摘発、そして行政処分のみならず刑事告発も辞さない公取委の強硬な姿勢は、「カルテル」に対する企業の意識を確実に変えたし*1、「リーニエンシー」(自主申告減免)制度は、“ムラの中の調和”で成り立っていた各種業界の姿を大きく変容させた*2

記事にも書かれているように、「公取委内で事実上完結していた手続きをより公平な司法機関に委ねる」という法改正は結局積み残されたままで、後々“いいとこどり”したまま去った、という批判を浴びることもあるのかもしれないが*3、この10年間で積み重ねられた一つ一つのエピソードの重さを考えると、そう簡単に、公取委の今のポジションと竹島前委員長への評価がひっくり返ることはないだろう、というのが、自分の見立てである。

*1:それでも、まだ意識が変わっていない業界&人々が残っているのは事実だが、そういった人々も表立って“談合必要説”を唱えるのははばかられるような世の中になったのは間違いない。この点は“暴排”とも通じるものがあるように思う。

*2:もっとも、この点については、「法律が意識を変えた」という見方は必ずしも正しくなく、むしろ、「法意識」とか「ムラ意識」という言葉で表現されていた日本社会の“特徴”が、ただの“神話”でしかなかったことが明らかになっただけ、という見方の方が正しいのではないか、と思うところである。その意味で、リーニエンシーは壮大なる社会実験でもあった、というべきなのかもしれない。

*3:もっとも法案が通らなかったのは、“政治家の事情”という側面も大きいから、公取委の事務方に批判を向けるのは必ずしも正しくないだろうが。

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独禁法は「零細小売店保護法」ではない。

イオンでのビール類販売をめぐって、ここ数日、公取委が奇妙な動きを見せている。

元々は、

「メーカーから販売奨励金を削減された卸売業者が値上げを要請したのにもかかわらず、イオンが応じていないことについて、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)の疑いがある」
日本経済新聞2012年7月24日付け朝刊・第12面、以下同じ。)

ということで、2011年11月頃に公取委が調査を始めたのが発端だったようだが、結局「違反事実なし」という結果となり、20日公取委がイオンに通知。

しかし、返す刀で、

三菱食品伊藤忠食品日本酒類販売の卸売り3社が原価割れの価格でイオンに納入していた可能性が浮上」

ということで、同じ20日に、今度は公取委から上記3社に警告の事前通知を行い、さらに

仕入れたイオン側にも原因があるとして、公取委は『適正な価格での取引に応じるよう後日文書で通知する』と同社に伝えている。」

という摩訶不思議な展開となってしまった。

当然ながら、イオンの方は、自社のHP上に「ビールの取引における当社の見解について」という4ページにもわたる書面を掲載して激しく反論している(http://www.aeon.info/news/2012_1/pdf/120723R_2_1.pdf)。

内容としては、

「当社は卸売3社と十分に協議の上合意した条件にて取引をしているものであり、当社が一方的に取引の条件を決定するなどした事実は一切ございません。」
「また、当社が卸売3社に対して、原価を下回る価格での納入を要請した事実もなく、卸売3社の仕入原価を正確に知る手立てもない当社としては、卸売3社が原価割れの状態で販売していた商品があるか否かについても確認できる立場にはありません。」

と価格設定が通常の取引交渉の中で行われたものであることを主張した上で、公取委が自社の独禁法違反の事実が認められないと判断したことに言及し、

「にもかかわらず、公正取引委員会が、当社に対して交渉により決定された事業者間の取引条件を変更し、卸売3社からのビールなどの仕入価格を適正な価格(事実上の値上げ)とするよう協力要請がされるとすれば、それは事業者の契約内容決定の自由に対する大きな萎縮効果をもたらす結果となり、自由かつ活発な経済活動の根幹を揺るがしかねないものと考えております。」

とかなり強い調子で、公取委の方針を非難した上で、

「当社としては、公正取引委員会より卸売3社との間で価格調整をするよう協力要請がなされたとしても、このような協力要請を契機として卸売3社との取引条件を変更し仕入価格の値上げに応ずる意向はありません。」(以上1頁)

と「公取委の要請には応じない」旨を高らかに宣言している。

こと“お上”に対しては弱きになりがちな我が国の大手企業としては、極めて異例なリアクションだといえるだろう。


ちなみに、公取委が「卸売各社」の「不当廉売」をターゲットにしたことが話をややこしくしているが、今回の一連の調査の発端が、「イオンの販売するビールが安いことによって顧客を奪われる近隣の零細酒屋からのクレーム」にあることは疑いようもない。

そして、消費者庁に所管が移ってしまった法律とは異なり、独禁法においては、いくら最終需要者にとって有利な話であっても、競争事業者の排除につながるような行為は禁じられているから、度を過ぎた安値販売であれば規制する、という発想も理解できなくはないのであるが・・・。

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