「ブックガイド」企画に訪れた刺客。

毎年、年末の恒例企画として法務関係者を楽しませてくれるBusiness Law Journal(BLJ)誌の「法務のためのブックガイド」特集。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 2月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 2月号 [雑誌]

ここ数年は、冒頭の「座談会」で総括的な紹介を行ったうえで、法務担当者、弁護士の分野別の紹介稿を掲載する、というパターンが定着していて、安心して読める企画だったのだが、今年はちょっとした“異変”が起きていた。

何かと言えば、いつもの座談会の後に、

「企業法務系ブロガーによる辛口法律書レビュー」

というタイトルで、「アホヲタ元法学部生の日常」名義で活躍している“ronnor”氏の記事が、実に4ページにわたって掲載されていたのである。

書き出しからして、

「2014年出版された法律書概ね読んだが、正直、良い法律書は少ないと感じる。」(28頁)

と、目の前の仕事に関係する本すら十分にはカバーできていない自分などからしたら、信じられないような強烈なパンチをかましているし*1、内容的にも、一つひとつの書評に、(業界ではかねてから定評がある)鋭い指摘とウィットの利いたユーモアが散りばめられており、ややマニアックな印象すら受ける脚注の記述*2まで、隅から隅まで面白く読める。

個人的には、このまま通年連載で、新刊書籍を毎月10冊ペースで切っていく、という企画でもやれば、BLJの発売部数も1割、2割は増えるんじゃないか、という気がしているが、いずれにしても、ronner氏の記事が今年の「ブックガイド」企画の中で、あまりに圧倒的な存在感を示しているがゆえに、まったりムードの座談会も、他の顕名・匿名記事も、何となく食われてしまっているなぁ、というのが率直な印象であった。


なお、この企画の中で取り上げられている本は、いずれも有益なものだと思うのだが、やはり、取り上げる人それぞれの視点、というのはあって、そこは自分の立ち位置&好みに合わせて、必要なものをピックアップしていくのが良いのではないかと思っている*3

また、個人的には、編集後記にさりげなく書かれている、

「2015年は本誌編集部初で書籍を何点か刊行する予定です」

というところに期待している。

おまけ

2年前のエントリーと同じパターンで、今年最後の書籍紹介をしておくことにしたい。

職務発明規定 改正対応の実務 How to correspond for amendment rules for office regulations and other regulations on inventions

職務発明規定 改正対応の実務 How to correspond for amendment rules for office regulations and other regulations on inventions

本書は、「職務発明」制度について、Twitterやブログで積極的な提言を行っている高橋淳弁護士が、現在行われている特許法改正の議論も踏まえつつ、これからの企業の実務において、(主に)知的財産担当部門にどのような対応が求められるのか、という視点で、書かれたと思われる一冊である。

高橋弁護士といえば、発明者の対価請求権を、(発明者への利益分配ではなく)「イノベーションを促進するためのインセンティブ」と解する立場から、現行特許法職務発明制度や、「発明者帰属」派の主張に対して、厳しい指摘をされているのを拝見することが多い先生、ということもあって、自分は、書店でおそるおそる本書を手に取ったのだが、本の中では、「反対側の意見」についてもしっかり紹介されており、全体的にバランスが意識されたつくりになっている。

もちろん、メインの部分は、ご自身の立場から、相当対価の算定方式等、制度設計について論理一貫した解説が行われており、特に、「実績補償方式には看過できない様々の問題点・弊害があります」「特許法上は、一括払いが原則となるのです」(70頁)という点を強調されているくだりなど、著者のカラーがかなり強く出ている、と感じられるところもあるのだが、それぞれの箇所で、“各企業の実態に合わせて”という趣旨のフォローが施されていることもあり、全体としてみれば、スタンダードな記載になっていると思われる。

また、それなりにこのあたりの実務をかじってきた者からすると、「第4章」の「実務的問題点・留意点」で書かれている「退職者への対応」や「未出願発明の取り扱い」、「出向者や取締役による発明の取り扱い」といった、細かい論点が網羅的に拾われているのは、非常に有難い*4

立場や視点の違いゆえ、個々の記述の中には、腑に落ちないところもいくつか見受けられ*5、このあたりは、実際に企業内で実務に関わっている人々の視点も取り込むと、より内容的には充実するのではないか、と思うところだが、いずれにしても、実務上何が必要か、ということを考える上で、非常に参考になるものであることは間違いないだろう。

なお、第1章では改正の最新動向(先日のエントリーでも言及した小委員会での議論が第9回までカバーされている*6ことに加え、論点の整理もなされている)が詳細に書かれているし、第2章に掲載されている職務発明に関する「近時の裁判例」の紹介も充実していて、資料価値はとても高い、ということも併せて付言しておきたい。


冒頭の特許法35条条文の引用誤り*7に始まり、全体的にかなり誤植が目立つなど、出版物としてはまだ未完成(?)なところも多いと思うだけに、いずれ訪れるであろう特許法の改正に合わせて、より版を重ねていただければ、と思うところである。

*1:実際、カバーしている領域もかなり幅広く、企業法務全般にわたる。

*2:なお、この脚注の使い方が、何となく自分のそれ、と似ていて、無意味に共感した(笑)。

*3:例えば、ronnor氏や柴田堅太郎弁護士が高く評価している『法務の技法』などは、「外」から企業の中に入ってきた弁護士等にとっては有意義な書籍なのだと思うが、長年、会社の中の空気を吸ってきた者が読むと、「これをノウハウ本にしないといけないような時代なのか・・・」という感想しか出てこない。新入社員等にとっては有益、という意見も聞くところだが、あの本に書かれているような「技法」は、それぞれの組織での実地経験の中で体得して身に付けるからこそ意味があるものなのであって、それを最初から目学問、耳学問で知ったところで、得られるものは少ないだろう、と思っている。また、『勝利する企業法務』は、ひそかに評判になっていることを耳にして、書店で手に取ってみたが、宣伝色が濃すぎて、自分は生理的にダメだった。

*4:昔、森濱田松本の飯塚卓也弁護士が編著者となっている「徹底解析 職務発明」という本(商事法務)があって、かなり重宝したものだが、論点の網羅性に関しては、それに匹敵するのではないかと個人的には思っている。

*5:例えば183頁で、職務発明規程の変更に応じない「少数の反対者」への対応として、労働条件変更法理を持ち出して「配置転換をする・・・ことが可能」と書かれているくだりなどは、かなり違和感があり、ここは、会社の規模にかかわらず「個別同意の取得」を目標とする、という前提にも無理があるように思われる。

*6:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141226/1419919963参照。

*7:著者は旧法35条を引用したかったのだろうが、掲載されているのは現在の特許法35条である。

克明に描かれた「企業の弁護士採用動向」の今。

月末のささやかな楽しみになっている、“Business Law Journal”誌の最新号を今月も入手した。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 11月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 11月号 [雑誌]

この雑誌の、「一歩先を行く」素晴らしさは、かねてから何度も取り上げているとおりなのだが、今月号でも、8月26日に決定、9月8日に法務省のサイトにアップされたばかりの「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案(債権法改正要綱仮案)」*1に関し、「緊急解説」と銘打った記事が掲載され、しかも、こういう時に“派手な見出しを表紙に載せる割には、さらっと1ページに満たない内容でお茶を濁す”ことが多い某N誌とは異なり*2、今回、このBLJ誌では、図解付きで実に11頁にわたる充実した解説が掲載されている*3

ポイントを押さえた簡潔な解説の読みやすさもさることながら、法定利率をはじめとする解説の「図」が、一つひとつ良く考えて作られているなぁ、と思わず感心してしまうくらいの仕上がりの良さだったり、「ペンディング」扱いとして公式の「要綱仮案」には掲載されなかった「定型約款」部分の規定案が、最終の部会資料を基に一通り紹介されていたり、「撤回された項目」についても言及していたり*4・・・と、痒いところに手が届く、これぞ“リーガル・メディア”の神髄、というべき記事だといえるだろう。

また、メインの特集である「トラブル事例に学ぶ 海外案件のリスク要因」も、実務最前線の弁護士の論稿から、法務担当者の匿名記事まで、かなり粒揃いだなぁ、という印象を受ける。

一度その辺のエリアに手を出した会社の法務の人間なら、思わず“そうそう・・・”といってしまいそうになる“あるあるネタ”や、“なるほど”と感じさせられる、未知の領域の経験談など、いろいろと読み応えのあるところは多かったのだが、個人的に、一番、活字になってよかった、と思ったのは、

「法律実務上大事なのは気質論・文化論ではなくて、第一には『ビジネスの内容・性質に即した契約なのか』、第二には『グローバルなルールに立脚するものか』、第三には『』シビルロー、コモンローの違いに即したものか』である。」
「法務面・契約実務面・紛争解決(予防)面から見ると、国際取引・投資にとって重要なのは、相手国の『ローカル』な事情ではなくて、むしろ『グローバル』なプラクティスである。」(井口直樹「紛争・訴訟に至るトラブル」BLJ2014年11月号・40頁)

というくだりだろうか。

もちろん、この論稿の中でも、「最初に進出する際」の市場参入規制、労働者保護法制への対応や、「日常的に発生する不可避的な法律問題」のために、ローカライズされた「特定国駐在の弁護士」の力が必要になる場合がある、ということは認めているのだが、プロジェクトの大元の話をする時に、個々の地域ごとの特殊性ばかりがあまりに強調されて、“森はどこ?”的な戸惑いを感じた経験も何度かあっただけに、「大型のプロジェクトを進めていく上では、それ以上に大事な本質論がある」という発想は凄く大事だと思うし、そういう考え方を、クライアント(特に経営上層部)、弁護士双方の側で共有できるようになればそれに越したことはないと思うだけに、今回の特集の冒頭にこの記事が載っている、ということには、すごく大きな意義があると思うのである。

「弁護士・法科大学院修了生の採用動向」特集に見られる変化の兆し

さて、いろいろご紹介してきたが、このBLJ11月号の中で、上記の記事以上に、様々な関係者の関心を引きそうなのが「企業における弁護士・法科大学院修了生の採用動向」という特集である。

「FOCUS」という扱いだが、冒頭の「企業法務担当者とロースクール生の交流イベント」でのやり取りの紹介に始まり、「採用者側の視点」としていくつかの会社の法務部長、法務マネージャークラスのコメントが掲載され、その後、奥邨弘司慶応大教授が「法科大学院生との橋渡し役」として、この手の企画ではお馴染みの西田章弁護士が「経験弁護士との橋渡し役」として、それぞれインタビューに応じており、密度の濃いコメントが掲載されている。

そして、最後に出てくるのは、「転進」した弁護士の匿名での座談会、インタビュー、と、様々な切り口から、現在の「弁護士・法科大学院修了生の就職事情」が、これでもか!(笑)というくらい丹念に描き出されている。

これから中途採用のシーズンが本格化する中、修習を終えて社会に出ようとしている人、試験に合格し、あるいは不合格になって、次の行き先を本気で考え始めている人にとっては、必読ともいうべき特集だといえるだろう。

で、全体をざっと読むと、ここに書かれていること、というのは、法務業界の人間が見聞きしていることや、これまでの座談会等で断片的に出てきた情報と、方向性としてはそう大きく変わるものではないのだが、なかなか活字にならずにじれったい思いをしていた、

法科大学院生の多くが『企業法務』というものを正しく理解していない(法科大学院生の多くが「法律事務所の弁護士目線から見た、企業に関連する案件」(コーポレート・リーガル)を「企業法務」だと思っている)」
「採用プロセスにおいて中心的な役割を担うのは、法務部門ではなく人事部門である」

といったことが、冒頭の記事*5にしっかり書かれていたり、企業側のコメントが、「何人か採用して様子を見た上での視点」になっているなど、既に多くの“新時代型法曹”*6が世に送り出され、企業内にも入り込んでいるのだなぁ(そしてより一歩踏み込んだ形での分析もなされるようになっているのだなぁ)、ということを実感させるものになっていることには、感慨深いものもあった。

もっとも、一連の記事の中には、若干気になる傾向も垣間見える。

まず、複数の企業側担当者から、

法科大学院修了後すぐに弁護士となった方は、採用しても離職リスクが高い」

というコメントや、

「面接等で接する法科大学院修了生の中に、『魅力的な人』の割合が(学部生と比べて)少ない」

というコメントが出てきていること。

このうち、企業サイドの「離職リスクが高い」というコメントは、一部の会社で見られた“ひどい事例”“極端な事例”が、殊更に強調されて広まっているだけ、と理解することもできるし*7、そもそも、学部卒の資格を持たない社員であっても、転職する人の比率がかなり高いのが「法務」という職種であることを考えると、あまり深刻に考えるべきことではないと思っているが、後者の「魅力的な(ように見える)人が少ない」ということについては、自分も採用面接等で接する中で、多かれ少なかれ感じているところであり、そういうイメージが広く定着してしまうと、後々よろしくないだろうなぁ・・・と思うところではある。

「新人はガッツのある法学部卒だけで十分」(21頁)とか、「学部卒中心の採用に回帰する可能性」といったフレーズを見てしまうと、さすがにもうちょっと冷静に考えろよ、といいたくなるし*8、IT法務マネージャー氏のいう「アピールポイント」の書き方(23頁)のくだりも、正直ここで挙げられている例の差異にどれほどの意味があるのか、良く分からないのだが*9、だからといって、奥邨教授のコメント(25頁参照)に出てくるような、

「学部生と比べて準備できる時間が足りない」

とか、

「ずっと勉強漬けで過ごしてきたため、面接にも場慣れしていない」

といったエクスキューズを真に受けるのも、ちょっと抵抗はある*10

何年も見ている中で、法科大学院出身者の中に魅力的な人が多いことは、自分も重々承知しているし、資格の有り無しにかかわらず、企業の中で生き生きと仕事をしている人も決して少なくない。

だからこそ、“おかしな評判”が定着しないように、と自分は願っているし、そのために、法科大学院を出た人々が、誇りと、ほんの少しの緊張感をもって、世の中への一歩を踏み出してほしいなぁ・・・と思うのである。


それから、もう一つ、気になる傾向は、今回の特集で“当事者”の立場にある、「企業に入った若手弁護士」のコメントの中に、「受身的」なコメントが垣間見えることだろうか。
元々、そういう傾向はあったのだが、最近、企業法務の「ワークライフバランス」的な要素が過度に強調されるようになったこともあってか、今回の座談会等の記事の中では、特にその傾向が強まっているように思われる。

例えば、

「社員をどう育てていくかというキャリアプランを会社が明確にしてくれているのがいいですよね。」(32頁)

という発言などはその典型で、たとえ企業の中であっても自分で「キャリアを作る」気概がなければ、自分のやりたい仕事はできない、と思いながら20年近く生きてきた者としては、非常に歯がゆく感じられる*11

また、「弁護士」という資格を生かして採用された以上、もう少し「資格」と、それによって得られる有形無形の財産に執着しても良いのではないか、と思えるくだり*12や、自分の専門性を最も生かせるはずの「法務」というポジションに対する淡泊さ*13も気になる。

こういう気質の変化には、「1500人時代」の到来と、法科大学院創設当初の一過性のブームにより、“法曹資格の大衆化”が急激に加速したことも、おそらく影響しているのだろう。

一昔前、法曹、特に「弁護士」を目指す人の中には、「雇われサラリーマン生活なんて、天地がひっくり返っても嫌だ」という気質の持ち主が極めて多かったような気がするし、ニッチな世界での骨身を削るような受験競争を乗り越えるためには、そういう気概がないとやっていけなかった、という実態もあったはず。

それがいつしか、試験制度が変化し、「資格」取得へのハードルが下がることによって、「普通の社会人よりちょっといいレベルの生活」で満足できる人が増えてきたのだとしたら、ちょっと寂しい気はする*14

西田章弁護士がインタビューの中で(笑)混じりで語っておられるように、

「転職活動時には『法律事務所の労働環境の悪さが不幸の源泉』と思っているので、本音ベースで会社員生活への憧れのほうが強い」(29頁)

というだけなのかもしれないし、転身してから少し時間が経てば、

「会社員としての不自由さ」

を感じて、それぞれの人の中で、また何かが燃え上がるのかもしれない。

ただ、「気概」とか「反骨心」という点に関しては、迎え入れる「生え抜き法務担当者」の方に、未だにギラギラしている者が多いことを考えると、しばらくの間は、そのあたりで一般的な想像とは逆のギャップを感じることが多くなるような気がする*15

そして、今はもっぱら「バラ色」に近いものとして語られることが多い「企業法務」の世界にも、様々な世界があることに気づき、「企業法務」を、そして「会社」を、我々と同じように至ってシニカルな視点で(苦笑)捉えられるようになる(でも、そこで安易に投げ出さずに根っこを張って踏ん張る)有資格者が当たり前のように出てきた時に、ようやく、真の意味で「企業社会に法曹が入り込んできた」と評価できるのではなかろうか。

そんな日が、いつ来るのかは分からないのだけれど、BLJ誌のこの特集がその時まで定期的に続いていてくれるならば、その積み重ねは、実に素晴らしく有益な資料になるだろうし、自分はそうなることを願ってやまないのである。

*1:http://www.moj.go.jp/content/001127038.pdf

*2:もっとも、「中間試案」で、実質的に一号飛ばした際の反省も踏まえてか、NBLも今回は「臨時増刊」扱いで要綱仮案を全文掲載した上に、資料価値が極めて高い「現行条文」との比較表まで丁寧に掲載しており、ここでは一矢報いた感もある(NBL1034号)。

*3:有吉尚哉=善家啓文「緊急解説・民法改正要綱仮案のポイント」BLJ2014年11月号64頁(2014年)。

*4:個人的には、これらの規定が「なぜ落ちたのか」という経緯等も含めて、何かの機会に解説が入ると、より、今回の民法改正への関心が増すのではないかと思うが、それは次回以降の特集に期待することとしたい。

*5:中川裕一「法科大学院との相互理解をいかに進めるか」BLJ2014年11月号16頁。もちろん「法曹資格が採用側の必要条件ではない」といった“基本的事項”もきっちり書かれているし、ミスマッチの背景原因について、かなりしっかりとした分析が加えられている非常に面白い記事である。新卒で就職を目指す人であれば、ここだけでもまず読むことをお勧めしたい。そして、法務担当者としての立場からは「企業法務部門を日本企業の中に根付かせ、管理部門や事業部門をつなぐ中間的な部門に育て上げる」「そのために有能な人材を採用して企業法務部門を強化すべき」という考え方に、心から共感するものである。

*6:一応、ここでは、法科大学院を修了して弁護士になった者、を指す用語としてこの語を用いることにする。

*7:本誌の特集でも、そのような事態に実際に直面した、という人よりも、「そう聞いている」という伝聞調でコメントしている人が多い。確かに新60期〜62期くらいの、「昔の弁護士像」が頑固に根を生やしている世代のエピソードには、何十年も語り継がれそうな突拍子もないものが多いのだが、最近はさすがにそこまで極端な例は減っているのではないかと思っている。

*8:確かに、法科大学院制度の導入当初のような「どこの大学院にも優れた人材がいる」という状況ではなくなっているものの、上位校の法科大学院修了者であれば、通常の新卒社員より数段優秀なのは間違いないところで、「取れるなら取りたい」というのが、分かっている多くの会社の本音だと思う。

*9:なお、法科大学院修了者の場合、「法律の勉強を一通りしてきた」ということは、履歴書を見た時点で明らかになっているので、書類でも面接でも、そこをいくらアピールしてもしょうがないだろう、と個人的には思っているし、分かっている採用担当者なら、そもそもそんなところは、「挨拶」レベル以上には聞かない。それよりはむしろ、入ろうとしている会社と関連しそうな分野への関心の高さや、より日常的な問題への関心を、「いかにも法律家の卵としてのトレーニングを積んできたな」と思わせるような論理性をもって展開できる方が、はるかにポイントは高いのだが、それができる人、というのは、思いのほか少ない。

*10:そもそも、就職活動にいそしむ学部生にしたって、多くの人は、講義やバイトやサークル活動の合間を縫いながら、面接を受けに行っているわけで、半年、一年どっぷりと「就職の準備」に時間を費やしているわけではない(むしろ、試験後、しばらくフリーの時期が続く法科大学院修了生の方が、時間的余裕はあるとすらいえる)。また、かつての一部の旧試受験生のように「ただひたすら自分と向き合いながら勉強してきた」人たちとは違って、法科大学院の学生、というのは、一応、講義でもゼミでも「人と話す」トレーニングをしているわけだから、“場馴れ”云々、というのもちょっと違う。もちろん、「明らかに面接慣れしている人種」に属する人が少ないのは確かだろうが、実際の面接の場面では「中堅社員のような場馴れ感」を見せる受験者より、多少たどたどしくても、初々しい必死さ、新鮮さを見せた受験者の方が評価が高くなることも珍しくないのだから、一生懸命さが伝われば、そんなに悪い結果にはならないはずである。

*11:この方が入社した会社が、本当に素晴らしい会社である可能性も否定しないが、人事制度にしても福利厚生にしても、どちらかといえば、過大に評価される傾向が強いように思えてならない。

*12:「高い割に恩恵を感じない」なんてことは、思っていても軽々しくセリフに残してはいけない、と思う。

*13:年齢やそれまでの社会経験の多寡にもよるのだろうが、入社してそんなに日も経っていないだろう「弁護士」が、「異動も経験したい」などと言った時に、周囲がどう思うか、ということも良く考えるべきだと思う。面接の時に、人事部に対して調子よく「何でもやります」と言っても、一度入社したら、自分の職分は死んでも守り抜く、というくらいの気概がないと、相対的に力の弱い法務部門を支えていくことはできないし、当の本人も使い倒されるだけ、になってしまう可能性が高い。

*14:個人的には、法律を学ぶ人、法曹資格を目指す人の「裾野が広がる」ことは、大いに喜ばしいことだと思っているが、「資格」そのものが大衆化することについては、決して良いことではないと思っている。何だかんだ言っても、「資格」には、「専門家として普通の人ができないことをするという特権」が伴っており、それ自体は非常に“重い”ことであるだけに、強い覚悟とプライドがなければ、その重みに耐えられないのではないか、と思わずにはいられない。そして、今は「裾野」が狭まる一方で、で、輩出される有資格者の気質の“大衆性”には大きな変化がない、という、非常に危うい状況に差し掛かっているように思えてならない。

*15:もちろん、能力不十分なのにプライドだけが先行して周囲と軋轢を起こすような人に比べると、欲のない人の方が、周囲はより仕事がしやすいはずだけど、あまりに平和で優等生すぎると、逆に大丈夫かなぁ・・・という声も当然出てくることだろう。

実務家の勇気あるコメント

会社法改正案が成立した、ということで、どの法律雑誌を見ても、関連する特集がてんこ盛り、といった感がある今日この頃。

法案が成立した、といっても、「会社法の条文を見ているだけでは実務はできない」のがこの業界で、施行規則が公表されない限り、「改正要綱」が世に出た頃のタイミングでの話と、語れる中身は大して変わらないはずなのだが、いろいろと表紙を替えてまぁお疲れさん・・・という感じの特集記事やらセミナーやらも、良く目にするところである。

だが、そんな中でも、やっぱり「Busines Law Journal」誌の特集は異彩を放っていた。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 09月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 09月号 [雑誌]

会社法改正を契機に考えるガバナンス体制の見直し」というタイトルは、そんなに斬新なものではないし、学者や弁護士による論稿も切り口、内容ともに、真新しさを感じるようなものではないのだが*1、面白いのがその後に掲載された企業実務家のインタビュー記事である。

ここ数年の間、新聞その他のメディアで飛び交う、企業統治に関する議論を目にするたびに抱いていたイライラ感。

企業実務を経験したことのない学者や弁護士等の「有識者」の高所からの“ご意見”が、企業の中の実態とあまりに乖離していることによる違和感は当然ながらある。
だが、その一方で、経団連をはじめとする「産業界」の“原理原則的反対論”にも、自分は強い違和感を抱いていた。

多くの大企業では、とっくの昔に社外取締役を導入していて、社外取締役がどういうふうに機能しているのか(あるいは機能していないのか)ということが、十分検証できる状況であるにもかかわらず、それが今一つ正面から議論されないまま、“空中戦”が展開されていたこれまでの状況に、今回のインタビューは、ささやかながら、ほんの少しだけ一矢を報いているように思う。

まず、最初に登場する「メーカー法務担当者」氏。

「当社は、コーポレートガバナンスに関しては、かなり後ろの方を走っている会社だと思います」という冒頭のコメントのとおり、これはさすがにないな・・・という突っ込みを入れたくなくところも散見されるのだが*2、以下のような指摘は、企業内のコーポレートガバナンスの実務に関わっている担当者の多くに共通する思いを見事に言い切ったものとして、評価されて然るべきだろう。

「ここ数年、ガバナンス改革に関する議論を見てきましたが、精緻な議論が尽くされていないと感じます。」
「そもそもの議論の出発点が、『日本企業の業績や株価は、他国に比して低迷し続けている』→『それは日本企業の経営者がダメだからだ』→『ダメな経営者をクビにできないのは、日本企業のガバナンスがダメだからだ』という論法なのですが、厳しい環境下で奮闘してきた経営者にとっては受け入れ難い前提ではないでしょうか*3
会社法制部会においても、社外取締役の法的義務化という結論は出ませんでした。にもかかわらず、社外取締役を置くことが相当でない理由』を開示させることによって、“事実上の義務化”を図ろうとする手法には、疑問を感じます。」(52頁、強調筆者、以下同じ。)

また、実際に社外取締役を置いている会社の事務局担当者として、(他社の)社外取締役へのサポート体制を「素晴らしい取組み」を評価しつつも、

「その一方で、苦労に見合う効果がどれほどあるのかと疑問に思ったのも事実です」

というコメントがストレートに出てきているところも興味深い。

実際問題として、どんなに社外取締役に丁寧に情報を入れたところで、取締役会に上程されるようなレベルの話の中から、あるいは、事業に直接タッチしていない社外取締役やその事務局の目の届くところから「不祥事の芽」を発見することはほぼ不可能なのであって、オリンパスの例をひくまでもなく、どんなに社外取締役の人数を揃えても、内部統制上の重大な問題が生じることを完全に防ぐことはできない*4

もちろん、社外取締役を設置するからには、それが機能するように全力を尽くすのが実務家としての矜持、であるはずだが、「社内取締役だけで構成されている取締役会」と比べてどれほど異なるのか、ということを、身をもって実感できるような機会は、決して訪れることはないと思われるだけに、思わずこぼれた本音を、誰が批判できようか・・・といったところだろう。

「取引所の市場区分を『グローバル市場』と『ドメスティック市場』とに分け・・・」(53頁)

という意見は、「適用されるルールの違いによってグローバル市場とローカル市場に分けるように思考を整理したほうがよいのではないでしょうか」という大杉教授のご意見とも共通しているし(前掲・大杉38頁)、

「取締役の3分の1や過半数を社外にするとなれば、取締役会や取締役のあり方そのものを変えなければなりません。そうなると、従業員が内部昇格の過程で選抜され、最終的に取締役に就任するという日本的な人事慣行も、見直しを迫られることは避けられません。果たしてそれが、多くの日本企業にとって本当に良い結果をもたらすのでしょうか。」(53頁)

という、やや感傷的ではあるが、日本企業で働く多くの人々の想いを代弁するような勇気あるコメントも出てくる。

右も左も、「社外取締役を入れるのは良いことだ」「頑張って社外取締役を見つけて入れましょう」という大号令が飛び交う中で、「既に社外取締役を導入している会社の担当者の素朴なコメント」をストレートに載せた、という点で、コメントした担当者氏と、このインタビューを活字にしたBLJ誌の英断(?)に率直に敬意を表したい、と自分は思う。

一方、社外取締役に対して比較的好意的な評価を述べているのが、続く「持株会社法務責任者」氏と日本板硝子の法務マネージャー氏。

日本板硝子に関しては、ピルキントン社買収後のあれこれ、があるだけに、ソフトロー中心に形成されているイギリスのルールと我が国の制度の比較など、英国人経営者と接する中で得られたのだろうと思われる、法務マネージャー氏の貴重なコメントの数々が非常に参考になる。

また、「持株会社法務責任者」の方のコメントの中にも、実際に社外取締役の方に対して行っている情報提供の姿等が描かれていて、これはこれで参考になるところである。

もっとも、この「持株会社法務責任者」氏も、「社外取締役の極端な増加」には消極的な立場で、

議決権行使助言会社の言う、ある意味定型的な主張はあくまで理屈の話として、現実路線で進むべきではないでしょうか」(55頁)

というコメントを残されている。

さらに、この持株会社は、社外取締役を機能させるために、取締役の付議基準にも仕掛けをしていて、

「株主の理解を得るために本当に社外の目を通す必要があることに限るようにしたところ、事業の投資規模でいうと基準が一桁は上がりました」(55頁)

ということになっているとのこと。

この会社に限らず、社外取締役を増やして委員会設置会社等に移行した会社の中には、取締役会に付議する案件を絞り込んだ、という会社が多いと聞くし、実際、きちんとした議論時間を確保しようと思えば、そうならざるを得ないところもあるのかもしれない(コメントの中でもポジティブな話として取り上げられている)。

だが、本当にそれがガバナンスの強化につながるのか、と言えば、自分は大いに疑問を感じるところである*5


・・・ということで、担当者のコメントの中から、様々なものが見えてくる今号の企画。

今回の会社法改正で、対応業務が発生する人もそうでない人も、「コーポレートガバナンス」の理想はどこにあるのか、ということを考えるために、是非、上記インタビュー記事に目を通していただくことをお勧めしたい。

*1:ただし、大杉謙一教授の論稿(インタビュー「ガバナンス強化は自らルールを選ぶところから始まる」BLJ2014年9月号・34頁以降)は、後述するとおり、若干踏み込んだところもあるように思う。

*2:例えば、取締役会資料の事前説明の負担が云々・・・というくだりは、社内外問わず事前説明をしっかりやっている会社が多いことを考えると、このレベルの話で泣き言言ったら足元見られるよ・・・という気分になる。

*3:自分は、このような論法がガバナンス改革を求める意見の全てだ、というつもりはないのだが、この種の短絡的な言説を、論説委員等々の肩書を持つメディア人が堂々と書いてしまう状況は未だ散見されるのも事実である。

*4:経営戦略に関わる問題になってくると、もっと難しいことになる。大杉教授は、「有名な人より有能な人」というフレーズで、どんなに小さな会社のものであっても、「企業経営の経験」がある人を社外取締役に登用すれば機能する、と述べられているが、有能な経営者ほど「経営戦略に定石なし」ということを身に染みて分かっているから、逆によほどのことがない限り、安易に口を挟むことは避ける方向に向かうのではないかと思う。

*5:この会社の場合は「持株会社」だからまだよいが、事業会社で「取締役会」に上げる案件を減らして、その手前の経営会議等で個別案件の意思決定が行われるようになってくると、余計に取締役会自体の監督機能が弱まるように思えてならない。

向かう先が見えない「営業秘密」法制。

発刊されてから少し日が経っているが、ジュリスト夏の知財特集、ということで、「特集 営業秘密その現状と向かう先」関連の記事を読んでみた。

産業界の一部やその神輿に載せられた政官関係者からは、「新法制定も含めた保護強化」を求める声が強く出ている一方で、その動きに強く反対する有識者も依然として健在で、その間を縫うかのように、現在の不正競争防止法の解釈論を、より実用的な方向に詰めていこうとする議論も出てきている・・・そんなカオス的状況に突入している論点、ということもあり*1、期待してページを開いたのだが・・・。

まず、特集の冒頭に出てくる座談会*2
司会は小泉直樹教授、そして、清水節知財高裁判事、田村善之教授、三村量一弁護士、という知財業界を代表するメンバーが揃う中、産業界から、この手の話題に最近出ずっぱりの長澤健一キヤノン知的財産法務本部長が加わる、という豪華布陣で行われているものなのだが、読んでいくと、何だかもやもや・・・っとしてくる。

三村弁護士、清水判事といった、裁判官として営業秘密侵害事件の審理を経験した先生方がお話しになられている、訴訟の特色や、審理のポイントは簡潔で分かりやすいし、田村教授による「裁判例の傾向」の解説も、端的にポイントがまとめられていて、この辺りまでは違和感なく読めるのだが、「現行の日本制度への評価と制度改正の必要性」について言及されたあたりから、急に雲行きが怪しくなってきてしまうのだ。

というのも、これを主張している長澤氏が、

「弊社ではこれまで営業秘密が漏えいしたという事実自体は発覚しておりません(ので)」

という前提で(14頁、23頁)、「聞いた話にある程度依拠させていただくしかない」というところから発言をスタートさせており、どこかしらか腰が引けた印象のある“主張”になってしまっている上に、他の座談会参加者からのコメントも特に示されない、という形で終わってしまっているからだ。

さらに、続く「営業秘密該当性」の話題では、清水判事が、

「日常の保守管理体制として、当然、パソコンでのパスワード設定、入退室の制限、保管場所の施錠などが重要になってくるでしょう」
「具体的な措置としては、できるだけ扱う人を少なくして、パスワードを設定するとか、施錠、定期的な点検管理程度は最低限実施していく必要があるように考えております」(24頁)

と比較的厳格説寄りの発言をされる一方で、田村教授は、自説である、

「関係者が秘密として管理されていることを認識しうる程度に管理されていれば秘密管理の要件を満たすのに十分である」(26頁)

という主張を展開されており、ここもまたすれ違い・・・。

そして最後の「今後の展望」では、長澤氏が経団連の提言とほぼ同趣旨の新法制定をメインとする主張を述べられ(28頁)、清水判事も「この法律(注:不正競争防止法)の使い勝手の悪さ」を指摘し、訴訟要件立証の緩和や立証責任の一部転換*3等にまで踏み込んだ発言をして追随する一方で(29頁)*4、最後にまとめに入った小泉教授は、

「管理を強化し、不正競争防止法の罰則を引き上げるだけにとどまらず、従業者が会社を裏切らないような処遇といったものも併せて整えていく必要があるのではという感想を持ちました。」(31頁)

と、職務発明の話にも言及しながら、むしろ反対方向に結論を持っていこうとしているようにも読める。

座談会の限られた紙面の中でも、準拠法、国際裁判管轄の問題まで論点を幅広く拾っている,というのはさすがだし、長澤氏を中心に経済産業省の「営業秘密管理指針」の問題点まで突っ込んで指摘したことについても、掲載された雑誌媒体が「ジュリスト」であることを考えれば、より効果的なプレッシャーにつながるのではないかと思うのだが*5、如何せん肝心の結論のところで、どうもはっきりしないところが残っていて、そこが妙に引っかかってしまうのである。

「座談会」といった企画は、あくまで登場する先生方の“さわり”の意見だけを紹介するもので、後は、それぞれの方の書かれた論稿を読むべし、ということなのかもしれないし*6、このテーマに限らず、一流の先生方が揃いすぎると議論はすれ違うのが常なのかもしれないけれど、何となく「立法事実がどこにあるのか良く分からないけど、なぜか声高に唱えられている」、「議論がかみ合わないまま産業界&与党主導で、何となく法制度が変わろうとしている」といった、近年の知財法改正議論のややこしさの一端に接してしまったような気がして、気まずさを感じずにはいられなかった。


なお、このジュリストの特集は、座談会に続いて、この分野ではおなじみの松村信夫弁護士による判例の整理*7も掲載されており、実に62個もの裁判例が、様々な視点から分類されていて圧巻である*8

また、福井地家裁所長になられたばかりに高部眞規子判事が、淡々と主張立証のポイントを解説されているのも、いろいろな意味で興味深かったのであるが*9、最後に出てくる小畑教授の論稿*10まで読んだときに、「この10年ほどの間に、そんなに大きく変わったところはないのかな・・・」と懐かしく感じてしまったのは良いことなのかどうなのか。

「営業秘密」を巡る動きが“大山鳴動してなんとやら”ということになってしまうのか、それとも本当に動くのかは分からないけれど、数年後にフィードバックとして再び特集が組まれることを(そして、できれば座談会は同じメンバーで・・・(笑))、今は期待したい。

*1:さらに言えば元々、個人的に非常に関心が高い分野だった、ということもあり・・・。

*2:「座談会・営業秘密をめぐる現状と課題」ジュリスト1469号12頁(2014年)。

*3:この点については、既に「秘密管理性」について立証責任を転換した?と思われるような傾向の裁判例も現れていることに留意する必要があろう。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140514/1404571203参照。

*4:なお、三村弁護士は「本来あるべき裁判が訴訟の場でに出てきたという意味では望ましい」という評価をした上で、国際私法的観点から「立法による何らかの手当て」を期待する発言をされており(30頁)、田村教授はさらに異なる視点(労働市場の流動化)から「営業秘密の不正利用行為規制をいかに拡充し、保護を万全のものにしていくかという観点から、より使い勝手のよい法理としていく努力が必要ではないか」(30頁)という問題提起をされている。

*5:この点については、自分も10年近く前から「どうなのよ・・・?」と叫び続けて久しい(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051120/1132496952参照)。

*6:例えば、田村善之教授は、最近も「知財管理」誌に2回にわたって、「営業秘密の秘密管理性要件に関する裁判例の変遷とその当否−主観的認識 vs.『客観的』管理−」という長大な論文を発表されている(知財管理64巻5号、6号)。

*7:松村信夫「営業秘密をめぐる判例分析‐秘密管理性要件を中心として」ジュリスト1469号32頁(2014年)。

*8:いわゆる「示された」要件に係る判例動向についても分析されており、「仮に、従業者が創作・形成あるいは収集・蓄積した情報であったとしても、使用者がこれを『秘密として管理』することによって、本号の使用者から『示された』情報として保護を受けるのであれば、それは使用者が自ら創作・形成あるいは収集・蓄積した情報を従業者に開示する場合と比べて使用者の管理意思が当該従業者にとどまらずすべてのアクセス可能者に対して明確に認識できるに足りる程度の管理を行う必要があるだろう」(37頁)と述べられたくだりなどが、なかなか興味深い(この点については、山根崇邦准教授もL&Tに昨年論文を掲載されているが、解釈については少しトーンが異なっている)。

*9:高部眞規子「営業秘密保護をめぐる民事上の救済手続の評価と課題」ジュリスト1469号42頁(2014年)。

*10:小畑幸子「営業秘密の保護と労働者の職業選択の自由」ジュリスト1469号58頁(2014年)。

惜しみなく明かされた模倣品対策のレシピ。

時々知財関係の特集が組まれるBusiness Law Journal誌だが、これまで多かった著作権関係のネタに代わり、今回は「模倣品対策」ということで、商標法、意匠法、不競法の特集を組んできた。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 08月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 08月号 [雑誌]

頻度としては決して少なくないにもかかわらず、実際に裁判所まで持ち込まれるような事例は、パーセンテージとしてはかなり少ない、ということで、この領域の実務の実態はなかなか表に出てきにくいのであるが、今回の特集では、中村勝彦弁護士のインタビュー記事*1が、かなりいいところまで突っ込んでくれている。

例えば、「明確に権利があるとはいえない状態で類似品に対抗しようとする場合」の不競法2条1項1号、3号を武器とした侵害警告について、「目的に合わせてアプローチを変える必要があること」を指摘した上で、警告書を効果的に活かすための送付や交渉のあり方、着地点の立て方など、そんなにボリュームがあるわけではないが、ツボとなるところが要領よく抑えられていて、なかなか良い記事になっていると思う*2

「強気な書面を送りつつも、『もうすぐ書面が届きますが、とりあえず会いませんか』とすぐに相手に電話する」

などという高尚なテクニックは、自分は使ったことはないし*3、警告書の「さじ加減」といっても、そもそも警告書を送ること自体が「呑気に交渉するつもりはないよ」というメッセージだったりもするから、どこまで“優しさ”を感じさせる余地を書面に残すかは難しいところなのだが、対応を考える上で、ここに書かれていることが重要な要素になるのは間違いないところだろう。

・・・で、それを踏まえて読むと、なお面白くなるのが、その後に続く「5社の判断基準と落とし所」という記事(32頁以降)。

元々、実務担当者の生々しいコメントが掲載されるところに、この雑誌の最大のストロングポイントがあるのだが、この記事も例外ではなく、果敢に社名を出されているタカラトミーのほか、スポーツメーカー、製造小売、消費財メーカー、といった会社が、模倣品対応のノウハウの一端を惜しみなく出してくれている。

どの会社にも共通しているのは、「損害賠償の支払いよりも確実な撤去を」というところと「できれば裁判はやりたくないよね」ということくらいで、後は会社によってかなり考え方が違うので、初心者が読むと、少々混乱するところもあるかもしれない。

書面の出し方ひとつとっても、

「どのような相手であっても、警告書は送ります。」
「初回の警告書は、請求事項と請求の法的根拠の二つの要素だけを書き、A4用紙1枚くらいであっさり済ます場合がほとんどです」

という極めて画一的な処理を志向する会社(製造小売)があるかと思えば、

「つながりがある場合は、警告書ではなく、当社でやり取りしている事業部などからツテをたどり、話合いをして収めることもあります。」(タカラトミー、スポーツメーカーも同旨か)

と、相手による硬軟両用の使い分けを志向する会社もある。

さらに、「同じ業界内の場合、商標担当者の勉強会などで友好関係が構築されている」として、「ぶつかったとしてもいきなり商標権侵害の警告書を送るようなことはありません」という極端なケースもあり・・・(消費財メーカー)。

自社の製品、侵害品のそれぞれが、どういうジャンルに属する製品なのか、といったことや、どういうタイプの“模倣”が多いのか(同ジャンルの商品について名称やロゴ等を似せる、というタイプの模倣なのか、それとも、コンセプトを似せてくるタイプの模倣なのか、あるいは、自社の商品・役務とは全く別ジャンルの商品に関して自社のブランドにフリーライドしてくるタイプの模倣なのか、等)、といったことによって、対応がそれぞれ違ってくるのは当たり前の話で、それゆえに、ここに寄せられたコメントをしっかり理解するためには、様々な想像力を働かせながら行間を読んでいく作業が必要になる(笑)のではあるが、その辺のややこしさを差し引いても、十分意義のある特集だな、と思った次第であった*4

なお、同じような問題は、製品分野だけではなくサービス分野でも存在しているし、サービスの世界に入り込んでしまうと、それこそ不競法(+辛うじて商標法)だけで戦わないといけない場面も多いので、そのあたりまで広げてリサーチしてみたら、面白いんじゃないのかな、ということで、次回以降の特集にも、また期待してみることにしたい。

*1:中村勝彦弁護士「ヒットしてからでも遅くない類似品対策の実務ポイント」BLJ77号29頁(2014年)。

*2:この種のやり取りの経験のない担当者が読んだときに、どこまで想像力が及ぶかは分からないけれど。

*3:狭い業界で気心の知れた代理人間、あるいは、元々面識のある同業者間のやり取りとしてはあり得るとしても、アウトサイダー的な“侵害者”に対して、ここまで丁寧な対応をする必要はないだろうな、と個人的には思う。

*4:個人的には、中村勝彦弁護士の基調インタビューでもばっさり切り捨てられていた「意匠権」が、スポーツメーカー(特に多そうなのは靴系かな)や、製造小売の担当者に比較的高く評価されていたのが印象的であった。

たかが研修、されど研修

企業内の法務部門の仕事の中で、比較的大きなボリュームを占めることが多い仕事であるにもかかわらず、「研修」に関するノウハウが専門誌等で正面から取り上げられる機会は多くない。

だが、そんな中、BLJの最新号が「いま必要なのは伝わる法務研修」と銘打った企画を打ち、実に30ページ近い紙幅を割いて、11種類のパターンの「研修事例」を取り上げている。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 06月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 06月号 [雑誌]

通して読めば分かる通り、それぞれの事例ごとに場面もテーマも異なるものが多いし、似たようなテーマのものであっても、執筆された担当者の“好み”や所属する会社のスタイル(?)によって、掲載されている研修技法は大きく異なっている*1

したがって、この企画自体が、何らかの統一された「ベストプラクティス」を導いてくれるわけではなく、あくまで様々なサンプル事例を見ながら、自分がこれからやろうとする研修に一番マッチするものはどれか、というのを考えていく作業はどうしても必要になってくる。

それでも、ターゲット、研修趣旨に加えて、時間配分からスライドのビジュアルまで、「研修」に慣れていない企画サイドの担当者が具体的なイメージを掴むのにちょうど良い、と思われる仕上がりになっており、さすが“実務に最も近い法律雑誌”BLJの面目躍如、といった企画ではないかと思う。

*1:一例を挙げれば、研修用のパワーポイントのスライドに「クリップアート」を使うべきかどうか、という点ですら、執筆されている各担当者の発想は異なっているように読める。

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