特許庁(笑)(その2)

特許庁(笑)と言えば、
先月末に出された最高裁判決も忘れてはならない*1


特許庁による特許権の質権設定登録が遅れたために、
当該特許の譲受人に劣後し、債権回収ができなくなってしまった質権者が、
国家賠償請求を提起した、という事件である。


この事件、第一審の静岡地裁
国に1億8000万円の損害賠償を命じたのに対し*2
原審である東京高判平成16年12月8日は、
「損害の発生」を否定して原告(被控訴人)側の請求を棄却、と
下級審の結論が分かれていたのであるが、
最高裁は、民訴法248条により「相当な損害額」を認定すべき、
として原判決を破棄し、高裁に審理を差戻した。


本件の概要を時系列を追って、見ていくことにしよう*3

平成9年8月19日 上告人がA社に対し3億6000万円を貸付
平成9年9月1日  上告人がA社から本件特許権を担保とする質権設定を受ける
平成9年9月2日  上告人が質権の設定登録申請
平成9年8月31日 A社がB社に対して本件特許権を譲渡
平成9年11月17日 A社からB社への本件特許権譲渡登録
平成9年11月   B社がC社に対し、本件特許権を代金4億円で譲渡
平成9年12月1日 質権設定登録 → 11月17日に遡って登録
平成10年2月23日 B社からC社への本件特許権譲渡登録
平成10年3月23日 A社が銀行取引停止処分
平成10年5月   C社が質権設定登録の抹消登録手続を求める訴え
平成10年7月24日 C社の請求認容
平成10年10月8日 質権設定登録抹消
平成10年11月  B社が事実上倒産
平成13年5月14日 特許権設定登録抹消(C社が特許料支払わず)

上を見れば一目瞭然だが、
本件の最大の問題は、特許庁が上告人の質権設定登録申請を3ヶ月間放置し、
しかもその特許について特許権移転登録が先になされてしまった、
ということにある。


使い勝手の悪さゆえ、
特許権に登録されている質権は150件弱(2000年当時)*4に過ぎない。


そんな数少ないうちの1件が来たものだから、
特許庁の職員としても取扱いに手間取ったのかもしれないが、
その点を差し引いても、
特許庁職員の過失」自体は認めざるを得ない事案だといえ、
被告の国側も、担当職員の過失の存在自体は争っていない。


その代わりに国側が持ち出したのが
「損害の発生」を否認する、という手であったのであるが、
最高裁は、

①A社が,平成8年3月,特許出願中の本件特許権を構成する技術の一部を用いたFS床版工法を発表したところ,多数の新聞に取り上げられ,多数の企業等から同工法についての照会や資料請求があった。
②A社から本件特許権の譲渡を受けたB社は,平成9年11月,C社に対し,本件特許権等を代金4億円で譲渡した。
③C社は,A社らと共に本件特許権の事業化に取り組み,平成10年4月,スーパーMSG床版という商品名でパンフレットを作成し,その販売営業に努力した。
④C社は,本件特許権の事業化の障害となる本件質権設定登録を抹消するため,同年5月,上告人に対し,その抹消登録手続を求める訴えを提起し,同年7月,勝訴判決を得て,同年10月,その目的を達した。
⑤C社は,最終的には,本件特許権の事業化は採算が合わないものと判断してこれを断念し,平成12年10月までに本件特許権の第5年分の特許料の支払をしなかったため,本件特許権が消滅したが,それまでは同事業化の努力をしていた。

という事実を認定し、
本件特許権は、A社が銀行取引停止処分に陥った平成10年3月当時には、

「事業収益を生み出す見込みのある発明として相応の経済的評価ができるものであったということができ,本件質権の実行によって本件債権について相応の回収が見込まれたものというべきである。」

として、国側の反論を退けている。


個人的には、損害ゼロとした高裁判決は言い過ぎにしても、
最高裁が挙げたような事情だけでは、
「相応の経済的評価ができる」とまではいえないと思っている。


①多数の企業から照会や資料請求があった、という事情や、
②4億円での譲渡、という事情は、
あくまで当該発明を含む「A社の技術力」への評価であって、
発明(=特許)そのものへの評価、とは必ずしもいえないように思うからだ。


特許になっている発明は、当該技術全体のほんの一部を表象するものに過ぎない。
特許化されない(できない)ノウハウ、テクニックや、
人的資源の集積があって、はじめて金を生み出す「技術」となる。
競売にかけられた「発明」を単独で買ったとしても、
それまでの利害関係人(B社、C社)が享受しえたような「利益」を
期待することは難しいだろう。


さらにいえば、特許の財産的価値が強調されている現在ですら、
特許の流通市場が十分に機能しているとはいえない実情を見ると、
平成10年3月の時点で、質権を行使したとしても、
十分な債権回収が見込まれたかには疑問が残る。


したがって、この論点に関しては、国側にも一分の理があるものと思われる。


だが、そもそも特許庁の職員が登録申請を放置していなかったら、
そして、譲渡登録に先立ち、特許庁内部で適切な情報共有化ができていたら、
このような問題は起きなかったはずである。


このような“チョンボ”を
当の担当審査官個人の資質に起因するもの、と片付けるのは簡単だろう。


だが、自分は、特許庁という組織が抱えるもっと構造的な問題が
ここにはあるのではないか、と思っている。


これが登録審査の場面なら、半年くらい置き去りにしても、
出願人をいらつかせるだけで、法的には何ら問題は生じない。


質権登録の場面であっても、
本件のように「質権設定者から第三者への譲渡」という特殊要因を
挟まなければ、3ヶ月放置したところで、
何事もなかったかのように登録されていたはずだ。


自分は、特許庁における審査・登録実務の実態を何ら知る立場にはない。
だが、一見すると異常なことのように見える3ヶ月間の“放置”は、
特許庁の中で時を刻む“時計”に照らして見れば、
そんなにたいした事態ではなかったのではないか。


自分にはそう思えてならないのである*5


そんな疑惑を抱かせるような組織に、
「審査迅速化への協力」を要請されても・・・、
というのが、一担当者としての率直な思いである*6

*1:最三小判平成18年1月24日・http://courtdomino2.courts.go.jp/judge.nsf/dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/eef78a39dcb3aa6149257100002acba2?OpenDocument

*2:静岡地判平成15年6月17日

*3:以下は、最高裁における事実認定ベース。

*4:山名美加「特許権の質権設定登録が後れたことにつき、国会賠償請求を認容した原審判決を取り消し、請求を棄却した事例」L&T28号64頁(2005年)による。

*5:自分が、以前特許庁内の資料室で見かけた職員たちの“姿”が、そのような“想像”を容易に想起させる原因でもあるのだが・・・。

*6:結局のところ、話はここに戻るわけである・・・(笑)。

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