「ネスレ日本」霞ヶ浦工場社員の懲戒解雇処分の有効性が争われた事件において、
最高裁が原審判決を破棄し、労働者側の言い分を全面的に認めた判決が出た。
最二小判平成18年10月6日(古田佑紀裁判長)*1である。
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061006163257.pdf)
認定された事実関係の不自然さを見れば一目瞭然なのだが、
本件は労使間のドロドロの紛争が形を変えて現れたものに過ぎず、
「ネスレ日本」使用者側のこれまでの輝かしい不当労働行為の歴史(笑)を見れば*2
さもありなん、という感じの結末である。
だが、それゆえ、本件の判旨を一般化することには慎重でなければならない、と思う。
本件の事実関係は以下のようなものである。
平成5年10月25日 上告人(労働者)らの管理者に対する第一の「暴行事件」発生
平成5年10月26日 第二の「暴行事件」発生
平成6年2月10日 第三の「暴行事件」発生
(暴行を受けたA課長代理が上告人らを告訴)
平成7年7月31日 会社から上告人らに懲戒処分を示唆する通告書送付
平成11年12月28日 水戸地検が上告人らを不起訴処分に
(会社側が上告人らの懲戒処分を検討)
平成12年5月17日 上告人らとともに「暴行」を行ったとされる訴外Bが退職願提出、即日撤回
(訴外Bは退職の意思表示の効力を争う)
平成12年8月7日 水戸地裁龍ヶ崎支部が訴外Bの地位保全仮処分を認容
平成13年3月16日 水戸地裁龍ヶ崎支部が訴外Bの請求棄却
(会社側が改めて上告人の懲戒処分を検討)
平成13年4月17日 会社側が上告人らに諭旨退職処分
平成13年4月26日 会社側が上告人らに懲戒解雇処分
そして最高裁は、
「使用者の懲戒権の行使は,企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても,当該具体的事情の下において,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとして是認することができないときには,権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」
という一般論を述べた後に、
「本件各事件は職場で就業時間中に管理職に対して行われた暴行事件であり,被害者である管理職以外にも目撃者が存在したのであるから,上記の捜査の結果を待たずとも被上告人において上告人らに対する処分を決めることは十分に可能であったものと考えられ,本件において上記のように長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見いだし難い。しかも,使用者が従業員の非違行為について捜査の結果を待ってその処分を検討することとした場合においてその捜査の結果が不起訴処分となったときには,使用者においても懲戒解雇処分のような重い懲戒処分は行わないこととするのが通常の対応と考えられるところ,上記の捜査の結果が不起訴処分となったにもかかわらず,被上告人が上告人らに対し実質的には懲戒解雇処分に等しい本件諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことは,その対応に一貫性を欠くものといわざるを得ない。」
と、事実関係の“不自然さ”を指摘し、
さらに使用者が主張するその他の懲戒事由についても、
「諭旨退職処分に値する行為とは直ちにいい難い」ものとして、
「処分時点において企業秩序維持の観点からそのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず,社会通念上相当なものとして是認することはできない。」
という結論を導いている。
上記三件の暴行事件が実際にあったのかどうか、
裁判所は明確には判示していないが、
書きぶりを見る限りは、「存在しなかったのでは?」という強い疑念を
心証として抱いていたことがうかがえる*3。
そもそも上告人ら組合員が会社と激しく対立していた、
という背景事情を考えれば、「でっち上げ暴行事件」という組合側の主張も、
あながち虚構と言い切ることはできず*4、
本件の解決としては、上記のような結論で妥当であった、というべきだろう。
ただ、個人的には、
上記のような論旨は過度に一般化すべきではない、と思う。
まず、最高裁が問題として指摘した、
「長期間にわたる懲戒権行使の留保」であるが、
本当に「暴行」がなされていたとしても、相手が対立組合の幹部、などという
センシティブな事案であれば、処分にあたっては慎重を期したいと考えるのが
使用者サイドの率直な心情であろう。
懲戒解雇は労働者にとって一種の「死刑判決」に近いものであり*5、
処分を出した場合、訴訟が不可避的に生じることを覚悟しなければならないからである。
(本件のように別訴が提起されていればなおさら、である。)
また、「長期間にわたる留保」をもって、
一概に懲戒権の行使が合理性を欠く、とされることになれば、
使用者側としては、事実関係に対する公的判断を経ぬまま処分を下さねばならないことになるが、
後に新事実が発覚した場合など、
それによって労働者側が不利益をこうむることだって十分に考えられるわけで、
処分に至るまでの期間の長短のみから合理性を判断することには疑問が残る。
さらに、2点目として、最高裁は
「不起訴処分となったにもかかわらず処分を検討したのは不自然」という点も指摘しているが、
田舎の検察・警察は、告訴してもそう簡単には事件化してくれなかったりするから(笑)*6
不起訴=たいした事件ではない、という関係が必ずしも成り立つとは限らない。
以上のような点をかんがみれば、
本件は、特殊な事例判決としての位置づけに留めておくのが、
妥当なところだろうと思う。
それにしても・・・
ネスレ社は霞ヶ浦工場で↓のような取り組みを行っているらしいが、
(http://www.nestle.co.jp/ecocare/communication/index.htm)
上記のようなドロドロを見た後だと、
果たして子供の教育上大丈夫だろうか・・・という気にならなくもない(笑)。
*1:H16(受)918・労働契約上の地位確認等請求,民訴法260条2項の申立て事件
*2:例えばhttp://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D7387A1D7254270949256A8500311E21.pdfなど。判旨だけみると会社側勝訴のようだが、中労委命令のうち取り消されたのは救済方法に関する部分に過ぎず、不当労働行為の成立を認めた命令の大半は維持されている。
*3:原審が事実を確定していなかった別の懲戒事由が存在したにもかかわらず、破棄差戻ではなく、あえて自判したあたりにも、裁判所側の使用者側への不信感が垣間見えるような気がする。
*4:参考サイトとしてhttp://www.tcn.zaq.ne.jp/njlu/page213.html、http://rasinban.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_1a61.htmlなど。
*5:単に職を失うというのみならず、再就職の道も事実上絶つことになるから・・・。
*6:しかも会社の中で起こった暴行事件など些細な案件に過ぎない、として放置されることも、平成11年当時ならままあっただろう。