知財法のススメ

最近某巨大掲示板で盛り上がっている、“リークの王者”事件(笑)。


元々自分には何の利害関係もないので、話がどこに進もうが大して関心はないのだが、ここにきて面白い論点が出てきているので、そこだけちょっと突っ込んでみる。


お題は、

メーリングリストのメールを差出人の許諾なくメールを掲示板に転載する行為と著作権侵害の成否」


この問題は、従来からいろいろなところでちょっとずつ語られていた話で、例えば、東大の「HYPER WORK BOOK」というサイトには、

「電子メールにおける通常のやり取りは著作物性が否定される可能性が高いことも付け加えておきます。」(21.5プライバシーと名誉「他人からのメールメッセージの開示」)*1

という記載があるし、


富士通のFMV関連サイトに小倉秀夫弁護士が書かれた『小倉弁護士のPC法律相談室』第6回では、「手紙の著作物性」に関する裁判例を引きつつ、「パッシングメール」の公開が著作権侵害にあたるか、という問いに対して否定的な方向の見解が示されている*2


この種の丸々コピー転載型事案の場合、掲示板に貼り付ける行為が、「複製」(法2条1項15号)や「自動公衆送信」(2条1項9号の4)に該当することは否定できないので*3、侵害を否定するためには、

(1)著作権法上の「引用」(32条1項)として正当化する

か、

(2)元々のメールの「著作物性」を否定する(2条1項1号参照)

くらいしか、手はないということになる。


もっとも、(1)については、「月に濡れたふたり」事件の第一審(東京地判平成16年3月11日)*4で、

「上記認定の事実によれば,本件各発言を閲覧した者は,本件各文章を独立した著作物として鑑賞することができるのであり,本件発言者がその発言の書き込みにおいて本件各対談記事の内容を転記したのは,本件発言者らが創作活動をする上で本件各対談記事を引用して利用しなければならなかったからではなく,本件各対談記事を閲覧させること自体を目的とするものであったと解さざるを得ない。」
「したがって,本件各発言においては,その表現形式上,本件各対談記事の転載部分が従であるとはいえない(むしろ,本件各対談記事の転載部分が主であるということができる)から,本件発言者がその発言の書き込みに際して本件各対談記事の内容を転載した行為が,著作権法上許された引用に該当するということはできない。」

とあっさり退けられていることからも分かるように*5、転載した側に好意的な判断が下されるとは考えにくいから*6、結局、先に紹介した2つのサイトで説明されているように「著作物性」の有無に注目するほかはない。


今話題になっている話に戻ると、要するに

「某大学の先生が出したメールが著作物にあたるかどうか」

が問題になるわけだが、この辺の話になってくると、はっきり言って

「裁判所に聞いてみるまで何とも言えない。」

というのが正直なところ。


小倉弁護士のコラムで紹介されている2本の裁判例でも、「少林寺拳法支部理事長の手紙」には著作物性がない(高松高判平成8年4月26日)とされている反面、「三島由紀夫の手紙」(東京地判平成11年10月18日)*7については認められている。


手紙ではないが、一種の告発のための資料掲載が問題になったダスキン事件では、「取締役会議事録」をインターネット上で一般公開した行為について、地裁、高裁ともに著作物性を否定して、会社側の著作権侵害の主張を退けているが*8、転載目的の正当性を考慮した上での結論とはいえないし*9、そもそも取締役会の議事録なんて、当たり障りのないことを定型書式に沿って書き残すだけの代物だから、これがある程度個々人の“創作性”が入ってくる「電子メールの文面」に応用できるかどうか、は定かではない。


個人的には、今回のようなケースで、メールの発信人が(名誉毀損ならともかく)「著作権侵害」を主張するのは、ダスキンのケースと同様に相当筋が悪い、といわざるを得ないと思う。


ゆえに、仮に侵害が肯定され、民事上の請求どころか刑事事件にまで発展するようなことになろうものなら、

「これだから日本の著作権法は・・・」

と叫ばざるを得ないだろうし、そういった声が上がるのも確実な状況だろう。


だが、だからといって転載した側の人間が救われるとは限らないのが、今の“業界”の恐ろしいところでもある。


ヘタに予想をすると、反対側に転ぶのがこのブログの常であるから(苦笑)、自分自身の予想はここでは差し控えた上で、忘れた頃に様子でも見に行くことにしたい。

*1:http://hwb.ecc.u-tokyo.ac.jp/current/

*2:http://azby.fmworld.net/soho/column/pc_law/index6.html?sohofrom=top_pclaw

*3:何スレッドかに分ければ大丈夫という意見もあるようだが、後述する「罪に濡れたふたり」事件(東京地判平成16年3月11日、東京高判平成17年3月3日)でも、何スレッドかに分けて貼り付けた“対談録”が、一連のものとして「複製」に該当すること自体は争いにすらなっていない。

*4:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/6DDA6947E72559CE49256EC3002925FC.pdf、なお多くの読者の方には説明するまでもないことだが、ここでの中心的争点となったのは、某掲示板の間接侵害責任の有無である(笑)。

*5:なお、この事件の控訴審においては、この点は争われていない。

*6:「月に濡れた・・・」事件では、ファンブックの18頁中11頁が転載された、ということであり、転載した中身の分量の多さが結論に影響したとも考えられるが、本ブログでも度々紹介してきたように、引用要件の充足性判断はかなり厳格になされるのが常であり、ましてや、引用する側に“独自の著作物”としての性質を見いだしにくい「掲示板転載型」の事例で、引用要件充足性が肯定されるケースは、あまり多くないだろうといわざるを得ない(特に引用されたスレッド数と、それに対する真摯な論評を行っているスレッドの数を比べた時、「主従関係」の要件を満たすのが厳しくなるのではないか、と思われる。ちなみに「まとめサイト」のようなものであれば、一貫した論評がなされていることが多いから、また別の結論も出てくるのではないだろうか)。

*7:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/AB02DA8071BAEEB649256A7700082C72.pdf

*8:阪高判平成17年10月25日(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A46848E3ACCB3E61492570A600357F84.pdf)、大阪地判平成17年3月17日(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/DC3C1F349191BDBF492570FC00022313.pdf

*9:この事件は、被告が取締役会議事録閲覧謄写許可請求によって入手した議事録を公開した、というものだったため、原告会社側の「文書をみだりに公表されることがない」利益が侵害されたとして55万円の賠償請求が認められている。

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