窮屈な働き方

最近採用区分の見直しが話題になっていた国家公務員の世界だが、懲りずにこんな記事がまた出ていた。

人事院は国家公務員1種の採用者を対象に来年度から「三年目研修」を導入する。これまで入省時の「初任研修」の次は三十歳前後の「係長研修」だったが、幹部候補としての自覚を促し倫理規程を学び直す機会とする。「縦割り行政」の是正に向けた意識変革も狙う。」(日本経済新聞2008年2月17日付朝刊・第2面)

まぁご愁傷さま、といった感じで、同情の念を禁じえない。


どんなにハードワークで鳴らす霞が関とはいえ、たかだか3年程度の実務経験で身に付くものなどたかが知れているわけで、せいぜい、自分の持ち場で自分のカラーを出せるようになってきた、というあたりが関の山だろう。


そんな時期に「幹部候補としての自覚を」と言われても、どうなんだろうね・・・というのが率直な印象である。


ちなみに筆者の会社でも、同じような時期に同じようなコンセプトの研修があったが、結局はあちこちに散らばっている同期の土産話を聞いて、飲み会で旧交を温めあうくらいしか成果は無かったと記憶している(苦笑)。


役所にしても、会社にしても、この国の古い組織には「ゼネラリスト最強神話」がはびこっている、という点で共通するところが多い。


一流大学の一流学部を出た人間を「幹部候補生」として採用し、文字通り「総合職」として入社後早い時期から様々な仕事を経験させる。現在組織の頂点に君臨する人々は、それが確実なエリート幹部育成方法だと信じて疑わないし、そんな組織に組み込まれた若者も、それについていくことが自分の将来のためだと、無理やりにでも信じ込まされる。


このような「ゼネラリスト」の場合、短期間で異動を繰り返すから、特定の分野に深く突っ込む必要は元々ないのであって(もちろん持ち場にいる間に必要な知識はそれなりにマスターするにしても)、社内の人脈を把握して、顔の利かせ方だの上司・先輩の立て方だのをマスターしていけば、後は何となく回っていく。


特定の分野を極めるのは、一段「格落ち」のいわゆる“ノンキャリア”組*1に任せておけば良く、一つの職種に固執して経験を積む、などというのは社内経歴上はマイナスでしかない。


実際には相当の潜在的ニーズがあるにもかかわらず、法曹有資格者の採用をめぐって、多くの企業が“取り渋り”的な行動を見せる、という現象にしても、その背景には、細かい条件面のギャップだけではなく、ハイスペックな人材を「専門職」として扱うことに多くの古典的日本企業(中でも特に人事部門)が抵抗感を感じている、という実態があるように思えてならない*2


こういったところに、上記のような「三年目幹部候補生研修」が登場する土壌があるわけなのだが・・・。



筆者としては、こういった土壌は、日本のホワイトカラーの働き方を窮屈なものにするとともに、ビジネス(政策)の急激な変化(高度化)に付いていけるだけの余力を奪う諸悪の根源だと考えている。


最初の何年かを、一人ひとりにマッチングする職種なり業務なりを模索する期間に充てるのはまだ良いとしても、職業人としての「成長期」にあたる20代後半から30代にかけての時期に、足元が定まらないような人事運用をするのは愚の骨頂というべきで、「幹部候補」というニンジンをぶら下げるのは、担当する分野でその世界の第一人者になれるくらいの経験を積ませた後でも決して遅くはない、と思うのだ。


どんな世界でもある程度道を極めれば、他の分野のプロフェッショナルの思考というのもある程度は理解できるようになるものだ、というのは良く言われることで、ハイスペックな人間に経験を積ませて、その分野でトップレベルの人材に育ててから、真の意味での“幹部ロード”で競わせる、というのが、真に成熟した組織の在り方ではないのだろうか。


“とりあえずいろんなことやってきました”というだけの「ゼネラリスト」に、漫然と“幹部”の地位に座らせることの弊害は組織を問わず様々なところで見られるわけで、様々な専門職大学院が生まれ、学生の専門職志向が高まっている今こそ、こういった悪しき慣習を見直すべきであるように思えてならない。


もちろん、“いまどきの若者”にもいろんな人間がいるもので、某T大生向けの就職説明会などでは、“法務スペシャリスト”としての仕事の魅力をとうとうと語った自分に向かって、

「自分はそんなつまらないことじゃなくて、もっといろいろなことをやりたいんです」

と言い返してきた法学部生もいたりしたから(苦笑)、古きよき「ゼネラリスト」にこだわりを見せる人々のための道を残す必要はあるのかもしれない。


だが、全員が全員、入社三年目から「幹部候補」を気取る必要はあるまい。


そして、たとえ普通の人が三年かかって覚えるような仕事を半年で覚えてしまうような優秀な人々(笑)が揃う「霞が関」であっても、その点については例外ではない、と筆者は思うのであるが・・・。



なお、こんな偉そうなことを語る筆者にしても、これまでの会社人生の中で、「専門職」としての自分のポジションを守ることに精一杯で、会社全体として同じ志向を持つ後輩達のために“力強く道を切り拓いて来た”とまでは、とても言える状態ではない。


組織を去る準備はいつでもできているのだが、自分が歩いてきた道なき道がいかがわしい雑草で埋め尽くされないように、きちんとアスファルトを流し込むまでは、もう少しだけ力を振り絞らなくては・・・というある種悲壮な覚悟を決めている。


舗装するまでの仕事はとてもできそうにないから、それは後に続く人たちに残す仕事になると思ってはいるのだが・・・。

*1:国家公務員なら技官や二種クラス、一般企業だと総合職の中でも経歴がちょっと落ちる組。

*2:この点に関しては、むしろ霞が関の方が頭の切り替えが早い。

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