「非係争条項」事例がまた一つ。

もっぱらマイクロソフトのNAP条項を素材として論じられることが多かった「知財ライセンス契約と拘束条件付取引」問題だが、新たな一事例が付加されることになりそうな気配である。

第3世代携帯電話用の通信技術で知られる米国の携帯電話用半導体大手、クアルコムが特許を持つ通信技術の使用契約を日本の携帯電話メーカーと結ぶ際、事業活動を不当に拘束する条件を付けていたなどとして、公正取引委員会は27日、クアルコム独占禁止法違反(不公正な取引方法)を認定して排除措置命令を出す方針を固め、事前通知した。」
クアルコムは契約に「非係争条項」を盛り込み、同社の技術の中にメーカー側の特許権を侵害するものがあったとしても、訴訟などで争わないよう拘束していた疑いが持たれている。」
「現在も同様の契約は続いているもようで、公取委は違反状況の取りやめや再発防止などを求めるとみられる。」
日本経済新聞2009年7月27日付朝刊・第12面)

またしても外国メーカーがターゲットになった、というのは決して偶然ではないだろう。


国内企業同士の契約の場合、「非係争条項」のような一方的な条項を契約に盛り込むことは美学に反する、という風潮が強いし、仮に盛り込もうとしたとしても、契約交渉の過程でやんわりと(当事者の力関係如何によっては“強硬に”(笑))削除を求められることになるのは目に見えている*1


一方、外国企業の場合、細かい条件までみっちり書きこんでおこう、という傾向が強く、しかも迎え撃つ国内企業の側でそのような契約書の内容をいじろうとすると一言一句に莫大なエネルギーを費やすことになるから、重大なリスクを孕んでいないと判断された場合には、多少の不平等条項でも目をつむって、話を前に進めることの方を優先する*2ことが多いように見受けられる。


となれば必然的に、契約書上「非係争条項」が残存するのは、「外国企業によるライセンス契約」の事例が多い、ということになってくるわけで・・・。


それはさておき、少なくとも日本国内においては、従来から、「非係争義務」を課すことは、

「ライセンサーがライセンシーに対し、ライセンシーが所有し、又は取得することとなる全部又は一部の権利をライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対して行使しない義務(注17)を課す行為は、ライセンサーの技術市場若しくは製品市場における有力な地位を強化することにつながること、又はライセンシーの権利行使が制限されることによってライセンシーの研究開発意欲を損ない、新たな技術の開発を阻害することにより、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する(一般指定第13項)。」
(「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」http://www.jftc.go.jp/dk/chitekizaisan.html

とされてきたところであり、本件についても、現時点で「不公正な取引方法」に該当することが指摘されている点については、さほど違和感はない。


公取委としては、今後排除措置命令をめぐって争われた場合でも、マイクロソフトに対する審決*3で示したような「研究開発意欲が損なわれる高い蓋然性」等を指摘することによって、自らの処分の正当性を説明していくことになるのだろう*4



これだけ「非係争条項」の違法性があちこちで指摘されるようになってくると、当該条項の有効性そのものに疑義が呈されるようになる可能性もあり*5、そうなると、条項が存在することによって競争が阻害されることはない*6、という話になってくるのかもしれないが、そういうなるかどうかはこの先のお楽しみ、ということで。

*1:最近では、独禁法コンプライアンスの観点から、こういった条項をひな型から完全に削除するよう社内指導が徹底されている、という事情はもちろんあるのだが、それ以前から、ここまで露骨な条項が契約上明示されることは稀だったように思う。もちろん国内企業同士の取引の場合、契約上書かれているか否かにかかわらず、“強いライセンサー”と争うことによる事実上の不利益は、当然に存在するのであるが・・・。

*2:その代わり、会社の利益に直結するような条件部分に交渉のエネルギーの大多数を費やす。

*3:http://www.jftc.go.jp/pressrelease/08.september/08091801.pdf

*4:なお、マイクロソフトに対する公取委審決に関しては、東大の白石教授が、対象となった条項の特殊性や、公正競争阻害性ありとの判断の根拠とされた理由の妥当性等について、いくつかの問題提起をされているところであり(白石忠志「マイクロソフトの非係争条項に関する公取委審決の分析」L&T44号4頁(2009年))、本件も“その先の手続き”にまで発展していった場合には、同様の議論が出てくる可能性も大いにあるように思われる。

*5:独禁法違反となる契約条項であっても、私法上の効力が直ちに否定されるわけではない、というのが従来の伝統的な理解であったと思うが、最近の裁判所の傾向からすれば、この種の条項については、私法上の効力そのものが否定されるようになったとしても不思議ではない。

*6:無効になる、という前提で当事者が動くことになれば、究極的には、その条項によって競争行為が制限される状況は何ら生じない、ということになる。