不幸と憎しみの連鎖

かねてからこのブログでも何度か取り上げている、オリンパス内部通報者不当配転訴訟。
夏休みには当事者である浜田氏の本もご紹介したところだったのだが*1、この問題の根の深さを改めて感じさせるような記事が、4日付の朝刊に掲載されている。

「社内のコンプライアンス(法令順守)窓口に上司の行為を通報した後の配置転換が裁判で無効と認められたのに、会社側が処遇を改善しないなどとして、オリンパス社員、浜田正晴さん(51)が3日、同社に1500万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。」(日本経済新聞2012年9月4日付け朝刊・第34面)

この件に関しては、会社側の上告が既に棄却されており、浜田氏に対する配転無効の判決も既に確定している。

にもかかわらず、「オリンパスは配転先から異動させず、子会社への転籍や出向を打診」するなどしている、というのが損害賠償請求訴訟を提起した浜田氏側の言い分であり、多くの人にとっては、「オリンパスというのは、何とヒドイ会社なのだ」と思わせるにふさわしい記事だと思う。

だが、ある程度の規模の「会社」の中での“人の動かし方”を知っている者としては、そんなに単純に結論を出すことはできない。

いかに本人が「○○から××の部署に異動したい」といっても、受け入れる側でそのニーズがなければ、そう簡単に話は進まないわけだし、仮にニーズがないとは言えない状況だとしても、受け入れ候補となっている職場に「異動希望者その人の受け入れを許容する空気」がなければ、異動後、より深刻な問題が引き起こされることにもなりかねない。

今回の件については、本人が、社会的反響を巻き起こすような事件の当事者だけに、なおさら「異動」人事は、センシティブな問題になってしまっている可能性が高いといえるだろう*2

記事の中で掲載されている、「本人と調整の場を十数回持ってきたが、合意に至らず時間がかかっている」という会社のコメントは、ともすればマスコミ向けの逃げ口上のように思われがちだが(そして、そういう側面もたぶんにあることは否定しないが)、調整なくしてことを進めるわけにもいかないのが、人事の難しさでもあるわけで・・・。

ちなみに、最高裁で是認された東京高裁判決の主文(配転無効に係る主文)は、

「控訴人が,被控訴人Y1株式会社ライフ・産業システムカンパニー統括本部品質保証部システム品質グループにおいて勤務する雇用契約上の義務がないことを確認する。」

という、「口頭弁論終結時の在籍箇所で勤務する義務がないこと」の確認に過ぎず、いかに配転命令が不当なものであったとしても、それが無効であることを前提に、“原職に巻き戻す”効果が判決の確定によって生じるわけではない。

この辺に「不当配転」について司法の場で争うことの限界を感じざるを得ないのであるが*3、いずれにしても、このまま行けば、訴訟を通じて、不幸と憎しみの連鎖が再び引き起こされることは必至であろう。

当事者たる社員の方も、その周囲の方々も、より傷つかない方法で今回の訴訟がソフトランディングすることを、筆者としてはただ願うばかりである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120807/1344664923

*2:いかに本人に「正義」があったとしても、万人共通の善悪の尺度だけでは動けないのが人間の性である以上、本人にとって好ましい環境が自然に形成される、と期待するのは、楽天的に過ぎるように思う。

*3:人事権が会社側にとって最も重要な権限の一つであること、「原職復帰」という選択肢が常に有効な方策とは限らないこと(そもそも、元の職場自体が消滅している場合も少なくない)から、判決で「元の職場で勤務させなければならない」という形成的な命令まで出せるようにするとなると、いろいろと弊害が大きいのかもしれないが、「解雇無効」型以外の紛争類型も既に多数生じている現状に鑑みれば、訴訟の場でもう少し実効性のある解決を図れるようにするための努力をしていく必要があるのではないかと思う。

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