「OneNDA」が示す一つの可能性と、それでもなお、してみたい突っ込み。

ちょっと前から話題になっていた、単純な割に手間がかかる「NDA」(秘密保持契約)という厄介な代物を何とかして統一できないか? という構想が、遂に具体的な形として姿を現したようである。

題して「One NDA

one-contract.com

自分の一番の関心は、共通するフォーマットを多数の潜在的契約当事者の間でどうオーソライズするのか?という点にあって、参考テンプレートを示す程度ではこれまでとほとんど変わらないことになってしまうし、一方で構想賛同者をあまりに強く同一の契約書のフォーマットに縛り付けるようなことになってしまうと、あまりに融通が利かないというだけでなく、一歩間違えると競争法上の問題まで生じさせかねないのでは・・・?という点も心配していたのだが、

「パートナーは、本コンソーシアムへの参加により、「One NDA」統一規格の利用を強制されるものではありません。」(第3条)

ということを明確に強調している「コンソーシアム参加規約」*1を見て、なるほどこのスタンスなら共通化のメリットを享受しつつ、デメリットを回避することも理屈の上ではできるかな、と思っているところで、Hubbleユーザーを中心に、ある程度賛同する企業が増えてくれば、価値のある試みになるのではないかと思っている。


ちなみに自分の記憶を辿るなら、20年くらい前までは日常の取引場面で秘密保持契約が出てくる場面というのはまだそんなに多くなく、共同での技術開発とかM&A検討時のような、やり取りする情報の価値も秘匿性も極めて高い場面に限って登場する代物だった。

それが、いわゆるICT技術を絡めたサービス開発がどんな業種でも例外なく展開されるようになった頃から、研究所以外の事業部門からも「こんな契約結んでくれ、と言われたんだけど、どうすればいい?」という相談が急に増えるようになり、挙句の果てには技術の香りが全くしないような事業提携案件ですら、「秘密保持契約を結ばないと先に進めません」という会社が出てくるようになった*2

当時、自分はちょうど開発系の部署で秘密保持契約書の雛型を自社の立ち位置に合わせて作り込む作業をしていたから、なぜか「NDAに詳しい人」ということで法務部から呼ばれて、雛型を提供したり、事業部の担当者にここはこういう意味で・・・といった類の話を度々させられることも多かったのだが、「この雛型をそのまま使うのは明らかにオーバースペックだよなぁ、でも作り直すのは面倒だよなぁ・・・」ということで、為されるがまま遠くから見守っていたことも多かったような気がする。

時代背景としては、不正競争防止法の営業秘密に関する規定が強化されて「営業秘密管理指針」が出され、「秘密情報の管理は重要です。秘密保持契約を積極的に活用しましょう!」という旗がお上から振られたタイミングとも重なっていたりもするのだが、いくら不正競争防止法上の「営業秘密」が技術情報であるか否かを問わない広い概念だからといっても、「特許適格性のある未公表、未出願情報を含むドキュメント」をやり取りする場合と、「単なる抽象的なビジネスアイデア」をやり取りするに過ぎない場合とでは、何から何まで違う、というのが自分の実感で、そういった時代の積み重ねを経て、今や中小規模の会社同士のちょっとしたビジネス上の提携検討の場面でも挨拶代わりに複雑すぎるNDAのドラフトが出てきて、その交渉から時間を費やさないといけない、というのは決して合理的な話ではないなぁ・・・という思いも強かっただけに、

「商取引(業務の提携、業務の委託および商品の売買等)の開始に向けた交渉および検討」

をターゲットとして、シンプルかつ統一的なNDAの利用を目指す動きが出てきたことは十分に理解できる。

本来なら、十数年前の事業担当者の健全な感覚に立ち返って「こんなの結ばなくていいだろ!」と言える場面をもっと増やせればなおのこと良いと思うし、その意味で自分が目指すなら「No NDA!」の運動までさらに進んで行きたいところなのだが、長ったらしい暴排条項を契約書から削除するのが難しいのと同じで、今となっては「NDAは結ばないといけないものだ」と信じ込んでいる人々を説得するにも、半端ではないエネルギーが必要になることだろう。

それだけに、まずは緩やかなコンソーシアムによる「統一化」で取引コストの削減を目指す、というのが現実的なアプローチだといえるのだろうし、こういった手法を用いたことについては、率直に賛意を示したい。


で、ここで話を終わらせてしまえば、自分もいい人でいられるのだが、前記Webサイトに掲げられた「「OneNDA」秘密保持ポリシー」を拝見して、やはり、どうしても一言二言述べておきたいことが出てきてしまったので、以下、メモがてら残しておくことにしたい。

前文

まず最初に指摘すべきは、「目的」に関する部分で、ポリシー上の記載は以下のようになっている。

「【本コンソーシアム参加企業等同士における商取引(業務の提携、業務の委託および商品の売買等)の開始に向けた交渉および検討並びに開始された商取引に基づく業務の遂行等のため】(以下「本取引」という。)」

一部ではここに書かれている目的が抽象的過ぎる、広すぎる、という指摘もなされているようだが、企業間の取引というのは場面場面で常に変化し、時には当事者の予想しない方向に行ってしまうことさえある一種の「生き物」だし*3、ましてやこれからビジネスの検討を始めようか、という時点で目的を過度に限定するのは有害無益でしかないと思っているので*4書き方の抽象度としてはこれくらいでちょうど良いのではないだろうか。

「目的」が広すぎるとその分想定していないところで開示情報が使われてしまうリスクが増える、という指摘ももっともなところではあるのだが、現実には「狭すぎた」がゆえに双方の黙示の合意で利用範囲がいつのまにか上書きされていることも多いし*5、そもそも開示した後の相手方の社内でどこまで情報が利用されているか、なんてことは、通常は到底追い切れるものではない。

だから、そういう場面に備えるのであれば、「目的」の文言をいじくりまわすよりも、「本当に他の用途に転用されては困る情報は、最初から開示しない」という運用にするとか、「これにだけは使ってほしくない」という利用態様を明示的に禁止する、という方が遥かに効果的であり*6、前記ポリシーの文言を否定するまでの理由にはならないと自分は考えている。

むしろ、問題があるとしたら、前記目的が「商取引(略)の開始に向けた交渉および検討」にとどまらず、「開始された商取引に基づく業務の遂行等」まで含んでしまっている、ということだろう。

これは今でもよく出てくる話だが、実際に取引が始まる時には、売買契約なり業務委託契約なり、きちんとした契約を別途締結するわけで、そこには秘密保持に関する条項も盛り込まれているのが常だから、秘密保持契約がカバーする範囲と取引に関する契約の秘密保持条項がカバーする範囲との重なり合いの調整はどうしても必要になってくる。

起案者としては、検討段階で開示した情報に係る双方の秘密保持義務が正式な取引開始後も継続的に残る、ということを明確にしたかったということなのだろうが、そもそも「交渉および検討」が「商取引の開始」につながるかどうか分からない、ということと相まって、検討開始時から使うNDAの条件としては少し先まで見過ぎているのではないか、という気もするので*7

「本コンソーシアム参加企業等同士における商取引(業務の提携、業務の委託および商品の売買等)の開始に向けた交渉および検討(以下「本取引」という。)のため」

といった書き方に留めておく方が良いのではないか、と思うところである。

第1条(秘密情報の定義)

ここで気になったのは、なんといっても以下の太字部分。

「開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上または営業上の情報、その他一切の情報または情報の性質および開示時の状況から合理的に秘密と認められる情報をいう。」

秘密情報であることを明示しなくても、「情報の性質、開示時の状況から合理的に秘密と認められる」場合に秘密情報として契約上保護する、というのは、海の向こう、特に西海岸の会社で良く見かけるスタイルなのだが、自分は全く好みではない。

特に「コンタミネーション防止対策」、言い換えれば、「提携協議が不調に終わった場合に、相手方から後々いちゃもんを付けられないためにどうするか?」ということに気を遣っている会社だと、この文言は到底受け入れられない、という反応を示すところも多いだろう。

「開示の際に秘密であることを明示する」というのは意識すればできること*8だから、シンプルさを追及するのであれば、余計な要件を付け足す必要はないと思われる。

また、このポリシーは、秘密情報の定義に関して上記のようなかなり”緩い”要件を設けておきながら、続くただし書きのところでは、「受領当事者が書面によってその根拠を立証できる場合に限り」秘密情報の対象外とする、というかなり厳格な要件を設定している*9

これを、「情報開示側に強い保護を与える」という思想の現れ、と説明するのであれば、それはそれで一貫した態度ではあると思うが、情報の開示側、受領側のポジションがある程度固定されてしまうタイプの当事者間だと、このようなスタンスが一方当事者にのみ有利に働きかねない、ということは、気に留めておく必要があるのではなかろうか。

第3条(破棄又は返還)

このポリシーの第2条(秘密保持義務の内容)は、一般的なNDAで用いられている条項の内容の最大公約数をきれいにまとめたもので、自分としては全く異存はないのだが、それと比べると、その次に来る破棄、返還に関する規定は、ちょっとラフ過ぎるような気もする。

たとえば「直ちに受領当事者または受領当事者より開示を受けた第三者が保持する秘密情報等を破棄または開示当事者に返還する」といった記載があるのだが、この第3条をいくら読んでも破棄が相当か、それとも返還なのか?という点がなかなかどうしてもよく分からない。

また、このポリシーには通常のNDAであれば当然入っている契約の終期と契約終了後の秘密保持義務の残存期間に関する規定がないから、受領側は「不要となった場合」を自ら判断して破棄、返還しないといけない、というなかなか面倒なことになっている。

開示当事者の要請により、受領当事者が廃棄等の義務履行を証明する書面を提出しなければならない、とされていることも含め、ここでも受領当事者にも厳しいルールになっているように思われる。

第4条(損害賠償等)

ここでも「受領当事者の役職員」の中に「退職した者を含む。」という括弧書きがあることが、受領当事者にとってはかなり厳しいことになっている。

損害について「合理的な弁護士費用を含む。」という括弧書きが付されていることと合わせ、ここでもこのポリシーは受領当事者に優しくない。

その他

第5条以下に関しては、これだけでは条件が足りない、と意見が多かったようだし、自分も、もう少し加えても良いのではないかな?と思うところはある。

一方で、第5条には果たして必要なのか?と言いたくなるような「差止め」に関する規定がわざわざ設けられていたりして*10、このポリシーがどこでバランスをとろうとしているのかが、今一つ見えにくかったりもする。

今回公表された「秘密保持ポリシー」があくまでベータ版に過ぎず、これから賛同者間の議論によってさらに修正することを予定している、ということならそれでも良いのだが、果たしてそういう機会は訪れるのか。また、このポリシーのルールを個別の当事者間の合意でどこまで修正することができるのか?といった点など、現時点ではまだスタンスが明確に示されていないように思えるところもあるだけに、これからの動きには注目しておきたいところである。

以上、雑駁ではあるが、今後の議論に向けたメモとして・・・。

*1:原文はOneNDAコンソーシアム参加規約

*2:当初は「必要ないだろ」と突っぱねて先に進める、といった抵抗も試みていたのだが、それだと進む話も進まない、ということで、それなら事業部門でも最初から自社の雛型を用意しておこう、という流れになったと記憶している。この辺は反社条項(暴力団排除条項)が普及していった頃の流れともよく似ている。

*3:なので、自分はNDAに限らず「契約の目的」を具体的に書き込め、という類の言説に基本的には極力組しないようにしている。

*4:打合せ過程で出てきたアイデアの連鎖でやろうとしていることが120度くらい変わり、気がつくとNDAに記載していた「目的」とは異なる内容の提携案件になった、さて既に開示済みの情報の取扱いはどうする?という状況に直面したことも一度や二度ではない。

*5:契約書の記載と異なる運用が常態化してしまうことが好ましくない、というのはあえて説明するまでもないことだろう。

*6:今回の「秘密保持ポリシー」の内容だと、そこまで合意で追加できるのか?、という疑問はあるところだが、「本取引の内容について具体的に特定する旨の別途個別の合意」とパラレルに考えれば、できないことはないはずである。

*7:この部分の対処の仕方としては、NDAの中に取引開始まで進んだ場合の読み替え条項を置く方法や、取引開始の段階で締結する契約で「本契約締結前に開示した情報の取扱いについては・・・による」とNDAを引用する方法などがあるが、いずれにしても、最初から「商取引開始後」までカバーするやり方は、あまり一般的ではない気がする。

*8:ここで「書面で」とか「可読性のある方法で」と書かれてしまうと、口頭の場合どうするんだ、といったややこしい話も出てくるのだが、本件ではそういった限定もないので、「情報の性質・・・」以降がなくても、実務上過度に煩わしいことにはならないはずである。

*9:通常のNDAの協議では面倒なので流してしまうことも多いが、「独自取得、創出」といった事実を「書面で立証」するのは現実にはかなり大変なことである。

*10:英米法ルールの下ではこの種の規定は必ず盛り込まれるが、日本法ベースで考えた場合には、この規定がなくても差止めを求めることは十分にできるように思う。

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