これは東証からの「クリスマスプレゼント」なのか?~理想と現実の間を彷徨う「市場区分見直し」

多くの会社では年末休みに入ったと思われる29日、今年の荒れた相場を象徴するように、日経平均は700円を超える上げを見せ、遂に27,000円の壁を超え30年4カ月ぶり、という歴史の扉を開いた。

先月末の勢い*1を考えると時間の問題だったとはいえ、年内は「防衛線」になると思っていた27,000円の壁が一気にぶち抜かれてしまったことのインパクトは大きいし、多くの相場観のある識者たちが警戒するように、これはどう見ても来年が不安になるパターン。

あと一日、今年のうちに売り抜けられるほどの度胸も自分にはないものだから、年始から暗澹たる思いにならないように、せめて明日はちょっと調整を入れて取引を終えてくれ・・・というのが、ささやかな願いである。

で、2年続けて年末に大々的に発表され、来年一年は多くの会社で話題がこれ一色、になっても不思議ではないのが東証の市場区分見直し、である。

今年は12月25日、クリスマスの日に、「市場区分の見直しに向けた上場制度の整備について(第二次制度改正事項)」として公表された。
https://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/nlsgeu0000055nqm-att/nlsgeu0000055nsx.pdf

「見直し」実行まであと1年ちょっとになっている、ということもあり、昨年末に公表された市場改革案*2と比べるとより具体性は増しているが、一方でこれまで何だかなぁ・・・と思われた部分については全く解消されてはいない。

まず、新しい市場区分について。

「スタンダード」とか「プライム」といった名称自体はどうでも良いのだが、問題はその定義である。

<スタンダード市場>
公開された市場における投資対象として一定の時価総額流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの上場制度を設けることとし、当該制度に基づき上場する株式等(預託証券等を含みます。以下同じ。)に係る市場区分を「スタンダード市場」と称することとします。
<プライム市場>
多くの機関投資家の投資対象となりうる規模時価総額流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの上場制度を設けることとし、当該制度に基づき上場する株式等に係る市場区分を「プライム市場」と称することとします。
<グロース市場>
・高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの上場制度を設けることとし、当該制度に基づき上場する株式等に係る市場を「グロース市場」と称することとします。
(1~2頁、下線は筆者)

「スタンダード」と「プライム」の違いは、「多くの機関投資家が投資対象とするか?」という銘柄としての魅力と、「より高いガバナンス水準」、「投資家との建設的な対話を中心に据えて」といった会社のスタンス、ということになるのだろうが、前者に関しては、後に出てくる基準等を見ても「時価総額」の話に尽きるように思われるし*3、後者に至っては本来「高低」というレベルで語るのは適切でない「ガバナンス」を相変わらず評価の基準にしている、という点で全く説得力が感じられない*4

また、「グロース」に関しては、今のマザーズを意識したした書きぶりになっているのは見れば分かるのだが、ここで書かれている「高い成長可能性」と、プライム、スタンダードに書かれている「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」は矛盾する概念ではないし*5、ここに「ガバナンス」というフレーズが全く出てこないのも気になるところである*6

”魅力ある市場”たるために、世界的に重視されている複数の指標(これらは決して正の相関関係にあるとは限らない)を掲げつつ、既存の上場企業の面子(特に歴史のある伝統的日本企業)にも配慮しなければいけない、という市場運営者の悩ましさは理解できるとはいえ、このようなコンセプトで市場を「再編」した、と言ったところで、世界に向けてインパクトを与えられるとは到底思えない

これなら、かつてBusiness Law Journal 誌で企業の中の人が語っていた「『グローバル市場』と『ドメスティック市場』」という分け方の方がよほどしっくりくるし*7、もっといえば、「真に世界にアピールできる魅力的な市場」というものを作りたかったのであれば、東証第1部の再編」ではなく、「世界で通用する水準の会社だけを集めた新市場を創設」すればよかったのではないか、というのが率直な思いである*8

中途半端な「再編」でお茶を濁そうとすると、元々の会社の規模だけで生き残っているような会社が「プライム」に残り、創業から日は浅いが必死に日々成長を目指している会社が「スタンダード」に”落ちる”というような現象もどうしても出てきてしまう*9

それが本当に良いことなのかどうか・・・。

今回の公表資料では、来年9月から始まる「新市場区分の選択手続」についても詳細が書かれており、

「・上場会社は、2021年9月1日から12月30日までの期間(以下、「選択期間」といいます)において、移行日に所属する市場区分として、スタンダード市場、プライム市場又はグロース市場のいずれかの市場区分を選択し、その旨を当取引所に申請することとします。」(13頁、強調筆者、以下同じ。)

と書かれたくだりの備考欄で、「市場第一部」の会社が、「選択先の市場区分の上場審査基準に適合するかどうかを確認するための審査」を受けるのは、「グロース市場」を選択した場合のみであること*10、そして、

「移行日の前日における上場会社のうち、以下の区分に該当する会社には、当分の間、緩和した上場維持基準を適用することとします。」(14頁)

とした上で、備考欄には、

「プライム市場においては、現行の市場第一部からの市場第二部への指定替え基準と同水準の基準を適用することとします。」(14頁)

と、まるでサンタクロースからのプレゼントのような素敵なフレーズが書かれている*11

これも、先に述べたような”理不尽な降格”への不満を少しでも緩和するために、ということなのだろうが、今示されている基準だけなら易々と超えてしまう会社の中にも、「プライム」にふさわしくない”内向き体質”の会社は多々あるわけで、「下位うん百社」にだけ宿題を課し続けて”市場の質”を担保している、というポーズを示すのはちょっとなぁ・・・と思わずにはいられなかった*12

まぁ、ここで何だかんだいったところで、時期が来ればどの会社も粛々と「市場選択」の手続きを進めていくことになるのだろうし、蓋を開けてみれば、名前が変わっただけで実質はほとんど変わらない市場が出来上がる(でも、市場関係者は高らかに「新しい市場」を賛美する)、という光景も目に見えるのだが、この議論が始まった時に皆が抱いていた”初心”だけは忘れられて欲しくないなぁ、と思った次第である。

*1:掘り返されていく「歴史」の中の記憶。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。この時も上げ幅は700円だったか・・・。

*2:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*3:そして、その高低を決するのは、流動性以前に純粋な「会社の規模」の大小によるところが大きかったりもする。

*4:この後に出てくるとされている改訂CGコードの全容がどうなるか、という関心はもちろんあるのだが、「CGコードをコンプライするのが良い会社で、していないのが悪い会社」という評価の道具として使うのは本来の制度の趣旨とは全く異なるわけで、そのような方向性には依然として全く賛同することはできない。

*5:「中長期的な企業価値の向上」を目指さないような会社は、そもそも上場させるに値しないだろう。

*6:個人的な考えとしては、成長過程の企業であれ、成熟した企業であれ、上場企業として株主への責任を果たすためには一定のガバナンス体制が確保されていることが不可欠だし、逆に言えば、その”ミニマム”な体制さえ備えていれば上場企業としての要件は満たす、というべきであって、市場運営者や良く分からん外野の人々が、それ以上会社の体制にああだこうだと口出しするような愚は避けるべきだと思っている。

*7:実務家の勇気あるコメント - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~ なお改めてこのエントリーを見返したが、引用した実務者の声は今でもそんなに変わらない非常に貴重なものであり、建前論であふれがちな法律雑誌において、こういった企画を打てたのもBLJならではだろうと思う。改めて失ったものの大きさを感じさせられる。

*8:今の「225」の会社の中にも、単に「業種代表」というだけで選ばれているドメスティックな会社は多々あるので、そういった会社を除外し、規模は小さいが業績良好で全世界で収益を上げていてボードの構成も先進的、といった会社をピックアップして100社くらいの塊を作れば、「プライム」の看板もしっくり来たような気がする。

*9:東証1部上場」企業の質が劣化しているので整理が必要、という論調もよく目にするが、この点に関しては、ラジオNIKKEIのコメンテーターが連日批判しているように「そもそも(上場を認めた)東証が悪い」という話だし、意図的に不正会計を行ったような会社には、中途半端な猶予を与えずに即刻「2部落ち」させるような運用にすればよいだけの話である。それを、何ら落ち度のない会社まで含め、「下位うん百社」を切り落とすための策として今回の「再編」を用いるのであれば、これまでの上場審査料や上場維持費用を返せ!という話にもなってくる。

*10:普通に考えれば、今、東証1部に上場している会社がわざわざマザーズ級の「グロース市場」を選択するとはとても思えない。

*11:一応、「移行基準日において、上場維持基準に適合していない上場会社については、新市場区分の選択申請時に「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書(以下、「計画書」といいます。)」の提出を行った場合に限り、緩和した上場維持基準を適用することとします(上場会社から提出を受けた計画書は、当取引所が、上場会社が所属する新市場区分の一覧を公表する際に、あわせて公表することとします。)。」(15頁)というルールも合わせて発表されており、この計画書については「計画書に基づく進捗状況を、事業年度の末日から起算して3か月以内に開示」する必要もあるようだが(15頁)、これがどこまで中身のあるものとなるのか、現時点では何ともいえないところである。

*12:それならば、売上でも利益でも時価総額でも良いので、明快な指標で毎年ランク付けをして、プライムの下位500社とスタンダードの上位500社を毎年定期的に入れ替える、というJリーグ方式(?)でも採用したほうがまだ競争原理が働いてよいのでは?と思ったりもするのだが・・・。

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