「アルゴリズム」東京地裁判決は令和2年3月報告書をも越えたのか?

6月16日の夕方に飛び込んできた一報は、様々なところへと波紋を広げている。

「グルメサイト「食べログ」で評価点が不当に下がり、売り上げが減少したとして、飲食チェーン店がサイト運営のカカクコムに約6億4000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が16日、東京地裁であった。林史高裁判長は独占禁止法が禁じている「優越的地位の乱用」に当たると判断。チェーン店側の請求を認め、カカクコムに3840万円の支払いを命じた。」(日本経済新聞2022年6月17日付朝刊・第3面、強調筆者、以下同じ)

元々、飲食店との間では何かと紛争の種になりがちで、当局との相性も良くないのがこの飲食店ポータルサイトで、遡れば10年以上前から「やらせ投稿」だの何だの、という話はあったし*1、投稿された口コミをめぐって(あるいは、そもそも掲載されたこと自体をめぐって)飲食店とサイト側で紛争が顕在化する事例も過去にはあったのだが、記事を読む限り、今回の紛争で争点となったのは、

「評価点を決めるルールの「アルゴリズム」(計算手法)の妥当性」(同上)

というまさにこの種のサイトの根源にかかわるところ。

そして、今回のサイト事業者側の敗訴が、表示順位や評価点を決める「アルゴリズム」そのものの不合理性ゆえ、ということになれば、ことは飲食店のポータルサイトの領域だけにとどまらず、一般的な検索サイトをはじめとする他の様々な分野に波及しても不思議ではない。

現時点ではまだ判決文が公表されていないため、判決内容については記事に書かれた断片的な記載から憶測するしかないのだが、以下の記載、特に「優越的地位の濫用に該当する」と断じたとされる後半の説示に関しては、これだけでは材料が少なすぎて評価のしようもない。

「判決は、飲食チェーン側について「食べログの有料会員登録をする店の地位継続が困難になれば経営上大きな支障を来す」と指摘。「カカクコムが不利益な要請を行っても(飲食店側が)受け入れざるを得ない立場」として優越的地位にあると認定した。」
「その上でアルゴリズムの変更は「あらかじめ計算できない不利益を与えるもので、公正な競争秩序の維持から是認される商慣習に照らして不当であり、優越的地位の乱用に該当する」と強調「チェーン店が不利益になることを容認して変更しており、故意または重大な過失がある」と結論づけた。」(同上)

で、自分がこの記事を最初に見て、そういえば出てたよな・・・と思って掘り返したのが、令和2年3月、公正取引委員会が出した「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」*2だった。

www.jftc.go.jp

アンケート調査やヒアリング調査をもとに丹念に飲食店ポータルサイトのビジネスモデルを解き明かし、様々な切り口から独禁法上の問題点を指摘していく、というスタイルの報告書で、レイアウトこそ一昔前のスタイルだが*3、手法としては、ここ数年ですっかり定着した公取委報告書のスタイルにつながるもの、そして当時はまだそれが比較的真新しい、ということで、世の注目もそれなりに浴びていたのではなかったかと思う。

いま改めて読んでも、多くのサイト閲覧者が無邪気に信じていたサイトのランキングが、実際にはサイト事業者と飲食店の間の契約プラン(無料/有料/プレミアム)や提供している座席数、クーポンの有無、といった、店の料理、サービス、口コミとは何ら関係ない要素の影響を受けている、という事実をストレートに指摘したくだりや、

お金を出せば上位表示され露出が増えるという飲食店ポータルサイトのビジネスモデルは,実際に来店した消費者のギャップ感が増大するだけであり,飲食店ポータルサイトへの信頼感,店舗への信頼感を低下させることにつながってしまうものと認識している。したがって,このような現状のビジネスモデルから転換を図ることが,業界にとっても必要不可欠である。」(48頁など、強調筆者)

という生々しい飲食店の声を掲載しているくだりなどは、なかなかインパクトが強い。

そしてこの報告書において何よりも今注目すべきは、今回の東京地裁判決とダイレクトに関係する「店舗の評価(評点)について」分析したくだり(54頁以下)だろう。

消費者の多くがサイトの1ページ目、よくて2ページ目までしか見ない、という状況下で、ほとんどの飲食店(93.5%)が予約数の増加等のために「店舗の評価を上げたい」と思っているにもかかわらず、店舗の評価の決定に対して約32%の飲食店が不満を抱いており、不公正や不透明な部分がある、と指摘している状況。

さらに言えば、消費者の66.4%は店舗の評価の決定方法を知らない、という調査結果も示されている。

そのような前提の下、報告書で公取委が示したのは以下のような独占禁止法上の考え方」だった。

「一般的に店舗の評価(評点)が,飲食店の比較を容易にし,消費者の飲食店の選択に資するものであり,飲食店にとっても店舗の評価(評点)が高いことは消費者への訴求手段として大きな効果を有していると考えられる。 一方,飲食店にとっては,店舗の評価(評点)の水準によって,閲覧者数や売上が左右されるなど,店舗の評価(評点)は重要な競争手段となっていると考えられる。 このような状況の中で,飲食店ポータルサイトがある飲食店の店舗の評価(評点)を落とすことが,直ちに独占禁止法上問題となるものではないが,例えば,市場において有力な地位を占める飲食店ポータルサイトが,合理的な理由なく,恣意的にルール(アルゴリズム)を設定・運用することなどにより,特定の飲食店の店舗の評価(評点)を落とすなど,他の飲食店と異なる取扱いをする場合であって,当該行為によって,特定の飲食店が競争上著しく不利になり,当該飲食店の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼし,飲食店間の公正な競争秩序に悪影響を及ぼす場合等には,独占禁止法上問題(差別取扱い)となるおそれがある。 また,例えば,飲食店に対して優越的地位にある飲食店ポータルサイトが,正当な理由なく,通常のルール(アルゴリズム)の設定・運用を超え,特定の飲食店にのみ適用されるようなルール(アルゴリズム)を恣意的に設定・運用等し,当該飲食店の店舗の評価(評点)を落とすことにより,当該飲食店に対し,例えば,自らに都合のよい料金プランに変更させるなど,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合,当該行為は独占禁止法上問題(優越的地位の濫用)となるおそれがある。 店舗の評価(評点)の決定について,上記のような恣意的な設定・運用を行う場合には,独占禁止法上問題となるおそれがあるため,このような設定・運用を行わないことが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から必要である。 」(57~58頁、強調筆者、以下同じ)

あくまで一般的な「飲食店ポータルサイト」全般を対象とした報告書、ということもあってか、「例えば・・・」以下の例示は、サイト事業者側の「恣意性」が強調されたやや極端なものになっているようにも思われる。

さらにこれに続く「望ましい対応」に関しても、

「店舗の評価(評点)を決定する際の重要な要素が明らかでないなど,その取扱いが著しく不透明な状況で運用を行う場合には,飲食店に対して優越的地位にある飲食店ポータルサイトからみれば,例えば,自らにとって都合のよい契約プランに変更させるなど,自己の販売施策(営業方針)に従わせやすくなるという効果が生じやすくなると考えられる。 加えて,この不透明な状況は,飲食店からみれば,飲食店ポータルサイトにとって都合のよい契約内容に変更しなければ店舗の評価(評点)を落とされるかもしれないとの懸念を生じさせる。この不透明な状況を改善させることは,かかる効果や懸念を減少させることになると考えられるため,不透明な状況を改善することが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。」(58頁)

と不透明さを指摘しつつも、

「しかし,実際に店舗の評価(評点)を決めるルール(アルゴリズム)等は,飲食店ポータルサイトの特徴を直接的に表す重要な競争手段である中で,特定の飲食店ポータルサイトがその全てを公開することは,その飲食店ポータルサイトの競争事業者に対する競争力を弱めることとなる可能性がある。 このため,飲食店ポータルサイトは,店舗の評価(評点)に関係する重要な要素について,飲食店及び消費者に対して,可能な限り明らかにするなど,店舗の評価(評点)の取扱いについて,透明性を確保することが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。 また,飲食店ポータルサイトは,その透明性を確保することに加え,店舗の評価(評点)の取扱いについて,飲食店間で公平に扱われるなどの公正さを確保するための手続・プロセスの整備も必要となる。例えば,第三者がチェックするなどの手続きや体制を構築するなどによって公正性を確保することが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。」(58頁)

と、サイト事業者側への一定の配慮もにじませるものになっていたりする。

だから、今回の地裁判決にかかる報道に出てくる、

「訴状によると、19年5月に運営する21店舗の評価点(5点満点)が平均約0.2点下落し、食べログ経由の来店客が月5000人以上減ったという。食べログが19年5月にチェーン店の評価を一律減点するよう基準を変更したことが原因だとして、カカクコムに賠償などを求めていた。」(前記日経記事)

といった請求根拠となる事実との比較では、東京地裁の判決の方が報告書よりさらに踏み込んだ判断をした、というふうに思えなくもない*4

実際には記事になっていない複雑な背景事情がいろいろあるが故の判決だった、ということはあり得るのかもしれないが、いずれにしても、2年前の報告書が明記していた次元の話を超えたところで賠償命令が認められた、というところが一つのポイントになってくるような気はする。


なお、この報告書の中では、「膨大な閲覧数と集客力を背景に、飲食店との関係で圧倒的に優越してビジネスポジションを築いている」存在であるかのように見えたポータルサイト運営事業者は、皮肉なことに、この報告書が出されて間もなく発出されたCOVID-19の「緊急事態宣言」、さらにそこから2年続いた「コロナ時代」の激流に否応なく巻き込まれ、収入激減であわや存亡の危機、というところまで追い詰められることになった。

今回の事件の判決が、現時点においてもなお完全には回復しているとは言えない飲食店ポータルサイトのビジネスにさらに追い打ちをかけることにならないか、という点は、(この問題の他の領域への拡大への懸念とともに)もう少し気にしながら見ていきたいと思っている。

また、この報告書の中では、まだ「将来の話」とされていたことが、今や現実のことになりつつある、というのも、この報告書を読み返して改めて気付かされたことだったりする。

「飲食店ポータルサイトを取り巻く競争環境が変化していく中,一般的な検索エンジンを提供している事業者が,飲食店情報,店舗の評価(評点)及び口コミの掲載やインターネット予約サービス等の飲食店ポータルサイトが提供しているサービスと同様のサービスを提供する場合が生じ得る。この場合においては,一般的な検索エンジンを提供している事業者は,飲食店ポータルサイトと同様のサービスを提供することによって,インターネット予約市場において,潜在的に飲食店ポータルサイトの競争者になるといえる。 したがって,一般的な検索エンジンを提供している事業者が飲食店ポータルサイトの競争者と評価できる場合においては,本調査における全ての検討及び考え方を,このような事業者に適用する余地はあり得るといえる。 」(78頁)

既存の専業ポータルサイトの「広告ビジネスモデル」が新型コロナで大きく傷つき、各事業者が勢いを失う中、取扱いの簡易さと何より「無料で使える」ということが「検索エンジンを提供している事業者」(端的にいえばGoogle)の閲覧者による評価サービスをよりポピュラーなものにした。

自分も最近では、あてにならないポータルサイトのスコアより、Google Mapで表示されるお店の口コミ、評点の方を信頼して店選びをするパターンが多くなっているから、もはや「潜在的」な競争者という域を超えているんじゃないかな、と思ったりもするのだけれど、そういった環境の変化が、今回の東京地裁判決に何らかの形で影響したのかどうか。

既に双方が控訴の方針を示している中、当の訴訟自体はまだまだ続きそうな気配だが、長年争っているうちに、サービス自体がアウトデートになってしまった、というようなことにならないことを今は願うのみである。

*1:“やらせ投稿”は「違法」なのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/mar/200318-2.pdf

*3:今ではそれもかなり進化しているので・・・。

*4:この記事にある「チェーン店の評価を一律減点」というのが全てのチェーン店に共通する話だったのだとすれば、そこからは特定の飲食店を狙い撃ちする、という意図までは読み取れない。

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