「非常識」でも「英断」でもない、冷静な判断。

今年の4月に「球速163キロ」を記録し、「岩手から再び怪物登場!」とばかりに俄然フィーバーに巻き込まれることになってしまったのが、岩手県立大船渡高校の佐々木朗希投手だった。

それまで全国的には全く無名に近い存在だったし、チーム自体、岩手県内の大会でも決して突出した成績を残していたわけではなかったのだが*1知名度が上がったところで”最後の夏”を迎えたことで、佐々木投手目当てにファンもスカウトもメディアも球場に押し寄せる、という異様な(でも高校野球の世界にはありがちな)雰囲気の中で毎試合戦うことに・・・。

本人にもチームメイトにとってもかなりのプレッシャーだったと思うが、そんな中、佐々木投手の投打にわたる傑出した能力と、”注目される”ことで勢いに乗れる若者たちのエネルギーがうまく重なったゆえか、岩手県大会でも決勝戦まで勝ち上がる快進撃。

これまでは、他県と同様、もっぱら花巻東盛岡大付一関学院専大北上といった私立校勢で甲子園への切符が争われていた岩手県予選に大きな一穴を開けた*2

大船渡は県立高校、それも盛岡や一ノ関といった「都会」ではない海岸部の小さな町の学校だけに、メンバーも地元・大船渡の中学出身の選手ばかり。
「3・11」で大きな被害を受けたエリア、ということもあって、もし35年ぶりの甲子園出場がかなっていれば、さらなるフィーバーと”美談”の嵐が飛び交っていたことだろう。

だが、そんなフィーバーは意外な形で終幕を迎えた。

「第101回全国高校野球選手権大会岩手大会の決勝が25日、盛岡市岩手県営野球場で行われ、最速163キロの球速で注目の佐々木朗希投手を擁する大船渡は、米大リーグ、エンゼルス大谷翔平選手の母校、花巻東に2-12で敗れて、35年ぶりの甲子園大会出場はならなかった。3年生の佐々木投手は出場することなく、高校生最後の夏が終わった。」(日本経済新聞2019年7月26日付朝刊・第35面、強調筆者)

自分は古い世代の人間だから、最初にこのニュースに接した時はやっぱり仰天したし、自身のマネジメント経験に照らしても、甲子園切符がかかった決勝戦、しかも、本人が連投できる状態で「投げたい」という意思を明に暗に示しているような状況だったとしたら、登板を回避させる、という判断はおそらくしなかった、というか、情が先立ってできなかっただろうと思う。

高校球児であれば誰もが憧れる舞台に「あと1つ」にまで迫った状況。
3年生主体のチーム構成の中、勝てばさらに同じメンバーで長い夏を戦えるが、負けたらそこでチーム解散。

いかにそれまで連投を極力回避し、複数の投手を併用する方針で戦ってきたとしても、「ここだけは頼れるエースの連投で行けるところまで・・・」と思うのが、自分も含めた凡人の発想*3

にもかかわらず、「連投させない」という選択を貫いた若干32歳の監督のブレない哲学には心から感服するし、肝の据わり方も生半可なものではないな、と思わずにはいられない*4

何となく想像できたことではあるのだが、今回の大船渡高校の國保陽平監督の判断と、「投げられる状態であったかもしれないが、私が判断した。理由としては故障を防ぐこと」(前掲記事)という趣旨のコメントに対しては、メディアの取り上げ方もSNS上のコメントも概して肯定的だし、むしろ「英断」とか「こうであるべき」くらいの論調の記事すら目立つ状況である。

高校時代に酷使された選手たちが、故障に苦しみ、選手生命を絶たれるケースが多い、という野球界特有の話に加え、安易な精神論、根性論に対する反発が根強い世の中になっている、ということも背景にはあったのだろう。

ただ、これまでの大船渡高校の戦い方を見れば、國保監督自身もコメントされているように、今回の判断が「佐々木投手が将来のある特別な選手だから温存した」というところから来ている、というわけでは決してなく、「エース以外の選手にも出場機会を与える」という教育的観点に、相対的にコンディションの良い投手を相手に応じて登板させる、という戦術的な観点が加味されたものだ*5、ということも窺えるわけで、佐々木投手にだけフォーカスしてあれこれ論じるのは少々ピント外れな印象もあるところ。

そして「本人の意に反して無理やり登板させる」とか、「故障を抱えているのを承知で無理使いする」といったことでない限り、「本人の意気と若者の回復力に賭けてエースと心中する」という選択肢はあり得るし、逆に今回のように「思い切って出場させない」という選択肢もあり得る*6わけで、そのどちらを取るかは、あくまで監督とそのチームの「哲学」であり、時間をかけてはぐくんできた「戦術」によるものなのだから、どちらが良いとか悪いとかといった議論の俎上に載せるのは、そもそも適切ではないと思うのである。

7年前の大谷翔平選手と同様に、「甲子園に出なかった」ことが佐々木朗希投手のプロ選手としての価値を高める可能性はある一方で、「甲子園のヒーロー」になり損ねたことで、この先の人生が変わってしまった選手も、もしかしたらいるのかもしれないし、千載一遇のチャンスを逃したことに悔いを感じない選手はいないとは思うのだけれど、逆に、3年間、肝の据わった若き監督の下でチームとしての価値観、考え方を共有してきたメンバーだからこそ消化できるものもあるはず。

終わった試合を巻き戻すことができない以上、勝者にとっても、勝者以上に「主役」となった敗者にとっても、今後、この日の試合がポジティブな何かにつながってくれることを今は願うのみである。

*1:昨年秋の県大会でベスト4まで行ったのが最高の戦績。

*2:一昨年こそ久慈高校が決勝進出、盛岡四高、大船渡東がベスト4、という特殊現象が起きていたものの、その他の年は概ね同じような顔ぶれの私立高同士で「1」枠を争う、という傾向になっていた。岩手大会 過去20年成績 - 高校野球地方大会2019 : 日刊スポーツ参照。

*3:もちろん、自分自身が甲子園出場監督になりたい、という欲や、エースを出さずに負けた時に浴びる批判をかわしたい、といった思惑も当然絡んでくる。

*4:それが、盛岡一高から筑波大、というロジカルさを感じさせるご経歴ゆえなのか、それとも、米国の独立リーグまで経験して広く世界を見てきたゆえなのか、あるいはもっと本質的なご本人のパーソナリティによるものなのか、は分からないが、延長戦までもつれ込んだ準々決勝に続き、決勝戦でも「ローテーション起用」を貫いた一貫性は見事だな、と。

*5:甲子園の常連校、かつ直近の県大会でも昨秋準優勝、春季優勝の花巻東を相手に、連投で球威の落ちた本格派投手をぶつけるより、大会初登板のサイドスローの投手を当てた方がいい勝負に持ち込める、という発想は当然ありうる。

*6:あるいは、98年夏の松坂大輔投手のように、終盤の山場で登板させて試合の流れを変える、という選択もある。今回の決勝戦にしても、もし最後の最後まで試合がもつれて、終盤で一打勝ち越し・逆転といった場面が生まれていたとしたら、少なくとも代打での出場機会くらいは佐々木選手にも与えられたのではないかと思う。

しびれる攻防~アスクル株主総会に向けた関係者の動き・PART2

ちょうど一週間前に、当ブログで、アスクル株式会社の大株主の株主総会での議決権行使(現社長の取締役再任拒否)をめぐる動きについて簡単に取り上げ、「ワーストおやじギャグ」という批判を受けつつも、多くの方に目を通していただいたところだった。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

あの時は、両者のプレスリリースの応酬にも一区切り付きかけていて、「これから8月2日に向けた水面下の攻防が始まるのだろう」と思いながら書いていたところがあったのだが、週が明けて、事態はますます深刻化している。

何よりも衝撃だったのは、今朝の日経朝刊にも載ったこのニュースだろう。

ヤフーは24日、傘下のアスクルが8月2日に開く株主総会に向け、独立社外取締役3人の再任議案に反対する議決権を行使したと発表した。第2位株主のプラス(東京・港)も反対の議決権を行使したアスクル株式の約6割を保有する2社の反対で、アスクルには独立の取締役がいなくなる。」(日本経済新聞2019年7月25日付朝刊・第15面、強調筆者、以下同じ。)

これに先立つ7月23日には、独立社外取締役3名を含む独立役員がベルサール八重洲で記者会見を行い、「Y社による社長退陣要求は上場会社のガバナンスを無視」等、ヤフー側の対応を強く批判したばかりだったから、上のニュースを見た瞬間に、本来この件とは全く関係ない西の方の出来事だったはずの

www.asahi.com

が頭をよぎったくらいだった。

前回と同様に、今週に入ってから、双方が出したリリースを時系列で整理すると以下のようになる。

7月22日
アスクル:ヤフー株式会社の 7 月 18 日付プレスリリースについて
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/P0An/IEjX.pdf
※ヤフーがプレスリリースで説明した議決権行使理由や「LOHACO 事業譲渡」に関する説明が事実に反する、という趣旨の反論を展開。
アスクル:よくいただくご質問および当社からの回答について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/eZsy/qFmf.pdf
7月23日
アスクル:ヤフー株式会社からの社長退陣要求に関する一連の件に関する法律意見書取得のお知らせ
https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/L1Ke/KWIW.pdf
あの、上村達男早大名誉教授の手による18ページにわたる法律意見書を全文掲載*1
アスクル:「アスクル株式会社 独立役員会 記者会見」実施のお知らせ、資料について
https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/ln8K/nNMa.pdf
※添付されている資料の中身もさることながら、「独立役員会アドバイザー」として出席者欄に登場した「日比谷パーク法律事務所 代表弁護士 久保利 英明」氏のお名前に、皆、目を引き付けられることになった。
7月24日
ヤフー:アスクル株式会社の第56回定時株主総会における 取締役選任議案(第2号議案)に対する、当社の議決権行使のお知らせ
https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/07/24a/
プラス:アスクル株式会社の第56回定時株主総会における 取締役選任議案(第2号議案)に対する当社議決権行使に関するお知らせ
https://www.plus.co.jp/sp/news/201907/0003752.html
アスクル:ヤフー株式会社ならびにプラス株式会社による当社第 56 回定時株主総会における取締役選任議案(第2号議案)に対する議決権行使について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/RNMl/OSmn.pdf
7月25日
アスクル:7月23日「アスクル株式会社 独立役員会 記者会見」 質疑応答記録について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/C5Mj/YUjs.pdf
アスクル:第56回定時株主総会における議決権行使のお願い
https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/LXQ0/NX3Q.pdf

ヤフー側の方が情報開示の「手数」としては多かった先週とは逆に、今週は序盤から23日の記者会見までアスクル側が怒涛の反論攻勢を仕掛ける、という形で始まったのだが、ヤフー&プラス側は24日に「社外取締役再任反対」という痛烈なパンチを放ち、それに対して記者会見の質疑応答記録の公開と、株主への「直接呼びかけ」で何とか抵抗しようとするアスクル・・・。

まもなく株主総会一週間前、というタイミングで、ここまでわかりやすく空中戦が展開される、というケースは、これまでほとんどお目にかかったことがなかっただけに、大変興味深い、というのが半分、そしてアスクルの中の事務方の方々の心情は察するに余りある・・・というのが半分、といったところだろうか。

今週も、既にあちこちで様々な意見が飛び交っているのだが、自分が今思っていることを率直に述べるなら、

「ヤフーは何がしたいの?」

の一言に尽きる。

アスクル側のリリースで22日の時点で指摘されているとおり、ヤフー側の行動や主張には元々一貫性がないように思われるし(アスクル社長の再任拒否理由や「後任人事」に関するコメント等)*2、18日のプレスリリースで「岩田社長の取締役の再任議案が否決された場合、当社はアスクル筆頭株主として、引き続きアスクルの上場企業としての独立性が重要との考えから、新経営陣とアスクルの意向を尊重いたします。」と述べておきながら、その「上場企業としての独立性」を担保するための最大の肝である社外取締役に関し、24日のプレスリリースで「業績低迷の理由である岩田社長を任命した責任など総合的な判断から独立社外取締役戸田一雄氏、宮田秀明氏、斉藤惇氏の再任にも反対の議決権行使を行いました。」と手のひらを返すような対応をしたことによって、”場当たり的対応”という印象をますます強く与えてしまうことになった。

ここで、もし、最初から「アスクルの今のガバナンス体制が業績低迷につながっているので、現取締役のメンバーを入れ替え、自社主導で経営を再建する」というスタンスをヤフーがとり、かつ、そのようなシナリオで進めなければいけないことの合理性をきちんと説明できていたなら、賛否両論はあれど、一応「筋の通った対応」として評価してくれる人はもっと多かったことだろう。

だが、将来の紛争で争う材料とされることを恐れてなのか、「総合的な判断から」等、プレスリリースでは必要最小限の情報提供しか行っていない上に、先述したとおり、周りからは、あたかも「社長が機嫌を損ねたから方針転換だ!社外取締役もクビにしてしまえ!」というふうに見えてしまうような対応になってしまっているために、最初は「どっちもどっちなんじゃない?」と思っていた外野の人々も、何となく「大丈夫か?ヤフー・・・」という方向に傾いてしまっているのが今の状況ではないだろうか*3

株主総会で議決権を持たない”外野”の人間はもちろん、他の少数株主でさえ、「議決権の数」で言えばヤフー&プラス連合には手も足も出ない状況だから、ヤフー側も、どう思われようが知ったこっちゃない、経営立て直しのためなら手段を選んではいられない、という思いで突き進んでいるのかもしれない。

また、25日にアスクル側が公表した記者会見の質疑応答記録に記された、「戦術として、今のアスクルに何ができるのか。8 月 2 日までに、と、8 月 2 日を過ぎたあとの挽回方法を教えてほしい」とか(リリース4頁参照)、「上村先生の意見書と、考えは同じか?異なるのであれば、そこはどこか」(リリース5~6頁参照)、「売渡請求権の要件を満たす状況にあると考えているか。あるのであれば、将来チャレンジを受けた際に、十分跳ねのけられるのか教えてください。」(リリース6頁参照)といったセンシティブな質問への久保利、松山両弁護士の回答の歯切れの悪さ*4からも、「議決権の過半数を押さえられている状況では、どうあがいても厳しいかもしれない」という雰囲気は伝わってきており*5株主総会の場で、か、それとも、それ以前に、かは分からないが、結局はアスクル側が白旗を上げることも容易に想像がつくところである。

しかしそれでもなお、「このままヤフー側が押し切る」展開で本件の決着がついてしまうことになれば、上場企業間の業務・資本提携の在り方、さらには、日本における資本市場の成熟性に疑義を生じさせることになるのではないか、というのが自分の懸念するところで、「強い側」にこそ、あと一週間の間に何とか常識的な線で事をうまく収めるだけの度量を発揮してほしい、というのが外野からの切なる願いだったりもする。

本件が、このままの形で進んでいくのか(株主総会においてアスクル現社長と社外取締役の再任が否決される、という幕切れになるのか)、それとも、ギリギリのところで現多数株主の全部又は一部が行使した議決権の内容をひっくり返して*6事が収まることになるのか(その場合、岩田社長と独立取締役の筆頭格である戸田氏だけが退任する、という幕引きになる可能性もある)*7

あるいは、質疑応答でも出ていた「株主総会の延期」を行い、新たに設定する基準日の前に、大株主に対して提携契約に基づく売渡請求権を行使したり、第三者発行を行って大株主の議決権比率を下げたりする、といった大技を使うのか、はたまた、既にアスクル側がリリースでも打ち出している「2019 年 6 月 28 日付「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(「上場子会社に関するガバナンスの在り方」)に反する」という主張を大展開して、霞が関から何らかの介入をさせる、というウルトラCを見せるのか等々、(うまく行くかどうかは別として)限られた時間の中でも様々な「手」を使うこと考えられるところ。

ただ、こういう時は、徹底的に争って法解釈の可能性を突き詰めるよりも、当事者のビジネスを少しでも前向きな方向に向けられるような策を考えるべきだ、というのが、世界中の企業の成熟した経営者、担当者に共通したマインドなわけで、できることなら弁護士を前線に出す前にリーズナブルに決着を付けてほしいものだ、と思わずにはいられない。

明日以降も、またいろいろと新たな動きは出てくるのだろうし、それはそれで追いかけていくつもりではあるが、ひとまずはここまでの感想として、以上のとおり書き残しておく次第である。

*1:内容については推して知るべし。ここではあえてコメントはしない。

*2:なお、ヤフーがプレスリリースの中で後任社長の名前に言及したくだりについては、東証からの指摘で削除されたようである(https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/07/18b/)。

*3:24日のプレスリリースに関しては、前半こそヤフーと概ね同様の書きぶりになっているものの、後半で「アスクルが、ヤフー、プラス両社の議決権行使に関する意向表明後に突如として、ヤフーとの業務・資本提携関係を解消しようとされたことについては、担当取締役が本件発覚後の記者会見の場ですらLOHACO事業での連携を含むヤフーとのシナジーを強調されていたことと相反しており、アスクルの業績の維持向上のためではなく、岩田社長による現体制維持と保身のための行動にほかならないと捉えております。それを適切に是正できなかった独立社外取締役各位の姿勢は、少数株主の立場からしても遺憾であったことを付言させていただきます。」と明確な理由を付け加えたプラス株式会社のリリースの方が(内容の当否はともかく)あるべき姿だと思っている。

*4:これに関しては、両弁護士も述べられているとおり、内容以前に、「独立役員会アドバイザー」という立場でどこまで踏み込んだ発言ができるか、という問題も絡んでいるとは思うのだが、そういったハードルがない状況だったとしても「ご安心ください」と簡単に言える状況ではない、ということは容易に推察できるところである。

*5:この質疑応答のQ11にある「可能性としてヤフーは岩田社長の再任に反対するうえで、戸田さん、安本さんを含め社外取締役についても反対して、取締役の過半数を入れ替えることも可能だと思うが、法律的に可能か。」という問いが、今まさに現実のものとなってしまっているわけだが、これに対する久保利弁護士の回答も、ご本人の歯がゆさが痛々しいくらい伝わってくるものになってしまっている。

*6:ヤフーのリリースでは「議決権行使は、インターネットを用いた方法により実施しました。」とあるので、ひっくり返そうと思えば前日まで(あるいは当日会場で)ひっくり返すことも十分可能なステータスだ、というのが自分の理解である。

*7:戸田氏は2007年から継続してアスクル社外取締役を務めておられるようで、既に10年以上会社とかかわりを持っていることになるから、本当に「独立」した存在なのか?という突っ込みも十分あり得る、という点にも留意する必要がある。

久々に見た「小売商標」の本質を突く攻防~「MUSUBI」商標の不使用取消をめぐって

思えば商標法の世界に「小売商標」なる得体のしれないものが導入され、「当局の説明を何度聞いても運用のイメージがわかない!」という担当者の悲鳴と阿鼻叫喚の中、施行されてからはや12年。干支がくるっと一回りするくらいの月日が流れた。

幸いにも、特許庁の比較的”柔軟”な査定運用のおかげで、昨今の「新しいタイプの商標」のような悲劇的な事態*1は生じなかったし、さらに幸いなことに、小売等役務の区分で登録された商標が紛争の道具として使われることもそう多くはなかったように思われる。

それゆえ、「小売・卸売の区分で商標を使いたい会社が淡々と商標を出願して登録し、淡々と使っている」という実務者的には極めて幸福な時間が今に至るまで流れているわけだが、それは裏返すと、制度導入当時にいろいろと議論されていた「小売等役務商標の本質」とか、そこから導き出される「小売等役務商標の権利範囲」はどこまでか?という解釈論があまり煮詰まってこない、ということにもつながる話なわけで・・・。

この辺の解釈論がしっかり示された裁判例としては、かなり前にこのブログで取り上げた「Blue Note」商標の無効審判不成立審決取消事件の判決(知財高判平成23年9月14日)*2を挙げることができるが、その後、これに続くような判断には長らく接していない気がする。

また、侵害事件としては昨年、「ジョイファーム」という小売等役務が指定された商標を保有する原告が、類似の標章を付して商品販売をしている被告を訴え、被告商品と小売役務との類似性が争点になった興味深い事案があったが(東京地判平成30年2月14日)、ここでも、小売商標の本質論まで遡る、というよりは、原告商標の指定役務と被告商品と具体的に比較した上で、事例固有の判断として非類似、という結論が導かれており、若干フラストレーションがたまるところはある。

そんな中、「カタログギフト販売」という昔ながらのビジネスにおいて、「『小売商標が使用されている』といえるかどうか」が真正面から争点となった審決取消訴訟(不使用取消審判不成立審決取消請求事件)の判決がアップされた。

結論から言うと、「商標は使用されている」という特許庁の結論は維持されているし、事案に照らせば、自分もまぁそうだろうな、と思うところではあるのだが、当事者の主張も含め、いろいろと興味深いところはあるので、ここでご紹介させていただくことにしたい。

知財高裁令和元年7月11日判決(平成30年(行ケ)第10179号)*3

原告:株式会社カケハシ
被告:株式会社千趣会

原告はいわゆるメディカルテック系の会社、一方被告は「ベルメゾン」のブランドで通販事業を展開する老舗企業。

そんな両当事者が「使っていない」「いや、使っている」という争いを繰り広げたのは、総合小売から特定小売までかなり広範囲の小売等役務を指定して被告が登録した「MUSUBI」(登録番号第5275079号、登録日平成21年10月23日)という商標である。

被告は「カタログギフト」のブランドとして現在でもこの商標を使っているし*4、一方の原告は電子薬歴システムの名称として「Musubi」を使っている模様*5

特許情報プラットフォームを見ると、原告は2018年2月16日に「Musubi」の文字を含む商標を「薬剤及び医療補助品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,化粧品・歯磨き及びせっけん類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を指定役務として出願しており(商願2018-19435)、同日に被告に対する不使用取消審判請求を行っているので、何のためにこの請求を行ったか、ということは容易に理解できるのだが、原告が自社出願商標に関連する指定役務だけでなく、被告登録商標の第35類のほぼすべての役務に対して不使用取消審判を仕掛けたこと、そしてその理由として、

「被告の事業は「小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」ではない」

という直球を投げたことで、事件はがぜん興味深いものとなった。

原告の主張はまず、

「商標法上の「役務」とは,他人のためにする労務又は便益であって,独立して商取引の目的となるものをいい,商品の販売又は役務の提供等に付随して提供される,例えば,買上げ商品の配送のようなものは含まれないと解される。」(5頁)

というところから始まる。

そして、原告は、被告の取引態様を分析した上で、

・被告は需要者である「贈り主」(「ギフトカタログ」の購入者)に対し,ギフトの贈答の媒介又は代行を行っており,これによって「ギフトを通し人と人を結びつけ」るという価値を提供している。上記取引において,「受取手」が選択した商品の商標権者である被告から当該受取手への商品の配送は,被告から「贈り主」に対するギフトカタログの販売がなければ存在し得ないものであるから,当該商品の配送は,ギフトカタログの販売に付随するものであって,独立した商取引の対象になっていない
・被告は,カタログギフト業を「ギフトカタログ」を「贈り主」に販売することによって実現しているから,商標法上の商品役務としては,被告の事業は,「印刷物」の販売に当たる*6
・被告による「ギフトカタログ」の販売は,第36類の「前払式支払手段の発行」に当たる。
(以上、5~7頁、強調筆者、以下同じ。)

という趣旨を述べ、「被告は『小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供』に関して商標を使用していない」と主張したのである。

「前払式支払手段の発行」とまで言ってしまうのはさすがに言い過ぎかな、と思うところはあるが、「ギフトカタログを通じた取引」が「カタログ掲載商品のストレートな『小売り』行為ではない」というのはまさに原告の指摘するとおりだし、各商品に関して『小売』を行っていないのだとしたら、付随する配送等の行為だけで広範囲な小売等役務の区分での登録を維持することを認めるべきではない、という主張はちゃんと理屈も通っている。

これに対し、被告は、

「贈り主」は,ギフトカタログそのものに価値を認めて対価を支払っているのではなく,カタログオーダーギフトにおける,被告が選別した商品群が掲載されたギフトカタログの送付及びその商品群から「受取手」が選択した商品の配送等の一連のサービスに価値を認めて被告に対価を支払い,また「受取手」も,「贈り主」自身によるサービスではなく,「贈り主」が購入した被告によるサービスを受けているものと認識する。したがって,被告はいわゆる小売業者に相当する。」
「そして,被告は,被告のギフトカタログに各種商品を掲載し,「受取手」が好みの商品を選べる形式で商品を販売したものであって,「受取手」は各種商品が取り揃えられ,掲載されたギフトカタログを見るだけで商品の選択及び注文ができるようしていたといえるから,被告は,需要者である「受取手」に対して商品選択の便宜のために販売する各種商品が掲載された被告のギフトカタログの提供を行っているということができる。これは,小売業者が顧客に対して行う便益の提供に該当する。」(以上8頁)

と、「自らが小売の業務を行っており」かつ「顧客に対して便益の提供をしている」という二段構えの構成で反論した。

両者を並べて眺めると、一見噛み合っていないようにも見えるのだが、これまで議論されていた点*7とは少々異なる角度から「(商品の)小売」とは何か、というのが争われた、ということもあって、掘り下げるとより面白い議論になったのではないかと思う。

裁判所の判旨への疑問~シャディ判決の「原点」は忘れられたのか?

さて、裁判所は、以下のように述べて、原告の請求を退けた。

「被告のカタログオーダーギフト事業においては,「受取手」に被告が発行したギフトカタログが送られ,「受取手」は被告に同ギフトカタログに掲載された各種の商品の中から選んで商品を注文し,被告から商品を受け取り,その商品の代金は,「贈り主」から被告に支払われるのであるから,被告は,「贈り主」との間では,「贈り主」の費用負担で,「受取手」が注文した商品を「受取手」に譲渡することを約し,「受取手」に対しては,「受取手」から注文を受けた商品を引き渡していると認められる。したがって,被告は,ギフトカタログに掲載された商品について,業として,ギフトカタログを利用して,一般の消費者に対し,贈答商品の譲渡を行っているものと認められるから,被告は,小売業者であると認められ,小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供を行っているものと認められる。そして,上記便益の提供には,本件使用カタログが用いられているから,本件使用カタログは,「役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物」と認められる。」(12~13頁)

冒頭にも記した通り、商標法50条1項にいうところの「使用」の事実あり、と認めた裁判所の結論に対しては、自分はそんなに大きな違和感は抱いていない。

だが、気になったのは、上記説示の中で、「被告=小売業者」と認めた後に、そのまま「顧客に対する便益の提供を行っているものと認められる」と認定したくだりで、その前段の事実認定部分と合わせ読むと、あたかも「業として・・・一般の消費者に対し、贈答商品の譲渡を行っている」ことだけで、「便益の提供を行っている」と言えるかのように読めてしまう点である。

この点に関しては、「小売り」=「物品の譲渡」それ自体は、商品商標の権利範囲に含まれる使用態様であり、第35類の指定役務は「譲渡」そのものとは異なる何か、を指している、というのが、小売商標制度施行当時の特許庁の公式見解だったはずだし、「Blue Note」の知財高裁判決等においても前提となっていたはず。

そして、「通販カタログ」に関しては、「小売商標」制度創設の「原点」ともいえる「シャディ」事件高裁判決(拒絶査定不服不成立審決取消請求事件、東京高判平成12年8月29日*8)の中で、まさに以下のように指摘されていたところだった。

「原告の営業は、まず、原告が、一般消費者である顧客に対して本件カタログを頒布することによって、自己の取り扱う各種の商品を広告宣伝し、かつ、売買取引を誘引し、顧客は、上記代理店を通じて原告に商品購入の申込みをし、これを受けて、原告は、代理店を通じて、在庫の商品を顧客に手渡し又は配送して、売買が成立するという仕組みであることが認められる。これによれば、本件カタログに工夫が凝らされ、顧客において、本件カタログを見るだけで商品の選択ができるようになっており、この点において、顧客を誘引し、販売を促進するための他の手段との間に相違があるとしても、原告の営業が個々の商品の売買という取引以外の何物でもないものであり、本件カタログを利用したサービスは、結局のところ、上記売買において顧客を誘引し、販売を促進するための手段の一つにすぎないことが明らかである。」
「また、前記(1)掲記の事実によれば、顧客は、原告の提供するカタログによるサービスを積極的に利用するとしても、原告に支払うのは、商品代金のみであり、サービスに対する対価としての支払いは存在しないから、原告が商品の価格に実質的に上記サービス費用等を上乗せしているとしても、それは、他の販売促進手段が採用された場合にその費用等が上乗せされる場合と何ら異なるものではなく(原告が上記上乗せの限度を超えたものを商品価格に加えていることは、本件全証拠によっても認めることができない。)、上記サービスは独立して取引の対象となっているわけではないことが明らかである。以上によれば、原告の本件カタログによるサービス業務は、商品の売買に伴い、付随的に行われる労務又は便益にすぎず、商標法にいう「役務」に該当しないものというべきである。」

当時は、この「商品の売買に伴い、付随的に行われる労務又は便益」を商標として保護する制度がなかったために当時のシャディ株式会社の主張は認められなかったのだが、それを「独立した役務」として保護するために小売商標制度が作られた、というのが2007年当時の立法担当者の説明だったし、だとしたら「ギフトカタログを利用して商品を譲渡すること」ではなく、「商品の譲渡に際してギフトカタログを利用すること」こそが、被告商標の指定役務の内容、というべきではなかろうか。

知財高裁は、シャディ事件高裁判決も当然念頭に置いた上で、「ギフトカタログを利用して」の一節だけで十分趣旨は理解されるだろうと考えたのかもしれないが、一方で、逆に、「物品の譲渡=小売」を行っていれば「・・・便益の提供」の指定役務で使用しているといえると判断した、という読み方もできるところ。

元々、自分の考えは、「商品区分との間で守備範囲が重複するとしても「小売等役務」の権利が及ぶ範囲に「小売」行為そのものを含めるべきだ」*9というものなので、裁判所がそういう考え方に舵を切ってくれた、というのであれば喜ぶべきなのかもしれないが、その部分の解釈があまり煮詰まっていないために、新たな事例が出てくるたびに判断が揺れるようでは、実務者としてはちょっと困るわけで・・・。

この分野に関しては、裁判例が少ない分、いざという場面での判断の予測が付きづらい、という問題がどうしても付きまとうのだが、せめて「小売商標」の本質にかかわる部分に関しては、筋の通った判断で早めに解釈を固めていただければな、というのが、今のささやかな願いである。

*1:2015年に多くの会社が競うように出し合った「色彩のみからなる商標」のその後の惨状については、別の機会にまたまとめておきたいと思っている。

*2:小売商標の権利範囲に関する基準定立の試み - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。ここでかなりしっかりした規範が示された、ということで、皆安心したところはあるのかもしれないが・・・。

*3:第2部・森義之裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/789/088789_hanrei.pdf

*4:ベルメゾンのカタログギフト人気No.1 MUSUBI(むすび) | 通販のベルメゾンネット参照。

*5:https://www.kakehashi.life/参照。

*6:なお、本件被告商標は第16類「印刷物」の区分でも登録されている。

*7:例えば、制度創設初期の頃からよく話題になるのが、「各出店者が商品を販売しているショッピングモールの運営者が「小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を行っているといえるかどうか」という問題である。最近は見た目は以前と同じようなショッピングモールでも、単なる賃貸借契約ではなく、消化仕入れ契約で、法的構成としてはモール運営者が自ら販売者の地位に入るパターンも混在するようになっているから、モールのオーナーでも躊躇せず小売等役務の区分で商標を確保するようになってきているが、2007年頃は権利取得の必要性についてかなり真剣に議論したものだった。なお、本件被告の千趣会のビジネスモデルは基本的には自ら商品を仕入れて売りさばく、というモデルのようなので(千趣会・新中計のポイントは? 通販事業の在庫圧縮に注力、19年までに体制整備へ | アパレルウェブ:アパレル・ファッション業界情報サイトなども参照。小売業界全般の例にもれず、ネット通販全盛期においてはなかなか厳しい状況が続いているようではあるが・・・)、この論点自体はあっさりクリアできると思われるが、逆に、将来的に在庫を持たないモデル(軒貸しモデル)に転換した場合にはどうなるのだろうな?という興味は湧くところである。

*8:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/023/013023_hanrei.pdf

*9:2019/7/25 追加注:というか、そもそも、メーカー直営ショップのようなごく限られた例外を除けば、現実の取引において、「小売等役務」に関して用いられる標章(小売店そのもののブランド)と、「商品(の譲渡)」の場面で用いられる標章(譲渡する商品を示すためのブランド)とでは、機能も需要者の受け止め方も全く異なるのであって、「小売」において用いられる商標には、商品商標からは独立した権利範囲を認めるべき(したがって一律にクロスサーチを行う、という運用も論外)、というのが自分の長年の持論である。したがって、第9類「電子出版物」及び第16類「雑 誌,書籍」の指定商品と、の第35類「印刷物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」が互いに類似する、と安易に判断した知財高判平成30年12月20日(Violet)のような判断も、個人的にはいかがなものかと思っている。

「COLD WAR」の衝撃。

最近、日々の時間に余裕を作れるようになったこともあって、移動の機中以外の環境で映画を見る、という贅沢を久しぶりに楽しんでいる。
そして、そんな中、前評判に釣られて観にいった「COLD WAR あの歌、2つの心」がまた凄い映画だった。

style.nikkei.com

自分が最初にこの映画の存在を知ったのは、↑の日経エンタメ面の記事だったのだけど、この批評欄で星4つ以上なら、まず外れはない。
そして、カンヌで監督賞、国際的に高い評価を得て、日本封切後も、おおむねどのレビューサイトでもたくさん星が付いている、となれば、まぁ期待を裏切られることはあるまい、というところではあったのだが・・・
(以下、少々ネタバレあり。)

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打ち合いの末の痛み分け?~「ブロマガ」商標侵害訴訟・東京地裁判決

たぶん、黒塗りに時間がかかったせいだろう。
判決言い渡しから1か月くらい経って、ひっそりと最高裁HPにアップされた東京地裁知財部の判決。

だが、よく読むとこの事件、提訴時には、商標界隈のマニアックな方々の間でもかなり話題になった、あの「ブロマガ」事件の判決ではないか!

FC2とドワンゴ(旧ニワンゴ)、というWeb動画配信サービスで競い合う尖った企業同士がお互いに商標法と不正競争防止法に基づく主張を打ち合ったこの事件、代理人弁護士のお名前を拝見しても、豪華ですね・・・という印象を受けるものなのだが、第1ラウンドでは果たしてどういう決着になったのか、以下、簡単にご紹介することにしたい。

※なお、事件勃発当時の「まとめ記事」として、今見られる主なものは以下のとおり。

・STORIA法律事務所 柿沼太一弁護士「FC2vsドワンゴのブロマガ裁判と商標の仕組みを5分で理解できる記事」https://storialaw.jp/blog/2140
・IPF biz「FC2-ドワンゴ 「ブロマガ」商標権者同士の争い 解説」 FC2-ドワンゴ 「ブロマガ」商標権者同士の争い 解説

両者の商標出願時の経緯からして複雑な事件だけに、分かりやすくまとめるのはかなり難しいのだが、分かりやすさも追求しつつ丹念に説明されているこれらの記事には心から敬意を表する次第である。

知財高裁令和元年5月23日判決(第1事件・平成28年(ワ)第23327号、第2事件・平成28年(ワ)第38566号)*1

第1事件原告兼第2事件被告  FC2,INC.(以下「FC2」)
第1事件被告兼第2事件原告  株式会社ドワンゴ (以下「ドワンゴ」)

2つの事件で原告と被告がクロスしているので、以下端的に社名で説明すると、まず、FC2が自社の商標(以下「FC2商標」)に基づいて商標法及び不正競争防止法に基づく使用差し止めと1億円の損害賠償を求めて訴えを提起し(第1事件)、これに対して、ドワンゴが自社の商標(以下「ドワンゴ商標」)に基づいて同様のカウンターパンチを打ち返し、使用差し止めと2332万8000円の損害賠償請求訴訟を提起した(第2事件)という流れになっている。

前掲提訴時のまとめ記事に依拠するならば、元々、両社とも自社のサービスインのタイミングでは「ブロマガ」の商標を出願しておらず、2012年9月になってFC2→ドワンゴの順に相次ぎ出願、さらに先行する第三者商標の存在や、それに基づいてドワンゴ側が仕掛けたFC2商標への無効審判請求等の影響もあって、両社とも完全に意図した範囲で商標を確保できていない、という難しい状況の中、「相互に権利を行使しあう」形で始まったのが本件訴訟だ、と言えるだろう。

ちなみに、FC2商標は商標第5621414号*2という二段書きの商標である。

添付商標目録には他にも、第5654405号*3という同じく二段書きの商標*4や第5770313号(ブロマガ)、第5793426号(BloMaga)といった商標が載っているのだが、これらはあくまで抗弁として使われているだけのようである*5。そして、いずれも第42類の役務のみで権利が確保されている、という点に特徴がある。

一方、ドワンゴ商標は、第5617331号*6

この商標は、FC2の一番最初の商標から2週間後に出されたもので、それゆえ第42類のコアな指定役務はほとんど抑えられていないのだが、一方で今回ターゲットにした第41類(電子出版物の提供)や、プログラムに係る第9類の商品はカバーしている。

で、本件では、いずれの当事者も自社のサービスの中で「ブロマガ」という表記を使っていたことについてはほとんど争いがなかったようで、訴訟で主張な争点になったのは、「相手方が提供しているサービスが自分たちの商標の指定役務に類似するか(そもそも独立した役務として観念できるか)」ということ。

FC2が訴えたドワンゴのサービスは、

ドワンゴは,インターネット上で,動画等のコンテンツの配信やそのたの各種サービス(ニコニコ)を提供しており,そのうち,平成24年8月に開始した「CHブロマガ」サービスは,チャンネルオーナーと呼ばれる,ドワンゴと契約した企業,著名人等が記事コンテンツの投稿,配信を行い,ユーザーが記事コンテンツをウェブサイトで閲覧をしたり,配信を受けたりすることができるサービスであり,平成25年1月に開始した「ユーザーブロマガ」サービスは,ドワンゴがインターネット上で提供するサービスについての会費を支払ったプレミアム会員がブログを開設することができるとともに,そのブログ記事を配信することもでき,ユーザーが記事コンテンツをウェブサイトで閲覧をしたり,ブログ記事の配信を受けたりすることができるサービス」(28~29頁、強調筆者、以下同じ。)

と認定されたもので、その中でも特に「ユーザーブロマガ」サービスにおいて、

「ユーザーが自らのブログ記事を作成してウェブサイトにアップロードした際には,ドワンゴが設置管理するサーバーの記憶領域にブログ記事のデータを保存しており,ドワンゴは,サービス利用者に対し,サービス利用者自身のブログを開設し,ブログ記事を作成し,投稿するために必要となるサーバーの記憶領域を提供している」(32頁)

というサービスが行われていることが、FC2商標の「インターネットにおけるブログのためのサーバーの記憶領域の貸与」という指定役務に類似するか、という点が争われることになった。

ドワンゴが提供していたのはあくまで「ブログ開設・配信サービス」なのだから、FC2としても、本来なら同じ第42類でも「ウェブログの運用管理のための電子計算機用プログラムの提供,オンラインによるブログ作成用コンピュータプログラムの提供,インターネット上の情報を閲覧するためのコンピュータプログラムの提供」といった役務で権利行使したかったところだろうが、冒頭で引用した解説記事にもあるとおり、これらの役務は先行するドワンゴによる一部無効審判、及びその審決取消訴訟の棄却判決(知財高判平成28年1月13日)の確定によって既に無効化されてしまっている。

それゆえ、FC2は残された役務の中でもっともかすりそうなものを前面に出して権利主張せざるを得なかったのだと思われるし、ドワンゴとしては「本件で問題となるブログに関するサービスにおいてサーバーの記憶領域への保存の過程があることは認めつつ」も、「役務の提供に付随して提供される業務は商標法上の役務には含まれない」という前提に立ち、「ブログ記事の作成やウェブサイトでの閲覧機能は独立したサービスではなく,ブログ記事の配信サービスと分離して取引されていないこと,ドワンゴはサーバーの記憶領域の保存過程について対価の支払を受けていないこと等から,ブログ開設及びブログ記事作成,投稿機能は,他の役務の提供などに付随して提供される業務であって商標法上の役務ではない」(以上32頁)という反論で対抗することになった。

一方、ドワンゴが訴えたFC2のサービスは、「ブログを通じて,有料コンテンツの購入,販売が出来るサービス」であり、

「ユーザーは,検索などをすることによって,購入したい記事を選択し,FC2に対して所定の支払をして「オリジナル小説」や「漫画」が例に挙げられる「限定記事」を購入することができ,その購入後,FC2のウェブページにおいて,購入した記事を閲覧することができるようになり,また,購入した記事について,その後,FC2からHTML形式のメールの配信を受けることなどができた。」(45~46頁)

と認定されたサービス態様が、ドワンゴ商標の「電子出版物の提供」(第41類)という指定役務に類似するか、ということが争われることになった。

FC2が「ブロマガ」サービスを始めたのは2009年のことで、「ブロマガ」商標を(慌てて)出願した2012年の時点で既にビジネスモデルは固まっていたはず。
そして、FC2はおそらく「自分たちは単なるコンテンツの媒介者であってコンテンツの提供主体ではない」というアイデンティティの下、自社出願商標の指定役務も第42類に絞ったのだろう。

だが、ドワンゴはそれを承知で、あえて後発の自社出願時に「第41類」まで指定役務を展開し、ここで打ち合いの武器として使ってきたのである。

傍から見ていると、両当事者とも似たようなビジネスモデルで勝負していたように見えた時代もあったし、当然お互い手の内は分かった上での主張の応酬。
角度のないところからギリギリのコースを狙ってシュートを打ち合うような双方の主張を眺めて痺れるような感覚に襲われたのは筆者だけだろうか・・・。

意外とあっさりだった裁判所の判断と、後に漂う苦味。

さて、そんなせめぎあいの中、裁判所は意外とシンプルに結論を出した。
まずFC2の請求に対する判断は以下のとおり。

「ある業務を行うに当たり必然的に伴う役務における標章の使用に対し,その役務と同一又は類似する役務を指定役務とする商標の商標権者が商標権の侵害を主張することができることが適当でない場合があるとしても,本件についてみると,一般的に,利用者がブログを開設,投稿して他人にそれを閲覧させるためのプラットフォームを提供するサービスは独立した役務といえるところ,前記 エのとおり,ニコニコのウェブサイトでは,会費を支払ったプレミアム会員であれば享受することができるサービスの一つとして,自らブログを開設し,ウェブサイト上にブログを投稿することができることが明確に表示されている。また,サービスの利用にあたっても,ブログを開設することができることが表示され,それに従い所定の操作を行うことで,ブログが開設され,また,ユーザーがそのブログを閲覧することができる。」
(中略)
「「ユーザーブロマガ」においては,ブログ記事をウェブでユーザーから閲覧することができるようにするだけでなく,ブログ記事をメール配信することができ,それが特徴となっていることが認められる。しかし,「ユーザーブロマガ」において,ユーザーは全員がメール配信するかしないかを選択することとなっていて,ブログを開設し,ブログ記事を投稿し,閲覧させる役務は,一般にも独立したサービスとして提供されているものである一方,「ユーザーブロマガ」において,ブログを開設しブログ記事を投稿する者にとって,メールを配信しないことが例外的な態様であるとまではいえず,メールの配信が不可欠の要素となっているとはいえない。さらに,ニコニコのウェブサイトで提供するサービスについての対価は,ブログ記事を投稿等する機能のみに対する対価として徴収されているものではないものの,そもそも,その対価はニコニコのウェブサイトにおいて提供されている多様なサービス全ての対価であり,そこには独立して提供し得る様々なサービスが含まれていて,ブログ記事の配信という特定のサービスのみについての対価ではない。」
「このことを考慮すると,ブログを開設等する機能のみに対する対価が徴収されていないことが,直ちにそれに関する役務が商標法上の役務といえないことの根拠になるとはいえない。そして,対価を支払った会員が受けられるサービスの中には,上記のように独立したサービスとして提供されるブログ開設及びブログ記事作成,投稿機能も含まれていることなどを考えると,本件の事実関係の下においては,ドワンゴが主張するように「ユーザーブロマガ」サービスにおけるブログの開設及びブログ記事の作成・投稿機能が,他のサービスなどに付随して提供される業務であって商標法上の役務には含まれないということはできないというべきである。
「また,ドワンゴは,インターネットを利用するほぼ全てのサービスが,サーバーの記憶領域への保存を伴うから,ドワンゴが提供するサービスが,甲商標の指定役務である「インターネットにおけるブログのためのサーバーの記憶領域の貸与」と同一又は類似すると解釈することは実務に混乱をきたすと主張する。しかし,インターネットを利用するサービスにサーバーの記憶領域への保存を伴うものが多いとしても,そのサービスには様々なものがあり,それらのサービスの全てにおいてサーバーへの記憶領域への貸与が独立した役務と認められるとは限らず,本件においては,本件で問題となっているサービスについて,ブログのためのサーバーの記憶領域の貸与が商標法上の役務と認められたものでありドワンゴの主張は採用することができない。」(以上32~34頁)

この解釈判断であれば、「記憶領域の貸与」を指定役務に入れておけば、サーバを用いてWeb上で提供されるほとんどのサービスに権利主張できる、ということになり、第9類との備考類似との関係でも微妙な問題をはらむことになりそうだが*7、裁判所はそれも「是」とした。

一方、裁判所は、ドワンゴの請求に関しても、以下のとおりFC2の商標権侵害を肯定した。

「利用者は,FC2のサービスを利用することによって,上記のような態様で,第三者が作成したまとまりのある文書・図画を閲覧等することができるようになるのであり,同サービスにおいては,電子出版物の提供又は通信ネットワークを利用した電子書籍及び電子定期刊行物の提供に,少なくとも類似した役務が提供されているといえる。 そして,前記 のブログ記事の購入に当たり用いられている甲標章の使用態様によれば,電磁的方法により行う映像面を介したこの役務の提供に当たり,映像面に乙商標と類似する甲標章が付されていたと認められる。」
「FC2は,「電子出版物」とは,いわゆる電子書籍を意味してFC2のブログサービスは「電子出版物の提供」に該当しないと主張し,また,ブログ記事の配信を行う主体はユーザーであり,FC2ではなく,FC2はその媒介をしているにすぎないから,ブログ記事の配信が「電子出版物の提供」に該当するとしても,FC2のブログサービスは「電子出版物の提供」の媒介であって,「電子出版物の提供」には該当しないと主張するしかし,前記イの態様に照らせば,FC2の上記のブロマガの販売に関するサービスについては,少なくとも,前記役務に類似した役務が提供されているといえる。」(以上46頁)

東京地裁は、FC2、ドワンゴのいずれの主張に係る判断についても、「本件態様に照らせば」という趣旨の留保を付して、本判決における判断の射程が過度に広がらないように配慮している様子も見受けられるのだが、実務者がこれを見たら、やっぱり事前の商標調査はどうしても”安全サイド”に向かっていくのかな、という気がする。

なお、両当事者とも、映し鏡のように「先使用の抗弁」、「商標法4条1項10号の無効事由の存在」、「自社保有商標の正当な権利行使」といった反論を試みているのだが、前二者に関してはいずれも「需要者の間に広く認識されていたとはいえない」という理由により、最後の点に関しては侵害を肯定したのと表裏の理屈で、いずれも退けられている。

いずれの「ブロマガ」サービスも、少なくとも同種のWebサービスを頻繁に利用しているユーザーの間では、広く認識されていた、といっても良いレベルではなかったのかな?と思わなくもないところだが、この部分の立証が難しいのはリアルビジネスの場合と同様、ということと理解している*8

また、損害額の算定に際しては、FC2側の請求に関しては商標法38条2項による推定を認めたものの、

ドワンゴが得た上記利益のうち,上記役務に関して乙標章を付したことによる利益といえる部分は相当に限られるとすることが相当である。また,ブログの開設は,ドワンゴによって提供されるニコニコにおける多くのサービスのうちの一つであり,それが「ニコニコ」におけるサービスの一つであることも表示されていて,ブログを開設する需要者もそのことを認識していたと認められる。そして,上記のようなサービスの一つであることを主な理由として,ドワンゴにより提供されるブログの開設等の役務を利用した者も多いと認められる。これらを考慮すると,乙標章を付したことにより得たといえるFC2の利益は相当程度限定されたものと認めることができ・・・」(40頁)

と相当絞り込まれた結果、認容額は656万5554円にとどまったし、ドワンゴ側の請求に至っては、

「上記システム使用料よりもブロマガ負担保守運営費が・・・多い」(48頁)

として、38条2項の適用すら認められなかった*9

ということで、結論を見ると、名実ともに「痛み分け」だなぁ、という印象を強く受けることになった第一審判決。

個人的には、両当事者が「ブロマガ」に関してサービス開始前に商標出願をしていなかったのは(「ブログ」+「マガジン」=「ブロマガ」というシンプルさ等も考慮すると)、そんなに責められるべきことではないと思っていて、むしろ、(冒頭で引用した参考記事のストーリーに基づくなら)ドワンゴニワンゴ)側の使用開始に端を発したその後の両者のスピーディな対応の方にむしろ感銘を受けるくらいなのだが、その対応過程でのちょっとした思惑のズレが重なった結果、3年もかけて本件のような訴訟を行う羽目になり、さらに両者とも請求額に比べると微々たる賠償額で認容判決をもらって一区切り・・・というのは、実務者としては何とも切ない。

ドワンゴは今でも「ニコニコチャンネル ブロマガ」という形で商標を用いているが*10、それはFC2が本件訴訟で用いた商標が不使用取消審判により事実上消滅した(したがって、本判決でも差止請求は棄却されている)からなのか、また、FC2側は、現在はネーミングの前後を入れ替えて「マガブロ」という名称でサービスを展開している*11ようだが、一連の騒動の過程で取得した「ブロマガ」商標の行方はどうなるのか・・・等、外野から見ていても分からないことは多いのだが、著名な企業同士の戦い、ということで、後日譚も含め、どこかのWebメディアがいつか報じてくれることを期待している。

そして、この先、知財高裁判決まで進んでも進まなくても、日々ついつい負担の軽い方のジャッジに走りがちな商標実務者が「他山の石」として日々振り返るべき事案として、本件は長く語り継がれるべきだろう、と今は思っている。

*1:第46部・柴田義明裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/792/088792_hanrei.pdf

*2:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2012-074287/86C279A1EC130B8094C00633EE0B0E7050EAE963CC4881546E03BD6DC6B19CF2/40/ja

*3:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2013-077007/90BC13E23A700C0A1765FFB0A27D4F22EA13DD625E93AF1980469344DCC37986/40/ja

*4:先に登録された第5621414号は「ブロマガ」のカタカナと「BlogMaga」という英文字の二段書きだが、その一年後に「ブロマガ/BloMaga」と「g」を抜く形で改めて出願がなされたのがこちらである。本判決の中でも引用されているとおり、残念ながら「BlogMaga」との二段書き商標に関しては、ドワンゴが起こした不使用取消審判とその後の審決取消訴訟知財高判平成30年12月20日)で、実際に使用していた「ブロマガ」標章との同一性が否定され、ほぼ取り消されてしまう、という決着になっている(個人的にはちょっと厳しい判断だな、という印象だが、裁判所もいろいろ忖度したのかもしれない・・・)。

*5:登録時期が第5621414号よりも後になるので、損害額算定等の関係で最初の商標権に基づくものだけを請求原因としたのではないかと推察される。

*6:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2012-078173/521259063B7E8CD65624617A04D255BFC34DA4B9B111058E2A0585F321B2927F/40/ja

*7:先に紹介したFC2商標に対する一部無効審判では、特許庁が「情報の提供以外の役務(「○○○の記憶領域の貸与」の役務)は,主に通信事業者やインターネットサービスプロバイダによって提供され,商品「電子計算機用プログラム」は,コンピュータのソフトウェアメーカーによって開発・製造されるものであるから,両者の事業者は異なっており,また,両者はいずれもコンピュータに関連するものの,その用途は異なるとみるのが自然であり需要者もおのずとそれぞれを利用する者に限られるといえるから,両者は,これらに同一又は類似の商標が使用されたとしても,同一の営業主により提供又は製造・販売されるものと誤認されるおそれがある関係にない,非類似のものと判断するのが相当である。」として「電子計算機用プログラム」との類似性を否定したことにより、この役務が残ったことにも留意する必要がある。

*8:なお、FC2がドワンゴの「ブロマガ」商標に対して提起した無効審判、及びその審決取消訴訟においても商標法4条1項10号、15号該当性は否定されている(知財高判平成31年2月6日)。

*9:もっとも38条3項を適用し、「3%」の料率により算定した結果、867万7823円、と金額的にはFC2側の認容額を上回ることにはなったのだが・・・。

*10:https://ch.nicovideo.jp/portal/blomaga参照。

*11:マガブロとは?- FC2ブログ参照。

歴史は繰り返す。

とりあえず、今回の参議院選挙も終わった。

7月も下旬に差し掛かっているというのに相変わらずすっきりしない天気。
とはいえ、東京ではそんなに雨も降っていなかったので、投票に行くにはちょうどいい日和*1かなとも思ったのだが、蓋を開ければ記録的な低投票率になったようで、SNS上でも現政権に批判的な人々を中心に憂う声が飛び交っている。

まぁ、自分も今の状況が良いと思っている人間では全くないので気持ちは分かるのだが、元々、参議院選挙は政権選択のための選挙ではないし、そもそも、今回の選挙で与野党逆転できるほど野党側候補者の層が厚かったわけでもない*2

それでいて、選挙の主要な争点が、既に「10%」になることを織り込んで世の中が回っている消費税の話とか、普通の人にはピンとこない憲法改正の話で、加えて、市井のほとんどの人たちは「今目の前に迫っている危機」を何ら実感するような状況ではないのだから、誰もが投票所に足を運びたくなるような盛り上がりを求める方が無理がある、というものだろう。

また、低投票率を憂う人々の中には、「選挙に行かない人が投票所に行けば潮目が変わる」と信じている方も多いようなのだけど、これまでの例で言えば、そういった”浮動層”の票って、”何となく自民党”に流れることも多かったわけで*3「組織票に支えられているように見えて実はもろい(特に都市部)」今の自民党にとっては、低投票率の方がむしろ不利だったりもする*4

今回の結果を見てもそれは如実に現れていて、岩盤のような支持層を持つ公明党や、なぜかいつも選挙戦終盤で下馬評に反する組織力を発揮する日本維新の会議席を伸ばす一方で、自民党は思いのほか苦戦する結果となり、東北は岩手、宮城、秋田、山形の4県で現職が枕を並べて討ち死に。新潟、滋賀、大分といった一人区でも現職議員が落選の憂き目にあった。

一人区で自民党が野党の統一候補に苦戦したのは3年前と同じだが、野党側に現職議員や知名度の高い元職が多かった前回とは異なり、今回はまっさらな新人を立てて現職を撃破したパターンも多かったから、その意味では少し潮目が変わってきた、という見方もできるところである。

あと、複数の候補者を立てた大都市圏でも、自民党が楽な戦いをしているようには全く見えなかった。
6年前に「政権経験政党」への批判票を集約してちょっとしたブームを巻き起こした共産党や、前回の衆院選で躍進した立憲民主党の勢いが、今回それほどでもなかった、ということもあって、北海道でも千葉でも東京でも最終的には擁立した候補者を両方滑り込ませることができたものの、広島選挙区では野党統一候補に漁夫の利でトップ当選させてしまった上に、一時は議員会長まで務めた当選5回の現職重鎮議員を落選させる、という悲劇的な事態に・・・*5

まだ全容は判明していないものの、比例代表の得票も想定されていた以上に伸び悩んでいるように見える。


ということで、結果的に低投票率に泣いた自民党議席を減らし、当面の間は「安定政権」こそ揺るがないものの、この先数年内での改憲発議の可能性はほぼなくなりそうな気配となった。
そしてそれは同時に、野党側もその支持者にも、「引き続き立場を変えずにじっくりと現政権を攻撃しながら、大きな潮目の変わり時が訪れるのを待つ余裕ができた」ということも意味している。

今回の選挙で垣間見えた政権与党側のちょっとした綻びが、どのタイミングで大きな流れにつながるのか(そもそも潮目が変わるタイミングが来るのか)は、今の時点では何とも言えないところではあるのだが、ここ数年使い古された「成長」とか「競争」といったフレーズに辟易している層がかなりのボリュームに達している、ということは、今回の野党連合への底堅い支持と、「れいわ」フィーバーを見れば非常によく分かるわけで、転換点は意外とすぐ近いところにまで来ているんじゃないか、というのが自分の見立て。

そして歴史が再び繰り返されたときに、「2019年の参議院選挙が一つの節目だった」と言われることになっても決して不思議ではないかな、と、何となく思っているところである。

*1:あまり遠出する気分にはなれず、かといって家から出たくなくなるほどの天候でもないので。

*2:特に北陸エリアとか、中国・九州エリア(除く大分、沖縄)では、ほとんどの選挙区で、自民党の現職相手に出口調査の結果を見るまでもなく惨敗しており、これでは与野党逆転など望むべくもない。

*3:もちろん、1993年や2009年のように強烈なムーブメントが起きている時は別だが、今回はとてもじゃないがそういう状況ではなかった。

*4:逆に根強い固定支持層や、「どうしても投票で一票投じたい」支持者が付いている野党の方が相対的に強くなることだってある。今回、数少ない”躍進”を遂げた「れいわ新選組」にしても、投票率が上がっていればよりメディアでの知名度が高い他の政党との比較で埋没した可能性はあったはずだ。

*5:かつての自民党(特に中選挙区時代の衆議院選挙)ではよく見られた光景だし、首相官邸からは半ばスポイルされていた(本来なら、なれたはずの参院議長にもなれなかった)引退間際の議員だったとはいえ、岸田政調会長のお膝元に党本部主導で公認候補を送り込み、結果的に岸田派の現職議員を落選させたのだから、そこで禍根が残らないはずがない。選挙に弱いのは宏池会の伝統で、今回も全国あちこちでその伝統芸が如何なく発揮されたとはいえ、こと広島に関しては「味方にやられた」のは間違いないところなので・・・。

情熱フットボール大陸。

日本時間では土曜日の早朝、現地時間では7月19日夜、サッカーの「2019 Africa Cup of Nations」(アフリカ選手権)の決勝戦が行われた。

どこの大陸でも行われているこの種の大会だが、ずっと日本に住んでいるとアジアカップ以外に目を向けるのは、メディアがもてはやす「UEFA欧州選手権(ユーロ)」くらい。今年に関しては、日本代表が招待されたこともあって、南米選手権コパ・アメリカ)にも少し注目が集まったようだが、それと平行して(しかも参加国が多いため、それよりもずっと長い期間)行われていたアフリカ大陸の大会に目を向けていた日本在住者はほとんどいなかったのではないだろうか。

自分も、たまたま現地を訪れた時にこの大会が開幕し、訪問先で開幕戦からテレビ観戦できる、というめぐり合わせがなければ、たぶん全く関心を抱かないまま1か月を過ごしていたはず。

だが、この偶然は、思いのほか幸運だった。

まず一番のラッキーは、W杯でも日本代表との親善試合でもおそらくお目にかかれないようなマイナー国の代表の試合ぶりが見られたこと。

この大会の本戦に出場できるのは、予選を勝ち抜いた24チーム(CAFの加盟チームは56チーム)だけなのだが、元々W杯には「5か国」しか出られない大陸だけに、大陸レベルの大会となると見慣れないユニフォームのチームがたくさん出てくることになる。

自分が現地に滞在していた間に試合を見たチームの中にも、開幕戦で地元エジプトと激突したジンバブエに始まり、ウガンダブルンジギニアマダガスカルナミビアタンザニアと、W杯出場経験がない国が次々登場・・・。

ジンバブエに関しては、ARIPO(アフリカ広域知的財産機関)の本部が置かれていたり、時々国際会議で出かけていく人がいたりした関係で、地理的なところも含めて知ってはいたし、サッカーの世界でも、2010年の南アフリカ大会前に急遽当時の日本代表の練習試合の相手になり、サムライブルーを”覚醒”させた*1、というエピソードがあったことをかろうじて思い出すことができるくらいの記憶はあったのだが、それ以外の国に関しては、「そもそもどこにあるんだっけ?」というレベル。

それを対戦カードに合わせて、地理・歴史から代表チームの過去の戦績まで、いろいろと調べながら見ているものだから、そのうち、何となく愛着がわいてくる。
そしてまた、彼らが結構いい感じで善戦するのだ。

アフリカの人々に共通する性格なのか、それとも、高温の中、長期間戦うということで有力チームほど力を温存する傾向があったからなのか、は分からないけど、FIFAランキングでも過去の戦績でも圧倒的に差があるはずの相手チームがもたつくのを横目に、少なくともスコア上は互角の戦いを演じる*2

特にエキサイティングだったのは、これまでW杯はおろかこの大会にすら出場したことがなかったマダガスカルが、初戦互角以上の戦いでギニア*3に引き分け、それで勢いに乗ったのか、次のブルンジ戦で勝利、さらにグループリーグ最終戦でナイジェリアまで倒す、という快進撃を遂げたことで、結局、準々決勝でチュニジアに完敗したものの、初出場でベスト8、という素晴らしい結果を残した。

ヨーロッパ域内のリーグや中東のリーグで活躍している選手が多い強豪国*4とは異なり、自国の政治情勢が不安定で、普段はどういう環境でサッカーをしているのか(プロリーグがあるのかどうか)もよく分からない選手たちが、一世一代の舞台で必死に体を投げ出して戦っている姿を見ると、大陸や人種を超えていろいろと感じるところも多かった。

また、続く幸運は、「アフリカのチーム同士の対戦」が見られたこと。

大陸選手権なのだから当然のことなのだが、これがW杯のような全世界レベルの舞台だと、(欧州と南米を除けば)同一大陸のチーム同士で対戦する、という機会はまずないし、アフリカとなると日本で大陸予選の様子が報じられることもまずないので、これはとても新鮮な経験だった。特にサブサハラのチーム同士の対戦は・・・*5

日本代表が国際大会でアフリカ大陸代表のチームと対戦する時は、決まって相手の「身体能力の高さ」とか「独特のリズム感」とかが強調されるのだが、これが大陸内の戦いとなると、大体ベースの身体能力は同じで、スピードやリズムも共通した者同士の戦いになるわけだから、見ている側としては、何とも不思議な感覚に襲われる。

欧州大陸の最先端のモダンフットボールに比べると、攻守ともにお世辞にもレベルが高いとはいえない*6し、南米のチームほど飛びぬけたテクニックが披露されるわけでもないのだが、逆に言えば、Jリーグが始まった頃の「相手の良さを消さない」打ち合い型のサッカー(とはいえ、「エムボマ選手が11人」いるようなものなので、当時のJリーグに比べるとレベルは数段高い)を久々に見られたような気がして、懐かしい気分になったところはある*7

そして、最後に、現地にいて良かったな、と思ったのは、かの地の人々のサッカーに対する「熱」を肌身で感じられたこと。

元々、自分が大会期間中に訪れた国は、どこも、街中のちょっとしたカフェやレストラン、ホテルのバー等々でサッカー中継が流れているような環境だったのだが、大陸選手権が始まって以降は常にそれ一色。そして、自国の代表チームの試合となれば、カフェでも空港のラウンジでも、皆テレビの前に殺到し、アプリでタクシーを捕まえようと思ってもなかなか捕まらない・・・。

日本に限らず、欧州でも、街中の普通の環境で、代表チームの試合にそこまで熱を入れて応援している姿、というのをあまり見たことがなかっただけに、これまた実に新鮮で、うらやましい経験だった。

もちろん、開催国エジプトのスタジアムの熱狂(開幕戦でテレビ画面に映ったスタンドは、エジプト代表のチームカラーの「赤一色」だった)に比べれば、まだまだ大したことはなかったのだろうし*8、逆に、治安悪化で日本では渡航自粛要請も出ているような国で自国の代表に声援を送れるような環境がどれだけあったのか、と考えると、複雑な気持ちにはなるのだが、政情が安定していて「中流階級」と言ってよさそうな人々が社会を構成できている国であれば至るところで「熱」を享受できる、というだけでも、やっぱり違うな・・・と。

繰り返しになるが、大陸選手権に出ている各チーム、各試合のレベルが抜群に高い、というわけでは全くなく、もし、日本代表が招待参加するようなことがあれば、グループリーグは間違いなく突破できるだろうし、組み合わせ次第ではトーナメントで上位に行くことも不可能ではないだろう*9

アルジェリアセネガルの間で行われた決勝戦も、「オウンゴールに近い形で幸運な先制点を奪ったアルジェリアセネガルの猛攻に耐え抜いて虎の子の一点を守り切る」という展開で、決して派手なものではない。

ただ、決勝戦前のセネガル国内のSNSの盛り上がりだとか、試合に勝ったアルジェリアの選手たちの喜び具合などを見ていると、アジアカップよりはワングレード上の大会に見えてしまうのも確かなわけで、そこに違いがあるとしたら、社会に根付いたサッカー文化の差異なのかな、と思わずにはいられなかった。

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他にも、この大会にかかわるあれこれを見ているだけで、アフリカ大陸へのフランス共和国のかかわりの深さが透けてみえる*10等、いろいろと貴重な発見はあったが、やっぱり、サッカーが世界をつなぐ”共通語”だ、ということを再確認できたのが一番の収穫。

次に体験するとしたら、カリブの島でCONCACAF Gold Cupに出ている代表チームを一緒に応援するとか*11、あるいは各国のプロリーグに目を移して、最近躍進著しい(?)Indian Super Leagueを現地のスタジアムで観戦するとかかな、と思っているところだが、いつかは、すごくマイナーなサブサハラの国で開催されるAfrica Cup of Nationsをちゃんと現地のスタジアムで観戦する、という野望も胸に暖めつつ*12、世界中の蹴球にかける情熱を、追いかけていきたいと思っている。

*1:というか、ベスト16まで勝ち進んだ「あのメンバー」の起用はこのジンバブエ戦で固まった、とされている。

*2:開幕戦からして、圧倒的な地の利があったはずのエジプトは結局1点しか取れなかったし、翌日のナイジェリア・ブルンジ戦では、最後までどちらに転ぶか分からないような試合だった(結局ナイジェリアが1-0で勝利したが)。

*3:W杯本選の出場経験こそないものの、大陸選手権では過去に何度もベスト8までは進んでいるチーム。

*4:特に北部のモロッコチュニジアには欧州生まれ、欧州育ちの選手も多く、A代表で初めてルーツを持つ「母国」のユニフォームを着た、という選手も多い。

*5:一方のチームがモロッコアルジェリアチュニジアといった北部のチームの場合は、「欧州代表対アフリカ代表」的な試合になるので、展開も含めて何となく見慣れた感はあったのだけど、サブサハラのチーム同士の対戦、となった瞬間に、テレビ越しでも聞こえてくる応援席のブブゼラの音色と合わせて、雰囲気はガラッと変わった。

*6:典型的なのは「守備の甘さ」で、流れに乗って攻め込まれたときはもちろん、コーナーキックフリーキックの場面でも簡単に相手の得点源となる選手をフリーにしてしまって失点、というパターンは度々あった。

*7:ここ数年、欧州で定着している「寄せの早さ」とか「自由なスペースを与えない戦術」は、それはそれで面白い(スペースを消されかけたところで、僅かな隙間を天才的なプレイヤーが切り裂く、という醍醐味もあるので)のだが、ドリブルにしてもパスにしても、相手にやりたいことをやらせた上で、最後の最後で体を張って止める(どちらかと言えばミスで自滅するパターンの方が多かった気もするけど)、というのも見ている側としてはスリリングで面白いものである。

*8:もっとも、モハメド・サラーという世界的大スターを擁しながら開幕戦は大苦戦。決勝トーナメントでも南アフリカ相手にまさかの1回戦敗退で、懐かしのアギーレ監督が一瞬で解任の憂き目にあってしまったので、本来なら今回の開催地になるはずだったカメルーンを恨んだ関係者も多かったかもしれない。

*9:当然、アフリカ大陸内での開催、ということで、コンディション的には決して恵まれているとはいえないから、大会が進めば進むほど、極東から来たチームにはツライ展開になっていくだろうが・・・・。

*10:放映していたメディアがフランス系のメディアだったのは、自分が滞在したのが仏語圏だったからかな、と最初思っていたのだが、You Tubeに流れていた映像も圧倒的に仏語版のものが多かったし、大会のスポンサーもTOTAL。そもそもベスト4に入ったチームのうち3チームはフランスの旧植民地だった国の代表である。

*11:大会自体の開催地はいつも米国本土なので、わざわざスタジアムに足を運ぶ気にはなれないのだが・・・。

*12:ちなみに、アフリカ選手権は今大会も含めて4大会連続で当初予定の開催地を変更。次回も当初予定されていたコートジボワールに代わり、本来2019年の開催国となるはずだったカメルーンがホスト国になる予定である。Draw for 2021 Africa Cup of Nations released | Total Africa Cup of Nations Egypt 2019 | CAFOnline.com参照。2019大会が終わる前に2021大会の予選の組み分け抽選をするのだから、どれだけこの大陸の人たちは国対抗のサッカーが好きなんだよ・・・と思ってしまう。

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