「患者」は「需要者」か?

ライブドアネタが続いたせいで、
予定が遅れたが、最近の判決からネタを一つ。


今年に入って、
「自社が販売するカプセル等の色彩構成と類似した薬剤を販売するのは
不競法2条1項1号の不正競争行為にあたるか」
が争点となった事件の判決が、東京地裁で相次いで言い渡されている。


①事件:東京地判平成18年1月13日(民事47部・高部眞規子裁判長)
②事件:東京地判平成18年1月18日(民事29部・清水節裁判長)
③事件:東京地判平成18年1月18日(民事29部・清水節裁判長)


いずれの事件も、原告であるエーザイ株式会社が、
後発医薬品ジェネリック医薬品)製造販売業者を相手取って提起したものであり、
事案の概要、そして原告の請求棄却という結論も共通している*1


原告側は、薬剤のカプセル、PTPシートの色彩構成を「商品等表示」として、
不競法による救済を求めたのであるが、
単なる色彩の組み合わせをもって「商品等表示」とすることには
従来から疑問が投げかけられているところであり*2
ましてや、

「銀色と白色の2色からなるカプセル」
「銀色地に青色の文字等のデザインを配したPTPシート」

といった程度の単純な配色で*3
保護を受けようとするのは少し無理があったように思われる。


民事29部では、
「商品の配色」を「商品の形態の一要素」とした上で、
本件のカプセル、PTPシートの配色が
「例外的に、商品等表示として特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合」
に該当するための二要件*4を満たさないとして、
「商品等表示」該当性を否定している。


一方、民事47部では、

「医薬品のカプセルやPTPシートは,上記「商品の容器若しくは包装」に当たるから,同号にいう「商品等表示」に当たり得る。」

と一応は原告の主張を立てつつも、
結論としては、同様に先の二要件により「商品等表示」該当性を否定した。


本件においては、

a)「医療用医薬品は、一般消費財と異なり、医師や薬剤師といった専門的な知識を有する者が、その薬効に応じて選択する商品であり、商品の選択に際し、・・・(略)・・・(著者注:一般消費財に比して)、商品の形状や配色が需要者の着目の対象となる程度は著しく低い」こと*5
b)「細心の注意力をもって医薬品を選別すべきことが要求されている医療関係者が、カプセル及びPTPシートの色彩構成から薬剤を識別するのは、誤投薬が生じる危険性の高い極めて不適当な行為であるといわざるを得ないから、原告が主張するような識別がなされているとは考え難」いこと(あくまで識別を補助するものに過ぎない)*6

といった、医療用医薬品という「商品」の特質が
原告に不利に働いているのは否定できない。


また、

c)  被告側が提出した証拠によって、本件商品デザインが「ありふれたもの」であることが立証されてしまったこと*7
d) 後発医薬品の発売が開始されて以降、長期にわたり何ら対策が講じられていないこと*8

といった事情も、明らかに原告側に不利に働いているといえる*9


仮に両事件が控訴されれば、
おそらく、知財高裁の同一部*10で審理され、
統一した論理構成が示されることになるだろうが、
既に述べた部分についていえば、結論が変わるとは思えない。


ただ、知財高裁でどのような判断がなされるか、
興味のある点が一つだけある。


それは、本件において、「患者」が不競法上の「需要者」にあたるか、
という問題である。


本件では、①、②事件ともに、
原告・被告双方が同じような主張を展開しているにもかかわらず、
東京地裁の判断が分かれているように見える。


①事件を扱った民事47部は、
上記争点について明確な回答を示していないが、

胃潰瘍患者が、原告商品を原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成によって他の胃潰瘍治療剤ないし医療用医薬品一般から識別していることを認めるに足りる証拠はない。」

と認定し、「患者」も一応は「需要者」に含まれることがある、
という前提で判断を行っている。


一方、民事29部は、

「上記「需要者」は,当該商品についてのすべての取引段階における取引者を含むものであるが,当該商品の選択をすることができない者は含まないものというべきである。なぜなら,不正競争防止法2条1項1号の趣旨は,上記のとおり,周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより,事業者間の公正な競争秩序を維持することにあるところ,ある商品の形態が当該商品の選択をすることができない者の間で出所表示機能を有したとしても,顧客の獲得には直接結び付かないからである。」

と述べた上で、

「患者は「需要者」に該当するものとは認められない」

と、結論付けている*11


両者の違いは、

「医師等が服用すべき医療用医薬品を指定するに当たり、処方箋に(商品名ではなく)有効成分の一般名称を記載した場合」

といった場面を想定するか否か、という点に由来しているように思われ*12
「商品の選択をすることができるかどうか」という点が
「需要者」性の判断基準となっている点においては、
両合議体とも共通しているといえるから、
上記のような違いは、たいした違いではない、というべきなのかもしれない。


だが、医師等に比べると、薬効や薬の名称に関する知識が乏しく、
求められる注意能力も高くはない「患者」を基準として、
「商品等表示」該当性や「混同のおそれ」を判断できるかどうか否か、
ということは、今後生じるであろう同種の事件*13の帰趨を占う上では
重要な意味を持つと考えられる*14


29部判決で述べられている「需要者」性判断基準が維持されるのか、
そして、それが維持されるとして、
「商品の選択ができる」というためにはどの程度の“選択権”があれば足りるのか、
といった点について、高裁判決で判断が示されれば、
今後の議論の展開も望めるように思われるのである*15


なお、本件は、近年注目を集めている
「購買後の混同」(post-purchase confusion)*16の事例のひとつとして
把握することも可能であるように思われる。


井上教授は、米国において「購買後の混同」法理が適用される場面として、
「購買担当者と「使用者」が分離している事例」を紹介し*17
その中で、このようなタイプの事案においては、
「使用者」を「潜在的な需要者」と評価できるか、が
「購買後の混同」法理の成否のカギになっていると指摘されている*18


「患者」は、形式的には調剤薬局から医薬品を購入しているように見えるが、
実質的には、「購買担当者」である医者の処方箋に基づいて、
処方された医薬品を「使用」する者に過ぎないように思われる*19


だとすれば、直接の「購買者」とは異なる単なる「使用者」(=第三者)として、
「患者」を位置づけた方がより実態に即しているのではないか*20
そして、ここで「使用者たる患者」が、
潜在的な需要者」として「購買者を通じた商品選択権」を有している場合に、
「使用者たる患者」のレベルでの「周知性」「混同のおそれ」を
「需要者」のレベルでの「周知性」「混同のおそれ」の判断に反映する、
という構成にした方が、より実態に即しているのではないか、と思う。


もっとも、現在の不競法の条文から
そのような解釈を導くのは難しいかもしれないし、
そもそも果たしてこの議論に実益があるのか、
は疑わしいところなのではあるが・・・。

*1:なお、②事件と③事件は、被告当事者こそ異にするものの、双方の代理人が同じであり、当事者の主張、判決理由もほぼ共通しているため、以降では①事件と②事件を素材として比較することにする。

*2:田村教授は、(ある程度図案化して用いられる場合を除き)「色彩については、それが独占的に用いられたためにたとえ特定の者の商品であるということを識別する機能を有したとしても、これに商品表示としての保護を付与すべきではない」と述べられている(田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』129頁(有斐閣、2003年)。

*3:もっとも、自分はモノ自体を見たわけではないので、こう断定するのは早計なのかもしれないが。

*4:①「商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していること」(特別顕著性)、②「特定の事業者による長期間の独占的な使用、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者において、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること」(周知性)

*5:②事件において、29部はこれを上記「周知性」要件の充足を否定する理由として用いた。

*6:①事件において、47部はこれを「特別顕著性」要件の充足を否定する理由として用いた。このように、29部と47部とでは、後述する「需要者」の問題以外にも、細かい論理構成において差異が見られ興味深い。これは、上記「周知性」要件と「特別顕著性」要件が相互にどのような関係にあるのか(完全に併存する要件なのか、それともどちらか一方が他方を包含する関係にあるのか等)ということについての理解の違いにも由来するように思われる。個人的には29部判決の方が何となくしっくり来るのだが・・・。

*7:①事件では、「胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品に限ってみても」同じ色彩構成のカプセルが計33商品あることが立証されるなど、のべ100近い商品デザインのサンプルが提出されているようであり、被告側の気合の入り具合が良く分かる。もっとも、②事件では、8つのサンプルのみで同じ結論が導かれているから、そこまでやる必要はなかったのかもしれない。

*8:ゆえに、①事件では「その特徴が希釈化されてしまった」と認定され、②事件では「特別顕著性を喪失した」と認定されることになった。

*9:そもそも、②事件で被告が主張しているように、本件は、原告商品の特許権存続期間が満了したことを受けて、後発品製造業者を「牽制」する目的で提起されたものであるようにも思われ、本件の事実関係の下で、原告側が真に勝算をもって訴訟に臨んでいたかどうかは疑わしい。

*10:大合議とまではいかないだろう・・・。

*11:一応、仮定的に「需要者」に含まれるとした場合の「周知性」要件充足についても判断してはいるが。

*12:47部はこれを想定して「患者」の「需要者」性を肯定したが、29部では特段このような場面に関する言及はなされていない。

*13:本件のような「医薬品」のみならず、専門知識を有する者の“指示”の下で、知識の乏しい者が商品を「購入」するような事例には、等しくあてはまる余地がある。

*14:先述したとおり、本件ではそれ以前に原告に不利な事情が多すぎるため、大きな要素にはなっていないのであるが・・・。

*15:地裁レベルで、形式的にはこの点に関する判断が分かれたことで、高裁で何らかの判断が示されることへの“期待”は一応ある。

*16:米国の判例法理として形成されたもので、神戸大の井上教授は、これを「購買時点で需要者に混同が生じていなくとも、購買時点以降に、被告商品に接した第三者が原告の出所に係る商品であると誤認することをもって、商標権侵害を肯定する考え方」(相澤英孝=大渕哲也=小泉直樹=田村善之編『知的財産法の理論と現代的課題』井上由里子「「購買後の混同(post-purchase confusion)」と不正競争防止法上の混同概念」417頁)と紹介されている。他にもこの論点に触れたものとして、飯村敏明編『不正競争防止法をめぐる実務的課題と理論』(青林書院、2005年)60-65頁などがあるが、本件のような事例は、通常議論の対象となっている「購買後の混同」事例とは若干趣きを異にする。

*17:前掲・425頁。

*18:あくまで米国法理の「紹介」としてではあるが。井上・前掲428頁

*19:市中の医院のように病院と調剤薬局が分離されていない場合はなおさらである。

*20:本件で当事者が行っている主張を読むとなおさらそのように思える。

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