労審発第444号。

今更ではあるが、昨年末に出された労働政策審議会の「「今後の労働契約法制の在り方について」及び「今後の労働時間法制の在り方について」に対する答申」の原文に触れた。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/12/h1227-4.html


細部の表現をぼやかす形になっているのは、この種の答申にありがちなことで、特に使用者側と労働者側の対立が激しく政治マターにもなりやすい労働立法に関してはその傾向が強いのであるが、それでも一応の方向性は見て取れる中身といえるだろう*1

1.労働契約法制

まずは、労働契約法制から。


長年議論のあった労働契約と就業規則との関係等については、以下のようにまとめられている。

2 労働契約の成立及び変更
(2)労働契約と就業規則の関係等
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とし、就業規則で定める基準によることを、労働契約法において規定すること。
就業規則が法令又は就業規則に反してはならないものであり、反する場合の効力について、労働契約法において規定すること。
③合理的な労働条件を定めて労働者に周知させていた就業規則がある場合には、その就業規則に定める労働条件が、労働契約の内容となるものとすること。ただし、①の場合を除き、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働契約の内容を合意した部分(特約)については、その合意によることとすること。
(以上答申4頁。太字筆者、以下同じ。)

以上の文言だけ見ると、いわゆる“定型契約説”的発想を条文化する、という理解で良さそうである。せっかく新たに法律を制定するのだから、個人主義的発想をより徹底化して、個別同意により重きを置く制度設計にすればよかったのではないか、という批判も予想されるところであるが、これまでの集団的規律の下での運用に馴らされてきた使用者・労働者双方の意識を法律一本で急に変えようというのもどだい無理な話だろうから、個別合意(特約)の意義を明記しただけでも、まずは意味がある、と評価すべきではないかと思う。


一方、これまでの花形論点であった就業規則変更法理の条文化については、

(3)就業規則の変更による労働条件の変更
①イ 就業規則の変更による労働条件の変更については、その変更が合理的なものであるかどうかの判断要素を含め、判例法理に沿って、明らかにすること。(同4頁)

とあり、これだけ読むと、この先果たしてどんな条文が出来上がってくるのか、全くもって予想不可能と言わざるを得ない*2


辛うじて、①ロには「労働基準法第9章に定める就業規則に関する手続」が「上記イの変更ルールとの関係で重要であることを明らかにすること」と記されており、周知・意見聴取等の手続きが重要となることが示唆されているが、内容審査の基準や労働組合との協議の要否等、肝心な部分については白紙のままになっているように思われる。


特許法35条の改正の際もそうであったが、考慮要素をいかに並べても、結局「合理性」を終局的に判断するのが裁判所(というかその事件を担当する個々の裁判官)である以上、立法によって法的安定性が格段に高まる、という希望は、やはりただの幻想に過ぎないのであろう。


ちなみに、

①ハ 就業規則の変更によっては変更されない労働条件を合意していた部分(特約)については、イによるのではなく、その合意によることとすること。(4頁)

という一文が明記されたことは、小さな一歩ではあるが、一応の希望にはなりうると筆者は考えている。


なお、解雇(18条の2)及び労働契約の即時解除に関する規定が、労働基準法から労働契約法の規律に移行されるものとして明記されている。


また、整理解雇の要件(要素)の明記と、解雇の金銭的解決の導入については、「引き続き検討することが適当である」とされている。

2.労働時間法制

おそらく、現在世の関心が高いのはこちらの方だろう。


答申においては、まず「1.時間外労働削減のための法制度の整備」として、時間外労働の限度基準に関して一定の努力を求めた後に、「1(2)長時間労働者に対する割増賃金率の引上げ」という項を設け、①「一定時間を超える時間外労働を行った労働者」に「現行より高い一定率による割増賃金を支払うこととすることによって、長時間の時間外労働の抑制を図ること」を使用者に求めている。


続く②では、「割増率の引上げ分については、労使協定により、金銭の支払いに代えて、有給の休日を付与することができることとすること」とあるため、必ずしも企業側に一方的な金銭負担を強いるものではないのであるが、先日のエントリーで述べたように、やはりここで一つの「敷居」ができてしまうことは否めないのであって、このような方策によって、当初の思惑どおり労働時間の削減が図れるか、は疑問が残るところである。


この後、「2.長時間労働削減のための支援策の充実」、「3.特に長い長時間労働削減のための助言指導等の推進」、「4.年次有給休暇制度の見直し」と続いた後に、いよいよ「5.自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設」とくる。


以下、該当箇所を全文引用。

5.自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設
 一定の要件を満たすホワイトカラー労働者について、個々の働き方に応じた休日の確保及び健康・福祉確保措置の実施を確実に担保しつつ、労働時間に関する一律的な規定の適用を除外することを認めることとすること。
(1)制度の要件
①対象労働者の要件として、次のいずれにも該当する者であることとすること。
1)労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること
2)業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること
3)業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること
4)年収が相当程度高い者であること
なお、対象労働者としては管理監督者の一歩手前に位置する者が想定されることから、年収要件もそれにふさわしいものとすることとし、管理監督者一般の平均的な年収水準を勘案しつつ、かつ、社会的に見て当該労働者の保護に欠けるものとならないよう、適切な水準を当分科会で審議した上で命令で定めることとすること
本項目については、使用者代表委員から、年収要件を定めるに当たっては、自由度の高い働き方にふさわしい制度を導入することのできる企業ができるだけ広くなるよう配慮すべきとの意見があった。

ここまでは、新聞報道であったとおりなのだが、筆者が失望を隠せなかったのは次の一文。

②制度の導入に際しての要件として、労使委員会を設置し、下記(2)に掲げる事項を決議し、行政官庁に届け出ることとすること

これでは、極めて使い勝手の悪い裁量労働制とほとんど変わらない。「労使委員会の設置」は実務上は極めて難儀なマターであり、早々簡単にできるものではないからだ。


労働組合がそれなりの力を持っている会社では“屋上屋を架すもの”と激しい抵抗にあうし、労働者が組織化されていない会社では、そもそも労働者代表の選定に苦労することになる。


そうなると、結局この制度が導入できるのは、経営危機にさらされて労働者側が無抵抗に経営側提案を受け容れざるを得なくなった会社や、形式的に労働者代表を選出して形だけの「労使委員会」決議を行うアンモラルな会社だけ、ということになってしまい、まともな会社のホワイトカラーはいつまでも“労働時間”の足枷から脱却できないまま、制度の悪評ばかりが高まる、ということが容易に想像できる*3


この他にも、答申の中には「5(3)制度の履行確保」として、「対象労働者に対する休日の確保を怠ったときの罰則を付すこと」や、「行政官庁が改善命令を出すことができ、それに従わなかった場合には罰則を付すこと」といった具合に、神経質なほど慎重な方策が持ち込まれており、これらの“歯止め策”が企業側の導入のモチベーションをそぐことになるのは火を見るより明らかであるように思われる*4


昨年末以降の大騒ぎがいまだに続いているのかどうかは知らないが、この答申の趣旨を尊重した立法がなされる限りにおいては、この新しい制度も大抵のホワイトカラーにとっては無縁の制度に終わるだろう。


そして、“そもそもの制度趣旨を尊重しない”一部の会社の事例がクローズアップされることで、この制度に隠されたメリットは世の中に理解されないまま葬りさられるのではないか、そう思えてならない。


もちろん、大多数のホワイトカラーにとって、そのほうが幸福なのであれば、制度設計としては決して間違っていないのだろうけど・・・。

*1:本来であれば、答申の背景にある審議会での議論等もあわせて見ていかねばならないところではあるのだが、今回はそんな暇もないので、答申の文言のみを追うことにしたい。

*2:この論点に関する最高裁判決はいくつか出ているが、それぞれ言っていることは微妙に異なるし、論者によって解釈・評価は区々であるのだから・・・。

*3:現在批判されている“裁量労働制の濫用”がまさにそのパターンで生じたものであることは、あえて説明するまでもないだろう。

*4:もちろん、筆者自身もアンモラルな企業に対して何らかの対策を講じる必要性を否定するものではないが、いきなり罰則(どの程度の厳しさになるかにもよるが)規定を強調することにはやはり違和感がある、といわざるを得ない。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html