慎重さが仇になる?〜復刻品における商標使用〜

知的財産権の中でも「商標」は技術的側面が絡まないこともあって、「特許」などに比べると単純、と思われている方が多いのかもしれない。


だが、出願から登録に至るまでの過程は単調でも、いざ侵害の成否だの許諾の要否だの、という話になってくると、使用概念等もからんで、なかなか簡単には答えが出せないことになってくる。


それを如実に表しているのが、以下で紹介する事案である。

東京地判平成19年12月26日(H18(ワ)第20985号(本訴)、H19(ワ)第27767号(反訴))*1

本訴原告・反訴被告: 株式会社久永製作所
本訴被告・反訴原告: 東洋エンタープライズ株式会社


本件は、「CROWN」の商標権を有する本訴原告が、本訴被告との間で設定していた専用使用権設定契約について、

(1)錯誤無効*2(主位的請求原因)
(2)不正使用(商標法53条1項)による債務不履行解除(第1次予備的請求原因)
(3)専用使用権の存続期間満了(第2次予備的請求原因)

を主張して、設定登録の抹消手続きを求めたところ、本訴被告側より、

「本訴被告が本訴原告との間で契約関係にあることの確認」

と、

「同契約に基づく新たな専用使用権の設定登録手続」

を求めて反訴が提起された事案である。


本訴原告が保有する「CROWN」商標は、指定商品を「スライドファスナー」とするものであるが、本訴被告が米陸軍航空隊等の軍用飛行服であるフライトジャケットの復刻品を「Buzz Rickson's」(バズ・リクソンズ)の名称で製造販売するにあたり、「スライドファスナーのスライダーの本来部分表側又はプル部分表側に、「CROWN」との文字を刻印して使用」することになったことから、本訴被告側より本訴原告に使用許諾の申入れが行われることになった。


本訴原告・被告との関係を時系列で見ていくと以下のようになる(争いのない事実及び、裁判所が認定した事実による)。

平成9年9月ころ 本訴被告代理人の野原利雄弁理士が、本件商標の出願代理人であった大橋弁理士と交渉を開始(10月8日文書にて正式申入れ)
平成10年2月21日 専用使用権設定基本契約を締結(対価100万円)
平成10年4月27日 専用使用権設定登録(平成14年6月30日まで)
平成14年7月9日  本件商標の存続期間更新登録


ここまでは一見普通のライセンスのように思われるのだが、問題は平成14年7月に商標の更新がなされた後に発生した。


認定事実によると、

平成15年5月15日 
野原弁理士より大橋弁理士に、専用使用権の再設定登録の手続を要請。
平成15年9月17日
大橋弁理士より本訴被告に対して、本件商標の使用事実の有無の確認。
平成15年10月14日
本訴被告より、スライドファスナーの現物4品、説明書及びカタログを送付。
平成15年10月ないし11月ころ
大橋弁理士から野原弁理士に対し、本訴原告による本件商標の第三者への使用許諾を被告において承諾すること、専用使用権設定に際しての追加契約金として本訴被告が200万円を支払うことを要請(この際に、大橋弁理士より第三者(トイズマッコイ)への許諾と被告への許諾を間違えた旨の話をする)。
平成15年11月13日
野原弁理士より条件提示(本訴被告の承諾があれば第三者に対する使用許諾を行っても良い、追加契約金については100万円の限度で応じる等)。
(交渉しばらく中断)
平成16年5月26日
トイズマッコイ側のわかば国際特許事務所から、大橋弁理士に対して通常使用権設定の許諾を求める提案。
平成16年6月11日
大橋弁理士から野原弁理士に回答(トイズマッコイへの使用許諾について本訴被告側で処理をすることを条件に本訴被告の提案に同意する)、同日わかば国際特許事務所に対しても要望を伝える(今後の打ち合わせは本訴被告との間で行うこと、本訴原告に対して紹介料名目で100万円を支払って欲しいこと等)。
平成16年6月14日
わかば国際事務所と野原弁理士の間で直接の交渉を開始(翌15日、わかば国際事務所から大橋弁理士に契約書案送付、21日訂正案送付)。
平成16年7月6日
わかば国際事務所より、野原弁理士に対する交渉催促。

ということで、ここで第三者である「トイズマッコイ」が登場し、しかも本訴原告側が、最初の段階で本訴被告とトイズマッコイを間違えた、と言い出したことで話がややこしくなってしまった*3


結局、交渉はこれ以上進展せぬまま、平成18年9月21日、本件訴訟が提起されることになる。

東京地裁の判断

それでは、裁判所はここでどのような判断を示したか。


裁判所は、まず本訴原告の主位的請求原因について、上記のような交渉経過を踏まえて、以下のように述べる。

「上記に説示した事実によると、原告は、被告を相手方であると正しく認識し、その上で被告との間で綿密な交渉をして本件契約を締結したのであり、原告に相手方の点について要素の錯誤が生じたとみる余地はない。」(18頁)

原告代表者がどう考えていたかはともかく、代理人である弁理士は、交渉の相手をきちんと認識していたのであるから、錯誤が問題とされる余地はないように思えるし、錯誤があったとしても、何ら表示されていない「動機の錯誤」に過ぎないから、妥当な結論といえるだろう。


一方、第1次予備的請求原因に対する判断については、裁判所は少々寄り道をしすぎているように見える。

「本件では、ファスナーのスライダーの本体部分又はプル部分の各表側に本件商標の刻印が、同裏側に「USA」又は「MADE IN USA」の刻印があるから(略)、「CROWN」と「USA」又は「MADE IN USA」とが全体として一つの商標を構成し、商標法53条1項にいう「登録商標に類似する商標」に当たると認めることは、困難である。」
「しかしながら、プル部分の裏側の「USA」等の表示は、不正競争防止法2条1項13号の原産地等誤認惹起行為に該当する可能性がある」(以上23頁)

他社の製品の復刻品であるからといって、商標法上や不正競争防止法上それを許容する独自の法理があるわけではなく、本件商標の使用等が商標法上又は不正競争防止法上違法か否かは、商標法又は不正競争防止法の規定する各要件を個別に検討して判断するほかはない。」
「被告は、被告商品を復刻品と明示して販売しているから、被告商品の直接の購入者の多くは被告商品を復刻品と正しく認識し、品質の誤認等を生ずるおそれは極めて低いと認められるが、クラウン社のファスナーを使用した正規のフライトジャケットは約40年前まで製造されていたため、数はわずかであるが、実際に使用され、クラウン社製スライドファスナーを使用した米軍フライトジャケットのヴィンテージ品も流通しているから(略)、被告からの直接の購入者であっても、品質等の誤認のおそれはないとはいえないし、直接の購入者から転々譲渡を受けた取得者「post-sales confusion」であれば、品質等の誤認をするおそれは相当高いと認められる。」
(以上23頁)

「本件ファスナーのようにスライダーの本体部分裏側又はプル部分裏側の「USA」や「MADE IN USA」の刻印まで再現した復刻品が不正競争防止法2条1項13号の要件を満たす可能性があることは、被告が本件契約を締結した平成10年2月当時、一義的に明確であったとはいえない。事実、原告は、平成15年10月に「USA」等と刻印された本件ファスナーを被告から受領しながら、そのような中止を求めていなし(注:ママ)(略)、原告が本訴においてそのような使用を問題にしたのも、平成18年11月13日からである(略)。」
「被告は、遅くとも原告が是正を求めたと主張する平成19年3月29日から、金型より「MADE IN USA」及び「USA」を削除する措置を採っており、カタログにおける「クラウン社製スプリングカムロック式」等の表示も取り止める措置をとっており(略)、その措置が不相当に遅延したものとまで認めることはできない。」
(以上24頁)

以上のとおり、本件ファスナーの「MADE IN USA」又は「USA」の表示をとらえて、本件契約の本旨に反する契約違反行為であり、本件契約の解除事由があるとまで認めることはできない。」
(以上24-25頁)

途中のところで、「post-sales confusion」などという先端的な解釈手法を用いながら、最終的には解除事由該当性を否定する、という何とも拍子抜けな展開。


そもそも、「不正使用」に関する主張はともかく、原産地等誤認惹起行為については、本訴原告が“契約解除事由”として主張する筋合いのものではないようにも思われ*4、今後、「復刻品」において、デザインを正確に再現する上で重大な支障を及ぼしかねないような上記説示には、大いに疑問が残るところである。


いずれにせよ、本訴原告が主張していた契約無効ないし解除が全て否定されたことで、「本件契約が有効に存続している」という本訴被告(反訴原告)側の主張が認められ*5、裁判所は、本訴原告側の第二次予備的請求原因を形式的に認めた上で、次のような複雑な主文を用意することになった。

1 被告は、原告に対し、別紙商標権目録記載の商標権について、別紙登録目録記載の専用使用権設定登録の抹消手続をせよ。
2 原告と被告とが別紙契約内容目録記載の契約内容による契約関係にあることを確認する。
3 原告は、被告に対し、別紙商標権目録記載の商標権について、別紙専用使用権目録記載の専用使用権の設定登録手続をせよ。

一見矛盾するような印象を与えるが、専用使用権設定登録は商標権の存続期間ごとに画されることになるから、主文第1項と第3項は両立する。


そもそも論

判旨の詳細についてはともかく、結論としては地裁判決の内容で妥当だと思われるし、事案の性質からして、これにて一件落着、ということになるのではないかと推察されるが、そもそも、本件訴訟は起こるべくして起きた性質のものだったのだろうか?


本訴被告が販売しているフライトジャケットは、http://kakaku.journal.mycom.co.jp/item_info/20618303690220.htmlのようなものらしく、それなりの値段のするもの(したがって第三者の権利を侵害した場合は、損害賠償額が膨らむ性質のもの)なので、他人の商標について慎重な取り扱いが求められるのは間違いない。


だが、商品の写真を見る限り、「スライドファスナー」自体が強調されていたり、別売りになっていたりするような状況ではないように思われる。


本件判決の中で、裁判所は、

「被告は本件商標を本件スライドファスナーの商標として使用しているものと認められる。」

とあっさり認定し、

「被告が被告商品を復刻品であると明示して販売していること(略)は、商標法や不正競争防止法にいう混同を生ずるおそれを否定する方向に働く事実ではあっても、商標的使用を否定する事実とはなり得ない。」(以上、22頁)

と言い切っているが、そもそも「商標的使用」という概念は、「(出所識別性のある標識として)混同を生ずる恐れがあるか否か」の判断に対応して用いられるべきものなのだから、上記説示の意味するところはどうもよくわからない*6


更に言えば、本訴被告が製造販売している商品は「フライトジャケット」であって、「ファスナー」そのものではないのだから、「CROWN」という商標の商標的使用自体は認められるとしても、それが「スライドファスナー」の区分における使用といえるか、については争う余地があったように思われる。


おそらく、商標に対する意識が高い本訴被告は、同じく商標権侵害リスクへの意識の高い弁理士に相談し、あえて、商標権者に使用許諾を申し入れる、という選択をとったのだろう*7


だが、結局はそのような慎重さが裏目に出て、今回のような事態に至ることになってしまった*8


商品名そのものは他者の商標に抵触しないが、それを構成する部材やパッケージデザイン等に記載された文字やマークが他者商標に抵触する可能性がある場合に、権利者側に積極的に申入れを行うべきかどうかは、許諾を受ける立場の会社の担当者としては相当に迷うところである。


筆者自身は、「リスクは意識しつつ、相手が何か言ってくるまでは様子を見る」派、なのであるが、「本当に大丈夫か?」と当の事業部門に再三いわれて、やむなくお伺いを立てにいったことも何度かある。


何も見ずに前に進むのは無謀だが、あまりに慎重すぎても時に裏目に出る・・・


本件は、そんな事例の典型として、学ぶべきところが多いものといえるだろう。

*1:第40部・市川正巳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080107163936.pdf

*2:本来許諾しようとしていた相手と本訴被告とを間違えて契約してしまったことによる錯誤無効。

*3:加えて「トイズマッコイ」が専用使用権と両立しない「通常使用権設定許諾契約」(しかも登録特約付)を求めてきたことで、事態は泥沼化することになったものと思われる。

*4:復刻品のモデルになった会社が訴訟を提起したり、ファスナーの製造メーカーが訴訟を提起した場合ならまだしも、商標権者が商標の専用使用権設定契約の解除事由として主張すべき話ではない。あくまで、「専用使用権者である本訴被告が品質誤認を招くような使用を行ったことによって、商標権者が不正使用取消のリスクを負う」ことが問題なのであるから、商標法53条1項該当性が否定された時点で、「解除事由なし」という判断はできたように思われる。

*5:なお、「特約がない限り、存続期間満了をもって自動的に使用許諾契約も終了するわけではないと解釈する方が、契約の目的に沿うことが多い」(田村善之『商標法概説〔第2版〕』423頁(弘文堂、2000年))という解釈がここでも当てはまると考えられるものの、契約文言上は、商標権の存続期間満了をもって契約が終了することとされていたのだから、この点についても判決で一言触れて欲しかったところである。

*6:「復刻品」と表示して販売していたことが、一種の「打ち消し表示」として働くか否かを判断して結論を導くのが、本来の在り方ではないかと思われる((田村・前掲155頁以下参照。

*7:本件では本訴原告側から本訴被告側に何らかの積極的なアプローチがなされた事実は認定されていない。

*8:仮に訴訟に至らなくても、最初の専用使用権設定時に100万円、更新時に200万円を請求してくるような本訴原告の態度は、正直いかがなものかと思う。

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