先月コンピューターウィルスを作成した大学院生を特定、摘発した京都府警。
“Winny”とはスケールの違う話だし、「ウィルス作成」という行為が、“誰が見ても迷惑な話”であるのは間違いないので今回府警がバッシングを受けることはないだろうが、それでもいろいろとケチを付けたがる人はいる。
日経新聞夕刊のコラム、「ニュースの理由(わけ)」に掲載されていた記事(坂口祐一編集委員)に載っている以下のようなコメントがその典型なわけで。
「著作権法の適用はいわば別件逮捕。現在、合法状態にある悪意あるウィルスの作成や配布に対する処罰規定が必要」(ネット犯罪が専門の園田寿・甲南大法科大学院教授)
後段については確かにそのとおりなのだが、前段の「別件逮捕」という表現はどうか。
今回の件で、「コンピュータウィルス作成行為」そのものへの適用が検討されたのは、毀棄罪(器物損壊罪)や業務妨害罪(特に電子計算機損壊等業務妨害罪)なのであるが、刑法でこれらの条文を見ると、
(電子計算機損壊等業務妨害)
第234条の2 人の業務に使用する電子計算機若しくはその用に供する電磁的記録を損壊し、若しくは人の業務に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与え、又はその他の方法により、電子計算機に使用目的に沿うべき動作をさせず、又は使用目的に反する動作をさせて、人の業務を妨害した者は、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
(器物損壊等)
第261条 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。
と、最高でも5年の懲役にとどまる。
第119条 著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者(第30条第1項(第102条第1項において準用する場合を含む。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者、第113条第3項の規定により著作権若しくは著作隣接権(同条第4項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第120条の2第3号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者、第113条第5項の規定により著作権若しくは著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者又は次項第3号若しくは第4号に掲げる者を除く。)は、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
と、実に最高「10年」の懲役に値することになる、というのは周知のとおりであろう。
要するに、仮に現行刑法の解釈によって「ウィルス作成行為」に刑法規定を適用しうるとしても、「別件、別件」と言われている、「クラナドの一場面を改変した静止画像を用いた行為」の方が、「ウィルス作成行為」よりも遥かに重いもの、と我が国の刑事法上は評価されることになるのであり、そうなると、どっちが「本件」でどっちが「別件」なのか、という話にもなってくる*1。
“間接侵害”行為を行ったに過ぎず、著作権法違反の責任を問うこと自体に問題があったWinny開発者とは異なり、今回のケースでは、アニメの画像をそのまま複製・翻案しているのであるから、著作権侵害罪の構成要件も間違いなく満たしている。
にもかかわらず、著作権侵害行為が“軽視”されて論じられているように見えてしまうあたりに、この国の人々の“本音”が垣間見えてなかなか興味深い。
松本零士氏や三田誠広氏なら、「著作権に対する意識の低さを象徴するもので実に嘆かわしい」とおっしゃられるかもしれないが、逆に、ネットユーザーに重大な不利益を被らせる「ウィルス作成行為」よりも、遥かに強力な刑事罰規定を有してしまっている著作権法の方がおかしいのではないか*2、という意見も当然出てきて然るべきだろう。
適正な法定刑を模索する上での一つのモデルケースになるのか、それとも、更なる法定刑インフレの先駆け的事象になってしまうのか、筆者には知る由もないが、いずれにせよ冷静な議論を望みたいものだと思う。
*1:法定刑と実際の量刑相場との間には少なからず乖離が生じているし、「本件」の方が「別件」より重くなければ「別件逮捕」にはあたらない、というわけでもないのだろうから、あまり意味のある批判ではないといわれればそれまでなのであるが。なお、講学上「本件」が成立しないことには「別件逮捕」も成立しえないことについてはKTSK氏の記事(http://kiyosakari.blog105.fc2.com/blog-entry-56.html)のとおりだと思う。
*2:そもそもつい最近まで懲役3年が上限だった同法の処罰規定が、ここ数年、必ずしも世の中の規範意識を反映しない形で一気に引き上げられてきたのは記憶に新しいところだ。