昨年夏の旧長銀粉飾決算事件に続いて最高裁で弁論が開かれ、破棄自判による無罪判決が出る、というのが大方の予想だった旧日債銀粉飾決算事件。
だが、最高裁が下した判断は意外なものであった。
「旧日本債権信用銀行(現あおぞら銀行)の粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪に問われた元会長、窪田弘被告(78)ら旧経営陣3人の上告審判決で、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は7日、3人を有罪とした二審・東京高裁判決を破棄、審理を同高裁に差し戻した。」(日本経済新聞2009年12月8日付朝刊・第42面)
長銀の逆転無罪判決の時は、非常に印象的な結末だったこともあって、ちょっぴりブログでもコメントを残していたりしたのだが*1、柳の下にドジョウは二匹もいなかった、ということだろうか。
長銀事件のそれと比べながら、判決を少し追ってみることにしたい。
最二小判平成21年12月7日(H19(あ)818号)*2
「被告人Aは株式会社日本債券信用銀行(以下「日債銀」という。)の代表取締役会長であった者,被告人Bは日債銀の代表取締役頭取であった者,被告人Cは日債銀の代表取締役副頭取であった者であるが,被告人3名は,共謀の上,日債銀の業務に関し,平成10年6月29日,大蔵省関東財務局長に対し,日債銀の平成9年4月1日から平成10年3月31日までの事業年度(以下「平成10年3月期」という。)の決算には2205億700万円の当期未処理損失があったのに,取立不能のおそれがあって取立不能と見込まれる貸出金合計1592億3300万円の償却又は引当をしないことにより,当期未処理損失を612億7400万円に圧縮して計上した貸借対照表,損益計算書及び損失処理計算書を掲載するなどした同事業年度の有価証券報告書を提出し,もって,重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した」
という公訴事実をめぐって争われたこの事件。
検察官が、
「後記資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準が,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)32条2項にいう「公正ナル会計慣行」としては唯一のものであって,これによれば日債銀には平成10年3月期には公訴事実記載の未処理損失がある」
旨を主張し、第一審、控訴審ともにこの主張を入れて、被告人らに執行猶予付き有罪判決を下していた(控訴審では被告人の控訴を棄却していた)点では、本件も長銀事件と何ら変わりがない。
そして、「公正ナル会計慣行」とは何か、という争点に対して、最高裁が原審の判断を否定した点についても同じである。
「資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準は,償却・引当については,有税・無税にかかわらず,同基準の定める額を引き当てることを求めるものであるが,その前提となる貸出金の評価については,金融機関がその判断において的確な資産査定を行うべきことが強調されたこともあって,大枠の指針を示す定性的なもので,その具体的適用は必ずしも明確となっておらず,また,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準が,合理的な再建計画や追加的な支援の予定があるような支援先等に対する貸出金についてまでも同基準に従った資産査定を厳格に求めるものであるか否か自体も明確ではなかったことが認められる。」
(略)
「資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準は,特に支援先等に対する貸出金の査定に関しては,幅のある解釈の余地があり,新たな基準として直ちに適用するには,明確性に乏しかったと認められる上,本件当時,従来の税法基準の考え方による処理を排除して厳格に前記改正後の決算経理基準に従うべきことも必ずしも明確であったとはいえず,過渡的な状況にあったといえ,そのような状況のもとでは,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によって支援先等に対する貸出金についての資産査定を行うことも許容されるものといえる。」
「そうすると,本件当時,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準に従うことが唯一の公正なる会計慣行であったとし,税法基準の考え方に基づく会計処理を排斥し,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準の定める基準に従って日債銀の貸出金の評価をし,平成10年3月期決算において日債銀に2205億700万円の当期未処理損失があったとした原判決は,その点において事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものであって,破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。」
(以上、10〜14頁)
長銀事件におけるこれに対応する判旨が、
「資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準は,特に関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関しては,新たな基準として直ちに適用するには,明確性に乏しかったと認められる上,本件当時,関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関し,従来のいわゆる税法基準の考え方による処理を排除して厳格に前記改正後の決算経理基準に従うべきことも必ずしも明確であったとはいえず,過渡的な状況にあったといえ,そのような状況のもとでは,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によって関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定を行うことをもって,これが資産査定通達等の示す方向性から逸脱するものであったとしても,直ちに違法であったということはできない。」
と、専ら長銀の融資先であった「関連ノンバンク」への貸出金の資産査定、というところに限定して論じられていたものであったことを考えると、「関連ノンバンク」という枠を超え、支援先一般への貸出先の資産査定についても、
改正後の決算経理基準の「公正ナル会計慣行」が唯一のものではなかった、とする今回の判決の判旨の方が、より広い射程を有している、といえるだろう。
その意味で、今回の判決は長銀事件の判決から、さらに一歩踏み出したもの、と評価することも可能であるように思う。
だが、今回の判決は、ここで終わらなかった。
「ところで,税法基準による貸出金の評価は,債務者区分という概念を介在させることなく個別に?分類かどうかを判断するものといえるが,合理的な再建計画や追加的な支援の予定があるような支援先等については「事業好転の見通しがない」とすることは原則として適当でないとする処理を前提に,貸出先が上記のような支援先等に当たる場合には,原則としてこれらに対する貸出金等を回収不能と評価せず,償却・引当をしないという考え方に基づくものといえ,これからすれば,母体行主義の下において原則として支援が求められる関連ノンバンクなど,上記のような貸出先に当たる取引先については「事業好転の見通しがない」とはいえず,これに対する貸出金につき償却・引当をしなくても直ちに違法とまではいえないことになる。しかしながら,本件貸出先は上記のような関連ノンバンクではなく,原則として支援が求められる貸出先ということはできない。また,原判決によれば,前記(略)記載のとおり,D及びFについては,日債銀において現に支援している状況にあるとはいえず,平成9年には各社及び日債銀を含む主力関係金融機関においていずれも整理せざるを得ないことが共通の認識となってはいたものの,平成10年3月期における多額の償却・引当を避けようとする日債銀の意向から特別清算申立て予定の公表が延期されるなどしたというのであり,H等13社及びI等5社については,不良資産の受皿会社であって,独立企業としての実態はなく,再建計画や支援の機関決定はあるにしても,償却回避のための形ばかりのものであったり,主たる目的が監査法人向けのものであるなど,支援意思や再建計画が真意かどうか疑念を抱かせるものであったというのである。これらの原判決が認定した本件決算処理の経緯等によると,上記の貸出先が前記の税法基準の考え方により「事業好転の見通しがない」とすることが適当でない取引先に当たると直ちにいうことには疑問があるところ,原判決は,あくまで資産査定通達等によって補充された改正後の決算経理基準が唯一の基準であるとして債務者区分を行い,貸出金を査定しているものであって,従来採られていた税法基準の考え方に従って適切に評価した場合に,これらの貸出先が「事業好転の見通しがない」とすることが適当でない取引先に当たるかどうか,これらに対する本件貸出金が回収不能又は無価値と評価すべきものかどうかについては必ずしも明らかとはいえず,その点について,その当時行われていた貸出金の評価や他の大手銀行における処理の状況をも踏まえて,更に審理,判断する必要がある。」(14〜15頁)
要するに、改正後の決算経理基準が唯一の基準、というわけではないが、それ以前のいわゆる「税法基準」によったとしても、日債銀の償却・引当方法が適切なものといえるかどうかには疑問があるので高裁に差し戻す、というのが今回の判決の結論なのである*3。
問題となった決算が発表されてから10年以上も経っている今、古い基準に照らして会計処理が適切かどうか、を判断するというのは、非常に後ろ向きな作業のように思われるし、検察官がこれまで一貫して改正後の基準に基づく主張を展開してきたことからすると、古い基準の下で被告人らの行為の違法性を立証しようとしても、十分にそれができるだろうか、という疑念もわいてくる。
日経紙のこの日の社説では、「「有罪方向での差し戻し」に思える」とまで言われてしまっているが、今回の判決に、下級審をそこまで縛るような判断が示されていないことからすれば、この先どうなるか、は何ともいえない、ということになろう。
だが、同じような事件について、かたや完全無罪、かたや差し戻し、と結論が分かれた意味はやはり大きい。
金融界における中心的な地位をある程度キープし、安定した取引先も確保できていた次男坊とは異なり、系列以外の取引先にも幅広く手を伸ばさざるを得なかった、という三男坊の宿命が結論に影響を与えているのだとしたら、ちょっと気の毒な気もするのだが・・・。
まずは差し戻し後の裁判所の判断に注目したいところである。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080729/1217436151
*2:第二小法廷・古田佑紀裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091207165713.pdf
*3:古田佑紀判事の「税法基準の考え方によって評価することが許容されていたとしても,その方法等が税法基準の趣旨に沿った適切なものでなければならないことはもとよりである。」という補足意見に、今回の多数意見の意図するところが明確に表れているように思われる。