形式的解釈か、それとも・・・

そんなに騒がれることもなく、最高裁HPにさりげなくアップされた「ラーメン店「我聞」」事件の東京地裁判決。
だが、パブリシティ権関係の実務に携わっている方々にとっては、ある意味衝撃的、といえる判決かもしれない。


ラーメン店の運営会社等を相手取って訴えを提起した芸能プロダクションが、完膚無きまでに叩きのめされたこの事件。どこに判断のキモがあるのか、以下で見ていくことにしたい。

東京地判平成22年4月28日(H21(ワ)12902号)*1

原告:株式会社365
被告:株式会社KNOS、株式会社RPJ、Y


本件は、

「俳優,タレントであるAに係る専属実演家契約上のマネジメント業務権を有すると主張する原告(芸能プロダクション会社)が,被告らが原告に無断でAの芸名や肖像等を使用してラーメン店(タレントショップ)を経営したことによってAに係るパブリシティ権を侵害されたとして,被告らに対し,共同不法行為による損害賠償請求として2303万8974円及びこれに対する不法行為の後である平成19年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案」

である。


被告らが運営していたラーメン店は、「我聞」という名称で全国に7店舗展開していた・・・(ただし、平成19年3月25日までに閉店している)、と聞けば、このタレントAが誰かはすぐにわかることだろう*2


原告は、Aに係るパブリシティ権を原告が専属実演家契約上有することを前提に*3、被告らが

「原告に対する事前の提案も事業説明も一切なく,無許可で,平成17年4月から平成19年3月25日まで,Aの芸名,肖像等を最大限に利用したラーメン店「我聞」を全国的に経営展開した。」

ことが、原告が前記契約上有する、Aに係るパブリシティ権を侵害するものである、と主張した。


だが、裁判所は、前記「専属実演家契約」の規定内容が、

第3条(独占的許諾)
(1) Aは,第4条によりAが行う歌唱,演奏,演技その他の実演(以下「実演」という。)の録音,録画,放送,有線放送及び衛星放送(以下「録音・録画等」という。)並びにその一切の利用については,アップ・デイトに対してのみ独占的に許諾します。また,アップ・デイトが第三者にAの実演の録音・録画等及びその一切の利用を許諾することを承諾します。
(2) アップ・デイト及びAは,Aの氏名(芸名,通称等を含む。),写真,肖像,筆跡及び経歴等についての権利を共有するものとし,その処分や使用については,すべてアップ・デイトの判断と指示に基づいて行うものとします。


となっていることを捉え、

「上記(第3条)(1)項の趣旨は,Aが実演家として行う実演に係る権利について,アップ・デイトに独占的に許諾したものであると解される。そうすると,続く(2)項において,氏名,写真,肖像等の「処分や使用については,すべてアップ・デイトの判断と指示に基づいて行う」とあるのは,(1)項の実演に関係する氏名,写真,肖像等の「処分や使用」について定めたものと解するのが相当である。(12頁)

と解した上で、原告が前記請求の法的根拠として主張していた

第6条(権利の帰属)
「本契約の有効期間中に前2条の業務により制作された著作物,商品その他のものに関する著作権,商標権,意匠権パブリシティ権,所有権その他一切の権利は,本契約又は第三者との契約に別段の定めのある場合を除き,すべてアップ・デイトに帰属するものとします。」

という権利帰属規定も、

「Aがアップ・デイトに独占的に許諾した対象は,Aの実演に係る権利に関係するものであり,第6条によりアップ・デイトに帰属することとされる権利も,上記実演((1)〜(5))及び実演家であるAの活動に関係する上記(6)〜(10)の業務(((6)は「取材・撮影、会見」等への出演、(7)は「作詞・作曲、編曲、プロデュース」等の業務」、(8)は「執筆等の業務」、(9)は「Aの実演、氏名、写真、肖像、ロゴ及び意匠等を用いた各種の商品の企画等に関する業務」、(10)は「その他前各号の業務に付随する一切の業務」である。))に関するものをいう趣旨と解するのが相当というべきであり,実演家の活動とは直接の関係を有しない店舗の経営にまで及ぶものと解することはできない。」(13頁)

と解したのである。


こうなると、いかに原告が前記アップ・デイト社から契約上の地位を取得しているといっても、

「被告らがAの芸名や肖像等を使用してラーメン店を経営したことが,原告の上記契約上の地位ないし権利を侵害
するものということはできない。」

という結論になるのは明白であろう。


そして、判決ではさらに進んで、「被告らがA本人の許諾を受けてラーメン店の宣伝、広告のためにAの氏名、肖像等を利用していたこと」*4を認定し、

仮に同契約の効力がラーメン店の経営に及ぶとしても,同契約の効力は第三者である被告らには及ばない。そうすると,被告らがAの許諾を得て,Aの芸名や肖像等を使用してラーメン店「我聞」を経営することは,自由競争の範囲内の行為というべきであるから,これが不法行為を構成するというためには,被告らの行為が自由競争の秩序を逸脱したような場合に限られるというべきである。」
「しかるところ,本件全証拠によるも,被告らに自由競争の秩序を逸脱した行為があったものと認めることはできない。」
「したがって,上記の点からも,被告らによるラーメン店「我聞」におけるAの氏名,肖像等の使用が,原告又はエターナル・ヨークに対する不法行為を構成するということはできない。」
(14頁)

と、完膚無きまでに原告の請求を退けたのである*5

東京地裁判決のキモ

さて、この判決をどう見るか。


本件で原告の主張とされた「専属実演家契約」には、確かにドラフティング上、巧くないところがある。


文言を素直に読めば、プロダクション側に「帰属」する、とされているのはあくまで、「プロダクションがAに指示した業務又はプロダクション自身の業務により制作されたものに関するパブリシティ権」であるから、「現に制作されたCD、DVD、放送番組、書籍等とは直接関係しない企画」についての「パブリシティ権」までプロダクションに帰属する、と解釈するのは困難なのは間違いないところ*6


それゆえ、本件判決を、契約文言にとらわれた「形式的解釈」を行った判決、と理解し、ドラフティングによって本判決の結論を乗り越えよう、という考え方が出てきても不思議ではない*7


だが、本当にそれだけの「形式的な」話なのだろうか・・・?



これまで、芸能人のパブリシティ権侵害が訴訟で争われたケースというのは、大抵が「芸能人本人の意向に反してパブリシティが悪用された」類型のもの*8がほとんどであった。


プロダクションが原告になっているものもあるかもしれないが、その手の事案も多くは芸能人本人の意向に反して被告の行為が行われたもの(例えば投稿雑誌等)だと思われる。


しかし、本件は芸能人本人(A)が、被告と一体となって積極的に自らのパブリシティを活用しようとした点において、前記類型とは大きく異なる類型の事件である。


これは、プロ野球選手が氏名、肖像の使用をめぐって球団側と争った有名な事件(知財高判平成20年2月25日)*9の類型にむしろ近い。


本ブログの読者であればご存じのとおり、「プロ野球選手対球団」事件の知財高裁判決では、

「本件契約条項により,商業的使用及び商品化型使用の場合を含め,選手が球団に対し,その氏名及び肖像の使用を,プロ野球選手としての行動に関し,独占的に許諾したものと解するのが相当である」(221頁)

と、選手側の主張を退ける判断が示されている。


だが、同判決が、「プロ野球選手としての行動」と「純然たる私人としての行動」を区別し、カッコ書きで、

(なお,上記のとおり純然たる私人としての行動についての権利は選手個人に留保されているから,選手から球団に上記権利が譲渡されたとまで解することはできない)(221頁)」

と判示したことは看過できないだろう。


ユニフォームを脱げば「私人」という観念で割り切れるプロ野球選手とは異なり*10、芸能人の場合、ちょんまげを結っていようが、ジーンズを履いていようが、四六時中すべて“芸能人”という考え方もあり得るわけで、「公」と「私」の線引きは容易ではない。


それゆえ、裁判所は、「(芸能人の)実演に係る」という線引きを施すことで、「人格権に由来する権利として,当該著名人が排他的に支配する権利」たるパブリシティ権をプロダクション側が独占的に行使することを戒めた・・・と理解することも可能なのではないか。


となると、いかに技巧的にプロダクションに帰属する「パブリシティ権」の範囲を広げたところで、「私」に属する領域についてまで、芸能プロダクションが差し止めたり、ロイヤリティを取得しようとすることは認められない、という限定解釈が加えられる可能性は当然出てくる*11


また、本判決が、「仮に同契約の効力がラーメン店の経営に及ぶとしても,同契約の効力は第三者である被告らには及ばない」と述べているくだりは、いかにパブリシティ権の「帰属」を定めたところで、芸能人本人以外の者が、著作権や商標権のような“物権的権利”として第三者に対してそれを行使することはできない(あくまで芸能人本人を出発点とした“二重許諾の対抗問題”としてしか処理することはできない)ことを意味するわけで、これも契約による処理の限界を感じさせる。


今後、知財高裁でまた違う論理が展開される可能性もあるが*12、それまでの間に実務がどのような動きを見せるのか、気になるところである。

*1:民事第40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100506180823.pdf

*2:少なくとも、初期の「天までとどけ」が何気に好きだった自分にはよく分かる(笑)(ドラマ的には途中のシリーズから“消えた”感じだったけど。

*3:Aとの専属実演家契約の締結主体(芸能プロダクション)が変遷していることもあって、この辺は若干複雑なのだが、詳細はここでは割愛しておく。

*4:というか、A自身がラーメン店の経営に関与していたことまで判決は認定している。

*5:なお、本件原告が「我聞」高松店が入っていた「高松拉麺築港」の管理・運営会社を訴えた事件の判決(東京地判平成22年4月28日・H21(ワ)25633号、請求棄却)(第40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100506180523.pdf)には、「エターナル・ヨーク(原告が地位を承継する前の芸能プロダクション)は,KNOS及びAに対し,平成18年5月25日付けで,ラーメン店「我聞」にAの氏名,肖像等を使用することを許諾する旨の「肖像等使用許諾書」(乙10)を交付している」という事実が登場してくる(原告の主張、8頁)。その後原告は,KNOSに対し,約束違反を理由として,平成21年2月26日付けで上記許諾の効力を白紙解消する旨通告したそうだが、この辺の「いったん許諾を与えた」というあたりも原告の弱い部分だったと言えるのかもしれない。

*6:もし、ラーメン店の名前が「次男坊・信平ラーメン」だったら、原告が権利主張することも可能だったかもしれないけど(笑)。

*7:大塚先生のブログの本判決へのコメントなど。http://ootsuka.livedoor.biz/archives/52045156.html

*8:例えば、最近では「コムロ美容外科」事件など(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090108/1231636166)。

*9:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080303104615.pdf

*10:著名選手ともなればそうもいかないかもしれないが・・・。

*11:もちろん、芸能人本人が所属プロダクションと真正面から喧嘩したらどうなるか、ってことは、これまでの歴史が証明していて、加勢大周鈴木あみも「裁判には勝ったがその後は・・・」という現実があることは否定できないのだが・・・。

*12:そもそも「ラーメンタレント」というAのキャラクター自体が、「実演に係る制作(物)」の一つに過ぎない、という主張の組み立て方もあるのではないかと思う(それでも、さらに進んで“対抗問題”の理屈を克服するのは容易なことではないが)。