搭乗者に罪はない。

連日同じような話題で恐縮だが、日本政府が気合を入れて飛ばしたチャーター便の話。

「中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大を受け、現地に滞在していた邦人206人を乗せた日本政府の最初の民間チャーター機が29日午前、武漢から羽田空港に到着した。政府は第2陣となるチャーター機を同日夜にも日本から派遣する方向で調整しており、残る邦人の退避を急ぐ。」(日本経済新聞2020年1月29日付夕刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

この話、最初に飛ぶことが決まった時は、SNS上ですら(現政権の施策としては)珍しく称賛の声であふれるくらい良いニュースだったのだが、当然ながら、搭乗者の中には既に新型肺炎に罹患している人もいて、到着早々病院搬送、それ以外の人も検査、という報道が流れた頃から、ちょっと雰囲気が怪しい感じになってきた。

海外関係の仕事にはそれなりに長くかかわっていて、自分自身、仕事でもプライベートでも頻繁に日本と海外を行き来していたから、こういう事態に巻き込まれた時の判断がいかに難しいか、というのは身に染みて分かっているつもりではある。

日本でああだこうだ言われていても、現地に行ってみたら拍子抜けするくらい何も起きてない、ということは日常茶飯事だったし、逆に日本では全く報道されていないようなところで、不穏な空気が漂っている状況に遭遇したこともある。

たかだか数日、長くてもせいぜい一週間程度しか現地にいない者ですら、そんなふうに違和感を抱くのだから、現地に長く駐在している人にとって、そういった”温度差”は半端ないくらい大きなものだろうと思う*1

だから、日本で「現地で何かが起きた」という報道に接した場合でも、一方的な指示を出す前に極力現地の生の声を聞いて判断しろよ、って話を良くしていた。

メディアがどんなに騒ごうと、時には伏魔殿のようなところからお問い合わせが来ようと、今まさに現地にいる人が「大丈夫」と言ってるならそれを信じればいいんじゃん、というのが基本的なスタンスだし、通信環境の向上で、現地と連絡を取って状況をモニタリングし続けることもやろうと思えばできるのが今の時代。

下手に慣れない動きをさせることにより生じるリスクまで考えると、深刻な状況のように思える時であればあるほど、「現地に任せる」のが間違いなく最善のリスク管理だと自分は思っている。

だが、残念ながら、規模の大きな会社になればなるほど、「自分たちの正常な感覚だけでは決められない」のが今の世の中。

そうでなくても、「危機管理」の観点から、いろんなところに目配りをして”ちゃんとやってる感”を出さなければいけない上に、上層部に神経質な人がいるとそれに輪をかけて、やることなすことが全て「手堅い」(とされている)方向にシフトしていくことになる。

その結果、現地に滞在している人にしてみれば、極めてナンセンスな指示を出さないといけなくなることだって現実にはあるし、悲しいかなそれが、今の日本の大企業を取り巻く現実だったりもする・・・。


今回、最初のチャーター機に搭乗されていた206名の方の中には、何が何でも今日本に帰ってこなければならない事情があった方もおそらくいらっしゃったのだろうし、封鎖された武漢エリアで心細い思いをしていた方も相当な数はいらっしゃったはず。

ただその一方で、会社からの「何が何でもそれに乗れ!」の指示に従って、後ろ髪をひかれる思いで帰国の途につかれた方も決して少なくはなかったのではないかと推察するところで、そんな状況で、仕事の整理も満足にできないまま慌ただしくチャーター便に飛び乗って、やっとこさ日本に帰ってきたのに、会社にはしばらく出社できないし、周囲も何となく冷ややか、という状況に置かれてしまうのだとしたら、気の毒以外の何ものでもないわけで・・・

自分は武漢には行ったことがないので、かの地の商業、飲食事情や医療事情等についてはメディア経由で入手できる程度の情報しか持っていない。

ましてや、この非常時に当地で何がどうなっているかなんて知る由もなかったりするのだが、今はもはや、海外の主要都市との比較で、「とにかく日本に帰ってくれば安心」という時代ではないのも事実だから*2、何が何でも全員引き上げさせろ、というのは、もしかしたらちょっとズレた発想なのではないか、と思ったりもしている。

でも、だからこそ、いろんな事情でチャーター機に乗った人たちは温かく迎えて挙げないといけないと思うし、発症しても、適切に治療する限りは、死にまで至る可能性は低い、という傾向も見えてきている今、ああだこうだ過敏に騒ぐ必要もないと思うわけで。

今のところ、週の初めに胸をよぎったほどひどい状況ではない一方で、ちょっとずつ増えていく国内感染者数の話題とそれにまつわる流言飛語もなかなか落ち着かない。そんな状況ではあるのだけれど、だからこそ、今日日本に降り立った帰国便の搭乗者たちに罪はないし、それはこの後何本チャーター機が飛ぼうが同じことなんだ、ということだけは、強く叫んでおきたいかな、と思った次第である。

*1:よく駐在している人と話をすると、「そんなことばかりでもう慣れた」という答えが返ってくることが常だったから、違和感を通り越して達観している人も多いのかもしれないが。

*2:特にアジアの大都市の、駐在員がかかるような医療機関は、医師や設備のレベルに関しては日本をはるかに凌駕しているところもあったりするから、十数年前の感覚で状況を捉えようとすると、ピント外れな発想になってしまうところも多分にある。

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