重大事にされてしまった「成年年齢引き下げ」に思うこと。

4月の1日、といえば、学校関係は年度替わり、代替わりということでそれなりのイベントがあるところも多いし、会社によっては新たな決算期、ということで「気持ち新たに」ムードを押し付けられがちなタイミングでもある*1

そして、例年なら季節の風物詩的な「入社式のトップ訓示」が紙面を飾ってシャンシャン、というのがこの日の常だったのだが、今年に関してはちょっと異なる様相になっていた。

改正民法が1日施行され、成人年齢が20歳から18歳に下がった。18、19歳も十分な判断力があると扱われ、親の同意なく携帯電話の購入や賃貸住宅への入居といった契約を結べるようになる。明治以来140年以上続いてきた「大人」の定義が変わる。」(日本経済新聞2022年4月1日付朝刊・第1面、強調筆者)

日経紙に限らず、メディア各社がこぞって取り上げた「成人(正確には成年)年齢の引き下げ」

この日の記事だけでなく、3月の半ばくらいから断続的に、問題提起型の、危機感をあおるような記事の掲載があちこちで見られたのも実に印象的だった。

民法の規定で言えば、総則~人~行為能力の節で、

(成年)
第四条 年齢二十歳をもって、成年とする。

という規定が

(成年)
第四条 年齢十八歳をもって、成年とする。

と変わったに過ぎない*2

さらに言えば、この改正が成立したのはまだ時代が「平成」だった2018年の通常国会で、遡ること実に4年も昔のことである。

その後、細かいところで多少のくすぶりはあったものの、3年前の今頃には既に『一問一答』も世に出されていて、今年の4月1日から今の形で施行されることは、とっくの昔に既定路線になっていた。

どれだけ長く周知のための期間を設けたところで、施行の日が迫るまではなかなか盛り上がらない、というのは今回の話に限ったことではないが、とっくの昔に議論が決着し、整理がついているはずの事柄がここにきてまた蒸し返されているのを見ると辟易するというか、何というか・・・


自分はかねがね、単純に年齢だけで線を引いて「成年」の定義を定め、未成年者の行為能力を一部制限する、ということ思想自体が、過剰なパターナリズムの発露に他ならないと思っていたから、今回の引き下げは、歓迎されるべきことでこそあれ、懸念されるような要素は何一つない、と思っている。

だって、「18歳」って、立派な大人ですよ?

このブログの読者の皆様の中には、「成年」から20年、30年くらい経っている方々もざらにいらっしゃると思うのだけれど、「当時と比べて自分の判断能力は成熟した!」と胸を張って言える方が果たしてどれだけいらっしゃるのだろうか? 少なくとも自分にはそう言い切れる自信が全くない*3

そうは言ってもやかましく騒ぐ人々がいるのは確かで、政府自身もそれに配慮してのことか、Q&Aで「成年年齢を18歳に引き下げた場合には,18歳,19歳の方は,未成年者取消権を行使することができなくなるため,悪徳商法などによる消費者被害の拡大が懸念されています。 」*4などと書いてしまっているのだが、現実問題として、相手が真の悪徳業者なら未成年者取消権を行使したところでそう簡単に何かを取り返せるわけではないし、逆に本来は真っ当な取引なのに、ただ「お金も持ってないのに浪費、散財してしまった」というだけで未成年者取消権の行使を認めるのは、相手方にしてみれば権利の濫用でしかない*5

皆それぞれ我が身を振り返り、周りを見回せばわかる通り、浪費癖にしても、投機的なふるまいにしても、10代後半の「未成年」の頃にやらかした失敗、というのは、概して人生においてその後も繰り返すわけで、それが「成年」になってから目立たなくなるのは、判断能力が向上したからではなく、失敗しても他人に頼らずに純粋に自分の稼ぎで穴を埋められるようになったから・・・に他ならない*6

だから、「判断能力の未熟さ」とか「知識・経験の不足」といった、とってつけたような理由で一律に行為能力を制限するようなルールの適用対象は狭めるにこしたことはないのであって、それでもなお救済されるべき、という状況があるなら、別の法理を前面に出せばそれで済む話。

それよりは、高校を出て実家を飛び出してもなお、様々な場面で直面する「法定代理人の同意」欄の存在ゆえに、生活の礎を築くのに悪戦苦闘させられた、そんな悔しい経験をする10代*7が減ることの方が、社会的な意義はよほど大きいはずである。


現実には、まだ「20歳」だった時の節目がそうだったように、当事者にしてみれば、メディアや大人が騒ぐほど「成年」になったその瞬間に感慨を抱くことなどほとんどないだろうし、実際、その瞬間に何かが変わる、という話でもないだろうと思う。

ただ、こういう変化の効果は、じわじわと浸透していくもの。

個人的には、大学という場の構成員が名目的にはほぼすべて*8「成年者」になったことの意義は大きいと思っているし、それに実が伴えば、また世の中がちょっとずつ変わっていくのではないかな、ということに期待しつつ、これからの変わりようをポジティブに眺めていたいと思っているところである。                                                                                                                                                                      

*1:もっともいわゆる「決算期末の対応」というのは、概して4月1日を跨いで断続的に行わないといけない(むしろ4月に入ってからが本番で、総会が終わる6月末くらいまで絶え間なく続く・・・)ことがほとんどで、新入社員の受入れに対応するような部署でもなければ、「4月1日」を何かの区切りとして実感する機会は乏しかった気がする。今となればなおさらだが・・・。

*2:細かいことを言えば、民法731条の婚姻適齢の男18歳、女16歳という規定が「18歳」に統一され、かつ成年年齢と一致したことで737条の「父母の同意」条項や753条の「婚姻による成年擬制」の規定が削除される、という改正もなされており、法の背景思想等を考慮するとこちらの方がよほど画期的な改正内容だと思うのだが、このことは不思議なくらい話題になっていない(また、養親となる者の年齢に関する792条では、従来の「成年に達した者」が「20歳に達した者」に改められている)。

*3:何か高価な物品を購入しようとする時の慎重さ、賢慮さは、当時の方が遥かに高かった。なぜならお金を持ってなかったから・・・。

*4:法務省:民法(成年年齢関係)改正 Q&A参照。

*5:個人的には、「ギャンブル依存症対策などの観点」から、投機としては極めて安全性の高い部類に入る公営競技の年齢制限を20歳に維持しておきながら、FX口座は18歳で開設できるようになる、というのはジョーク以外の何ものでもないと思っているが、それはひとまず措いておく。

*6:未成年者と同じくらい高齢者の「被害」が問題視されるのもその裏返しで、自分で埋め合わせて対応できるか、それとも親や子供を巻き込まないと対応できないか、という実態の差異が、殊更に問題を大きく見せているところはあるように思う。そして、ともすれば「過剰保護」とも言われかねないその手の問題への対策を正当化するために持ち出されたのが「判断能力」云々、という話なのだと自分は思っている(もちろん理由付けが何であれ、救済されるべき人が救済されるならそれでよい、と思うのだが、それが一律に規範化されることで判断能力がある人まで行為能力が制限されて不自由な目に合う、というのが、ここでの一番の問題である)。

*7:そんなこともあって、自分は「10代に戻りたい」なんてことは一度たりとも思ったことがない。そもそも過去に戻りたい、という発想自体がないと言えばない、とはいえ。

*8:飛び級で入ってきたような方を除けば・・・。

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