投下された格好の素材?

まさか憲法記念日に合わせた、ということではないのだろうけど、いろいろと考えさせられるリリースだった。

JRAのオフィシャルニュースより。

「2023年4月23日(日曜)第1回福島競馬第6日において、開催日における騎手の不適切な通信機器(以下、スマートフォン)使用事案が判明しました。また、その後の調査において、同日の第1回京都競馬第2日に騎乗していた騎手についてもスマートフォンの不適切な使用が確認されました。」
「これらの件を受け、下記6名について騎手としての業務上の注意義務を怠ったものと認め、日本中央競馬会競馬施行規程第147条第19号により、2023年5月13日(土曜)から2023年6月11日(日曜)まで、30日間の騎乗停止としました。」
www.jra.go.jp

競馬に全く関心のない人だと「なんでスマホ使用如きで?」という話になるのかもしれないが、レースに騎乗する騎手は前日から調整ルームに入って外部との連絡を絶たなければいけない、というのは一般のファンにもよく知られた話で、JRAのオフィシャルサイトで公開されている「騎手の一日」*1の中にも、

「騎手は、競馬開催日の前日21時までに騎乗予定競馬場かトレセンの「調整ルーム」に入室しなければなりません。「調整ルーム」への入室は、アスリートとしてのコンディショニング(体調管理を万全にするなど)の他、競馬開催に向けて騎手の外部との接触を避けることを目的としているため、入室後は携帯電話など通信機器の使用も制限されます。」(強調筆者)

という解説が登場する。

そしてなぜそんなルールになっているかといえば、競馬のレースが”賭け”の対象となるものである以上、人為的な勝敗操作(いわゆる「八百長」)の疑念や公表されていない情報の漏洩は極力排さなければならない、という要請があるからで、今回の処分の根拠としてJRAが引用した日本中央競馬会競馬施行規程の規定も、

第147条
第138条第1項各号及び第145条各号のいずれか又は前条に該当する場合を除き、次の各号のいずれかに該当する馬主、調教師、騎手、調教助手、騎手候補者又は厩(きゅう)務員に対して、期間を定めて、調教若しくは騎乗を停止し、戒告し、又は500,000円以下の過怠金を課する。
(19)前各号に定めるもののほか、競馬の公正確保について業務上の注意義務に違反した者
(強調筆者)

という「競馬の公正確保」にかかる注意義務違反に関する規定である。

で、ここまで淡々と書くと、「ルールを守らなかった若手騎手たちが悪いだけじゃん」という話で終わってしまいそうなのだが・・・


このルールがいつ頃からできたのか自分も確認しきれていないのだが、少なくとも最初にルール化された時と今とでは「通信機器」の意味合いが全く違う*2、というのがまず一点。

そして、その”変容”した「通信機器」の実質を考慮すれば、「競馬の公正確保」のために調整ルームや騎手控室での使用を「一律禁止」するというルールが果たして合理的なものと言えるのか?という疑問は当然出てきても不思議ではない。

何といっても、今の時代、世代を問わず、スマホは使えないと困るものになっているわけで、しかも、騎乗予定馬の過去のレース動画から何から熱心に研究したい若手騎手にとってはなおさら必須アイテムのはず。

そうでなくても、レース前の「気は抜けないが、かといって決まってやることがあるわけでもない落ち着かない時間」をどう過ごすか、というのは難題だし、騎乗機会の少ない若手騎手にとっては控室で過ごす時間だって十分長いのだから、そこでスマホに一切触れるな、というルールが本当に理にかなっているといえるのか、は、よくよく考えてみる必要があるように思う。

また、個人的に気になったのは、今回騎乗停止処分を受けた6名について挙げられている処分理由。

「騎手控室にスマートフォンを持ち込みインターネットを閲覧」を理由とされた騎手が5名、さらに今村聖奈騎手と角田大河騎手に「他の騎手と通話」という理由が挙げられているのだが、いかに特殊な部分社会といっても、「インターネットを閲覧」したというだけで「30日間の騎乗停止」という重罰を科すのはさすがにどうなんだい?というのが自然な感覚だと思うし*3、今村騎手と角田大河騎手に関しては、「通話」していたのがこの騎手間だったのだとすれば、そもそも「公正確保」の問題になりうるのか?という問題提起はされて然るべきだと思う*4

一部の報道の中にも出ているように、JRAとしては、上記のような合理的限定解釈は「正しくない」というのが公式見解で、「ならぬものはならぬ、ゆえに一罰百戒」ということで沙汰を下したのだろう*5

ただ、これは会社の”ルール”でもよくあることだが、

「一定の目的を達成するために何かを『規制』しようとするならば、その範囲を合理的なものにとどめておかない限り、いずれ形骸化してワークしなくなる」

という結末を迎えることになりがちだし、それでも硬直的なルールに固執してたまたま見つけたものに「一罰百戒」的な対応をしていると、不公平感が増幅して組織自体への信頼が失われる。

だから、「必要最小限度」とは言わないまでも、もう少し合目的的な解釈・運用にする努力は払われても良いのではないか・・・という問題意識をここで投げかけつつ、ファンとしては次の次の週末から始まる”下克上”*6と、1ヶ月後の”復活劇”にも期待して、この先の行方を見守ることができたらなぁ、と思っているところである。

*1:www.jra.go.jp

*2:10年前の「携帯電話」は専ら特定の人と「連絡」を取るためのツールだったが、今の「スマホ」の主な用途は特定の誰かとの通信というよりは「情報収集」がメインだろうと思う。

*3:もちろん、閲覧したサイトの内容によっては厳格な制裁に値するケースもありうるとは思うが、SNSを使って・・・といった理由が報じられていた過去の処分事例と比べてどこかしらか曖昧さがあることは否めない。

*4:同じ調整ルームにいる騎手同士で会話することが禁止されていない以上、異なる調整ルームにいる騎手同士で「通話」することも禁止される理由は本来ないはずである。

*5:騎手側からの異議申立てもやろうと思えばできるとは思うが、彼・彼女たちの置かれている立場を考えると、「静かに処分を受けてその間に調教で腕を磨け・・・」という以外の選択肢は考えにくいから、処分した側の権威が揺らぐリスクも低い。

*6:特に、これまで騎乗回数も勝利数でもかなりの存在感を示してきた角田大河騎手と今村、永島、古川の女性3騎手が抜けたところで同勢力図が変わるか、というところは興味深々だったりもする。

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