年が明けて会社に行くと、うんざりするのが、自分の「名刺の宛先」宛てに来た年賀状の山。
こんな時代でも、自分は蒼井優に催促されるまでもなく*1、年賀ハガキを買ってきて25日までに投函する、というJPに優しい人間だし、いただいて嬉しい年賀状もたくさんあるのだが*2、職場に来るものの多くは、正直いただけないものばかりだ。
定型文を大量に印刷したことが見え見えの、味も素っ気もない年賀状。
オリジナルの挨拶文を付けたり、手書きで一言添えたりするだけで、命を吹き込むことができる代物であるにもかかわらず、そんな配慮は皆無の厚紙の束を見ていると、地球環境に申し訳ない気分にすらなってしまう。
まぁ、大体そういうのを送りつけてくる人、っていうのは、ある特定の職種の人が多いわけで、一応日頃からちょこちょこ仕事をお願いしている先の人もいれば、セミナーで一度名刺交換しただけの人もいるし、中にはまったく面識がない人もいたりする*3。
共通するのは、どれも、
「もらっても全く嬉しくない。むしろ不愉快。」
ということ。
年賀状を出す、っていうのは、言わばある種の儀礼だし、中には営業的な思惑を持って出してこられている方もいるはずだ。
だが、それで、受け取った人をがっかりさせてしまうのでは、何の意味もない。
自分自身も、昔々、一種の営業で、その年に名刺をもらった人に大量に年賀状をバラ撒いたことはあるから、あまり大きなことは言えないのだけど、その時も「何でもいいから、絶対に一言きちんと添えて出せ」というのは、上司・先輩から強く念押しされたことなわけで*4、そんな基本も・・・と思うと、ちょっとがっかりする*5。
添える言葉さえ思い浮かばないような相手に、無理やりアリバイ的に年賀ハガキ一枚消費するくらいなら、もっと有益なことにそのお金使ったら・・・?って、思うのは自分だけだろうか。
まぁ、そういう年賀状に限って、「お年玉」が当たったりするし、当たれば当たって嬉しいので、無下に全否定するわけにもいかないのだけれど・・・。