労働者派遣法の迷走を読み解くための一論文

難産の末に、労働者派遣法改正案が成立した、というニュースが飛び込んできたのはつい最近のこと。
そうでなくてもここ数年の改正で内容が二転三転しているうえに、今回の改正案も国会で紛糾して修正が入る、施行時期も変更を余儀なくされる、という状況で、真面目にフォローする気がすっかり失せていたのだが、そんな中、日経紙の「経済教室」のコーナーで、「派遣労働の光と影」というテーマのシリーズの論稿が3度に分けて掲載された(9月24日、25日、28日)。

元々、日経紙は、今回の労働者派遣法改正の取り上げ方が他の一般紙とはかなり異なっていて、「(これまで長く働いていた)派遣社員が3年を超えて同じ職場で働けなくなること」を問題視する記事を掲載することが多い*1

「労働者派遣契約」といっても内容、目的は様々だし、ひとえに「派遣社員」といっても、知識・技能レベルもマインドも業務内容や人それぞれによって大きく異なるから、個人的には「正社員になれずに安い給料で搾取される派遣社員」だけを見て論評するのも、「専門的な知識・技能を徹底的に研ぎ澄ませて働き続けようとする派遣社員」だけを見て論評するのも、「労働者派遣制度」のあり方に対する正しい議論とはいえないだろう、と思っていて、日経紙の記事にも、逆サイドの新聞、雑誌の記事にもどことなく引いてしまう。
そして、時々、今の議論の何がおかしいのか、ということを考えようと思い立ちはするものの、考えているうちに頭がこんがらがって断念する、ということが多かった。

だが、そんな中、冒頭で紹介した「経済教室」に掲載されたものの一つである、大内伸哉・神戸大教授の「専門性重視の原点に戻れ」というタイトルの論稿*2を拝見して、少し頭がすっきりした気がするので、心覚えも兼ねてここでご紹介しておくことにしたい*3

労働者派遣法制の迷走の始まり

大内教授の論稿は、まず、以下のような「労働者派遣」制度創設当時の制度趣旨を紹介するところから始まる。

「派遣が認められた専門業務をこなす技能は、外部から調達する必要があるもので、派遣が利用されても、正社員の雇用が奪われるという常用代替の心配がなかった。」
「専門技能を持つ労働者は交渉力もあり、中間搾取の弊害などを考慮する必要もなかった。」(前記注1より、以下同じ)

そして、大内教授は、これを前提に、1999年改正で派遣可能業務の非専門業務へと拡大されたことについて、

「これは派遣解禁以降の規制緩和の流れに沿うようだが、実は専門業務に限定した派遣の本来の趣旨を大きく変えるものだった。ここから派遣法制の迷走が始まる。」

と断じ、さらに2012年改正で「違法派遣の場合に、派遣先が派遣労働者に労働契約の申し込みをしたとみなす規定」が導入されたことで、本来次元が異なる話である「常用代替防止」(業務を「派遣」という仕組みで常時行うことを防止するための対応であり、2012年改正以前から存在した「3年を超えた場合の直接雇用化」の規定はこの観点からの規定だった、と大内教授は説明している)と「派遣労働者の保護」(これは文字通り、派遣労働に従事する一個人の保護、である)が結びついてしまい、

「常用代替防止のための派遣受け入れ期間の制限が、派遣労働者の保護の趣旨に変質」した

ということを指摘している。

制度創設当初の「専門業務」が、そこまで“特別”なものだったのか、という点については、自分はもとより疑問を感じているところだし*4、労働者派遣法自体が、非正社員保護寄りの法律に変わったことについても、当時の実際の制度の運用状況に鑑みれば、やむを得ないところは多かったように思う*5

ただ、個人的にすっきりしたのは、以上の記述を前提とした、今回の法改正に対するコメントの部分である。

2015年労働者派遣法改正の最大の問題

大内教授は、この点につき、章の冒頭で、

「今回の法改正で最も大きな問題なのは、専門業務派遣と非専門業務派遣の区別をなくし、かつ派遣を原則テンポラリーな働き方としたことだ。」

と断じておられる。

そして、既に取り上げた派遣制度の「本来の趣旨」に鑑み、

「法の変遷を通じて、派遣(特に非専門業務派遣)がもたらすマイナスの側面に焦点が当たり、様々な規制が脈絡なく追加され、ついに15年改正では専門業務派遣こそが本来の派遣であるとする原点がみえなくなった。」

という指摘を行っているのである。

労働者派遣の現場において、「専門業務」が本来の意味で機能していたかどうかはともかくとしても、その中に、通訳・翻訳や高度のデザイン、設計のように、「企業が独自に市場から人材を獲得して育成するのが困難かつ合理的でない」業務が含まれていたのは事実なのであって、

「専門業務派遣というカテゴリーそれ自体をなくすのはやりすぎ」

という指摘は、まさにその通りだというべきだろうし*6、「非専門業務派遣」における労働者保護の問題の、いわば“巻き添え”となる形で、専門業務派遣に従事していた社員が、慣れた働きやすいポジションを失うことになるのだとすれば、本末転倒、ということになる*7

大内教授が繰り返し力説されている、

「労働者派遣は、新たな技能を必要とする企業とそうした技能を持つ労働者のマッチングを果たすための主要な手段となることが期待される」

という壮大な構想が全ての企業で受け入れられるようになるまでには、相当の時間が必要だと思うし*8、「非専門業務派遣」の問題については、当面、前向きな話よりも、「冷遇からの介入的な保護」に重点を置いた方が結果的には良い方向に向かう、と自分は思っているのだが、いずれにしても、本稿のように、「専門/非専門」の本来の意味と、それが崩されていくプロセスを分析的に、だがシンプルに描いて整理することは、この問題について説明する上では非常に有益だな、と感じたところで、前提知識のない方にこそ、一読することをお勧めしたい。

*1:他紙だと、派遣受け入れ期間の規制が撤廃されることを問題視する論調が強いのだが、切り口としては全く逆だと言える

*2:日本経済新聞2015年9月25日付朝刊・第29面「派遣労働の光と影・中」。

*3:大内先生の著書は、過去に何冊も読んでいるので、もしかすると既に読んだことのある内容も含まれている(というか、ほとんど既出?)のかもしれないが、最近は、情報を頭の中に入れた次の瞬間に、抜け落ちているような状況なので、あたかも初めて接したかのような“新鮮な感動”とともに、感想を述べることにする。

*4:法案ができた当時の立法担当者としては、そう説明するしかなかっただろうが、実際の運用は、99年の解禁前からかなり“崩れて”いたように思えてならない。

*5:大内教授は、いつもの通り「非正社員の雇用問題を介入的手法で解決しようとすること」に懐疑的なコメントを書かれているが、自分はこの点については全面的には賛同できない。

*6:本来であれば、「OA機器操作」のような既に時代錯誤的な存在になった業務を26業務から外す、というような議論をすべきだったはずなのだが・・・。

*7:一方で、専門性の高い業務内容であればあるほど、最近は、「丸ごとアウトソーシング」する動きも強まっているから、職場の一員として「人」を受け入れることで部分的にアウトソーシングする、というニーズ自体が現在ではなくなりかけている(よって、「専門業務派遣」というカテゴリー自体が不要)という考え方もありうるのかもしれない。この辺はもう少し考えてみたい。

*8:どういうルートで人材を確保しようと考えるかは、それぞれの会社に長年染みついた“人事の哲学”がもっとも反映されるところだし、それに染まり切った人々の考え方を変えるのはそうたやすいことではないから、いくら制度をいじったところで、「マッチング」機能があらゆるところで発揮できるようになる、というものではないと思われる。

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