大学入試改革、迷走の末に。

先日の「英語民間試験」問題に続き、「記述式」も消えた。

「2020年度に始まる大学入学共通テストで導入予定だった国語と数学の記述式問題について、萩生田光一文部科学相は17日、同年度の実施を見送ると表明した。50万人規模が受験する試験で、記述式の採点を巡る問題は当初から懸念されてきた。もう一つの目玉だった英語民間試験の活用も既に頓挫しており、巨大テストの役割が改めて問われている。」(日本経済新聞2019年12月18日付朝刊・第2面)

ここ数か月の議論の過程をつぶさに見てきたわけではないが、「採点」云々という話でいえば、他の数万人規模の資格試験でも、あるいは大学の二次試験でも”質”とか”ブレ”の問題はあるわけで、そこまで問題にする話かい? と思ったところはある*1

「一次選抜に使われる試験だからすぐに結果が分からないようでは困る・・・」というニーズも多少はあるのだろうが、一瞬で自己採点ができるマークシート方式でも、足切りのボーダーライン周辺の点数だと、次の選択に悩むことに変わりはないわけで、そこまで決定的な消極要因になるわけではない。

だが、それでも逆風がやまなかったのは、新しいスタイルを正当化するような説得力のある理屈がないまま、長年定着してきた「センター試験」の形を変えることへの戸惑い*2に加え、今の長期政権の下で最近やたら目に付く「特定業界が受ける恩恵」へのシニカルな感情が、政治的な事情に絡んで、多くの人々のフラストレーションが沸点に達したからだろうと自分は思っている。

で、このニュースが報じられた日の日経紙で、特に際立っていたのが横山晋一郎編集委員の以下の署名記事である。

「明治以来の大改革」と大風呂敷を広げ、共通試験の複数回実施や一点刻み入試からの脱却、合科目型出題など様々な論点を掲げた顛末(てんまつ)は事実上の現状維持。受験生を翻弄しただけだった。
迷走の原因は何か。思いつきのアイデアをぶち上げた政治・首相官邸。無理筋と知りながら従った文部科学官僚。ビジネスチャンスとばかりに飛びついた教育産業。現場の負担を口実に現状維持に走った高校……。だが、最も責任を負うべきは、当事者意識もなく国に追随した大学だろう。
入試とは自分たちが教えたい学生を、自分たちの責任で選抜する取り組みだ。最重要事項のはずなのに、大学、特に国立大学は受け身に徹した。
目的も実施方法も異なる複数の民間英語試験を入試で本当に使えるのか。50万人規模の試験で記述式問題の採点を、公平・公正かつ迅速にできるのか。大学が多様化する中で大規模の共通試験に意味はあるのか……。論点は山積したが、個々の大学も国立大学協会も「国の方針が固まっていない」と正面からのオープンな議論を避け続けた。
日本経済新聞2019年12月18日付朝刊・第42面)

実に厳しいコメント。

所詮は「一次選抜」に過ぎない試験で、使えないと思えば二次試験に比重を置けばよいだけなのだから、国立大学にそこまでの当事者意識を求める必要があるのか?という意見も当然あり得るところだろう。

ただ、「唇寒し・・・」で、なかなか官邸主導の施策にモノ申しにくい今の時代には、これくらいの喝があっても良いのかもしれないな、とも思うところ。

中長期的な視点で言えば、これからますます「黙っていても優れた人材をふるいにかけられる」という時代ではなくなっていく以上、大学が「学生の質」で競争しようと思ったら、小手先の入試改革では到底対応できず、大学の方から積極的に中高年代の生徒にアプローチして早めにフラグを立てて引っ張ってくる、という時代が遅かれ早かれ来るとは思うので*3、”その他大勢”のための入学試験は、むしろ「偉大なるマンネリ」で良いような気もするのだが、今は、この頓挫劇から、誰がどういう方向に議論を走らせていくのか、ということに注目しながら、これからの動きを見守っていくことにしたい。

*1:その意味で、この種の選抜試験を突破するためには「運」も不可欠の要素というほかない。

*2:受けたことのある人間ならわかると思うが、あの試験は単純な暗記だけで高得点がとれるような試験ではなく、最低限の思考力、判断力の有り無しは十分に判断できる試験だと自分は思っている。

*3:学生スポーツの世界で行われているようなことが、いずれそれ以外の世界でも起きるようになる、ということである。

見え始めた世代交代の息吹。

今年も遂にやってきた年末の風物詩、日経新聞法務面の「企業法務・弁護士調査」。

これで「15回目」ということだから、始まったのは2005年ということになるが、なんとも恐ろしいことに、このブログでは第1回*1から、多分一度も欠かさず、この年に一度の特集記事を取り上げている。

長年の読者であれば、自分が「調査」に対して毎年ぶつくさ言っているのは重々ご承知だと思うし、特に本来なら「コア」となるはずの本題に関しては、今年も評価できるのは2年も引っ張った「社内弁護士」ネタをやめたことくらいで、中身にコメントする気分には到底なれないのだが*2、毎年のお約束として取り上げている「企業が選ぶ弁護士ランキング(2019)」だけは、今年もやはり取り上げないわけにはいかない。

<企業法務分野>
1.中村直人(中村・角田・松本)16票
2.太田洋(西村あさひ)13票
3.野村晋右(野村綜合)11票
4.沢口実(森・浜田松本)10票
5.柳田一宏(柳田国際)9票

そう、今年も中村直人弁護士がトップの得票数で、堂々の8年連続1位を達成。

中村弁護士がこの企画で首位を奪回されたのは、それまで評判が悪かった「企業票+弁護士票」ではなく、「企業からの得票数」だけの順位を発表するようになった2012年のことだったのだが、それ以降、一度も首位を譲っていないのだから、これはもう素晴らしいというほかない*3

そして、もっと驚くべきは、今回2位に入っている太田洋弁護士も、中村弁護士が制したこの8年の間、7度の2位*4、という地位を保ち続けておられることだろう。

あたかも、V9時代の巨人と阪神の関係を彷彿させるような伝統の対決。

今思えば、過去には、中村弁護士と太田弁護士がわずか「1票」差だった*5という歴史もあるわけで、今年も前年よりは差を詰めて僅か3票差。

それでもあとちょっとのところで手が届かない、というもどかしさは、江夏豊田淵幸一の時代のタイガースファンの心情とも重なるところがあるのだが、これもまた運命、ということなのかもしれない。

・・・で。

もう何年も、このブログがこのランキングを取り上げつつ、「マンネリだなぁ」と悪態をついていたのは、皆さまご承知のとおり*6

今年も上に出てくる顔ぶれだけ見れば、同じセリフになるのかもしれない。

だが、電子版で「6位以下」の顔ぶれを見ていくと、今年事務所を旗揚げされたばかりの三浦亮太弁護士が8票獲得で6位。

さらに、ここ数年、健闘されている塚本英巨弁護士(アンダーソン毛利)、倉橋雄作弁護士(中村・角田・松本)といった30代の弁護士がランクインされたことで、これまでと比べると「可能性」を感じる結果となっているし、他の部門に目を移すと、「データ関連」で、影島広泰弁護士に続いて堂々のの2位に食い込んだ石川智也弁護士(西村あさひ)もこれまた30代。

もちろん、この世界、「経験」が醸し出す安心感、というのが、クライアントにとって非常に大きいのも確かだから、”若返り”が進めば進むほど良い、というわけでは全くないのだが、10年前、20年前に「新進気鋭の若手・中堅」だった先生方がそのまま持ち上がって、紅白歌合戦の最後の1時間の枠を独占し続けているような状態は、もうちょっと何とか・・・と思うところもあるわけで、ちょっとずつ見え始めた変化が来年以降どういううねりになっていくか、これからじっくりと見定めていければ、と思っている。

*1:当時はまだ「企業法務・弁護士アンケート」という企画だった。日本経済新聞社「企業法務・弁護士アンケート」 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~ 元々、「日経ビジネス」誌ではこの手の弁護士ランキングの企画が時々行われていて、久保利英明弁護士の独壇場、と言わんばかりの世界になっていたのだが(ご本人の著書の中にもその辺の歴史は出てくる)、ちょうど”世代交代”的な雰囲気になっていたところで新聞紙上での企画が始まり、その流れで「四大」のスター弁護士たちの名前が次々と紙面を飾るようになった、ということで、今思えば、この企画の始まりが一つの時代を作った、と言えるのかもしれない。

*2:だって、メインテーマが「米中貿易摩擦」だから・・・。アンケート回答企業に大手製造業が多く、調査対象の弁護士にも渉外系の事務所に所属する弁護士が多いため、だとは思うが、法務業界全体の関心事からは、やはりちょっとズレているような気がする。

*3:しかも、電子版に掲載された「総合」ランキング(弁護士票を合算したランキング)でも、中村直人弁護士は堂々の首位である。www.nikkei.com

*4:唯一の例外が2016年で、この年2位に食い込んだのは野村晋右弁護士だった。そして、今年も波乱なき年の瀬。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*5:2014年のランキング、年の瀬にようやく出た弁護士ランキング。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*6:特に悲嘆に暮れていたのは、2年前のことだっただろうか。「クボリ伝」を読んだ直後だった、ということの影響もたぶんにあったのだが・・・。マンネリ化した余興とそれに踊らされる人たち? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

またしても獲れなかったタイトル。

いよいよ残すところあと3週、今年のラストスパートに差し掛かっている中央競馬

この2日間の間に、岩田康誠騎手が1600勝、幸英明騎手が1400勝、坂井、武藤、横山武といった若手騎手たちが次々と100勝を挙げ、さらに藤田菜七子騎手も中央+地方で100勝、そして、今年デビューの小林凌大がようやく初勝利、と、いろいろ節目の出来事もあった。

で、そういう流れになってくると、今年こそ初勝利を!ということで、メインのGⅠ・朝日杯FSでは、同レース20回目の騎乗となる武豊騎手&タイセイビジョンに期待するところ大だったのだが・・・。


結果は、見事なまでの完敗。

もちろん、同じ京王杯2歳S組でも、昨年4着に敗れたファンタジストのレースぶりに比べると、後方から直線きっちり追い込んで見せ場を作った(2着)という点で格段の良さはあった・・・が、負けは負け。

ビアンフェが作り出したハイペースを難なく追走して、直線グイグイと後続を突き放したムーア騎手騎乗のサリオスに2馬身以上ちぎられてしまった*1のだから、どうしようもなかった。

リーディング争いでは久々に100勝を突破、そして、戸崎騎手がJBC開催中に落馬負傷、福永騎手も騎乗停止を食らっていた間に勝ち星を重ねて107勝*2、全国3位と大復活を遂げている武豊騎手にしてみれば、調子が良いうちに、全てのGⅠタイトルの中で「あと2つ」だけ残された2歳GⅠレースの1つを、ここで何としても潰しておきたかったはずなのだが、そううまくは行かないのがこの世界の常でもある。

ということで、来週はもう有馬記念

カレンダーのめぐりあわせ的に、”総決算”を迎えるにしては日が早すぎて、来週あれこれ考える気分にもなれなそうではあるのだけど、過ぎていく日々を惜しみつつ、筋書きのないドラマを見届けることにしたい*3

*1:サリオスはこれで3戦3勝。勝ちタイムは先週のレシステンシアにこそ及ばなかったものの、ダノンプレミアムのタイムを更新するレースレコード(1分33秒0)となった。

*2:2015年の106勝を上回り、10年ぶりの好成績になっている。

*3:急遽参戦が決まったアーモンドアイの存在が、レースを面白くするのは間違いないだけに・・・。

結局残された「事実」の曖昧さ~リクナビ問題の余波を憂う。

前日の「7pay」と並んで、こちらも法務的には格好のネタとなってしまった「リクナビ」問題。

8月~9月にかけての「第一弾」の御沙汰が出た時にも、どうにもすっきりしなかったのだが、この度、個人情報保護委員会厚生労働省から、より範囲を広げての勧告・行政指導が出るに至り、ますますげんなり、という気分になっている。

「就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリア(東京・千代田)が就活生の「内定辞退率」を販売した問題で、政府の個人情報保護委員会は4日、トヨタ自動車など全37社の利用企業に行政指導したと発表したリクナビだけでなく辞退率算出を依頼した側も、就活生への説明不足などの問題があったと判断した。」(日本経済新聞2019年12月5日付朝刊・第1面)(強調筆者、以下同じ)

「就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリア(東京・千代田)が「内定辞退率」予測を販売していた問題で、厚生労働省が11日、職業安定法に基づいてトヨタ自動車などデータの利用企業に行政指導した。各社が求職者に十分に説明せずに個人データを扱ったことが、採用活動を適切に進める上でも問題になったと判断した。行政指導を受けたのはほかに、三菱商事JFEスチールなど。」(日本経済新聞2019年12月12日付朝刊・第1面)

前回同様、厚生労働省は通常の「行政指導」の扱いで、オフィシャルな形では内容を公表していない。

だが、既に報道されているとおり、個人情報保護委員会は、「個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」という標題でリリースまで出してきた*1。。

しかも、勧告対象となった株式会社リクルート、株式会社リクルートキャリアだけでなく、情報を利用した、とされる企業の社名まで列挙した一覧表(別紙)付きで。

これだけ世の中を騒がせ、就職活動中の学生に不安を与えた以上、リクルートキャリアから予測データを受領した企業名が公表されるのは仕方ない、という考え方はあり得るだろうし、(自分も個人的に知りたかった、という思いがないわけではなかったので)それ自体はやむを得ないところだろうと思う。

ただ、問題なのは、前回の処分公表時と同様、個人情報保護委員会の公表資料だけでは、何がどう評価されて、こういう判断に至ったのか、ということがほとんど見えない、ということである。

リクルートキャリアの方はまだよくて、「勧告の原因となる事実」のところに書かれた以下の内容を、前回の処分公表時のプレスや、リクルートキャリア社の報道発表と合わせて読めば、「やったこと」は大体見えてくる*2

①2018年度卒業生向けの「リクナビ2019」におけるサービスでは、個人情報である氏名の代わりに Cookie で突合し、特定の個人を識別しないとする方式で内定辞退率を算出し、第三者提供に係る同意を得ずにこれを利用企業に提供していた。
リクルートキャリア社は、内定辞退率の提供を受けた企業側において特定の個人を識別できることを知りながら、提供する側では特定の個人を識別できないとして、個人データの第三者提供の同意取得を回避しており、法の趣旨を潜脱した極めて不適切なサービスを行っていた。
➁ 本サービスにおける突合率を向上させるため、ハッシュ化すれば個人情報に該当しないとの誤った認識の下、サービス利用企業から提供を受けた氏名で突合し内定辞退率を算出していた。ハッシュ化されていても、リクルートキャリア社において特定の個人を識別することができ、本人の同意を得ずに内定辞退率を利用企業に提供していた。
➂ 「リクナビ2020」プレサイト開設時(2018年6月)に、本サービスの利用目的が同サイト内に記載されたことをもって、サービス利用企業から提供を受けた氏名で突合し内定辞退率を、算出していた。しかしながら、プレサイト開設時のプライバシーポリシーには第三者提供の同意を求める記載はなく、2019年3月のプライバシーポリシー改定までの間、本人の同意を得ないまま内定辞退率をサービス利用企業に提供していた。
➃ 本人の同意なく第三者提供が行われた本人の数は、上記➁、➂及び前回の勧告の対象となった事実によるもの等を合わせ、26,060人となった。

だが、行政指導の対象となった37社に関しては、以下のような「評価」と「指導内容」が出ているだけで、「企業名」が書かれているスペースの方がはるかに大きい。

「本サービス利用企業に対する調査の結果、本サービスに関する利用目的の通知又は公表等が不適切であったこと個人データを外部に提供する際の法的検討ないし当該法的整理に従った対応等が不適切であった。このため別紙に掲載する企業に対し、以下の事項について適切に対応するよう指導を行った。」
⑴ 利用目的の通知、公表等を適切に行うこと
⑵ 個人データを第三者に提供する場合、組織的な法的検討を行い、必要な対応を行うこと
⑶ 個人データの取扱いを委託する場合、委託先に対する必要かつ適切な監督を行うこと

どんな会社でも、採用活動時に応募者から取得する個人情報の取扱いに関しては、プライバシーポリシー上で利用目的を明記している場合がほとんどだろうし、きちんとした会社ならそれに加えて面接の前に取扱いに関する同意を一筆取るような運用も行っているはず。そして、そういった場面での利用目的は、他の個人情報と同様に、比較的広めに書かれているのが通常で、応募者の動向分析等であれば、本来の利用目的に含まれる、という考え方もあり得るはずだ。

それにもかかわらず、「利用目的の通知又は公表等が不適切」というのであれば、どういった点がそういう評価を受けたのか、また「法的検討ないし法的整理に従った対応等が不適切であった」というからには、そこでどういう対応がなされていたのか、ということについては、ここでは全く記されていない。

そもそも手続きの中で、裁判所で争われても耐えられるレベルの事実認定と、それに対する法解釈・あてはめが行われたのかどうか、ということすら、公表された資料からは全く読みとることができない。

そうなってくると、「触らぬ個人情報にたたりなし」、ということで、どの企業でも強まるのは「忌避感」だけである。

*1:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/191204_houdou.pdf

*2:提供元では個人識別できないCookie情報を提供する行為を「法の趣旨を潜脱した極めて不適切なサービス」と断定しているくだりなどは、”後付けの理屈じゃないか!”と一言二言いいたくなるところではあるが・・・。

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改定されたスマホ決済「利用規約」の読み方

7月にサービス開始早々大騒動をもたらした事業者がいたこともあって、今年の新語・流行語大賞のトップ10にまで入ったのが「○○ペイ」である。

そして、法務的な観点からも、これらの決済サービスの「利用規約」、特に「免責条項」の書き方をめぐって議論になったことは記憶に新しい。

中でも、このニュースを頑張って追いかけていたのが日経紙で、今年7月24日に「スマホ決済の不正被害、「補償」8割明記なし」という見出しで電子版に記事をアップし*1、d払いとメルペイをあたかも「不正があっても利用者に責任を負わせる」事業者であるかのように取り上げたのを皮切りに、8月に入ってからも次々と記事を発信し続けた。

2019年8月15日 21:26 配信記事
www.nikkei.com

2019年8月28日19:00 配信記事
www.nikkei.com

「メルペイ」の規約改定をかなり大きく取り上げた翌日に、「株価反応薄」という記事を自ら載せてしまうところも、いかにもこの新聞らしいところなのだが*2、いずれにしても、この一連の報道が、既存の利用規約の在り方に問題意識を持つ一部の人々のハートを掴んだことは間違いない。

そして、この年の瀬になって、この半年を”総括”するような記事も出た。

「買い物代金などをスマートフォンのアプリで支払うサービスで、第三者に不正利用されたときの補償を明記する事業者が増えている。セブン&アイ・ホールディングススマホ決済「セブンペイ」が終了に追い込まれたことを契機とし、利用者保護の規定を整えている。」(日本経済新聞2019年12月11日付朝刊・第7面)

自分は、この記事に掲載された図の一番下段*3を見て不謹慎にも思わず吹いてしまったのだが、記事本文を追っていくと、

「その直後の8月、メルカリ系のスマホ決済「メルペイ」、PayPay(ペイペイ、東京・千代田)の「ペイペイ」、NTTドコモの「d払い」が補償を明記した。11月には、ファミリーマートの「ファミペイ」が利用規約を改定し、不正利用に関する補償条項を追加した。KDDIの「auペイ」、Origami(オリガミ、東京・港)の「オリガミペイ」も補償を規約に明記した。」(同上)

と、自らの”問題提起”の結果と言わんばかりのトーンの記述を続ける一方で、

「ただ、スマホ決済が「クレカ並み」の補償制度を整えるには、道のりは遠い。例えば、楽天の「楽天ペイ」は利用者の補償を利用規約に明記していない。「社内ルールに基づいて個別に対応する」(楽天)という。」
「補償規約をつくった事業者のうち複数社は「当社が不適当と判断した場合は補償の対象外」と規約に明記し、事業者側に裁量の余地を残す。不正利用の被害を受けた消費者が補償を事業者に求めても、規約を盾に補償を拒否される可能性が残る。」(同上)

と、相変わらず「言うことを聞かない」一部の事業者に対しては批判的な論調になっている。

確かに、典型的な「木鼻」的規約だった「d払い規約」すら、今ではサービス統合の影響もあってか、レイアウトも含めてかなり印象が異なるものになった*4くらいだから*5、未だに本年4月改訂の規約をそのまま維持している「楽天ペイ」にモノ申したい気持ちは分からないでもない*6

だが、長年、決済回りも含めて扱ってきた実務者としては、こういった論調に対しては、やっぱり一言二言言わずにはいられないわけで・・・。

*1:スマホ決済の不正被害、「補償」8割明記なし :日本経済新聞]

*2:<マザーズ>メルカリが一進一退 メルペイに補償明記も買い続かず :日本経済新聞 なお、その後4か月の間に、メルカリの株価はさらにここから500円近く下げている。

*3:スマホ決済・不正利用で補償明記増 不正利用受け対応 :日本経済新聞掲載図参照

*4:8月28日の最後の改訂を行った時の規約がhttps://service.smt.docomo.ne.jp/keitai_payment/pdf/dkeitaipayment_kiyaku_cf.pdfだが、今はドコモ払いの規約に一元化されて、https://service.smt.docomo.ne.jp/keitai_payment/pdf/dkeitaipayment_kiyaku.pdf?dcmancr=f3c0c62c9e989183.1576417586504.8329.1576417595919_481467051.1568989863_171な感じになっている。

*5:「セブンペイ」の問題以前に、来年4月の民法改正(定型約款に関する規律の創設)を意識して、約款の見直しを進めていたタイミングだった、ということも各社の”変化”の背景にはあると思うのだが、その辺の事情は中の人ではないので、深堀りは差し控える。

*6:ちなみに、上記の記事を書いた記者は、おそらく楽天ペイの利用規約をきちんと「読めていない」ように思われるのだが、この点については後述する。

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馬主冥利。

中央競馬のカレンダーも、「2歳GⅠ」の時期に突入してくると、いよいよ今年も終わりだなぁ、という雰囲気になってくる。

そして、この日は、様々な場面で「馬主」の存在感が目立った。

まず中山競馬場、メインのカペラステークスで圧倒的な強さを見せて2連覇を飾ったコパノキッキング。
鞍上はもちろん、今年のフェブラリーステークスからコンビを組み続けた藤田菜七子騎手で、これで見事に堂々の中央重賞初勝利を飾った。

4連勝で臨みながら、外を回して5着に敗れたフェブラリーSを皮切りに、東京スプリントクラスターカップと、必勝を期したはずのレースを落とし、東京盃こそ勝利を収めたものの、JBCスプリントではあと一歩のところで伏兵ブルドッグボスに屈する・・・。

単勝馬券で勝負していた人の中には、「鞍上が別の騎手だったら・・・」と思った人も決して少なくなかっただろうが、それでも藤田騎手一点指名を変え続けなかった小林祥晃オーナーの思いは、今年最後のダートスプリント重賞で見事に実を結ぶことになった。

こだわりを持つ個人馬主の英断がもたらした、「日本人女性初」の偉業。

そこまでお膳立てしなくても・・・という声は当然聞こえてきそうだが、藤田騎手は今年既に42勝でリーディング26位。
今や横山典弘騎手と並ぶポジションにまでのし上がってきているわけで、「指名」を受けても何ら不思議ではないポジションにいる、ということも、書き留めておかなければならないだろう*1

黄、赤一本輪の勝負服とともにようやく手に入れた勲章が、この先より新たな地平を切り開く一歩になるのだとすれば、小林オーナーの漢気も後々まで語り継がれるのだろうな、と思うのである。

一方、海を渡った香港マイルでのアドマイヤマーズの走りも見事だった。

中心部では「80万人デモ」の発生も伝えられる中、日本馬が華々しく3勝を飾ったのが今年の香港国際競走だったのだが、中でも、同レース2連覇中で1番人気を背負ったビューティージェネレーションやマイルCSを勝ったばかりのインディチャンプを差し置いて、5番人気から優勝を遂げたアドマイヤマーズのインパクトは相当強かったわけで・・・。

今でもまだ名義としては残っている故・近藤利一オーナーの話は先日のエントリーでも書いたばかりなので、繰り返さないけど*2、レース後の友道康夫調教師のコメントが実に泣かせるものだったので、引用しておくことにしたい。

近藤オーナーが香港のために仕立てたスーツを、今日は私が着て臨みました。馬の具合は本当に良く、道中もジョッキーと事前に立てた作戦どおりでした。ゴールするまで必死に応援しました。3歳馬でこのレースを勝った馬はいないとのことなので、すごく嬉しいです。世界のマイル王を目指してこれからも頑張ります。日本に帰ってから近藤オーナーに良い報告ができます」(強調筆者)
[【香港マイルレース後コメント】アドマイヤマーズ友道康夫調教師ら | 競馬ニュース - netkeiba.com

「死しても馬が名を遺した」というと大げさかもしれないが、富士S惨敗の後に、オーナーの死を挟んで見事に復活を遂げたこの馬の底力と、それをさらにドラマ仕立てにした調教師の”粋”に心から感銘を受けたのは確かである。

そして最後に、阪神メインの阪神ジュベナイルフィリーズ

逃げたまま後続に影を踏ませず、5馬身差でタイトルを手に入れたレシステンシアの強さは圧巻だったが、馬主はクラブ法人
今日のエントリーの文脈では何の関係もなさそうに思えるのだが・・・。

*1:小林オーナーの藤田騎手の起用は目立つが、勝利数としての貢献はこの日の重賞勝利を含めて僅か4勝に過ぎず、残り38勝分の信頼は、彼女自身が他のところから勝ち取ってきたものだ、ということも、忘れてはならない。

*2:名物オーナー逝去の報が思い出させてくれたこと。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照

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ささやかな波乱の末に~令和元年改正会社法成立

ここしばらく、界隈で盛り上がっていた会社法改正案が、本日の参院本会議で可決され、成立した。

「政府が今国会の重要法案とした改正会社法は4日午前の参院本会議で可決、成立した。上場企業の社外取締役の設置義務化や、株主総会資料のオンライン提供の導入を柱とする。役員報酬の透明化を図る方策も盛り込まれた。日本の企業統治(コーポレート・ガバナンス)を強化し、海外から投資を呼び込む狙いがある。」(日本経済新聞2019年12月4日付夕刊・第3面)

臨時国会冒頭で大臣が不祥事で辞任する、という波乱含みの展開だった割には、審議時間としては短めにカタが付いた印象はある。

ただ、既に報道されているとおり、この法案、本来一つの重要改正点になるはずだった「株主提案権の濫用制限」(当初提出案の新304条ただし書き、新305条6項)に関して、かなり大きな修正が加えられている*1

今回、これまで10年近く抵抗してきた社外取締役の設置義務付けの論点で押し切られた企業側にとって、この株主提案権の制限に関する改正は、数少ない”勝ち取れた部分”だったはず。

それが、与党が圧倒的多数を占める今の国会で、まさかこんな展開になろうとは・・・。

そんな中、この改正案審議の”分水嶺”となったともいわれている、衆院法務委員会の会議録がひっそりと公開されている*2

2019年11月20日参考人として法制審議会会社法制部会長の神田秀樹教授・学習院大学大学院法務研究科教授らが出席していた回。そして、そこには確かに・・・というやり取りが記録に残されている。

少し長くなるが、以下、「上手な尋問」の模範のようなやり取りを引用しておくことにしたい。

○山尾委員 立憲民主党山尾志桜里です。
 きょうは、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
 まず、神田先生にお伺いをしたいんですけれども、私は、三百四条の一項二号、三号の追加内容規制、そして三百五条の同種の規定、これについては大変問題を感じています。その立場からの質問ということになります。
 まず、最初に質問なんですけれども、もしこの法案が通った場合には、この三百四条の例えば二号、株主が専ら人を困惑させる目的で議案の提出をした、ごめんなさい、逆ですね、この法案には当たらない、今回、名誉侵害とか侮辱とか困惑というカテゴリーが明文化されていますけれども、この三百四条には当たらないんだけれども、民法の一般条項を通しての権利濫用には当たる、こういう場合には拒絶は可能なんでしょうか。
○神田参考人 ありがとうございます。
 それは、法律の一般論ということになりますが、法務委員会でございますが、私はそれは、論理的にはというか理論的には拒絶可能であるというふうに思います。すなわち、民法の一般条項というのは常に適用があるということかと思います。
○山尾委員 論理的には適用可能ということでした。
 じゃ、逆なんですね。必ずしも民法の権利濫用には当たらないけれども、この新設三百四条の二号に当たるという場合は拒絶可能なんでしょうか。
○神田参考人 ありがとうございます。
 この法律が成立していればという前提だと思いますけれども、可能でございます。
○山尾委員 それはすごく驚きまして、これが私はこの問題の本質だと思っていて、法務省は恐らくその説明を極めて曖昧かつ不誠実にしてきたというふうに私は感じているんですね。
 参考人に確認なんですけれども、つまり、今回のこの法案の提案というのは、今までの一般条項でいえば権利濫用には当たらないけれども、ただし、この三百四条新設に該当さえすれば、濫用的な行使だから拒絶できる、こういう、今までの一般条項の枠の外の新しい拒絶できるカテゴリー、これができるというような理解でいいんですね
○神田参考人 ありがとうございます。
 そこは違うんです。といいますのは、論理的には、今回の三百四条の書かれている要件がありますよね、その外にいわば一般条項としての権利濫用というのがあるように見えると思うので、それはそのとおりですので、先ほどのような答えになるんですけれども、この文章を何で書いたかといいますと、濫用と見られるような事案があって、それに会社が対応するのに苦慮している、濫用かどうかわからないというのがあるものですから、そのために、動くような規定を書こうということで、普通の言い方で言うと、濫用に当たるか当たらないかがはっきりしなくて会社が苦慮する場合で株主提案権として認めなくていい場合を文章化しましょうという結果、文章にしたわけなんですね。
 ですから、論理的には先生がおっしゃったとおりというか、すき間はあるんですけれども、例えばですけれども、濫用に当たらないけれどもこれに当たるから拒絶できるんですかと言われたら、論理的にはイエスなんですけれども、実際問題は、濫用に当たらないけれどもというのは、よくわからないわけです。
 それから、逆もそうで、これに当たる場合、当たらない場合でも、濫用の場合は拒絶できますかといったら、民法の一般規定でイエスでしょうけれども、これに当たらない場合で濫用に当たりますということはわからないわけで、特にそれは、最後は裁判所が判断すると思うんですけれども、総会の時点でまず第一次的に判断しなければいけませんので、そういう制度設計の中で、いわば濫用に当たり得るか当たらないかというところを明らかにするという趣旨も含まれていますので、実はこの問題だけじゃないんですけれども、より具体的な文言で書くと、過失というのも、具体化しても同じ問題です。
 ですから、一般的な概念とそれを具体的に法律の用語に落とすときの関係ということで、そこが非常に、私のあれもわかりにくい説明になっているかもしれませんけれども、そういう関係になるということでございます。
○山尾委員 済みません、私はちょっとわからなかったんですね。もう一回聞きます。
 論理的な帰結としてお答えいただきたいと思います。
 必ずしも民法の一般条項で見たときには権利濫用に当たらないけれども、この三百四条新設の二号、三号に当たる場合は拒絶できる余地がある、こういう法案だということでしょうか。論理的な帰結としてお答えください。
○神田参考人 論理的にはそのとおりです。
○山尾委員 まずこれがすごく、きょうはっきりしてよかったなというふうに思います。
 なぜここを気にしているかというと、やはり、私ずっと、なぜ一般条項でやれることで、しかも、すごく特殊な事例が数件あるとはいえ、一般条項で対処し得る状態になっているのにどうしてここまでこういう文言を入れるのかなというのがずっとわからなかったんです。
 法務省の説明を聞くと、ただ濫用に当たるかどうかが判断が難しい場合やちゅうちょする場合に判断基準をいわば与えるというような意味だというふうに言う。それを聞くと、なるほど、じゃ、権利濫用の判断が難しいから、これが権利濫用に当たるか否かの判断要素をこの法文に入れ込んだのかなというふうに理解をしたわけです。
 ただ、一方で、よく見ると、法務大臣の趣旨説明も、あるいは、きのうこの委員会で質疑したときの大臣や政務官の答弁も、濫用的行使と言うんですね。的なんです。きょう神田先生の資料を見てもやはり濫用的となっているので、恐らくこれは、だから、権利濫用に当たるカテゴリーの外枠に論理としては濫用的行使というものがこの新設条項によってつけ加わる、こういう論理になっているんだろうというふうに推測をして、きょう確認をしたかったので、確認ができてよかったなというふうに思います。
 じゃ、済みません、もう一つお伺いをしたいんですけれども、そうだとすると、専ら、例えば取締役を困らせる目的だ、もうそれは私怨というか個人的な恨みがあったりということでそれは認定できる、専ら、どうやら役員を困らせる目的だ、だけれども、その内容自体は必ずしも不正ではないし、必ずしも会社の利益を不当に害するものではない、こういうものについては、この法文だけ見ると拒絶できると思うんですけれども、部会長としてはどうなるというお考えなんでしょうか。
○神田参考人 ありがとうございます。
 会社が拒絶することは、この条文が成立していればできます。ただ、もちろん拒絶しないこともできますので、変な話ですけれども。
○山尾委員 ありがとうございます。そこもはっきりしてよかったなと思います。
 多分、今までの通説とかあるいは裁判例二例を見ても、基本的には、主観目的、その株主の意図、プラス、それの提案によって会社が利益を害するかというような客観面、この主観と客観の利益衡量で濫用に当たるかどうかを判断していくというのが通説であり、裁判例のおおよその流れだと思ったので、つまり、この法案が通ると、それとはまた別に、いわゆる会社としては、まず、主観面をもってこの二号、三号に当たれば、特に二号に当たれば拒絶はできるというものだということを部会長の口から確認できてよかったなと思います。ただ、私は、極めて深刻な問題がより浮かび上がったかなというふうに思っているわけなんですけれども。
 最後に、もう一点だけ神田参考人にお伺いをします。
 ちょっと、ずっと問題になっている、先ほど前川参考人からもお話があったんですけれども、やはり立法事実の問題で、私も、この議論を始めてから、法務省から出てくる資料というのは、最高裁判例がないので高裁の平成二十四年判例そして平成二十七年裁判例、それぞれの裁判例が出てきたのが資料としては唯一です。プラス、口頭で出てくるのは、野村ホールディングスの事例で、会社の全てを和式にしろという提案だとか、あるいは取締役をクリスタルと呼べという提案だというようなかなり異質なもの、でも、ほとんどそれしか出てこないんですけれども、部会長としては、今回、この法案を議論するに当たって根拠となった立法事実、今の裁判例二つのほかにあるんでしょうか。あったらその内容を教えてください。
○神田参考人 ありがとうございます。
 これは先ほど前川先生から資料の御提供と御説明もあったと思うんですけれども、今の二つの例というのは非常に極端な例であると言っていいと思うんですけれども、さらに、七年、八年前の例なんですね。たしか、野村というお名前が挙がったので、の方は二十四年ですので、二〇一二年の株主総会であったんじゃないかと思います。ですから、ちょっと今冷めているというか、ここ一、二年、その二つの例みたいな例はないんですね。そこが若干議論しにくいということはございます。
 それで、先ほど前川先生からの資料にあったと思うんですけれども、あの資料は会社が取り上げた一覧を載せている資料だと思いますので、実際、例えば、百提案があってそのうち二十を取り上げますとか、そういう実務をしているので、十五提案があって七つ取り上げたら七つ載っているということだと思うんですね。
 ですから、そういう資料等はあって、それで、数の方は、例えば、そういうもので独占してはどうですかという話になりましたし、それから、先ほど先生から御指摘のあった、その目的というんですか、内容の方については、数だけでいけるなら数だけでもいいのではないかという御議論はあったと思うんですけれども、やはり中を見ると、先ほど例を挙げられましたが、私もきょう野村のだけは持ってきたんですけれども、ほかにも、まず、商号を野菜ホールディングスへ変更すべきだというのがありますし、ちょっと時間の関係であとは省略しますけれども、こういうものをどう見るかということで、ちょっと数の問題とは質が違いますねと。
 あとは、先生おっしゃるように、もう濫用という一般論でいいんだというようなお考えも当然あり得るとは思うんですけれども、少しでもこういうものは何か規制していいのではないかという中で、苦慮して、文言も二転三転して今の文言になっているというところはあるんですけれども、内容、目的の方も設けられたという経緯があります。
 それを立法事実があるというのかないのかというのは、先生の御判断かとは思います。
○山尾委員 ありがとうございます。
 それでは、前川参考人にお伺いいたします。
 今の神田参考人のお答えも踏まえていくと、やはり今回問題だなと改めて思うのは、いわゆる、会社側が推測するところの提案株主の主観面だけをもって拒絶ができ、そしてそれは必ずしも権利濫用に当たらなくても可能だというような答えだったので、若干驚いているんですけれども、前川参考人にお伺いをいたします。
 こういう前提でいくと、例えば、次のような事例でも拒絶できてしまうんじゃないかと思ったものを三つ申し上げます。
 例えば、一つは、いずれも困惑させる目的なんだけれども、役員の個別報酬の開示の提案とか、二つ目では、困惑させる目的で会社ぐるみの不正融資を指摘するとか、困惑させる目的で電気事業から原発事業を外すとか、こういうものも拒絶できるという論理的帰結になるのではないかなと思ったんですけれども、いかがでしょうか。

○前川参考人 三つの例をいただきましたけれども、先ほどの神田先生のお話からすると、いずれも拒絶できるという論理的な帰結になるのではないかというふうに考えます。
○山尾委員 私もそう思うんですね。相当広がるというか、こういうものだとはちょっと、正直、ここまでは思っていなかったんですけれども。
 もう一つ、前川参考人にお伺いをいたします。
 三号のこともやはり問題点を指摘していただいておりましたけれども、ちょっと私、素朴な疑問として、会社が株主の共同の利益を盾に個別株主の根源的権利を拒絶するのがおかしいんじゃないかというふうに思っているんですけれども、ちょっと、うまくそれを法的な説得力ある言葉にまだ変換できていないので、そこをお願いできますでしょうか。
○前川参考人 私が考えているのは、要するに、株主提案権というのは少数株主権なわけですよね。ですから、当然、多数派と利害が対立する場合というのはあり得る話です。ですから、そのようなときに、株主共同の利益というものが、その中身が全く不明な中で、このような条文を根拠に少数株主権を制限するというような形になる立法というのは、私は、よくないというか、やめておくべきだというふうに思います。
○山尾委員 そうしましたら、ちょっと今の関係で、やはりもう一回神田参考人にも聞いておいた方がいいと思ったんですけれども、御質問いたします。
 今のような前提でいくと、先ほどの三例についても拒絶は可能なんだろう。ただ、それが裁判になったときに、裁判所の審理対象は何なのかということをお聞きしたいんです。
 つまり、この新設三百四条二号に当たる、専ら会社を困惑させる目的であるということであれば、これは提案拒絶は適切だったという裁判になるのか、あるいは、裁判所としては、やはり民法の一般条項も踏まえた上で、会社の毀損される利益、不利益みたいなものも総合考慮して、権利濫用に当たるか否かを判断することになるのか、どちらになるんでしょうか。
○神田参考人 二点申させていただければ、お許しいただければと思いますが、私が会社でしたら、先生が挙げられていた三つの例は困惑させる目的にはならないというふうに判断すると思います。
 先生の御質問、二点目なんですが、裁判所は最終的にこの条文を解釈します。そのときに立法の趣旨も勘案して解釈しますので、そのいろいろなバランスとか利益というのは、例えば、先生の言葉で民法の権利濫用といったときに考慮するような諸要素も、この要件を満たされているかどうかを判定する上で裁判所は勘案すると思います。恐らく先生が裁判所であったら同じような解釈をすると思います。
 ですから、あとは具体的な事情によるので、三つの例というのも、ただそれだけで常にイエス、常にノーと言えませんけれども、どちらかというと、先生がお挙げになった例というのは、それで困惑させる目的というのは言いにくいのではないかという印象を私は持ちます。
○山尾委員 私も、神田先生が会社だったら恐らくそういう判断をされるんじゃないかなと思うんですね、これで拒絶はしないと。
 ただ、会社は神田先生ではないといいますか、やはり極めてさまざまな会社がありますし、場合によっては、適正な株主提案権の行使、社会的に見れば極めて真っ当な提案であっても、会社や特定の役員にとっては致命的な提案となり得る、そしてまた、今、株主提案権の行使によって、実際に賛成率も高まっているというようなところも統計でありまして、そういうときに、やはり審議の俎上にのせたくないというような強烈なインセンティブが働く事例というのは私はあり得るんだというふうに思って、極めて危惧をします。
 今、二点目についてもありがとうございました。つまり、もし仮にこの改正が通ってしまった場合に、裁判所の審理対象というのは、権利濫用か否かではなくて、あくまでも、新設された場合の三百四条の条文解釈である、その立法趣旨などなど、さまざまな要素が入ってくるということでありました。
 それで、私は松嶋参考人にもお伺いをしたいんですけれども、質問は、先ほど国光議員の御質問のときに、いわゆる内容規制の文言ぶりに関しては特段の反対はないというようなことがございました。ただ、その上で、今、濫用的な事案まで相当広範に拒絶できる範囲に含まれるということが、ちょっとこの委員会でも初めて明らかになったんですね。もしかしたら部会なんかではそういう前提に立っていたのかもしれないですけれども、この委員会ではそういう前提に、多分、少なくとも共有された事項ではなくて、恐らく多くの専門家も、そう認識していろいろ判断している人もまだ少ないんじゃないかなというふうに思うんです。
 そういう今の一連のやりとりを踏まえ、そして、先生がおっしゃっている、参考人がおっしゃっている、私がすごく大事だと思うのは、やはり立法事実なんですね。言っていただいた、巷間紹介されている事例というのは、よくよく見ると、いずれもごく一部の特定の者による行使事例である、特殊な事情がある、このようなごくごく一部の者による特殊な事例を根拠に、株主の重要な権利である株主提案権の行使が限定されるというのは立法事実として極めて不十分ではないかと考えていると。
 この趣旨は、やはり内容規制の新設に当たっても当たるというふうに理解していいんでしょうか。
○松嶋参考人 御質問ありがとうございます。
 まさにそのとおりだと思います。
 また、若干敷衍させておきますと、ちょっと山尾議員と神田教授のやりとりを聞いていて思ったのですが、この内容規制に関してですけれども、二つの観点がありまして、一つは、神田教授が言われていたのは、多分、濫用というのは非常に不明確なので、それを例示化したものである、こういう理解なんですけれども、それに対して山尾先生が言われているのは、濫用外のものを広げているのではないか。これは例えば、民法の強迫の要件を下げて、消費者契約法等々で困惑というような形でハードルを下げたのではないかということで、そこは一見かみ合わないんですけれども、ハードルを下げるものができますと、実は、その両者の境というものが曖昧なものですので、実際上、ハードルは下がってくるというところはあるのではないかと思います。
 それは、どうしてそういうことを今考えたかと申しますと、山尾先生、あと神田先生も、山尾議員が指摘された理由は拒絶事由に当たらないというふうにおっしゃいまして、私もそのように思うんですけれども、条文の文言上だけを見ると、前川参考人のように、当たるのではないかなと思ったものですから、ちょっとそこは奇異に思いました。
 以上でございます。

山尾志桜里議員の質問が鋭いのは今に始まったことではないのだが、業界では百戦錬磨、講義でも審議会でも巧みな節回しで知られる名部会長を相手に、ここまで徹底的に詰め切るとは、さすがの一言。そして、そこで炸裂した「会社は神田先生ではない」というフレーズには、今年の流行語大賞を贈呈しても惜しくはない。

引用した箇所の最後でも出てくるとおり、この日呼ばれていた野党側参考人のうち、株主提案の内容による制限に反対していたのは、株主の権利弁護団事務局長の前川拓郎弁護士だけで、もう一人の松嶋隆弘日大教授は、「個数制限」には反対していたものの、内容による制限には反対しない、というスタンスを示されていた(山尾議員が質問に立つまでは)。

にもかかわらず、その先生に、神田教授とのやり取りから水を向ける、という流れで、新設条文案に基づく当てはめに懐疑的な姿勢を示させた時点で、事実上勝負は決したといえるだろう*3

法的な位置づけに関するそれまでの説明に綻びが生じ、それを支えるはずの立法事実の存在すら疑わしい、という状況では、大臣、政務官、民事局長がいくら必死に答弁したところでもはや立つ瀬はない。

結果、与党側の政治的判断で、この2日後に、野党側修正案を飲む形で決着することとなった。

*1:当初提出案と、国会の審議過程での修正案の対比については、川井信之弁護士のブログにて詳しく解説されているので、そちらを参照されたい。会社法改正法案の衆議院での修正内容について - 弁護士川井信之(東京・銀座)の企業法務(ビジネス・ロー)ノート

*2:衆議院会議録情報 第200回国会 法務委員会 第10号

*3:その後、前日からの流れで日本維新の会串田誠一議員の「困惑」という文言の曖昧さを追及する質問も続き、完全に流れは決まった。

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