断罪された「隣の不幸は蜜の味」思考。

過去の逮捕歴に関するツイッター投稿の削除をめぐり、最高裁が高裁判決を覆して原告(上告人)の削除請求を認めた*1、ということで大きな話題になっている。

元々法務界隈でも多くの方が関心を持たれている話題、ということで、既に様々な方がコメントされているし、これからもより詳細な分析・解説が出てくると思うので、今回第二小法廷が示した多数意見についてここで多くを語ることはしない。

Googleが最三小決平成29年1月31日*2で逮捕歴情報の削除請求を退ける(ある意味画期的な)決定を得たこともあり、この種の話になると、どうしても真正面から「情報流通の基盤」とか「表現の自由」といった大上段の議論が始まりがちなのだが、元々削除請求が認められるかどうか、というのは極めて個別的な事情に左右される話である上に、「検索プラットフォーム」であるGoogle(事業者は表示されるリンク先のコンテンツそれ自体の表現には原則として関与できない)と「ユーザーの投稿を掲載するプラットフォーム」であるTwitter(自己のプラットフォーム上での表現を事業者が物理的にコントロールすることは可能)とでは、本来の立ち位置も、事業者側が削除措置を講じることの容易性(とそれによる影響)も大きく異なるはずで、少なくとも本件事案の概要を見る限り、最高裁にまで持ち込んで争われるべき事案だったのだろうか・・・?*3という思いは残った。

そんな中、個人的に本判決に(隠れた)意義を見出すとしたらここかな、と思ったのが、草野耕一裁判官による補足意見である。

特に、「実名報道の効用」を批判的視点から論じた以下のくだり(判決PDF5~7頁)は様々な示唆に満ちている。

「本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由程度のものに減少最初に考えるべきことは、本件各ツイートは社会的出来事に対する報道に関するものであると評価し得るところ、報道は一回の伝達行為によってその目的を全うし得るものではなく、報道内容に対して継続的なアクセスを可能とすることによってその価値を高め得るという点であろう(以下、この付加価値を「報道の保全価値」という。)。しかしながら、犯罪者が政治家等の公的立場にある者である場合は格別(本件はそのような事案ではない。)、犯罪者の氏名等は、原則として、犯罪事件の社会的意義に影響を与える情報ではない。よって、犯罪者の特定を可能とするこのような情報を、保全されるべき報道内容から排除しても報道の保全価値が損なわれることはほとんどないといってよいであろう。したがって、犯罪者が公的立場にあるわけではない場合において、なお、犯罪者を特定できる情報を含む犯罪報道(以下、これを「実名報道」という。)を継続することに社会的意義があるとすれば、それは、実名報道をすること自体によって報道の保全価値とは異なる独自の効用が生み出される場合があるからであると考えるほかはない。そこで、以下、考え得る実名報道の効用を列挙し、その価値を個別に検討する。」
「ア 実名報道がもたらす第一の効用は、実名報道の制裁としての働きの中に求めることができる。実名報道に、一般予防、特別予防及び応報感情の充足という制裁に固有の効用があることは否定し難い事実であろう(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、実名報道の制裁的機能」という。)。しかしながら、犯罪に対する制裁は国家が独占的に行うというのが我が国憲法秩序の下での基本原則であるから、実名報道の制裁的機能が生み出す効用を是認するとしても、その行使はあくまで司法権の発動によってなされる法律上の制裁に対して付加的な限度においてのみ許容されるべきものであろう。したがって、本事件のように、刑の執行が完了し、刑の言渡しの効力もなくなっている状況下において、実名報道の制裁的機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価する余地は全くないか、あるとしても僅少である。」
「イ 実名報道がもたらす第二の効用は、犯罪者の実名を公表することによって、当該犯罪者が他者に対して更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得る点に求めることができる(この効用をもたらす実名報道の機能を、以下、実名報道の社会防衛機能」という。)。しかしながら、この効用は個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益が法的保護の対象となるとする価値判断と原則的に相容れない側面を有している。なぜならば、人が社会の中で有効に自己実現を図っていくためには自己に関する情報の対外的流出をコントロールし得ることが不可欠であり、この点こそがプライバシーが保護されるべき利益であることの中核的理由の一つと考えられるからである。したがって、実名報道の社会防衛機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価し得ることがあるとしても、それは、再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合や凶悪事件によって被害を受けた者(又はその遺族)のトラウマが未だ癒されていない場合、あるいは、犯罪者が公職に就く現実的可能性がある場合など、しかるべき事情が認められる場合に限られると解するのが相当であるところ、本事件にはそのような事情は見出し難い。」
「ウ 第三に、実名報道がなされることにより犯罪者やその家族が受けるであろう精神的ないしは経済的苦しみを想像することに快楽を見出す人の存在を指摘せねばならない。人間には他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性があることは不幸な事実であり(わが国には、古来「隣りの不幸は蜜の味」と嘯くことを許容するサブカルチャーが存在していると説く社会科学者もいる。)、実名報道がインターネット上で拡散しやすいとすれば、その背景にはこのような人間の心性が少なからぬ役割を果たしているように思われる(この心性ないしはそれがもたらす快楽のことを社会科学の用語を使って、以下、「負の外的選好」といい、負の外的選好をもたらす実名報道の機能を、以下、実名報道の外的選好機能」という。)。しかしながら、負の外的選好が、豊かで公正で寛容な社会の形成を妨げるものであることは明白であり、そうである以上、実名報道がもたらす負の外的選好をもってプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益と考えることはできない(なお、実名報道の外的選好機能は国民の応報感情を充足させる限度において一定の社会的意義を有しているといえなくもないが、この点については、実名報道の制裁機能の項において既に斟酌されている。)。」

すっかりお馴染みとなった独特の「定義」を駆使しながら、論点をクリアに整理していく、という草野裁判官ならではのご意見であり、また、一種のオチともいえる「第三」の指摘(負の外的選好)の話などは、裁判所がざっくりとした評価の中で明確に整理されることなく判断基底に取り込まれてしまうことが多い類の話を明確に切り出して断罪した、という点で、実に痛快な印象も受ける*4

「補足」にしても「反対」にしても、草野裁判官のご意見は、時に法律審である最高裁の裁判官としての意見を超えてしまうところもあって、出されるたびに様々な議論を引き起こしているところではあるのだが*5、こと今回の判決での補足意見に関して言えば、多数意見の根拠の補足、という意味でも、「実名報道」全般にかかる意見としてもポジティブに受け止められる部分は多々あるような気もしている。

もちろん、今回の補足意見も、あてはめの場面では事例ごとに結論が変わってくることは避けられないし、どんなに勇気のある代理人でも、今回補足意見に記された一般論の部分を、他の「実名報道」に関する事件で引用するのはちょっと躊躇してしまうところがあるのだけれど、それでもなお、最高裁から新たな一石が投じられた、ということで、この先議論が深まることを期待して、今後の帰趨を見守っていきたい、と思うところである。

*1:最二小判令和4年6月24日(令2(受)1442)

*2:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf

*3:たとえそれが東京高裁が地裁の判断をひっくり返してしまったことに起因する話だとしても。

*4:同じようなパターンの論証は、夫婦同氏制に関する反対意見の中でも行われていたと記憶している。

*5:去る6月17日に出された福島原発事故の国賠訴訟判決での補足意見など、個人的にはいくら何でもやり過ぎだろう、と思ってしまうこともままある。

いつかブーメランにならないように。

世界の潮流に乗り遅れるな、とばかりに、最近では紙面を開けば「巨大IT」バッシング施策がどこかに載っている、というような状況になりつつあるのだが、これもその一つ。

「日本で事業を展開する海外IT(情報技術)大手が法人登記をしていない問題で、政府は登記しない企業に罰則手続きをとる方針を固めた。3月末までに米メタ(旧フェイスブック)や米ツイッター、米グーグルなど48社に登記を求めたが、応じない企業があるとみられる。各国は利用者保護の観点でIT大手への規制や監視を強めており、日本も厳格に対応する。」(日本経済新聞2022年6月21日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

この件に関しては、同日の法務大臣の記者会見でも質疑があったようで、法務省のサイト*1には以下のようなやり取りが掲載されている。

【記者】
 日本で事業を展開する海外IT大手に対して、日本で法人登記をしていない場合に、政府が罰則手続を取る方針を固めたとの報道がありますが、法務省としての対応状況を教えてください。
【大臣】
 6月3日に、総務省と連名で、総務省に届出がされている電気通信事業者である外国会社のうち42社に対し、6月13日までに登記申請を行うよう求める文書を発出しました。
 この通知を受け、新たに1社が登記を済ませ、複数社が登記の申請に向けて準備中であると承知しています。
 外国会社に対する発信者情報開示請求などの民事裁判手続が円滑に行われるためにも、外国会社が早期に外国会社の登記をすることは重要であると考えています。
 対象となる未登記の外国会社に対して、現在個別に登記を促しているところですが、早期に登記がなされない場合には、過料の裁判を行う裁判所に対する義務違反の事実の通知も含め、関係省庁と連携し、外国会社の登記義務の履行に向けてスピード感を持って取り組んでまいります。(強調筆者)

・・・ということで、所管官庁の総務省だけでなく、法務省も「本気度」をかなりアピールしているのだが・・・。

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新人騎手の快進撃が止まらない。

春の長いGⅠシリーズは一区切りつき、クラス再編成に新馬戦スタート、と、すっかり穏やかな”夏競馬”ムードになっている中央競馬

だが、GⅠの連戦は終わっても、依然として続いているのが新人ジョッキー・今村聖奈騎手の「週」の連勝記録である。

5月の新潟開催で勝ちまくって最多勝タイ*1の実績を残した後は、中京競馬場に、そして今週からは三場開催の真ん中、阪神競馬場に拠点を移し、土曜日こそ最高着順2着にとどまったものの、日曜日は川田、松山、岩田望来といったリーディング上位騎手たちが揃う中、6R、7Rを連勝で飾って世界新7週連続勝利

「女性騎手」として先輩たちと比較されていたのは、JRA新人女性騎手年間最多の10勝目を挙げた時くらいまでで、それ以降は勝ってもそこまで大きなニュースにはなっていないのだが、それがまた彼女の「騎手」としての価値の高さを証明しているような気がする。

新人騎手のリーディング争いでは鮮烈なデビューを飾った角田大河騎手をも大きく引き離す独走状態。

デビューから3カ月ちょっとで既に16勝、というのも相当に凄いペースなのだが、それ以上に光るのが「9.5%」という彼女の勝率。

この数字は、同じくらいの勝ち星で並ぶ先輩騎手と比べると断トツに高く、リーディングトップ10入りを伺う(37勝)の鮫島克駿騎手(9.0%)や、菅原明良騎手(34勝、8.3%)と比べても高い。

ローカル競馬場を拠点に勝ち星を稼ぐ若手騎手たちが、猛烈な騎乗回数をこなして勝ち星を伸ばしていることを考えると、デビューしてから日が浅く、しかも最初の頃はそこまで騎乗馬の数にも恵まれていなかった今村騎手がリーディング37位、というポジションで奮闘している状況は正に奇跡といっても良いくらいである。

ある程度人気のある先行馬に彼女が乗れば、かなりの確率で上位に食い込む。その結果、騎乗を重ねるごとに「彼女が乗るから人気が上がる」という”今村オッズ”状態まで生み出しているのだから、もはや一新人の域を超えているとさえ言えるのかもしれない。もちろん、大幅な減量特典の恩恵を受けているのは事実だとしても、あれだけ落ち着いて馬を先行させ、きっちり追い出すことができるのであれば、負担重量が多少重くなったところで優位性が失われることはないような気もする。

おそらく、彼女が「女性騎手」として再びスポットが当たる日が来るとしたら、それは当時は前人未到とさえ思われた藤田騎手の「43勝」に勝利数が迫った時、そしてそれを追い越す時くらいだろうが、よほどのアクシデントがない限り、それもそう遠くないうちに訪れるだろうと思ってしまうのは自分だけだろうか。

いずれにしても、中央競馬で「新人女性騎手トリオ」が話題になってから四半世紀、こんな日が来るとは・・・という感慨に浸るには格好のスター候補生を、今我々はリアルに目撃しているわけで、それを幸福と言わずに何といおう。

願わくば、「女性」の天井とラベリングは夏競馬のうちに取っ払い、秋には一新人、一若手騎手として、重賞、GⅠの大舞台で勝ち負けを争えるようなところまで成長を遂げて欲しいものだな、というのが今のストレートな願望だったりもするのだが、まずは目の前の一つ一つのレースで日々進化する姿を見せ、勝ち星を積み上げてくれることが第一。

そして、今年のシーズンが終わる頃、「その先」にどんな景色が見えたのか、本人の口から語られる機会があればよいな、と思う次第である。

*1:2着回数の差で開催リーディングこそ逃したものの堂々の8勝である。

「アルゴリズム」東京地裁判決は令和2年3月報告書をも越えたのか?

6月16日の夕方に飛び込んできた一報は、様々なところへと波紋を広げている。

「グルメサイト「食べログ」で評価点が不当に下がり、売り上げが減少したとして、飲食チェーン店がサイト運営のカカクコムに約6億4000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が16日、東京地裁であった。林史高裁判長は独占禁止法が禁じている「優越的地位の乱用」に当たると判断。チェーン店側の請求を認め、カカクコムに3840万円の支払いを命じた。」(日本経済新聞2022年6月17日付朝刊・第3面、強調筆者、以下同じ)

元々、飲食店との間では何かと紛争の種になりがちで、当局との相性も良くないのがこの飲食店ポータルサイトで、遡れば10年以上前から「やらせ投稿」だの何だの、という話はあったし*1、投稿された口コミをめぐって(あるいは、そもそも掲載されたこと自体をめぐって)飲食店とサイト側で紛争が顕在化する事例も過去にはあったのだが、記事を読む限り、今回の紛争で争点となったのは、

「評価点を決めるルールの「アルゴリズム」(計算手法)の妥当性」(同上)

というまさにこの種のサイトの根源にかかわるところ。

そして、今回のサイト事業者側の敗訴が、表示順位や評価点を決める「アルゴリズム」そのものの不合理性ゆえ、ということになれば、ことは飲食店のポータルサイトの領域だけにとどまらず、一般的な検索サイトをはじめとする他の様々な分野に波及しても不思議ではない。

現時点ではまだ判決文が公表されていないため、判決内容については記事に書かれた断片的な記載から憶測するしかないのだが、以下の記載、特に「優越的地位の濫用に該当する」と断じたとされる後半の説示に関しては、これだけでは材料が少なすぎて評価のしようもない。

「判決は、飲食チェーン側について「食べログの有料会員登録をする店の地位継続が困難になれば経営上大きな支障を来す」と指摘。「カカクコムが不利益な要請を行っても(飲食店側が)受け入れざるを得ない立場」として優越的地位にあると認定した。」
「その上でアルゴリズムの変更は「あらかじめ計算できない不利益を与えるもので、公正な競争秩序の維持から是認される商慣習に照らして不当であり、優越的地位の乱用に該当する」と強調「チェーン店が不利益になることを容認して変更しており、故意または重大な過失がある」と結論づけた。」(同上)

で、自分がこの記事を最初に見て、そういえば出てたよな・・・と思って掘り返したのが、令和2年3月、公正取引委員会が出した「飲食店ポータルサイトに関する取引実態調査報告書」*2だった。

www.jftc.go.jp

アンケート調査やヒアリング調査をもとに丹念に飲食店ポータルサイトのビジネスモデルを解き明かし、様々な切り口から独禁法上の問題点を指摘していく、というスタイルの報告書で、レイアウトこそ一昔前のスタイルだが*3、手法としては、ここ数年ですっかり定着した公取委報告書のスタイルにつながるもの、そして当時はまだそれが比較的真新しい、ということで、世の注目もそれなりに浴びていたのではなかったかと思う。

いま改めて読んでも、多くのサイト閲覧者が無邪気に信じていたサイトのランキングが、実際にはサイト事業者と飲食店の間の契約プラン(無料/有料/プレミアム)や提供している座席数、クーポンの有無、といった、店の料理、サービス、口コミとは何ら関係ない要素の影響を受けている、という事実をストレートに指摘したくだりや、

お金を出せば上位表示され露出が増えるという飲食店ポータルサイトのビジネスモデルは,実際に来店した消費者のギャップ感が増大するだけであり,飲食店ポータルサイトへの信頼感,店舗への信頼感を低下させることにつながってしまうものと認識している。したがって,このような現状のビジネスモデルから転換を図ることが,業界にとっても必要不可欠である。」(48頁など、強調筆者)

という生々しい飲食店の声を掲載しているくだりなどは、なかなかインパクトが強い。

そしてこの報告書において何よりも今注目すべきは、今回の東京地裁判決とダイレクトに関係する「店舗の評価(評点)について」分析したくだり(54頁以下)だろう。

消費者の多くがサイトの1ページ目、よくて2ページ目までしか見ない、という状況下で、ほとんどの飲食店(93.5%)が予約数の増加等のために「店舗の評価を上げたい」と思っているにもかかわらず、店舗の評価の決定に対して約32%の飲食店が不満を抱いており、不公正や不透明な部分がある、と指摘している状況。

さらに言えば、消費者の66.4%は店舗の評価の決定方法を知らない、という調査結果も示されている。

そのような前提の下、報告書で公取委が示したのは以下のような独占禁止法上の考え方」だった。

「一般的に店舗の評価(評点)が,飲食店の比較を容易にし,消費者の飲食店の選択に資するものであり,飲食店にとっても店舗の評価(評点)が高いことは消費者への訴求手段として大きな効果を有していると考えられる。 一方,飲食店にとっては,店舗の評価(評点)の水準によって,閲覧者数や売上が左右されるなど,店舗の評価(評点)は重要な競争手段となっていると考えられる。 このような状況の中で,飲食店ポータルサイトがある飲食店の店舗の評価(評点)を落とすことが,直ちに独占禁止法上問題となるものではないが,例えば,市場において有力な地位を占める飲食店ポータルサイトが,合理的な理由なく,恣意的にルール(アルゴリズム)を設定・運用することなどにより,特定の飲食店の店舗の評価(評点)を落とすなど,他の飲食店と異なる取扱いをする場合であって,当該行為によって,特定の飲食店が競争上著しく不利になり,当該飲食店の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼし,飲食店間の公正な競争秩序に悪影響を及ぼす場合等には,独占禁止法上問題(差別取扱い)となるおそれがある。 また,例えば,飲食店に対して優越的地位にある飲食店ポータルサイトが,正当な理由なく,通常のルール(アルゴリズム)の設定・運用を超え,特定の飲食店にのみ適用されるようなルール(アルゴリズム)を恣意的に設定・運用等し,当該飲食店の店舗の評価(評点)を落とすことにより,当該飲食店に対し,例えば,自らに都合のよい料金プランに変更させるなど,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合,当該行為は独占禁止法上問題(優越的地位の濫用)となるおそれがある。 店舗の評価(評点)の決定について,上記のような恣意的な設定・運用を行う場合には,独占禁止法上問題となるおそれがあるため,このような設定・運用を行わないことが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から必要である。 」(57~58頁、強調筆者、以下同じ)

あくまで一般的な「飲食店ポータルサイト」全般を対象とした報告書、ということもあってか、「例えば・・・」以下の例示は、サイト事業者側の「恣意性」が強調されたやや極端なものになっているようにも思われる。

さらにこれに続く「望ましい対応」に関しても、

「店舗の評価(評点)を決定する際の重要な要素が明らかでないなど,その取扱いが著しく不透明な状況で運用を行う場合には,飲食店に対して優越的地位にある飲食店ポータルサイトからみれば,例えば,自らにとって都合のよい契約プランに変更させるなど,自己の販売施策(営業方針)に従わせやすくなるという効果が生じやすくなると考えられる。 加えて,この不透明な状況は,飲食店からみれば,飲食店ポータルサイトにとって都合のよい契約内容に変更しなければ店舗の評価(評点)を落とされるかもしれないとの懸念を生じさせる。この不透明な状況を改善させることは,かかる効果や懸念を減少させることになると考えられるため,不透明な状況を改善することが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。」(58頁)

と不透明さを指摘しつつも、

「しかし,実際に店舗の評価(評点)を決めるルール(アルゴリズム)等は,飲食店ポータルサイトの特徴を直接的に表す重要な競争手段である中で,特定の飲食店ポータルサイトがその全てを公開することは,その飲食店ポータルサイトの競争事業者に対する競争力を弱めることとなる可能性がある。 このため,飲食店ポータルサイトは,店舗の評価(評点)に関係する重要な要素について,飲食店及び消費者に対して,可能な限り明らかにするなど,店舗の評価(評点)の取扱いについて,透明性を確保することが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。 また,飲食店ポータルサイトは,その透明性を確保することに加え,店舗の評価(評点)の取扱いについて,飲食店間で公平に扱われるなどの公正さを確保するための手続・プロセスの整備も必要となる。例えば,第三者がチェックするなどの手続きや体制を構築するなどによって公正性を確保することが公正かつ自由な競争環境を確保する観点から望ましい。」(58頁)

と、サイト事業者側への一定の配慮もにじませるものになっていたりする。

だから、今回の地裁判決にかかる報道に出てくる、

「訴状によると、19年5月に運営する21店舗の評価点(5点満点)が平均約0.2点下落し、食べログ経由の来店客が月5000人以上減ったという。食べログが19年5月にチェーン店の評価を一律減点するよう基準を変更したことが原因だとして、カカクコムに賠償などを求めていた。」(前記日経記事)

といった請求根拠となる事実との比較では、東京地裁の判決の方が報告書よりさらに踏み込んだ判断をした、というふうに思えなくもない*4

実際には記事になっていない複雑な背景事情がいろいろあるが故の判決だった、ということはあり得るのかもしれないが、いずれにしても、2年前の報告書が明記していた次元の話を超えたところで賠償命令が認められた、というところが一つのポイントになってくるような気はする。

*1:“やらせ投稿”は「違法」なのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/mar/200318-2.pdf

*3:今ではそれもかなり進化しているので・・・。

*4:この記事にある「チェーン店の評価を一律減点」というのが全てのチェーン店に共通する話だったのだとすれば、そこからは特定の飲食店を狙い撃ちする、という意図までは読み取れない。

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感じた微かな可能性とその先にあるもの。

日本時間の15日深夜に、英国のアスコット競馬場で行われたプリンスオブウェールズS

言わずと知れた伝統のロイヤルアスコット、しかも今年はエリザベス女王の在位70周年も重なるビッグイベント、ということもあって、参戦した日本のダービー馬、シャフリヤールにとっては、欧州の競馬界に名を轟かせる一世一代の大チャンスだったはずなのだが・・・。

僅か5頭立て、しかも2年前のこのレースの勝ち馬、ドバイターフも連覇していたロードノースはアクシデントで大きく出遅れ。

これに対しスタートをしっかり決めて、道中ずっと好位2番手に付けたまま、先頭に並ぶ勢いで最後の直線に入ってきたシャフリヤールの姿を見た時は、遂にここで快挙達成か!という夢も一瞬よぎったのだが・・・。

芝コースとはいえ見るからに重い馬場で、クリスチャン・デムーロ騎手が必死のアクションを取ってもじれったく進んでいかないシャフリヤール。

先行するステートオブレストとの差は縮まらず、逆に追い上げるベイブリッジにはあっさり交わされ、最後はもう一頭の馬にも交わされてブービーの4着・・・。

過去、何度も日本馬の挑戦を跳ね返してきたロイヤルアスコットの壁は、ダービー馬をもってしても乗り越えることはできなかった。

馬場に敗因を求めるのは簡単だが、秋のロンシャンに比べればそれでも・・・という話もあった中でのこの惨敗だけに、まだまだだなぁ、というのが正直なところ。

ただ、繰り返しになるが、4コーナーを回って直線に入るところの勢いには、十分すぎる可能性も感じられただけに、ここから「壁を超える」ために施される陣営の工夫が秋に実ることを今は願うのみかな、と。

あと一歩まで追い詰めた、その先に。

気が付けばもう記事を見てから1週間・・・という古新聞ネタになってしまうのだが、幸か不幸か今日は新聞休刊日、法務面もお休み、ということで、それでは・・・とばかりに先週のネタを取り上げてみることにしたい。

日経紙の法務面を飾っていたのは、以下のような書き出しで始まる記事だった。

「ネット技術に関する特許侵害の「抜け道」に懸念が広がっている。ニコニコ動画」などを手掛けるドワンゴが、同業他社に対し動画のコメント表示を巡る特許侵害を訴えた訴訟の判決があり、相手方のサーバーが米国にあるとの理由で侵害が否定された。特許は登録国で保護されるとの原則が厳格に適用された形だが、柔軟な法運用で対応する欧米と比べ「時代遅れ」との指摘も出ている。」(日本経済新聞2022年6月6日付朝刊・第13面)

これは、今年の3月24日に東京地裁が出したドワンゴのFC2に対する特許侵害訴訟の判決を受けての記事なのだが、振り返ればこの株式会社ドワンゴと、FC2,Inc.の戦いの歴史は長い。

最初に話題になったのは、動画へのコメント表示方法をめぐって平成28年ドワンゴがFC2を特許権侵害で提訴した件だったが、これは原告の請求がすべて棄却される、という結果で終わった(東京地判平成30年9月19日)*1

その後、FC側がドワンゴが侵害訴訟で用いた特許2件を無効審判で潰しに行き、そのまま取消訴訟までもつれ込む、という話もあったし(知財高判令和2年2月19日判決)*2、それと平行して「ブロマガ」の商標権をめぐる紛争でも両者が激突したのは既に当ブログでも紹介したとおりである。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

そんな中、再び特許を使ってFC2に攻撃を仕掛けたのがドワンゴだった。

訴訟に用いられたのは「コメント配信システム」(特許第6526304号)という特許だったのだが、元を辿れば、特願2006-333850号に基づく国内優先権出願を行い登録された登録4263218号(2009年2月20日登録)にまで遡る。

そこから分割出願を重ねに重ね、特願2018‐202475号として出願後、登録されたのがこの第6526304号。実に第8世代、という執念の産物である。

主張されている特許技術の内容は、平成28年の訴訟と大きく変わらないように思われるのだが、クレームが洗練された分、今回はFC2側も防御しきれず、その結果示されたのは、

「被告システムは本件発明1の技術的範囲に属するものと認められる。」(84頁)
「被告システムは本件発明2の技術的範囲に属するものと認められる。」(96頁)

という、ある意味歴史的な判断*3で、自分もここまで読んだ時におおっ、と思ったものだった。

かくして大逆転で5年超の紛争が完全決着・・・となれば、”めでたしめでたし”だったのかもしれない。

だが、冒頭の記事にあるとおり、東京地裁の判決には続きがあった。

「物の発明の「実施」としての「生産」(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する「物」を新たに作り出す行為をいうと解される。また、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する属地主義の原則(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)からは、上記「生産」は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。したがって、上記の「生産」に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。 」(105頁、強調筆者、以下同じ。)

「被告サービス1により日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、被告サービス1が前記(1)ウ(ア)の手順どおりに機能することによって、本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムが新たに作り出されるとしても、それは、米国内に存在する動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバと日本国内に存在するユーザ端末とを構成要素とするコメント配信システム(被告システム1)が作り出されるものである。 したがって、完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない。」(106~107頁)

特許法2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件を全て満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、特許権による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。そうすると、被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできないというべきである。」(107頁)

この結果、結論としてはまたしてもドワンゴ側の請求棄却となり、これに対して冒頭の記事では、有識者が口を揃えて「なんか変だよ?」と物申す展開に・・・。

条文の文理解釈や日本の最高裁が示した属地主義の解釈、そして本訴訟で被告側も主張していた基準の明確性を重視した結果、今回のような結論に至ったのは、十分理解できるところではあるし、こういう場面で殊更に政策的配慮だけを強調するのも妥当なことではないと自分は思っている。

ただ、いかに特許請求の範囲がシステム全体を対象としたものだったからといって、実質的には日本のユーザーを対象として提供されているサービスに関し、「サーバが日本国外にある」というだけで特許権侵害の成立を否定するのはいささかバランスが悪いように思えるのも確かだ。

だから、もしかしたら「法創造」とエポックメイキングな判断を示すことにかけては当代一流の知財高裁が、何らかの練り込んだロジックを使って結論を逆転させる、というパターンはあり得るのかもしれないし*4、逆に、そこまで至らず、技術的範囲に属するかどうか、というところで知財高裁が結論をひっくり返す可能性もないとはいえない。

知財高裁では、日本版アミカスブリーフ(意見募集)制度を使いたい」

と前記記事の中でコメントしている原告代理人側の動きと合わせて、この先がますます気になるところではあるのだが、まずはここまでたどり着いた原告側の執念に最大限の敬意を払いつつ、次のステージでも、より研ぎ澄まされた、冷静かつ客観的なジャッジが下されることを今は願っているところである。

*1:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/073/088073_hanrei.pdf

*2:結論としてはFC2側の請求は棄却され、ドワンゴ側は特許の無効化を免れている。

*3:東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号、第29部・國分隆文裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/124/091124_hanrei.pdf

*4:ただし、さらにそこから最高裁まで上告された場合には、最高裁が原理原則に立ち返って再度大きな結論をひっくり返す、というパターンもまた最近しばしば見かけるところではあるが・・・。

「回答」の読み方

今週の半ばくらいから、突如として盛り上がりを見せた「AI契約審査サービスは違法」騒動。

いわゆる「グレーゾーン解消制度」での法務省の回答(https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/220606_yoshiki.pdf)を契機として出てきた話だったのだが、元々この種の話は、抽象的に照会をしたところで意味のある回答を得られることは稀だから*1、中身をちゃんと読む前から、まぁそんなもんじゃないの?と、さほど気にも留めてはいなかった。

が・・・、一部の人々がSNS等で騒いだこともあってか、10日になって、メディアまでこのニュースを取り上げ始める。

口火を切ったのが、日経電子版の↓の記事。
www.nikkei.com

そして、DIAMOND SIGNALの↓の記事も続く。
signal.diamond.jp

「揺れる法曹界とか「デジタル技術で法務をサポートする「リーガルテック」の成長の足かせになる恐れもある。」(以上、前記日経電子版記事より)などと書かれてしまうと、さも大ごとかのように思えてしまうし、実際、それを目にしてざわついた方も多いのかもしれないが・・・。

*1:ゆえに、個別事案ごとの官庁への事前照会とは別枠で設けられているこの「グレーゾーン解消制度」なる仕組みについても、全く意味がないとまでは言わないものの、そこまで過大な期待を寄せるべきものではない、と自分は思っている。

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