一つの「決断」の重み。

何も世の中で多くの人々が一息ついている三連休の中日に、こんな記事載せなくてもよいのに・・・と思ったのが、日経紙朝刊1面の↓の記事。

中部電力オリックスなど複数の日本企業が東芝に出資する検討を始めたことが17日、わかった。東芝は株式非公開化を含む再編案を公募している。投資ファンド日本産業パートナーズ(JIP)が10社超の企業に参加を呼びかけており、日本企業の連合体として名乗りを上げる。混乱の続いた東芝の再編は、エネルギーやインフラなど事業面でつながりの深い企業が後押しすることになる。」(日本経済新聞2022年9月18日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ)

あたかも「確報」のように書かれてはいるが、非公開化に向けた入札プロセスはまだ進行中で、この記事に書かれている内容も、当然ながら何ら確定した事実ではないと思われる*1

にもかかわらず、「日本企業の連合体」というフレーズを錦の御旗の如く掲げ、本来なら現時点では”厳秘”とされるべきの非公開化スキームを白日の下に晒すことで得をするのはいったい誰なのか・・・。

記事のトーンからすると、東芝外資系のPEファンドが買いに行く流れを危惧した憂国の士”が、「待望のホワイトナイト登場!」というムードを盛り上げようとして、話をブーストさせて記事化したのかもしれない。

だが、これからの非公開化に向けたコスト*2を考慮すれば、スポンサーとなるファンドや支援企業にとっての最大のミッションは、「今要求されているものをさらに凌駕した企業価値向上」に他ならない。

そして、そういったミッションを達成する上では、残念ながら、意思決定が複雑かつ遅い日本のトラディッショナルカンパニーの集合体はスポンサーとしてもっとも不向きである。

一昔前なら、それでも「事業シナジー」を前面に出して、買収先が倒れない程度に支えていればそれでOK、という話になったかもしれないが、今や多くの会社で投資案件は社外取締役も入ったボードで厳しく吟味され、投資コストに見合った有形のリターンが得られなければ、自社の株主からも激しいプレッシャーを受けることになる。

ゆえに、”お付き合い”程度の出資ならともかく、出資者連合の中核として支える、というような話になってくると、そもそも自社の取締役会をすんなり通せるのか、という話にもなってくるわけで、国を愛するメディアや経産省がどれだけ旗を振ろうが、そう簡単には事は進まないだろうな・・・というのが今の予想*3

*1:少なくとも、これだけの一大事にもかかわらず、名前の挙がった会社から何ら適時開示がなされていないという時点で、決定した事実は何もない、ということは明らかだろう。

*2:既に株価自体が現在の企業価値に比してかなりの高値水準に達しているうえに、うるさ型のアクティビストファンドに気持ちよく株式を手放してもらおうと思ったら、相当なプレミアムを積む必要が出てくることは容易に予想できるところである。

*3:これは、JIPが主導する陣営に限らず、他の外資系陣営にとっても同じことで、「経済安保」の観点から日本のプレイヤーを絡ませようとする限り、目下の問題解決までには長い時間がかかるだろう、というのは容易に想像がつくところである。

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「インバウンド神風」はまた吹くか?

先週の後半くらいから回復基調にあった株式市場は、米国CPIの上振れとそれに起因する引き締め観測により、一瞬にして冷え込んだ。

日経平均も水曜日に800円近く下げ、今日になってもリバウンドには程遠い、という状況である。

だが、そんな中、資源系と並んで逆風に立ち向かっているのは、新型コロナ禍に突入してから長らく不振をかこってきた鉄道、航空をはじめとする”インバウンド銘柄”たち。

無理もない。ここ数日、日経紙には連日のように、”ポストコロナ”とばかりに、「入国時の水際対策緩和」「訪日外国人観光客受け入れ再開」といったニュースが流れている。

訪日外国人に関しては、あくまで”意向表明”のレベルにとどまっていて、政策転換が実際に効果を発揮し始めるのはいつのことやら・・・という感じではあるのだが、気の早い投資家たちはここぞとばかりに”インバウンド銘柄”に飛びついている。

確かにCOVID-19などという魔物が現れる前、「五輪」という言葉がまだ汚職の代名詞になっていなかった頃までは、「訪日外国人」は年々猛烈な勢いで増加し続けていて、「インバウンド」というフレーズはあたかも”金のなる木”のように、多くの人々を惹きつけていた。

だから、これでようやく・・・と先走る人々の存在を嘲笑することなど決してできないのだが・・・。

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「銀行振込」は絶対的な選択肢なのか?

よほどの”記事日照り”だったのか、なぜか昨日、日曜日の朝刊の1面に載ったこの記事。

政府は給与をデジタルマネーで受け取る制度を2023年4月にも解禁する方向で最終調整する。労働者側は決済アプリの口座に直接給与が入り、日常の買い物に使える。世界に遅れている日本のキャッシュレス化を進める契機となる。」(日本経済新聞2022年9月12日付朝刊・第1面、強調筆者)

この「給与のデジタル払い」(資金移動業者の口座への賃金支払)というテーマは、遡れば元々は「成長戦略」の文脈で登場し、議論の本丸・労働政策審議会労働条件分科会でも2020年8月のキックオフ以降*1、2年以上にわたって断続的に議論され続けてきたものである。

厚生労働省のウェブサイトを見ると、明日9月13日に予定されている第178回分科会でもこのテーマに関する審議が予定されているようだから、おそらくそこで何らかのとりまとめ(案)が示されるのだろうが、そこでわずか数日でも抜いて観測気球を上げるのが、日経紙の真骨頂と言えば真骨頂・・・。

ただ、直近で議論された今年5月27日の分科会の議事録*2や、そこに出てきている議論整理の資料*3などを見ると、「本当にこれでまとまるんかい?」と突っ込みたくなるくらい懐疑的な意見は多い。

初期の議論などを見ていると、労働者側の委員を中心に、これは資金決済法の審議会の議論なのか?と言いたくなるような「デジタルマネー事業者に対する不信感」が色濃く出ていたりして、日頃、1000円以下の買い物は99%電子マネーQR決済で済ませてしまう自分の感覚*4からすると、「いまどき何を・・・」という感じの話だったりもするのだが、終盤になっても行きつくところは「資金移動業者の信頼性」や「デジタルマネーの安全性」で、既存の給与支払手段との比較で相当懐疑的な目が向けられているのは間違いない。

そして、そんなこともあってか、冒頭の記事についても、これを見た人々のSNS上での大方の反応は、「一体これで誰が得するんだ?」的なムードに満ちていたように思うのだが・・・

*1:最初に登場した時の資料と思われるのがhttps://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000663599.pdfである。

*2:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_26700.html

*3:https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000943189.pdf

*4:それより高額の買い物は基本クレジット払いだから、現金をやり取りする機会が今やほとんどなくなっている。多くで月に1,2回というレベルだろうか。

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これぞ「ノンフィクション」の醍醐味

いろいろな反動で、ここのところちょっとぼんやり気味で過ごす日も多かったのだが、Number最新号の特集と、そこから引っ張られての「ノンフィクション2冊比べ読み」は最高の知的刺激になった。

雑誌の方では、「似て非なる名将」ということで、これまであまり比較されることのなかった落合博満・元中日監督と故・野村克也氏が、現役時代や監督時代はもちろん、プロ入り前のエピソードから雌伏の時を過ごした”評論家”時代まで様々なエピソードとともに比較されていて、それはそれで興味深いのだが、この二人が並べられて論じられるのもここ一年の間に両者を取り上げるノンフィクション作品が売れたから・・・ということで、ここは”原典”に当たらなければ始まらない。

まずは落合博満本」から。

こちらは今やすっかりNumber誌の看板ライターとなった鈴木忠平氏が、日刊スポーツの「番記者」時代に接した落合監督の8年間を余すところなく綴ったもので、昨年末の時点でかなりの評判になっていたのを知り、今年に入って早々に自分も読んだのだが、確かに紛れもなく名作の部類に入る一冊だったし、今回改めて読み直してもその感想は揺らがない。

8年間一度もAクラスの座を譲らずリーグ優勝は実に4回、うち1回は球団史上2度目、53年ぶりの日本一、という圧倒的な功績を残しながら、在任中はメディアに対して多くを語らなかったがゆえに、様々な悪評にも晒されていたのが当時の落合監督だったわけだが、本書はその過程で下された様々な「決断」が、監督の秘めたる信念と冷静な観察に基づく合理的思考に裏打ちされたものだった、ということを一つ一つ解き明かしていく。

当時”聖域”となっていた立浪選手の衰えを見抜き、

「これは俺にしかできないことだ。他の監督にはできない。」

という言葉を残して、シーズン途中に先発から外したくだり(第2章)などは読んでいて戦慄が走るし、日本シリーズ完全試合継続中の山井投手を交代させ日本中を論争の渦に巻き込んだ2007年の決断の背景に、2004年の日本シリーズのエピソードがあったのでは?という推論が組み立てられているくだり(第5章)などは、”交代の真相”と合わせてミステリー小説のような雰囲気も醸し出している。

元々記事のネタになるような派手な発言をする監督ではなかったから、本書を構成するのは、取材者であった著者に発せられた数少ない言葉と、それをもとに著者自身がひねり出した様々な推論。だが、最初は年ごとの単発的なエピソード、と思いながら読んでいた話が、実はその先の章の伏線になっていて、さらに全ての伏線がクライマックスに向けて結びついていく構成は実に見事で、読んでいて全く飽きが来ない。

そして、著者が高く評価する落合監督の知性、合理性、戦術眼に感心しつつも、「確かにこれは嫌われるなぁ・・・」と思いながら読み進めて行き着いた終盤の章で待っているストーリーがまた実に美しい。

一方、野村克也本」の方は、前々から読もう読もう、と思っていたところに前記Numberの記事が背中を押してくれて、この週末に購入して一気読み。

こちらも、メディアの前では饒舌だった故・野村監督が、プロ野球の世界を一時離れ、「社会人野球チームの監督」をしていた3年間を担当記者が綴った本だけに、いろいろと描かれている”秘話”も多いのだが、そこに出てくる監督の姿は「勝負師」としてのそれではなく、「教育者」としてのそれ、である。

『ノムラの考え』を手に行った最初の”講義”で語った言葉、として紹介される、

「我々の仕事は、結果至上主義の世界です。『いい仕事をする』『いい結果を出す』ためには、技術だけを磨こうとする取り組み方だけでは、上達や進歩、成長は大して望めません。『専門家意識』を根底に持つことによって、知識欲や探求欲が旺盛になり、専門家として恥じない人間形成をしていくようになると思うのです。」(52~54頁、強調筆者)

などは、ありとあらゆる世界で通用する発想だろう。

そうやって叩き込んでいった”野村イズム”が、やがてシダックスという寄せ集めのチームの選手たちに浸透し、次々と結果を出していく。そして、そんな日々が、選手だけではなく、一度はプロ野球の舞台から退場を余儀なくされた監督自身をも「再生」させた、という美しいサクセスストーリー。

これまた読み応え十分の一冊だった。

「落合本」「野村本」ともに、当時はまだ”駆け出し”に過ぎなかった担当記者たちが、必死で向き合った取材対象の姿を10年、20年の時を越えて活字化した、という点で共通している。

節々から伝わってくる、取材対象から受けた影響の大きさとそれに向けられた最大限の敬意。

「落合本」では、著者自身の鬱屈した感情が「8年」の月日を経て、次のステップに向けた原動力に変わっていく様も生々しく描かれているし、「野村本」でも、念願の記者になるまでに回り道をした著者の思いや「読売系メディアの記者」の宿命への苦悩が節目節目で描かれている。

いずれの著者も自分とほぼ同世代だけに、あの頃自分は何を考えて生きていたっけな? ということにも思いを馳せながら読み続け、より味わい深さを感じたのは言うまでもない*1

もちろん、「ノンフィクション」は常にフィクション性を伴う

特に、これら2冊のような、著者の取材対象者に対する思い入れが極めて強い本となればなおさらなわけで、「落合本」では、多角的な視点で「監督・落合博満」を描くスタイルがとられつつも、「合理的な決断」の裏で消されていった選手やコーチたち、さらには「監督交代」に動いた球団幹部側の声は意図的に捨象されているように見える。

「野村本」にしても、シダックス野球部の戦績(少なくとも都市対抗の舞台においては)が野村監督就任一年目以降年々下降曲線を辿った、という客観的事実への批判的検証は十分になされていないように読める*2

それぞれの本の著者が読者に伝えようとしているコンセプトは極めて明確で、それがこの2冊の魅力を増している一方、(「ノンフィクション」と謳われつつも)「コンセプトに添わない事実は拾われない」という冷徹なチョイスも徹底されているように思えるだけに、この2冊だけで取材対象者の人物像を形成するのは非常にリスキーで、「ここで描かれなかった部分」に異なる角度から焦点を当てる本が出てくるまで、真の評価は留保されなければならないのかもしれない。

ただ、そういった点を差し引いてもなお、組織の戦略的マネジメントを考えるうえで、さらに自らの生きざまを考えるうえでも、学びが多い本であることは間違いないだけに、まずは秋の夜長お勧め第一弾、ということで書き残しておくことにしたい。

*1:なお時期は少し前後するが、00年代の野球界を描く、という点でもこの2冊は共通していて、それぞれの本の主人公がある一つのエピソードで”ニアミス”する、というのもなかなか興味深いポイントだったりする。

*2:故・野村監督が名声を取り戻し、球界再編の動き等とも絡んで様々な”野心”が蘇るにつれて失われていったものもあったのではないか、ということは何となく察しも付くだけに・・・。

また一歩近づいたのは、いつか誰かが夢見た理想かそれとも制度の終焉か。

一年前の時点で大方予想できたことではあったのだけれど、それにしてもなぁ・・・というため息。

法務省は6日、2022年司法試験に、前年比18人減の1403人が合格したと発表した。合格者数は右肩下がりで、旧司法試験から新試験に完全移行した12年以降で最少。政府が15年に下方修正した目標「1500人以上」を3年連続で下回った。合格率は45.5%で、新試験では過去最高となった。」(日本経済新聞2022年9月7日付朝刊第38面)

自分などは、発表日翌日の朝刊を開くまで合格発表があったことをまるで知らなかった、というくらいの感覚の人間だから、こういう時だけ突っ込みを入れるとお叱りを受けるかもしれないが、この記事に対するツッコミどころは山ほどある。

特に、比較の起点を「旧司法試験から新試験に完全移行した2012年」に置いているところは全くもって意味不明で、いわゆる「新司法試験」は2回目(2007年)の合格者から既に1800人超(1851人)、「旧」のレッテルを貼られた受験生たちが200人に満たないサバイバルゲームを強いられた翌2008年には合格者が2000人の大台を超えていた、ということを考慮するならば、

「(1期既修者しか受験していなかった)第1回(2006年)の試験以来過去2番目に少ない合格者数」

という表現の方が状況をより正確に表しているといえる。

また、45.5%の合格率を「新試験では過去最高」というのは明らかに間違いで、今年の数字をもってしても、「ボーナス」と評された第1回試験の合格率(48.3%)をまだ上回る状況には至っていない*1

ということで、それなりに長く続いているイベントを報道するときには過去の歴史にもちゃんと敬意をもって向き合ってほしい、という揚げ足取りのような小言をひとしきり述べた後にやってくるのが、やはり以下の数字から受けた衝撃である。

出願者数 3,367名(前年比 387名減)
受験者数 3,082名(前年比 342名減)
合格者数 1,403名(前年比 18名減)

昨年以上の幅で減少した出願者数、受験者数、それでも合格者数はそこまで減らなかったゆえに生じた異常なまでの合格率の上昇・・・。

そしてその中で、さらに存在感を増しているのが、昨年以上に人数を増やした「予備試験組」である。

法科大学院を経なくても受験資格を得られる予備試験ルートでの合格は395人で、合格率は97.5%。合格者全体の28.2%を占めた。」(同上)

自分もすっかり、年の近い方からご子息の「合格」の話を聞かされるような世代となってしまったが、昨年くらいから耳にする吉報はことごとく「予備試験ルートでの合格」という話ばかりで、今の優秀な学生たちの選択肢の中に「法科大学院修了まで待つ」というような悠長なプランは到底存在しないのだろうな、ということをつくづく感じる。

*1:とはいえ、合格率に関しては、「第1回超え」を果たすのはもはや時間の問題だと思われる。

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拡張される「保護」と、そのエンフォースメントに向けられる疑義。

週明け早々、我らが日経紙の1面に躍る記事を見て、ひっくり返りそうになったのは自分だけだろうか。

昨今のトレンド、「フリーランスの保護」もここに極まれり、といった感じのニュースである。

「政府は組織に属さずフリーランスとして働く人を下請法(略)の保護対象に加える調整に入った。一方的な契約変更や買いたたきといった不公正な取引から守る。2023年の通常国会への関連法案の提出をめざす。」(日本経済新聞2022年9月5日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

ここまでの記事本文と、「フリーランス保護対象に 下請法改正 一方的な契約変更是正」という毎度のミスリードな見出しを見ると、どんな素人が書いてるんだ・・・という気になってしまうが*1、大事なのはこの先に書かれていることである。

現行法では発注者側が資本金1000万円超の企業であることが要件だ。資本金1000万円以下の小規模な事業者は取り締まり対象にならない。法を改正し、下請けが個人事業主の場合は「資本金1000万円以下」の発注者も対象に加える方針だ。フリーランスの定義を明示することも検討する。」(同上)

本当にこの方向で法改正が進められるのであれば、破壊力抜群であり、これまで「下請法」という法律を形作ってきた基本思想が根底から覆っても不思議ではない、と自分は思っている。

幾重にも階層を重ねた多重構造で成り立っているのが今の取引社会。夕暮れだろうが真夜中だろうが、弱い者がさらに弱い者を叩く構図が存在するのは事実だから、一番弱い(と思われている)個人事業主を助けるためにはこれくらい当然だろう、と思う人はいらっしゃるのかもしれない。

そもそも、今の下請法だって、ある時は「下請事業者」として保護される事業者が、同じ取引商流の中で「親事業者」として規制対象となるケースはまま見られる*2

ただ、それでも「資本金1000万円未満」なら、刺す側に回ることはあっても(少なくとも下請法で)刺されることはない、というのが、これまでの「下請法の世界」で築かれていた秩序だった。

それが崩れる。

独禁法上の優越的地位の濫用規制の特則、という下請法の位置づけを考慮すれば、これまで下請法の規制の枠外だった事業者でも、要求されている規範は変わらないはず、という理屈は一応あり得るだろう。

だが、冒頭の脚注でご紹介したリーフレットの4頁、「発注時の取引条件を明確にする」という項が象徴するように、下請法上は親事業者に義務付けられた事柄であっても、独禁法に目を移せば、

「発注事業者が、発注時に取引条件を明確にする書面を交付しないことは、その時に取引条件を明確にすることが困難な事情があるなどの正当な理由がない限り、独占禁止法不適切です。」

という記載にとどまっており、明確に「違法」と断言できないことは当局自身も認めているといって過言ではない。

それが変わる。

自分も、一方的な発注の取り消しや報酬減額、やり直し指示、といった親事業者の行為に対しては、資本金額の大小にかかわらず、「ダメなものはダメ」で良いと思っているのだが、それが「3条書面の作成・交付」といった話になってくると別。

今後、今日の朝刊の記事の線でとんとん拍子に進んだとしても、全ての(零細)親事業者に「3条書面の作成・交付」まで義務付ける意味が果たしてあるのか、そして、万が一、新・下請法の規律には見向きもしないような親事業者が現れた場合に、そこに制裁をぶつけるためのエンフォースメントを当局が的確に遂行することが出来るのか等々、考えていくとそれなりの不安材料もある。

それでもなお、フリーランスを救う”ためにフルスペックの規定を用意するのかどうか・・・

どちらかといえば「保護される」側の身としては、この画期的な法改正とそれに向けた方針転換がうまくいくように、と願うことしかできないのだが、ついでに言えば、そうでなくても「当局に目を付けられるかどうか」で天国と地獄が分かれてしまうのがこの不安定な法律だけに、明確性が少しでも増す方向で事が運ぶと良いなぁ・・・という言葉だけつぶやいて、今後の議論を見守ることとしたい。

*1:改めて解説するまでもないことだが、いわゆる「フリーランス」が下請事業者となる場合には、現行法の下でも一定の要件を充たせば当然に下請法が適用されるし(過去に話題になった際のエントリーとしてこれは朗報、なのだろうか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~など)、既に丁寧なリーフレットまで作成されている(https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/freelance_leaflet.pdf)。

*2:特に資本金がギリギリ5000万円に届かないくらいの規模の会社だと、あっちでもこっちでも、「『親』に拳を振り上げる機をうかがいつつ下請事業者にも気を遣う」というややこしい立ち位置に置かれることになる。

2022年8月のまとめ

何よりも、自分自身の記憶に残る夏だった。

天候は不安定、為替も株式相場も不安定。先月に続いて新型コロナの感染者数は増え続けて全国に拡散されピークに達しようかという状況なのに、「コロナ前」以上の人出でごった返す空港の景色に「日常化」を感じた夏は、それでも何とか残した足跡とともに、終わろうとしている。

日常に戻り、目の前にイレギュラーな山が一つ二つ待ち受けているのに、そのほとんどは手付かず。「仕事」ですらそうなのだから、プライベートで読むつもりで買った本など一瞬にしてただの山になる。

ただ、それでも、一つ一つ越えていけばまた新しい景色が見える。そんな思いでやっている。

今月のページビューは13,000強、セッションは9,000弱、ユーザーは5,000弱。

相変わらず低空飛行ではあるものの、終盤、北の方から流れ込んで来たアクセスが数字を下支えしてくれた、ということは特筆すべき事項として挙げておくことにしたい。

<ユーザー別市区町村(8月)>
1.↑ 大阪市 325
2.↓ 渋谷区 255
3.↑ 港区 255
4.↓ 千代田区 218
5.→ 横浜市 138
6.→ 新宿区 123
7.↑ 名古屋市 107
8.↓ 中央区 97
9.→ 札幌市 92
10.圏外世田谷区 88

続いて検索ワード。

<検索アナリティクス(8月分) 合計クリック数 2,310回>
1.→ 企業法務戦士 168
2.→ シャルマントサック 裁判 36
3.↑ 学研のおばちゃん 現在 33
4.↑ 東急グループ 序列 25
5.圏外持永哲志 20
6.↓ インナートリップ 霊友会 19
7.圏外大船渡旋風 17
8.→ 企業法務戦士の雑感 17
9.圏外大船渡高校 甲子園 1984 メンバー 15
10.圏外矢井田瞳 椎名林檎 14

相変わらず古い記事がポンと上がってくるのが不思議なところなのだが、そこには触れず、Twitterインプレッションに目を移すと、今月は↓のエントリーが最多インプレッション数(2070)を記録。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

記事にはしなかったものの、この呟きへの反響も結構大きかった(インプレッション数7,061)。

そして、セミナーの後、多くの方々からいただいたアクションにはとにかく感謝・・・である。

ということで、先月末予言(?)*1したような爽やかなエントリー、とまではいかなかったかもしれないが、一つの区切りを越えたところで今年も残るところ4か月。

できれば、積読の山を片付けて書評なども書き残しておきたいな(もろもろの練習兼ね・・・)、と思いつつ、ラストスパートのスタートを切ることにしたい。

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