「デジタル・プラットフォーマー」をめぐる今年の議論の締めに。

2019年、という年を法務的見地から振り返った時に、「今年一番のトピック」として挙げられるのは、春以降一気に盛り上がった「巨大プラットフォーマー規制」の話題だと自分は思っている。

「別にうちはIT系のプラットフォームなんて展開してないから興味ない」という人もいるのかもしれないが、今の世の中、広告でも商品販売でも代金決済でも、デジタル・プラットフォームと無縁で商売することはできない世の中になっているし、仕事を離れて一消費者となればなおさらだ。

しかも、この問題、個人情報保護法から独占禁止法、さらには消費者法まで複数の法領域にまたがる上に、元々わが国とは土台が異なる欧州(おって米国)の問題意識がストレートに持ち込まれたこともあって、それぞれの法の守備範囲や私企業に対する行政規制・監視の在り方まで、これまでとは異なる発想が次々と飛び出してきている*1

公取委が行った「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」原案に対する意見募集が141件に達し、個人情報保護重視派から優越的地位濫用規制の拡大懐疑派まで、様々な角度から鋭い指摘が加えられている*2ことからも分かるように、これは誰もが納得できるような答えを簡単に出せる話ではない*3

www.jftc.go.jp

最近の立法の傾向を踏まえると、最後は落ち着くべきところに落ち着くのだろう、とは思うのだけれど、これを契機に他の分野に議論が飛び火する可能性もないとはいえないわけで、今後の法制化の過程も含めて、来年まで目が離せない。

そんな中、年末に政府の「デジタル市場競争会議」が「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法案(仮称)の方向性」というペーパーを公表し*4、意見募集を開始している(期限は2020年1月20日まで)。

search.e-gov.go.jp

この方向性のまとめに関しては、日経紙でもちょっと前に「巨大IT規制案を決定」という見出しで、以下のように報じられた。

「政府は17日午前のデジタル市場競争会議で、巨大IT(情報技術)企業による市場の独占を防ぐ規制案を決めた。2020年の通常国会に提出を目指す新法案では取引相手との契約条件の開示や、取引実態を政府に報告するよう義務付ける。巨大ITが個人情報を不当に収集・利用すると独占禁止法違反になるとした公正取引委員会の新たな指針案も了承した。」
「議長の菅義偉官房長官は会議で「世界的にデジタル市場のルール整備の議論が本格化している。日本として新たなルール整備のあり方を示した」と述べた。」
日本経済新聞2019年12月17日付夕刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

このペーパーの内容自体は、「方向性」を示すものに過ぎないし、既に断片的に報じられていた内容をまとめた程度のもの、という認識だが*5

(3)公正取引委員会との連携(3頁)
・本法における規律を超えて独占禁止法違反のおそれがあると認められる場合については、公正取引委員会に対し、同法に基づく対処を要請する仕組みも設ける。

とか、

(4)その他の規律(3頁)
a)取引事業者による情報提供を容易にする手当て
・取引事業者が行政庁に情報提供しやすい制度的対応を行う。例えば、報告徴収によって契約上の秘密保持義務を解除
b)主務大臣
・ 取引に関するルール整備を所管する経済産業省が中心となりつつ、公正取引委員会総務省の所掌事務に応じて、連携・共同して対応する方向で検討。
c)国内外の法適用
本法の規律は、内外の別を問わず適用。このため、現状海外事業者にも適用が行われている独占禁止法の例等も参考に、国内代理人の設置、公示送達等の手続の整理も含め手段を検討

といった記載に接すると、法執行ポリシーの話から、具体的にどう実効性のある制度を作るのか、というテクニカルなところまで、いろいろと興味は尽きない。

*1:これまでの自分の問題意識に関しては、折々でエントリーを上げてきているのだが、今年を振り返る意味も込めて、改めて主なものを再掲しておく。k-houmu-sensi2005.hatenablog.comk-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:もっとも、どこまで内容に反映されているか、といえば、「プラットフォーマー」の名称が「プラットフォーム事業者」に改まったこと以上の大きな修正はないようにも思える。

*3:その後意見公募が行われた「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」及び「企業結合審査の手続に関する対応方針」原案への意見募集でも、「データ等の重要な投入財」を有する事業者の競争法上の評価に関して、様々な意見が出されている。(令和元年12月17日)「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」及び「企業結合審査の手続に関する対応方針」の改定について:公正取引委員会

*4:https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000196589

*5:今週の日経紙のコラムでは「一年の総集編」のような体裁でよりブレイクダウンした形で、一連の問題にフォーカスした連続企画も打たれている。(データの世紀)始動・巨人規制(1)IT大手の圧力を監視 取引透明化法案で報告義務 くすぶる反発 :日本経済新聞など。

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「証券取引市場改革」は幻だったのか?

数日前から出るぞ出るぞ~と、ざわざわしていた証券取引所の上場区分の「改革」問題だが、遂に「令和時代における企業と投資家のための新たな市場に向けて」という副題の金融審議会市場ワーキング・グループ市場構造専門グループ報告書(案)が公表された。

www.fsa.go.jp

この話、既に上場している新興・中堅企業にとっては極めてセンシティブな問題である上に、東証有識者懇談会で議論されている過程で野村HDグループ内の”情報漏洩”が発覚して大騒動になった*1いわくつきの問題だったのだが*2、今年の春に金融審議会*3に舞台を移して以降、無事にここまでたどり着けたのは何よりである。

で、肝心の内容についてだが、日経電子版が12月24日の時点で報じた、

東京証券取引所の市場改革をめぐる金融庁の金融審議会の報告書の概要が24日、わかった。現在の1部、2部などの4市場を3市場に再編するよう促す。新たな1部(仮称・プライム市場)に新規上場するには市場で売買可能な「流通時価総額」で線引きし、100億円以上を目安として示す。現在は市場で流通していない株式も含めた時価総額で250億円以上を基準としている。世界の機関投資家にとって売買しやすい市場づくりを狙う。
日本経済新聞電子版 2019年12月24日 15時08分配信、強調筆者、以下同じ。)

という記事に接したときは、春先に話が出ていた「250億円」という数字とは異なるものの、基準を「流通時価総額」に変えたらそうなるよなぁ(むしろ厳しくなってるよなぁ)、これで一部から転落する会社も結構出てきそうだなぁ・・・と思った人も決して少なくはなかったことだろう。

ところが、翌25日朝刊での報道や、金融審議会で了承後の夕刊・翌日朝刊での報道が続く中、雰囲気は一気に変わってくる。

それを象徴するのが以下の記事。

「金融審議会は25日の会合で、東京証券取引所の市場改革に関する報告書案を大筋で了承した。最上位の新1部(仮称・プライム市場)は、現在の1部上場から降格を強いるような線引きを避ける結果となった。東証は新市場の骨子を2020年2月までに示す。金融審から議論を引き継ぐ東証が上場企業の経営改善や新陳代謝を引き出す改革に結びつけられるかがカギになる。」(日本経済新聞2019年12月26日付朝刊・第2面)

そう、今回の基準見直しがあくまで「新規上場」に関するもので、既存の上場企業に対する強制的な上場区分変更はしない、というトーンが前面に出る形になったのである。

報告書(案)*4を見てもそれは明らかで、既に一部に上場している企業や、既にマザーズ上場を果たしていてそこから一部指定替えを目指している企業に対しては「新しい基準」を適用しない、という方向性が明確に示されている。

「プライム市場に今後新たに上場する企業の時価総額に関する基準については、現在の市場第一部においては時価総額が大きくても取引されている株式が少ない銘柄もあるため、より市場における流動性に着目する観点から、単純な時価総額だけではなく、「流通時価総額」を基準とすることが適当と考えられる。なお、この機会に現在の流通株式の定義についても見直しを検討することが考えられる。」(3頁)
「現在、マザーズ市場等を経由した市場第一部への上場基準は、市場第一部に直接上場する際の時価総額よりも緩和された基準となっているが、これについても新たな基準に一本化することが適当と考えられる(注4)。」(3~4頁)
「注4 マザーズ市場等の上場企業の中には、現在の緩和された基準を念頭に既に市場第一部への上場に向けて取り組んでいる企業もある。こうした企業については、所要の規則改正(この部分は全体の規則改正に先行して実施することも考えられる。)までに申請を行った社に限り、緩和された時価総額基準に基づき所要の審査を経て市場第一部への上場を認めることが考えられる。」(4頁)

そして、その背景にある思想まで報告書(案)にはきっちり書き込まれている。

「これまでのヒアリング等を通じて、市場第一部上場企業は、上場基準の遵守や東京証券取引所によるモニタリングなどを通じて、国・地域における主要企業としてのブランドイメージが確立され、雇用や取引に当たっての信頼性・安心感を与える源泉となるなど、当該企業のステークホルダーに対して有形・無形の多大な価値を提供していることが確認された。このことは既に市場第一部上場企業に投資を行っている投資家から見ても、企業価値に反映されているのではないかと考えられる。」(5頁)

今さら何を、という感もあるが、まぁそういうことなのだろう。

ただ、それだけで良いのか、というのがここでの問題。

*1:情報漏洩の野村HD、企業風土を変えられず:日経ビジネス電子版など参照。

*2:「情報漏洩」というのも、今年の一大トピックになってしまった感はある。これまでなら当たり前に行われていたようなことでも、特定の琴線に触れてしまうと「大問題」になってしまう、という怖さを多くの人が改めて思い知らされた一年でもあった。

*3:ちなみに、金融審の市場ワーキング・グループと言えば、これも今年沸騰したネタである金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書の公表について:金融庁を苦々しく思い出す方もいらっしゃるのかもしれないが・・・。

*4:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market-str/doc/1224/01/01.pdf

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年末になってようやく・・・の「情報システムモデル取引契約書」改訂

2019年もあとわずか、そして年が変われば改正民法施行までたったの3か月・・・という状況の中、注目されていた経済産業省筋の情報システム・モデル取引・契約書(改正民法対応版)がようやく公表された。

情報処理推進機構IPA)は24日、2020年4月の民法改正を踏まえて改訂したシステム開発に関する契約書のひな型を公開した。同ひな型を活用することで、ユーザー企業とITベンダー(システム開発会社)はシステムにバグが潜んでいた場合の責任分担といった民法改正に伴うリスクを減らせる可能性がある。」
経済産業省が07年に公開した「情報システム・モデル取引・契約書」のうち、民法改正に直接関係する点を見直した。ひな型はIPAのウェブサイトから無償でダウンロードできる。改訂版はユーザー企業やITベンダー、業界団体、法律の専門家といった有識者の議論を踏まえて作成した。」
(日経クロステック2019年12月25日13時35分配信/システム開発のモデル契約書を改訂 民法改正に対応 :日本経済新聞、強調筆者、以下同じ)

ソースは以下のリンクとなる*1

www.ipa.go.jp


今年に入ってから既に、民法改正に対応したシステム関係のモデル契約書の改訂版として、一般社団法人情報サービス産業協会*2]や、一般社団法人 電子情報技術産業協会*3の作成した資料は既に公表されていたのだが、これらの団体が出す資料はどうしてもベンダー色が強いものだから、数だけで言えば世の中の多数を占める「発注側」の立場からは、どうしてもバイアスがかかったものに見えてしまう。

もちろん、記されている考え方にはシステム開発以外の請負契約にも援用可能なものが含まれているし、交渉で対峙した際の相手の手の内を知る、という観点から、発注側にとっても非常に貴重な資料ではあるのは間違いないのだが、他の考え方も示してほしい、というニーズは当然存在した。

そんな中、満を持して公表されたのが、今回のIPAの解説と改訂契約書雛型、ということになる。

元々、ベースになっている経産省の2007年「情報システム・モデル取引・契約書」が、本当に中立的なものといえるのかどうかは疑問の声も呈されているところであり*4、今回の発表の中で、いかに「ユーザー企業、ITベンダー、業界団体、法律専門家の参画を得て議論を重ね、中立的な立場でユーザー企業・ITベンダーいずれかにメリットが偏らない契約書作成を目指しているところが特長です。」と強調されたところで、半信半疑・・・という人は多いかもしれない。

しかし、少なくとも今回の改正対応に関しては、解説等を読む限り、「中立」的な思想で行われた、といっても良いのではないか、というのが自分の素朴な感想なわけで*5、以下、今回挙げられた見直しポイントに触れつつ、思うところを述べてみることとしたい。

*1:改訂趣旨の解説そのもののリンクはhttps://www.ipa.go.jp/files/000079617.pdf

*2:[https://www.jisa.or.jp/publication/tabid/272/pdid/30-J002/Default.aspx

*3:https://home.jeita.or.jp/cgi-bin/page/detail.cgi?n=1124&ca=1

*4:Business Law Journal2019年12月号の座談会(「法務担当者が知っておくべきシステム開発紛争の要点」)で飛び出した上山浩弁護士の「私は、2007年にモデル契約書の第一版を作成したときの委員でしたけど、非常にベンダ寄りだと考えています」(20頁)という発言は実に象徴的である。すかさず平野高志弁護士(今回の「モデル取引・契約書見直し検討部会」においても主査を務められている)から反論が飛び出したものの、同じく2007年に関与されていた野々垣典男氏から再度「ベンダ側に押されたかなという部分があるのは否めないですね。」と切り返されている。

*5:もちろん、元々ベンター寄りの契約思想になっている、と考えるなら、改正対応が中立的でも依然としてベンダー有利な契約書雛型になっていることに変わりはないのだが・・・。

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勝っても負けても「牝馬」が主役だった有馬記念2019

月日が過ぎるのは早く、今年も競馬開催は遂に最終章。
そして、めでたく有馬記念の日を迎えた。

ここ数年と同様に、今年も有馬記念の日は年内最終開催日ではないのだが*1、気持ち的には、今日が今年の終わりで、次の土曜日から2020シーズンが始まる、という感覚の方がしっくりくる・・・というくらい、一年を象徴する馬が揃ったグランプリレースとなった。

馬柱に載った16頭、全て見回しても「なぜここにいる?」という馬は一頭もいない。

今年のG1馬、という条件でリストアップしても、大阪杯アルアイン(牡5)、皐月賞・サートゥルナーリア(牡3)、天皇賞・春・フィエールマン(牡4)、宝塚記念(&コックスプレートリスグラシュー(牝5)、菊花賞・ワールドプレミア(牡3)、天皇賞・秋(&ドバイターフ・アーモンドアイ(牝4)、ジャパンC・スワーヴリチャード(牡5)と、実に7頭が揃った。これに今年は無冠だがGⅠタイトルはちゃんと持っているレイデオロ、キセキ、シュヴァルグラン、アエロリット、といった面々が続く。

海外も含めたローテーションの多様化でタイトルホルダーが分散している、という事情はあるし、これらのメンバーを含む12頭が同じ牧場(ノーザンファーム)の生産馬で占められている、という業界的には決して好ましくない話題もあるのだが、それでもこれだけ豪華なメンバーのマッチアップとなれば、当然面白みも増す。

そして、それにもかかわらず、事前のオッズは、中山コース未経験、2500mの距離も???だったアーモンドアイが1.5倍の一本かぶりになっていたことが、馬券好きの挑戦心も刺激した。

本当なら、芝2000mの香港カップに出て圧勝劇を飾るはずだった馬が、たった一日の熱発で目標を変更。
フィエールマンの鞍上に決まっていたC・ルメール騎手を「強奪」し手まで体制を整え、国枝調教師をはじめとする陣営も決してネガティブな発言はしていなかったとはいえ、本当にグランプリホースの座を狙っていたのであれば、最初から有馬記念直行のローテーションを組んでいたはず。

いかに規格外の馬といっても、有馬記念は”寄り道ついで”でとれるようなレースではなく、独特のコース形態への適性によっても大きく結果は左右される*2

それゆえ今回は「消し」と割り切ったところから、自分の有馬記念での久々のクリーンヒット(?)は生まれた。

*1:28日に最後の開催日&最後のGⅠ・ホープフルSが予定されている。

*2:ここしばらく菊花賞勝馬有馬記念で好成績を残し続けているのも、「そこそこスタミナを消耗したところでの瞬発力勝負」という共通点があるからだと自分は思っていて、そこから出てきたのが、ワールドプレミア本命、という今年の予想でもあった。

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「ブックガイド」が出る前に。

いよいよ年末進行モードということで、Twitter上では、毎年恒例のBLJブックガイドの登場を待ち望む(?)つぶやきもチラホラ見かけるのだが、今日の時点ではまだ書店には並んでおらず・・・。

ということで、自分の中では”もう一つのブックガイド”となっている先月発売の法律時報(2019年12月号)の特集(2019年学会回顧)より。

法律時報 2019年 12 月号 [雑誌]

法律時報 2019年 12 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 日本評論社
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 雑誌

自分がこの特集が好きなのは、毎月法律時報の巻末に載っている大量の「文献月報」の中から主だった書籍、論文を取り上げて網羅的に論評する、という仕事の細やかさゆえで*1、某高名な先生のように毎月目を通してピックアップする、という作業を自らしたくてもできない自分のようながさつな人間にとっては、本当にありがたい企画なのだ。

そして、主に企業サイドの実務家が論評するBLJ誌とは異なり、こちらは研究者の視点で分析、紹介がなされている、という点で、新しい発見が多い、という理由ももちろんある*2

例えば、「民法(財産法)」に関する章*3の「2(6)債権法改正」で取り上げられている安永正昭=鎌田薫=能見善久監修『債権法改正と民法学Ⅰ~Ⅲ』のシリーズなどは、昨年のBLJの座談会で紹介されたのを見かけたときはそのまま流してしまったのだが、こちらでは、山野目章夫の所収論稿(「改正債権法の社会像」)等について詳細かつ興味を引く解説が付されており、高価な書籍なのを承知の上で、それでも読みたくなってしまう絶妙な紹介になっている。

債権法改正と民法学I 総論・総則

債権法改正と民法学I 総論・総則

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 商事法務
  • 発売日: 2018/10/03
  • メディア: 単行本

他の法領域に関しても、一通り読んでおいて損はない特集企画である。

で、そんな中、異彩を放っているのが、

「最初に、従来の学会回顧とは大きく趣の異なるものになることを、あらかじめお断りしておきたい」(93頁)

というフレーズで始まる、水野紀子・東北大学教授の「民法家族法)」に関する章である*4

自らの学会回顧を「はるかにわがままで、かつ雑なもの」と謙遜されている水野教授だが、この企画の意義を「客観的な(儀礼的な?)紹介よりは、独断と偏見とはいえ、評価を含めた紹介であること」に見出したうえで、それに続けて以下のように述べておられるくだりは、実に強く印象に残った。

「私が学部を卒業して研究室に残った頃に、まず受けた教育は、学説を批判することをためらってはいけないというものであった。批判は対象となる学説への敬意である、指導教授の学説を完膚なきまでに批判して崩す『親殺し』は指導教授への最高の恩返しである、まして学説批判が人間関係には一切影響してはならない、という教育であった。」(93頁、強調筆者、以下同じ。)

現実には、「批判」されても人間関係には一切・・・というわけにはなかなかいかないだろうし、「批判するにも言葉を選べ」という批判も当然あり得るところだと思うのだけれど*5、おもねり、空虚な言葉でもてはやす前に、具体的な指摘に基づく批判こそが、「敬意」を示す最大の方法である、という点には自分も全く異論はない*6

そして、あえてここで付け加えるならば、対象が書かれている内容であれ、書籍・論文の構成であれ、「批判」されているものには、それだけの「価値」が認められているのだ*7、ということも忘れてはいけないところだよな、ということ。

”書き手”として一番悔しいのはスルーされることだ、ということは筆者自身も身に染みて分かっているだけに、よく評価された本の著者は素直に喜び、ネガティブな評価が下された本の著者は、ムカッ腹を立てつつも、「それだけ世の中で自分の著作が認知された証だ」とほくそ笑む、というのが、「批評」世界の正しい楽しみ方ではないかと思うのである。

*1:同じようなコンセプトの企画は『年報知的財産法』にもあって、こちらも毎年楽しみにしている。

*2:当然ながら、これはこの企画固有の、というよりは、この雑誌そのものの魅力でもある。

*3:田高寛貴=伊藤栄寿=熊谷士郎=高秀成=谷江陽介=瀧久範「民法(財産法)」法律時報91巻13号65頁(2019年)

*4:法律時報91巻13号93頁以下(2019年)

*5:この点水野教授の論稿は、ここまで書いておられつつも、棘を感じない文体に加え、矛先が特定の研究者に向かないように、というところにもかなり気を遣っているように思われる論稿になっており、さすが第一人者というべきだろう。

*6:さらに、この後に続く、相続法改正や、所有者不明土地問題に対するコメント等、この水野教授の論稿には、本当に読むべき箇所が多々あるように思われるだけに、読み飛ばしは禁物である。

*7:価値がないと思われているもの、存在感がなく気付かれていないものは、そもそも論評の対象にすらならない。

今年を回顧するにはまだちょっと早いけど。

本当にいろんなことのあったこの一年。

ここからの10日ちょっとで何があるか分からないから、まだ振り返るには早いのだけど、日経紙の「TOKYO2020」面に載っていたプロランナーの一言が、自分の今の素直な感覚にすごくフィットしたので、ここに引用して残しておくことにしたい(日本経済新聞2019年12月20日付朝刊・第37面)。

「今までやりたくてもできなかったことが仕事としてできる。好きなことを仕事にするのはこんなに心が豊かになるのだと感じています。」

先日の防府読売マラソンに福岡国際からの中1週で臨み、見事100回目の完走を果たした川内優輝選手の至言である。

彼が「公務員ランナー」として存在感を発揮していた時期は、自分が「社員弁護士」だった時期とほぼ重なる。

比較するのもおこがましいくらいスケールの大きな世界で戦ってきた選手を自分に重ねるなど失礼極まりないのは承知の上で、それでも、実業団所属の「(セミ)プロ」ランナーと同じレースに出て、時に国内最高峰の、あるいは海外の大舞台で彼らを凌駕する戦績を残す川内選手の走りを自分もずっと応援してきたし、時折飛び出すコメントから何となく伝わってくる”もどかしさ”にも共感できるところは多かった。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

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だから、今年の4月、どこの企業にも属さない「名実ともにプロ」、という道を彼が選んだ、というニュースが流れた時は心底びっくりしたし、それがまた筆者自身の転機とも見事に重なった、ということに苦笑いしたりもした。

でも、冒頭に引用した一言を読んで、世界は違えど、やっぱり共通するものはあったんだろうな・・・と。

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意外な、そして実にビジネスライクな結末。

以前、このブログでも何度か紹介したMHPSをめぐる親会社同士の紛争*1

いかに仲裁のウリが「短期決着」といっても、これだけの規模(申立て時点で約7,743億円)の案件となるとそう簡単に決着がつくはずもなく、日本商事仲裁協会規則の見直し等、一時期、日本国内の仲裁手続きにスポットが当たりつつあった間も、鳴りを潜めていた感があったこの事件だが、2019年の年の瀬、申立てから2年半近く経ってようやく決着を見た。

三菱重工業日立製作所は18日、損失負担を巡って意見が対立していた両社の共同出資会社、三菱日立パワーシステムズMHPS)の火力発電事業について和解が成立したと正式発表した。日立が保有するMHPSの全株式の譲渡や和解金の支払いで3780億円を日立が負担する。日立は火力発電機器事業から事実上、撤退。今後は発電所の保守サービスなどをてがける。」
日本経済新聞電子版2019年12月18日17時47分配信)*2(強調筆者、以下同じ)

申立て時には長大なプレスリリースで自己の立場をアピールした三菱重工側も、今回は、さらっとしたペーパーを出しただけ*3

それも、「本和解は、両社の誠実かつ真摯な協議の成果です」「和解による決着を迎えたことを喜ばしく思います」という趣旨の、極めて友好的で前向きな両社社長の和解コメントが掲載されている、ということで、日本経済を担う大企業同士の「大人の解決」という感があふれる決着劇となった*4

ここで気になったのは、今回の決着のさせ方である。

記事によると、

・日立から三菱重工2000億円の和解金支払い

という本筋のほかに、

・日立のMHPS子会社に対する債権700億円相殺

というオプションもついている。

そしてさらに極めつけは、

・日立が保有するMHPSの35%の全株式を三菱重工に2480億円で譲渡する

という内容だろう。

鳴り物入りで設立した会社に関してこれだけの一騒動が起き、しかも日本初の司法取引(協議・合意制度)適用案件となったタイの贈賄事件*5にも親会社間の駆け引きが影響していると噂されていたような状況で*6、この先、MHPSをめぐる資本関係がどうなるのか?という疑問は誰もが抱いたはずだが、そこであっと驚く日立の全株式売却・事業撤退、という形でけりが付けられる、というのは、さすがに自分の想像できるところではなかった*7

発表翌日の朝刊では、

「そんな中でも三菱重工があえて完全子会社に踏み切るのは、残存者利益が大きいためだ。実際、三菱重工は譲り受ける35%分のMHPS株の価値を3500億円以上と評価したもようだ。」(日本経済新聞2019年12月19日付朝刊・第13面)

と、三菱重工が(名だけでなく)「実もとった」という取り上げられ方になっている。

だが、その記事にも書かれているとおり、火力発電設備事業というのは、決して将来有望と言えるような事業ではない。

そもそも、三菱重工、日立とも、それぞれの会社が単独で事業を営んでいくのがなかなか厳しい事情があったからこそ、あえてこの事業を切り出して「合弁」という形にしたのだろうし、「脱炭素」の嵐は世界中を容赦なく吹き抜けていて、今の事業環境は5年前以上に厳しくなっているようにすら思える。

だからこそ、そう簡単に合弁を解消することはできないだろう、というのが自分の読みだったのだが、そこで「火中の栗」を拾いに行った三菱重工・・・。

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.comk-houmu-sensi2005.hatenablog.com参照。

*2:三菱重工と日立、南アフリカの火力巡る和解を正式発表 :日本経済新聞

*3:https://www.mhi.com/jp/news/story/pdf/191218.pdf

*4:それでも、日立の方は特別損失で当期利益等の予想を大幅下方修正することも同日発表しており、決して”傷”なき解決だったわけではないのだが・・・。https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2019/12/f_1218d.pdf

*5:初の司法取引適用公判、元取締役に有罪判決 タイ贈賄事件 - 産経ニュース参照。

*6:三菱日立パワーシステムズの幹部が「司法取引の犠牲者」となった背景(北島 純) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)参照。

*7:これがSHAのコールorプットオプションを行使した結果なのか、それとも今回の和解協議の過程で出てきた全く新しい合意なのかは知る由もないが・・・。

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